Ｗ・マッケイとアニメーションの始原（１）

ウィンザー・ゼニス・マッケイ(Winsor Zenas McCay）はアメリカン・コミック史における最初の、そしておそらくは最大の天才である。代表作『夢の国のリトル・ニモ』(Little Nemo in SlumberLand,1905～14）は、その圧倒的な美しさと幻想的なイマジネーションで、百年前の作品であるにもかかわらず、今もなお、世界中の読者とクリエイターに衝撃を与え続けている。

マッケイはまた、史上最初期のアニメーターでもあった。1910年に完成した第一作『リトル・ニモ』（公開は翌'11年）は、ストーリーもなく、自作のキャラクターをただ動かしただけの実験作であるが、その端正な作画と優雅なアニメート、華麗なイマジネーションはすでに完璧の域に達している。まさにこれは、アニメーション百年の幕開けを言祝（ことほ）ぐにふさわしい、奇跡の映像といえるだろう。

マッケイは1871年ミシガン州のスプリング・レイク近郊で生まれた（カナダ生まれ説もあり）。幼少時から類いまれな画才を発揮したが、厳格な父親は彼の資質に理解を示さず、マッケイは商業学校に入学させられた。ゆえに彼は絵画をまったくの独学で学ばなければならなかった。学生時代から絵画のアルバイトを始めたが、特に博物館で展示や装飾の仕事についたことは、彼の驚異的な事物への関心を大いに育んだといえる。

Winsor McCay: Early Works2

1891年、彼はシンシナティに移り、そこで見物小屋や大衆演芸のための舞台美術に従事した。マッケイのショービジネスとの関係はここに始まる。当時の演芸場には、スタンダップ・コメディの一分野としてマンガ家の出番があった。ライトニング・スケッチ、またはチョークトークと呼ばれるその演芸ジャンルは、舞台上に「マンガ芸人」が登場し、当意即妙な会話を交えながら、白紙や黒板に素早くこっけいな絵を描いて観客を喜ばせるというものである（我が国における漫画太郎や水森亜土のようなもの）。この時期、マッケイは多くの「マンガ芸人」と知遇を得、やがて自らも舞台にのぼるようになった。

←『魔法の絵』

マッケイが知り合った「マンガ芸人」の一人には、おそらくジェームス・スチュアート・ブラックトンがいたはずである。ブラックトンは世界最初のアニメーターとして歴史に名を残した人物だ。彼が1900年に自ら監督・主演した『魔法の絵』は、厳密にはまだアニメとは呼べないが、当時のライトニング・スケッチのスタイルがよく伺えて興味深い。ブラックトンが白紙に木炭で顔を描くと、その顔が一瞬にして笑ったり驚いたりする。もちろん途中のコマを抜いただけの初歩の特撮であるが、映画そのものに免疫のなかった当時の観客はさぞや驚いたことだろう。

←『愉快な百面相』

『魔法の絵』の数年後、ブラックトンは『愉快な百面相』(1906)を発表した。これは黒板にチョークで絵を描き、それを少しずつ変化させながらコマ撮影したもので、まぎれもなくアニメーションそのものである。マッケイ・アニメの初期作品はブラックトンのスタジオで撮影されているが、このことから考えても、マッケイにアニメの手ほどきをしたのはブラックトンにほぼ間違いはないだろう。

さてシンシナティ時代にマッケイは結婚し、二人の子供を作った。生活の糧は地方新聞にイラストを描くことだったが、1903年には有名雑誌「LIFE」からの依頼も受けている。筆者は未見なのだが、それは馬が走る動きを正確に分割した６コマの絵であったという。これをマッケイがコママンガとアニメーションへと傾倒する最初の予兆であったとする研究者もいる。

Winsor McCay: Early Works

歴史的に、コマ分割によるコミック・ストリップの成立と映画の誕生がほぼ同時期であることはまぎれもない事実である。いわゆる一枚絵のカリカチュアではないスタイルの、コマ割りとフキダシを用いた現在の「マンガ（コミック・ストリップ）」が現れたのは、1896年、リチャード・フェルトン・アウトコールが「ニューヨーク・ワールド」誌に連載した『イエローキッド』からであるといわれる。もちろんこの種の大衆表現の常として、幾多の前例はあるのだが、ストーリー性のあるコママンガが一般に普及したという意味では、この作品が最初と言ってもいいだろう。

一方、映画の発明にも諸説があるが、いわゆるフィルム・リール方式による映画が生まれたのは1895年、フランスのリュミエール兄弟が考案したものが最初である。これによって人類は初めて「時間を視覚的に操作する」手段を手に入れたといえる。それまで「時間芸術」といえば第一に音楽であった。一方の絵画は空間芸術であり、基本的には静止したものを扱うほかはない表現であった。また時間と空間を同時に扱う表現として演劇があるが、これも映画フィルムが発明されるまで、演劇を「保存」する方法はなかったわけである。

