夢オチはなぜ悪いのか?(1)
おととい、今年の多摩美学生作品で「夢オチが目立った」と書きました。もちろん「夢オチはよくない」という文脈で俺はそう書いたわけです。世間的にも「夢オチ」は、やってはいけないオチの筆頭として認識されておりますね。これはマンガに限らず、小説にせよ映画にせよ、およそ物語を扱うジャンル全般でそういうことになっているようです。
ただ、そうはいってもなくならないのが夢オチというもの。
そもそもルイス・キャロルの時代から夢オチはあるわけです。いや『荘子』の「胡蝶の夢」とか、そういう夢テーマものまで含めればおそらく有史以来、もしかするとその前から存在するのではないでしょうか。文学史に詳しくないんでアレなんですけど、たぶんそうだろう。つまり夢オチには悠久の歴史がある。そればかりか今も生まれているということは、何か「夢オチが存在する理由」のようなものがあるのではないだろうか。ということを、今回は書いてみたいわけです。もしかするとワヤクチャな文章になるかもしれないですが、まあそこは「たけくまメモ」ですから。
それでですね、いきなり結論で恐縮ですが、心の底の本音を正直に言うなら、俺は「場合によっては夢オチも許される」と考えているのですよ。ではなぜ、学生の夢オチには怒ったのかと申しますと、それが明らかに物語を無理矢理終わらせるための夢オチであったからですね。夢が作品と密接に絡んでいる展開ならばともかく、それまで読者に現実(というか、マンガ内現実)だと思わせておいて、意外な展開の連続で引っ張るだけ引っ張ってから、実は夢でした、というのが一番嫌がられる。これはつまり、読者に対する一種の詐欺行為にあたるからです。
たとえば本格推理小説で、難攻不落の密室殺人を設定しておいて、最後になって実は犯人はゴム人間でわずか1ミリの隙間から自在に侵入できるのです、とかやったら読者は怒るでしょう。いやしくも本格推理と銘打つからには、読者は合理的な謎解きを期待しておるのです。そこに非合理なオチを持ってきたらこれは詐欺になりますよ。
たぶんちゃんとした起承転結というか結構を考えず、描きたい場面を優先させるから、最後につじつまがあわなくなってそういうことになるわけです。これは昨年の例ですが、世界一強い男みたいなのが出てきてですね、「俺は強いからなんでもできる」と。それでビルを壊したりいろんなことをしたあげく、単身北朝鮮に乗り込んでキムジョンイルを簡単にぶち殺すわけですよ。それで主人公が何を叫んだかといえば、
「俺がなぜこんなに強いのかというと……これがマンガだからだ! マンガならなんでもできるんだ!」
というのがその作品の「オチ」だったわけです。これに俺はブチ切れました。世界一強い男はいいですよ。そいつがキムジョンイルを殺すのもいいですよ。でもその理由が「マンガだから」というのは何事ですか。この場合「夢」が「マンガ」に置き換わっただけで、実質的には「やっていけない夢オチ」の典型になってしまっているわけです。この作者は絵がうまく、コマ運びにもそれなりのセンスを感じさせてくれただけに、この手抜きは残念でした。
あのねえ、こういう方向で行くなら、マンガだからなんでもできるのではなく、たとえマンガであろうとどうにもできない状況をまず考えるんですよ。で、さらにそれを乗り越える展開を考えた時点で、初めてアイデアと呼べるのではないですか。
たとえば……といってうまく思いつきませんが、これはプロでも難しいことなんですよ。そうですね、どうにもならなかったら、「マンガだからなんでもできる男」の次の敵をですね、東京都庁を取り囲む武田の騎馬武者軍団十万騎とかにしなさい。東京都庁はお前、アシスタント殺しと言われているんだぞ。あの何千何万という角度が微妙に異なった窓ガラスに夕日を受けて映りこむ騎馬武者十万騎。こいつと戦わせるんだ! もちろんノーCGで。
少しは上野顕太郎の爪のあかでも煎じてお飲みなさいといいたい。あいつは描いたんだぞ。実は「サルまん」でも同じネタを考えていたんだけど、あまりに面倒なのでパスしていたことをウエケンはやったんだ。『帽子男は眠れない』(講談社)に収録されている『うえけんの五万節』というのがその作品(左図参照)ですがね。これ見たときはさすがに呆れましたよ。一応、作者に無断で掲載させていただきますが、ウエケンは作中で俺のこともさんざんパクッているのでこれでチャラにしましょう。ところでウエケンの本はすぐ品切れというか事実上の絶版状態になりますので、これ読んでる皆さんは
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=24183
↑から復刊投票をお願いしますよ。まあ、そもそも「サルまん」じたいがもう長いこと品切れ状態なんだけどな。ついでにこちらの復刊投票もどなたかお願い申し上げます。
閑話休題。とにかく描けるものなら描いてみろ。美大生なんだから百号くらいの油絵にコマを割って計十枚くらいでですね。別に油絵でもいいんですよマンガになっていれば。本当に描いたら、そりゃもう間違いなくAをあげますよ。その根性があればこの先なんだってできる。
おっと、つい興奮して長文になってしまいましたが、これはまだ書きたいことの序章にすぎないのです。次回は「描いても許される夢オチ」について考えたいと思います。
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夏ですね。
夏ですよ~
NA・THU・ダ・ネ!
