企画・幻のデビュー前作品集
本当は企画の段階でこんなこと書くのはプロ失格なんですが、俺個人の力ではとうてい実現不可能なので、別にパクられてもいいから実現したらいいなあ、俺が読みたいから、ということで書いてしまいます。いや、まったく実現不可能とは思わないんですよ。でも売れるかどうかわからないし、実現には複数の編集者がかかわって、相当努力しないと無理なので、現実には企画が通る会社はほとんどないんじゃないですかね。
それは「プロ作家・デビュー前作品アンソロジー」です。デビュー作品集なら、まったくないわけでもないですよね。ジャンプの『手塚賞作品集』とかは出版されてましたし。あと各誌の新人賞とかだと、関係者に配るためだけの私家版を印刷することはあります。俺もスピリッツ新人賞の関係者向け私家版は持ってますよ。ただ俺が今、考えているのは「デビュー前作品集」。それも子供の頃に描いた作品とか、持ち込みのボツ原稿とかですね。これを集めてぜひ、出版してみたいと。
マンガ家と個人的に親しくなって、家に遊びに行くようになると、たまに見せてくれることがあるんですよ。そういうアマチュア時代の未発表原稿を。個人的に思い入れがあるから大事に持っているんですね。現住所になくとも、実家の押し入れとかには必ず入ってます。で、そういうのを見ると、また面白いんですよ。
でも見せてくれる作家さんも、個人的にこっそり見せてくれるだけでね。発表する気がない人が大部分です。「これ、本に載せませんか」と俺が言うと、顔を真っ赤にして
「絶対イヤだ!」
と叫ぶ作家さんもいらっしゃいます。そういうのこそ、読者は読みたいと思うんですけどね。ただ、まれに自伝とか、エッセイなんかで一部を発表するマンガ家さんもいます。手塚治虫の『おやじの宝島』とか、あのくらい有名な人になると、記念館で公開されたりもしますね。
あの頃マンガは思春期だったちくま文庫
夏目房之介さんなんかも、『あの頃マンガは思春期だった』(ちくま文庫)で高校時代の自作の一部を掲載されてます。『虚空の彼方へ』っていうアクション劇画なんですねこれが。なんか敵の殺し屋が出てきて「魔王!」と叫んだところで中断しているそうです。
あと相原コージ君がやはり高校時代に描いた『錆びた鎖』とかですね。『サルまん』でその一部を載せたので知っている人もいるかもしれません。主人公の親友が政治家の息子なんだけど、その親父があまりにアコギな汚職ばかりするんで抗議の自殺をするわけですよ。ところが親父は知らん顔をして市長選挙に立候補する。それで主人公が選挙演説中のそいつに向かって涙ながらの抗議をするという社会派ドラマです。背景で錆びた鎖がピキッと切れるイメージ描写とか、「お前なんか落選しちまえば・いいんだー・いいんだー」とエコーがかかる絶叫なんかが印象的な作品でした。
←竹熊19歳くらいの頃に描いたマンガ『愛は銀河を越えて』(ミニコミ「摩天楼」81年2月 掲載)
俺も高校時代の自作マンガを某誌に載せたことがあるんですが、やはり1コマ・2コマが限度ですよね。それ以上は恥ずかしくてとてもじゃないが見せられない。恥知らずとよく言われる俺がそうなんだから、他のプロ作家さんはなおさらですよね。パブリック・イメージというのがあるわけですし。
それから俺はまだ読んでないんですが吉田戦車さんは小学校時代に『キチガイ野郎』というマンガを描かれていたそうですね。本人がなんかの後書きで書いているのを見たことがありますが、ぜひ現物を読んでみたいものです。
往年の虫プロ商事が出していた「COM」という雑誌に「ぐら・こん」という新人投稿ページがありました。ここから多くのプロ作家が輩出したことで伝説になっているわけなんですが、ざっと思い出しても竹宮恵子・山岸凉子・あだち充・諸星大二郎・いしいひさいち・能條純一・大友克洋とかですね。結局マンガ家にはなりませんでしたが泉谷しげるとか。これなんか、そのまま復刻して出版したら面白いと思うんですがね。漫画史的な意味もあると思うし。どこかやりませんかね。
これは、たぶん高校1年か2年くらいの大友克洋くん(宮城県)です。すいませんたびたびネタにして。でも、なんか最初からうまいですよね。さすが。←『星野之宣スペース・イラスト集 STAR FIELD』(双葉社・絶版)
俺がこの企画を思い立ったのは、実はもう16年くらい前なんですが、当時、双葉社で諸星大二郎さんと星野之宣さんのファン向け画集を作りましてね。『諸星大二郎・西遊妖猿伝の世界』と『星野之宣スペース・イラスト集 STAR FIELD』の二冊。あれは、まるまる俺が編集して、半分くらい原稿も書いてるんです。たいへん懐かしい仕事です。
それで、各先生の仕事場に足繁く通ったわけです。まあ星野さんは札幌在住でしたから、直接伺ったのは三回くらいでしたけど。星野さんは当時から、たいへん大人な雰囲気の人でした。それで三回目くらいの訪問だったかな、ご自宅に泊めていただきまして、そのとき見せていただいたんですよ、中学時代に描いたという『ゴジラ対大魔神』を。