時間を「視覚的に」保存し、かつ加工することが映画の本質であるが、その原理を考えるなら、それは静止画の連続であることがわかる。「時間＝動き」が複数の静止画として分割しうることは、映画に先立つ20年ほど前、アメリカの写真家マイブリッジによって発見されていた。マイブリッジは十数台のスチルカメラを地面に並べ、独自に開発した高速連続シャッターの原理により、走る馬の分解写真を撮影して世間を驚かせたのだ。

子供時代のマッケイがマイブリッジの仕事を見ていたであろうことは想像に難くない。彼のコママンガに特徴的なものは、事物の動きや、形態が変化（メタモルフォーゼ）するさまを執拗に描いているということだ。これを平面で実現するものがコマの働きである。当ブログの『夢オチはなぜ悪いのか？』でも書いたが、マッケイは「夢の作家」と呼ばれるほど夢にこだわったマンガ家である。当然そのほとんどが夢オチなのだが、もともとマッケイの興味はオチにあるのではなく「イメージの揺らぐ過程」そのものにあるので、これでいいのだとも言える。

チーズトーストの悪夢

メタモルフォーゼは、普通の日常生活ではあまりお目にはかかれない現象である。いや実は目にしているのだが、タイムレンジが長すぎて意識に昇らないというのが正しい。典型的なメタモルフォーゼには、朝顔の芽が出てツルが伸び花が咲くような映像がある。しかしこれは映画フィルムが発明され、微速度撮影が開発されて初めて人類が目にすることが可能になった感覚なのである。それ以前に人間が、はっきりとしたメタモルフォーゼを目にすることがあったとすれば、それは夢によってであろう。

人間のイメージというものは、なかなかひとつ場所に固定してはくれない。それは意識的によほど努力しなければ、とりとめもなく姿を変えあげくに雲散霧消してしまうものなのである。この夢の不思議な性質に注目し、それがわれわれの深層意識の活動であることを唱えた人間がかのフロイトである。マッケイもまたフロイトと同世代人であるが、彼が『夢判断』(1900)や『精神分析入門』(1917）を読んでいたかどうかは定かではない。ただひとつ言えることは、マッケイはフロイトと同じ時期に、画家の立場から夢の不思議な性質に注目し、これを視覚的に定着するべく孤軍奮闘していたということである。

まさにこれはシュールリアリズムの先取りであるといえる。アンドレ・ブルトンがフロイトの影響を受けて「シュールリアリズム宣言」を執筆したのが1924年であったことを考えると、マッケイの先駆性は恐るべきものである。シュールリアリストの多くは後に映画に注目していくが、これに先立つこと十数年、マッケイはまったくのエンターティメントの立場から、マンガとアニメでこれを実現していたのである。

1903年にニューヨークに移り住んだマッケイは、いよいよ本領を発揮しはじめた。新聞雑誌にいくつかの習作コミックを執筆した後、1904年に『小さなくしゃみのサミー』を発表、これがマッケイ初のヒット作品となった。そして同年、まさに夢をテーマにした『チーズトーストの悪夢』シリーズを開始するのである。『チーズトーストの悪夢』はマッケイによる「世にも奇妙な物語」であり、ビジュアルとストーリーの高度な融合が、早くも見られる。

かくして夢に対するマッケイの興味は頂点に達し、1905年の『夢の国のリトル・ニモ』へと繋がっていく。幼い少年ニモが毎晩見る夢の世界は、それは目覚めによって必ず破られるとはいえ、明らかにもうひとつの現実として描かれる。連載されたニューヨーク・ヘラルド紙は当時としては最高のカラー印刷技術を誇っていた。マッケイは一流の印刷工とともに、毎週日曜、数年間にわたって、一面すべてを使って彼の夢の国を創造したのだった。

それは時間を平面にコマ分割することで初めて実現しえたイメージの奇跡だった。『リトル・ニモ』のどのエピソードでもよい、いずれも７コマから１０コマ程度の作品だが、それがあたかも「アニメの原画」のように動きが分割されていることに驚くであろう。そしてこれが始まったのは、アニメが誕生する以前であることを考えたとき、現代のわれわれにとって二重の驚きが生まれるのである。マッケイは、アニメが生まれる以前から、アニメーターそのものであったのだ。彼がアニメに向かうことは当然だったといえる。

『リトル・ニモ』はマッケイに巨大な名声をもたらした。1910年、彼はいよいよ次なる事業……アニメーション制作に着手した。そのとき彼は38歳になっていた

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