なぜだか、どういうわけだか、昔からフィクションでは夢オチというのがタブーとされている。
自分は、それが昔っからどうも納得がいかない。
面白かったら夢オチだろうと何だろうといいんじゃないと思ってしまうから。
所詮、フィクションなんてルール無用のデスマッチでしょうが。
そんなわけで、何故夢落ちというのがタブーなのか気になって調べてしまいました。
そうすると、昔自分が好きだったマンガの竹熊健太郎さんのブログに突き当たりました。
夢オチはなぜ悪いのか... [続きを読む]
受信: 2006年2月23日 (木) 18時03分
» [物語]なぜ夢オチはいけないのか [萌え理論〜可能世界の恋愛感情〜]
まずは先行する考察を読んでみる [http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/post_17.html:title=たけくまメモ: 夢オチはなぜ悪いのか?(1)](1〜4) 続いて夢落ちの話。竹熊健太郎は、夢落ちは詐欺だからいけないという。ただし、夢のような不条理な世界を描いたり、先に夢であることをカミングアウトしたり、二段以上の落ちにしてみたり、別の現実に目覚めたりする夢落ちは、許される場合もあるという。 物語の前提 基本的には概ね同意す... [続きを読む]
受信: 2006年4月 1日 (土) 07時57分
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受信: 2007年9月 6日 (木) 03時32分
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コメント
はじめまして!
人気blogランキングで、お名前を拝見して参りました。
本当にあの『サルまん』の竹熊さんだったのですね~。
あっというまに25万アクセス突破ですか~。
さすがですね。桁が違いますね~。
そんな方のブログにコメントさせていただいてよいのか判りませんが…。
〈夢オチ〉、最終兵器なので、よ~っぽど心して使わないといけませんよね。
〈逃げ〉で使っているようでは、論外でしょう。
コメント、もしダメなら削除して下さいませ。
でも、マンガは大好きなので、ぜひまた来させていただきまーす!
投稿 阿部世紀 | 2004年12月30日 (木) 07時55分
はじめまして。中学生のときに、皆がジャンプ、マガジンだったのに、大人ぶって買ってたスピリッツ(実際大人でもなんでもない)で、サルまんに出会い、竹熊さんを知ったものです。
ブログ。面白いです。
さて、夢オチの件ですが
>一種の詐欺行為
奇面組の最終回は小学生のときだったのですが、唯の夢オチだったのは、そうとう、ガッカリしました。
夢オチだったくせに、今、ガンガンでやってますもんねぇ。好きだから読んでしまうのですが。。(^^;
>「俺がなぜこんなに強いのかというと……これがマンガだからだ! マンガならなんでもできるんだ!」
これの元ネタは、鳥山明さんとさくまあきらさんの「ヘタッピマンガ研究所」だったりしませんか?
と、ふと思いました。。
投稿 たなかまさのぶ | 2004年12月30日 (木) 09時12分
あ! 復刊投票で思い出した。
竹熊さん、ここで『マンガの読み方』の復刊投票を呼びかけるってのはやんないですか。
著者自らやりにくいってことでしたら、及ばずながらまずはコメント欄で。竹熊さんと夏目房之介さんほかの共著による、マンガ論・マンガ研究の基本書です。あと36票です。
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=5823
投稿 伊藤 剛 | 2004年12月30日 (木) 12時11分
↑ということで、こちらもよろしく。
投稿 たけくま本人 | 2004年12月30日 (木) 13時08分
邯鄲の枕(まくら)
盧生(ろせい)という青年が、邯鄲で道士呂翁から枕を借りて眠ったところ、
富貴を極めた五十余年を送る夢を見たが、目覚めてみると、炊きかけの黄粱(=大粟)も
まだ炊き上がっていないわずかな時間であったという「枕中記」の故事。
人生の栄枯盛衰のはかないことのたとえ。一炊(いつすい)の夢。盧生の夢。邯鄲の夢。
投稿 名無し | 2004年12月30日 (木) 13時18分
↑邯鄲(かんたん)の枕。これもありました。中国の昔話はこの手のがたくさんありそうですね。
投稿 たけくま本人 | 2004年12月30日 (木) 13時27分
どうしてこんな良い文章をタダで書いているんですか?
