「アイデアのつくり方」とキューブリック
「オススメ本」のコーナーで何気なく紹介したジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』が売れている。
アマゾンのアフィリエイトを開始したのが昨年の12月22日、それから2週間と少ししか経ってないのに、もう70冊も出ている。一日平均で5冊だ。それ以外の本、たとえば俺の近刊『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』にしても、トータルで8冊くらいだから、ヤングのこれは異常な売れ行きだということがわかる。しかも、欄外にちょこっとコメントをつけただけで、特に紹介もしてないのにだ。
ひとつにはタイトルの力があるだろう。何のひねりも味付けもないシンプルなタイトル。にもかかわらず、誰もが喉から手がでるほど欲しい人生の秘密のようなものが、そこに表現されているような気がする。もうひとつ、薄くてすぐ読めるということ。この日本版はわずか102ページ。うち竹内均の解説が30ページ以上を占め、訳者あとがきとかオマケを除くと、本文はたったの50ページしかないのである。
そのうえ字がでかい。まるで小学校の教科書ではないかと思えるくらいの大活字で本文が組まれているので、1時間はおろか、早い人なら15分で読めてしまうに違いない。加えて値段が手頃とくれば、売れるのもおかしくはないのだが、それにしてもである。
自分の手元にあるこの本は初版で、1988年4月発行のものだ。それから17年間、一度も絶版になることなく今日まで売れ続けているのだ。これは新刊が一週間から半月で書店の店頭から消えてしまうのが常態となった今の出版界では、ひとつの奇跡である。
しかもである。この本の原著が出たのは、驚くなかれ1940年。太平洋戦争が始まる一年前だ。著者のジェームス・W・ヤングは、アメリカの広告界で長年活躍し、最終的にはアメリカの電通と呼ばれるトンプソン社最高顧問になった人物。
つまりはこのパンフレットみたいにペラペラの本は、戦前戦後の65年間を通じた世界的な超ロングセラーなのだ。これはもう『ドン・キホーテ』とか『罪と罰』のような「永遠の古典」といってもいいと思う。
過去に大きく宣伝されたわけでもないのに、どうしてそこまで売れ続けるのか。もちろん内容が濃く、驚きに満ちていて、一度読んだ人が口コミで宣伝してくれるからだ。さらに、これだけの薄さで内容充実とはどういうことかといえば、すべての文章が本質だけで構成されていて、よけいなことが書かれていないためである。これはあらゆる物書きにとっての理想であり、模範とすべき態度だと思う。
本書の内容を紹介すると、もともとが短いため、その大部分を紹介してしまうことになってしまう。そこで著者が主張するポイントの、前半だけを紹介してみよう。まず彼は「アイデアは天から下りてくる奇跡などではなく、ひとつの技術であり、そのプロセスはT型フォードの製造工程のように分解できる」(大意)としたうえで、アイデアの本質を次のように定義づける。
●アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせである。
これがどういう意味かは、著者が丁寧に語っているので、ぜひ本を読んでほしい。ここでは俺がこのくだりから思ったことを書いてみたい。それはスタンリー・キューブリックが『2001年宇宙の旅』を製作したときのエピソードである(べつにキューブリックがヤングの本を読んでいたというわけではない)。
『2001年』にはモノリスという黒い長方形の不思議なオブジェが登場する。映画の冒頭では、類人猿がその長方形に触れたことで知恵が付き人類へと進化する過程が描かれる。あれは何かというのは公開当時から物議をかもした。しかしキューブリック本人も、また共同脚本を担当したアーサー・C・クラークも「あれは人類以前に進化した知的生命体が、他の知的生命の発生を促しその経過を連絡する装置」だと、各種のインタビューはっきり述べていたりするのだが、まあそれはいいとして…。
実はキューブリックの当初のプランでは、宇宙人を画面に登場させる予定だった。それまでのSF映画で描かれる宇宙人はいかにも怪物然としたものばかりで、キューブリックには不満があったという。
「自分の作品に登場する宇宙人は、これまで誰も見たことも、想像したこともないスタイルでなければならない」とキューブリックは考えた。映画界最高の完全主義者である彼は、さっそく世界の一流画家やイラストレーターにデザインを発注した(その一人に手塚治虫がいた可能性が高い)。しかし結果はかんばしいものではなかった。キューブリックが見込んだ世界のアーティストは、ただの一人として「これまで見たことも、想像したこともない生物」を描くことができなかったのだ。
最終的にはピエロの姿で登場させることも考えたそうだが、結局何をやってもドツボにはまることを悟ったキューブリックは落胆し、「想像もつかないほどのものは、想像できないことがわかった」との言葉を残して宇宙人の映像化を断念した。依頼を受けた画家たちは、いずれも超一流のアーティストであり、能力が足りなかったわけではない。そもそも「宇宙的形態」を想像することそのものが、地球しか知らない人間には不可能な行為なのであって、こんな無理な発注をしたキューブリックが悪かったのだ。
《―――『2001年』は、地球外文明と人間との最初の接触を扱っていたのに、我々は実際には異星人を見ませんでした。(中略)
S・K「この映画の最初の時点で、我々は皆、その存在それ自体のように驚異的な仕方で、地球外の生物を描写する撮影方法について議論した。そして間もなく、想像できない程のものは、想像できないことが明らかとなった。せいぜいできることは、その性質のどこかを伝えるように、芸術的方法でそれを表現してみること位だ。それが、黒いモノリスを設定した理由だ。(中略)
―――異星の生物が、常にアマゾンの半魚人のようなプラスティック・ラバーの怪物に見えてしまうのは、SF映画の基本的な問題ではありませんか?
