手塚伝説(その3)逃走篇
●地方に逃げたときは、旅館で編集が身柄を確保し、アシが総出で新幹線や航空機で一枚づつ原稿をピストン輸送することもあった。
●手塚の逃走癖は晩年まで直らなかったが、編集が後を追ってあるトンカツ屋で発見した。「先生!」と叫ぶと手塚は他の客が見ている前で、テーブルの下に身を隠した。
●ある作品で手塚は電車のシーンを描いたが、それは車内中央に鉄のポールが立っている、戦後まもなくの電車の絵だった。編集者が「こんな電車、もうどこにも走ってませんよ」と手塚に注意すると、手塚は「ボクはもう20年、電車に乗ってないんです!」と激昂、「取材」と称して電車に乗ってどこかに言ってしまった。
●手塚は編集者の気配に敏感で、外にいることを察すると部屋の明かりを消す癖があった。ある編集者が深夜、タクシーで手塚の屋敷に行くと、門の前でいきなり屋敷中の電灯が、庭の明かりまで消えて仰天したという。どうやらブレーカーを全部落としたらしい。
●手塚プロはその後、埼玉県新座市の中古ビルに転居したが、手塚がこのビルを気に入った理由は、部屋から直接外の非常階段につながっている構造で、編集の目を逃れて脱出できるからだった。
●新しく手塚番になる編集者には、編集長から「常にパスポートと数十万の現金を用意しておけ」と言われたという。先生がふっとトイレに行くふりをして、海外まで逃げることがあったからである。
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やっぱり偉大すぎてどれも絶句モノ。
◆手塚伝説(その1)禁断のプライヴェート篇(たけくまメモ)
◆手塚伝説(その2)お仕事篇(たけくまメモ)
◆手塚伝説(その3... [続きを読む]
受信: 2004年12月21日 (火) 10時26分
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コメント
最早逃げ足の速さははぐれメタルの域だ
T樫といい、萩原といい、斯界の大家は
編集の追求を逃れるのが巧いな
投稿: | 2004年12月21日 (火) 18時16分
>●ある作品で手塚は電車のシーンを描いたが、
>それは車内中央に鉄のポールが立っている、
>戦後まもなくの電車の絵だった。
30年前に横浜線はこんな電車ばかりだったので
「戦後まもなく」というのはチトひどいのでは。
投稿: GTO225 | 2004年12月22日 (水) 22時51分
一億人の手塚治虫でほぼ既出ネタの羅列ですねこれ
投稿: ZO | 2004年12月23日 (木) 16時59分
>ZOさん
あ、そうです。あの本、僕編集したんですが、よくお持ちですね。当時から、こういう部分だけ抜き出しても売れるんじゃないかと思っていました。
投稿: たけくま本人 | 2004年12月23日 (木) 18時40分
昔の漫画家さんと業界は、締め切りを守ることを遵守していたのを、改めて思い知りました。
『まんが道』でも「楽しみにしている読者をがっかりさせてはならない」みたいな事が、書いてあったと思います。
本当に、某富樫に見習ってほしいです。
投稿: sugi | 2004年12月25日 (土) 04時53分
確かにそうですよね。見習って欲しいですよね。
http://funi.skr.jp/toga.htm
投稿: | 2005年4月 8日 (金) 22時24分