投稿 woo | 2004年12月30日 (木) 15時28分
>描いても許される夢オチ
マンガじゃないですけど押井守作品とかがそうなんですかね?
投稿 minus | 2004年12月30日 (木) 15時43分
>wooさん
自分でも不思議なんですが、趣味の文章だといくらでも書けるのです。プロ失格です。
投稿 たけくま本人 | 2004年12月30日 (木) 16時04分
自分でも不思議なんですが、趣味の文章だといくらでも書けるのです。プロ失格です。たけくま本人
プロの方もそうなんや!と、めちゃくちゃうなずけました。。昔漫研いて、同人誌は描けたのに投稿用は描けなかった。なんなんでしょうね、あれは。
投稿 AQ | 2004年12月30日 (木) 17時45分
故・式貴士の「カンタン刑」も…ってネタばらし
ごめんなさいです。あれは「夢オチでも面白い小説は
書けるんじゃないか」と思って着想したらしいですが。
あと宇宙人オチってのもありますね。
投稿 苗床 | 2004年12月30日 (木) 18時55分
たけくまさん、はじめまして。
ウエケンもとんでもないことやってられたんですねー。
無数の人間の書き込みを見たのはたかもちげんの祝福王以来です。
投稿 Giraud | 2004年12月30日 (木) 20時51分
ということは、某最高偏差値大学物語で夢オチを
かました、某先生はプロ失格でございますね。
投稿 ふじふじ | 2004年12月31日 (金) 03時46分
夢オチといえば「打ち切りを最後に強引にまとめる最終手段」ですが、近年では「電脳世界」とか「仮想現実」「精神世界」なんていうキーワードでそれまでの世界を一転させる手法もありますね。マトリクスとか、エヴァのTV判最終回とか・・・
こういった「構築していた世界を一気に崩す」手法は作品の中に複線とか、理由付け、あるいはミスリードを誘うような巧妙な仕掛けがあって初めて成功するのであって、それができず、安易に読者を驚かそう、なんて考えで使うと呆れられるだけになると思います。
もっとも、打ち切り最終回に一番ふさわしいのは「俺たちの戦いは始まったばかりだ!」でENDですかね(W.夢オチよりヒドイですが。
投稿 かもかも | 2004年12月31日 (金) 05時20分
>かもかもさん
あ、まさに続きでそういうことを書こうと思っていたですが、先を越されました。こういうブログはこのへんが恐ろしいですね。でも書きたいことはまだあるので続きは書きます。
投稿 たけくま本人 | 2004年12月31日 (金) 05時47分
はじめまして。
サルまんの意味なし番長は
夢オチに限りなく近い気がするけれど
とても納得いくものだったことを思い出しました。
投稿 PD | 2004年12月31日 (金) 13時37分
マトリックスと言えば、あの話の流れなら絶対最期にネオ自身が人間でなくプログラムだ、というオチが来ると思ってたんだけど(でなければスミスとの対比が成立しない)ハリウッド的お約束に負けた終わり方だったのがかなり非道かった。
#指輪物語がかなりしっかりと3部作を描ききったのと対照的。やっぱり原作の有無でスポンサーへの説得力が違ったんだろうか?
投稿 any | 2004年12月31日 (金) 15時14分
ああ、マトリックスは1作目がすべてですね。
2作目でガッカリして、3作目はまだ見てません(笑)。
投稿 たけくま | 2004年12月31日 (金) 16時02分
>>某最高偏差値大学物語
アレは途中から恋愛ものじゃなくて妄想パラノイアものになっていたので、
まあ妄想オチでも仕方ないかなと思います。
投稿 | 2004年12月31日 (金) 20時30分
ウイングマンも一種の夢オチですが、あれはここでいう「夢が作品と密接に絡んでいる」タイプの夢オチですね。
投稿 take4 | 2005年1月 1日 (土) 14時05分
sale@mp3.com
投稿 Eagles | 2007年9月22日 (土) 01時54分
sale@mp3.com
投稿 Eagles | 2007年9月22日 (土) 03時19分