S・K「そうだ。それが生物的な実体の描写を我々がやめた理由のひとつでもある。本当に進歩した存在は、その進化のある段階で生物的な形態のサナギを恐らく脱いでいるだろうという事実は別にしての話だ。全く人間に似ておらず、パルプ誌のSF小説に出てくる伝統的な丸い目の怪物のようでないような生物的な実体をデザインすることは不可能だよ」》(「キューブリックかく語りき」イメージフォーラム増刊・キューブリック特集 '88年4月号)
たとえばギーガーのエイリアンにしても、あれはここ30年のモンスター・デザインでは最高傑作といえるが、形態をよく観察すると、人間のガイコツをベースに、頭をペニスのかたちに伸ばし、全体を甲虫のテクスチュアで仕上げたものであることがわかる。つまりあれは宇宙の怪物でもなんでもなく、すべては地球上の生物のパーツをまぜ合わせたものに過ぎないのだ。ギーガーは天才画家だが、その才能評価とはまったく別次元の話として、人間の脳活動の限界がここに如実にあらわれていることを示していよう。
こうした事実を踏まえてから、ジェームス・W・ヤングの著作を読むと、このような人間の限界をとらえたうえで、いったい何をもってそれを新しいアイデアと呼ぶのか、そしてそれを生み出すにはどうすればよいかということが、極めて明快に論理的に語られていて驚かされるのである。
つまり、まったくの無から有を生み出すような真似は人類には不可能なのだが、いくつかの有を組み合わせて新しい有を生み出すことは可能ということだ。そして、それがアイデアの…いや、人間の知的作業の本質だというのである。その意味では、この世に真のオリジナルは存在せず、あらゆるアイデアは本質的に二次創作だということもできる。
ヤングは、こうした原理を、さらに実践的なプロセスへと整理していく。プロセスの後半部分には、おそらく他のいかなる類書にも書かれてないであろうある驚くべき実践的な記述もあって俺はうなった。それは知的生産に携わる人間なら経験的に理解していることなのだが、まさかそれをプロセス化するとは恐れ入るしかない。
知的生産本は、毎年、無数に出ているわけである。しかし、本当に中身がある本は多くはない。俺はかつてマニアと呼べるほどこの種の本を読んできたが、ためになったと感じた本は結局はヤングのこの本と、梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)くらいのものである。極端なことを述べるなら、それ以外の類書はすべてこの二冊の亜流であると言ってもいいくらいだ。ただ立花隆の『知のソフトウェア』(講談社現代新書)は、ジャーナリズムの実践から生まれた知的生産本として非常に面白かった。
最後になったが、出版業界はもっとこうした地味な良書を大事にすべきである。現行の出版システムはもはや末期的で、版元は日銭を稼ぐために次から次へと出版点数だけをいたずらに増やしているが、せっかくの良書も、数週間程度の寿命で店頭から消え、翌年には品切れという名の絶版では意味がない。
一年で百万部売れ、二年後に忘れ去られるベストセラーもあれば、百年かけて百万部売れる本もあるわけだ。人類にとって真に価値ある本とはどういうものか、答えはあきらかではないだろうか。かつまた、そうしたロングセラーが会社の基礎体力に繋がることは、かつては常識だったはずなのだが?
……ちなみに俺の本ですが、ベストセラーにもロングセラーとも無縁ですが今後はがんばりたいと思いますのでよろしくお願いします(ペコリ)。
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コメント
私の父親は売れない小説家で「人間は見たものしか想像できない。だから、文章も読んだことのある文しか書けないはずだ」と言っては本を読んでいてこれはと思った文を大学ノートに書きためていました(最終的に200冊近くになりました)。
本文とは関係ありませんが、これを読んでなんだかそんなことを思い出しました。
投稿: | 2005/01/08 12:20
『2001年~』が公開され、ぼくら
SF同人誌「宇宙塵」のメンバーたちの
あいだでも、モノリスをめぐって、
盛んに論議が交わされました。
そんな最中、星新一さんかポツリと
「この映画にも、途中でコマーシャルが
入ると良かったのになあ…」と発言。
思わず笑いましたね。
謎と訳の分らなさに対する、星さん
一流の批評のようにも思えましたし、
星さんの発想の原点を知ったようにも
感じたものです。
投稿: 長谷邦夫 | 2005/01/08 14:56
たけくま先生、ギーガーの話が出たついでに、
ギーガーと木城ゆきとの関係を解説していた
だけませんでしょうか。ネット上に、果たして
代金を払ったクリアな関係なのか、それとも
XXXなのか、木城センセイは自作についての
権利について大暴れされている模様ですが、
いったいアレはアレなんでしょうか。
身の危険を感じない範囲でお願い致します。
投稿: お願いします | 2005/01/08 15:16
まさに「現代の古典」と言うのが相応しい本ですよね。デール カーネギーの「人を動かす」も同じ事が言えると思います。
投稿: take | 2005/01/08 15:21
いつも楽しく拝見しています。
キューブリックのこのエピソードについては
確か「サルまん」のコラムにも記述がありましたよね。
ところで「どんなに新しいものを想像したと
してもそれは『何かに似ているように見えて』
しまう」とも考えられるのではないでしょうか。
視覚系は無意味なシミや幾何パターンの中にすら
有意味な形を見出すという特性を持っているの
で、どんなに新奇なものにも既存物との類似点を
見出してしまうような気がします。
投稿: | 2005/01/08 15:47
よく知られている話ですが、星新一先生は
「異質なものの組み合わせでネタを作る」
とおっしゃってましたよね。
投稿: tC | 2005/01/08 21:06
今回のテキストも非常~に面白かったです。
ぜひ手に入れて読みたいと思いました。
好きなSF映画の話題でしばしば「2001年派」と「猿の惑星派」に割れるんですけど、「2001年」は次元が違いますよね。比較にならないっす。永遠に新しい。
「せいぜいできることは、その性質のどこかを伝えるように、芸術的方法でそれを表現してみること位だ。」
↑なるほど納得!です。感銘。
投稿: syuu | 2005/01/08 21:23
竹熊先生、毎回面白く拝読させて頂いております。
梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)は確かに今読んでも説得力がある本だと思います。
まだ読んだことのない方は一読することをおすすめいたします。
ジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』はまだ読んだことありません。
これから探して読んでみます。
>最後になったが、出版業界はもっとこうした地味な良書を大事にすべきである。現行の出版システムはもはや末期的で、(以下省略)
確かにその通りだと思います。
叢書も金ヅルなんですね、そうですか。(^^
;;
でもこれ以上つつくと命を狙われかねないので、これくらいにしておきます。
投稿: ほんとうのよわいてき | 2005/01/09 00:25
クーブリックのインタビューの訳はなんとかならんでしょうかね
投稿: ZO | 2005/01/09 10:49
昨年末からネットビジネス界隈で話題になっている The Long Tail という記事をご存知ですか?
http://www.wired.com/wired/archive/12.10/tail.html
リンク先の Story Images の2番目の画像を見るとわかるように、Eコマースではリアル店舗から消えてしまった商品やマイナーなものが地味ながら結構売れているよ、という話です。で、これが従来のマーケットを変容させるよ、と。画像の黄色い部分ですね、これが Long Tail。
Amazon がなんでこんなに Long Tail を売り上げているのかについての考察もあります。興味があればご一読を
投稿: 粘土 | 2005/01/09 11:33
>ZOさん
わしもそう思う。引き写していて何度も勝手に推敲したくなりました(笑)。
>粘土さん
ほう。ちょっと興味深いです。このサイトでアフィリエイト始めて、こちらが本当に勧めたいような本が皆絶版だったり品切れだったりで頭にきているんですよ。
ネット販売のいいところは、まさにおっしゃるように、リアル店舗では次から次へと商品が移り変わって消えていってしまう「いい品」を扱えるというところですからね。
投稿: たけくま | 2005/01/09 11:49
何故か、筑摩書房から出ていた『燐寸文学全集』(東西の文学作品から「マッチ」を書いた場面だけを抜き出した本)を思い出しました。
投稿: 環 | 2005/01/09 12:55
『アイディアのつくりかた』は竹熊さんのブログの紹介をみて、私もそのうち読みたい、と。でも、大勢の人が同じように感じちゃんと購入しているなんてすごいですね!!
本自体の力もあるのでしょうが、竹熊さんの紹介するものはおもしろい、と感じさせるなにかがあるからなのではないでしょうか。
投稿: ヤマダトモコ | 2005/01/11 09:33
>キューブリックが見込んだ世界のアーティストは、ただの一人として「これまで見たことも、想像したこともない生物」を描くことができなかったのだ。
まさにヤスパース言うところの「限界状況」そのものですねぇ。この限界を自認できるかできないかが、作品の作り方そのものを左右してしまうのがSFではよくありますね。
投稿: たくらんけ | 2005/04/02 11:23