いや内容は海が十戒のように割れて、中から出現した大魔神がゴジラと戦うんですけど。それがもう、メチャクチャうまいんですよ。たとえばボクシングみたいな距離をとった殴り合いならまだわかるんですが、プロレスみたいに身体を密着させて戦うような絵は、デッサン力がないとなかなか難しいんですけどね。ただでさえそうなのに、これが俯瞰や仰角みたいな凝ったアングルで見事に描かれていて感心したんです。
それで「星野先生、これ今度の画集にオマケとして載せませんか」って何気なくいったら、それまでおとなしかった先生がいきなり血相を変えて
「ダメ! 絶対にダメ!」
っておっしゃるもんで、涙をのんであきらめました。まあ後から考えたら、大映と東宝にどうやって掲載許可をとるんだ、という話なわけですけどね。
しかし、この星野之宣版『ゴジラ対大魔神』の印象があまりに強烈でしたので、いろんな作家さんのこういうのを集めたら、さぞかし壮観な本になるだろうなあ、と思っていたわけです。しかしあの星野先生の剣幕から考えても、一冊の本にまとめるのは現実には不可能に近いのではないかと。講談社と集英社と小学館が超党派で編集チームを組んで、全力で説得に当たるくらいのことをしないと実現できないんじゃないでしょうか。残念なんですけどね。
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コメント
デビュー前作品集がもし竹熊さんの手で実現できたら、
是非竹熊さんのも載せて下さいね。
まずは隗からはじめよ、じゃないですけど
そのほうが説得しやすいかも?!
投稿: catfrog | 2005/01/11 08:48
↑いや俺はマンガ家じゃないから(と、逃げたりする)
投稿: たけくま | 2005/01/11 08:52
イメージとしては
「マンガ原稿料はなぜ安いのか?―竹熊漫談」
の最後のオマケ
「ボツになったさるまん第一回のネーム」みたいなのりで(笑)
投稿: catfrog | 2005/01/11 08:57
「ぐらこん」にはメカデザインで知られる宮武一貴さんも投稿されてましたね。2度以上見ましたから、常連だったのでは? 堂々たるSF大作だったようです。投稿作品の場合、「原稿は返却しません」ルールが多いので行方不明なんでしょうか。コピー普及していない時代だから本人も取っていないだろうし、もったいないです。
投稿: ロト | 2005/01/11 09:25
>catfrogさん
いや実は今度出るイーストプレスの本に、僕の昔のマンガをオマケにつける予定なんですよ。お楽しみに!
>ロトさん
あ、宮武さんも。そういえば見たような…うちにCOMが全冊あるんで、今度チェックしてみます。
あと以前、佐野元春に取材したとき、あの人中学時代に「COM」に投稿してたと聞いて仰天したことがあります。
なんでも石森章太郎に影響されて「ジュン」みたいな作品だったらしい。ところが「ぐら・こん」を見ても名前が発見できませんでした。
投稿: たけくま | 2005/01/11 11:05
大友さんが登米出身だとははじめて知りました…
あのへんの人って自然へのスタンスの取り方が独特で深いんですよね。
むしろストーリーに後の一連の作品との一貫性があって空オソロシイものがあります。
そうかこういうことだったのか。
竹熊さんのオマケも楽しみです。
投稿: 茶人 | 2005/01/11 12:37
私は一応世間で言う「プロ漫画家」をやっているのですが、中学生の頃
竹熊さんが関わっておられた「ファミ通のアレ(仮題)」の
グロテスクアートコンテストに応募して落選した事がありますよ(笑)。
確か絵と一緒に小学生の時に描いた漫画も付けたりして。良い思い出です。
投稿: 匿名漫画家 | 2005/01/11 13:28
歴史的資料として出版するのには面白いかもしれませんね(笑)
>一冊の本にまとめるのは現実には不可能に近いのではないかと
未だに昔の原稿を持ってるという事は、やはり日の目を見る日を待ってると思うので
自分としてはおまけとして画集に載せるより一冊の本にまとめる方が
権利関係さえ上手くやれば簡単だと思います。
取り敢えず一人だけでも良いから巨匠という先生を説き伏せて
他の漫画家に○○先生がこういう企画に賛同してくれてるんだけど
君もどう?みたいな感じで説得にあたれば案外簡単にいくかも知れませんよ。
投稿: 忍天堂 | 2005/01/11 13:28
>↑いや俺はマンガ家じゃないから(と、逃げたりする)
では、デビュー前の小説かエッセイなど。
それがダメなら小学校時代の読書感想文。(笑)
「デビュー前作品集」とするなら、現在のマンガ家さんとかに限定せず、もっと手を広げて考えてみたらどうでしょう?
宮崎駿氏がアニメーターとなる以前に赤旗に描いていた『砂漠の民』とかは有名ですが、国会議員・役者・歌手・マスコミ文化人が昔描いていた作品とか、面白いと思うのですが。
SF小説家なんかは特に、昔マンガを描いていたという方が多いと聞きますし。
投稿: 幸 | 2005/01/11 13:45
>幸さん
秋津三朗(宮崎駿)の「砂漠の民」は、もうアニメーターになってからの作品ですよ。アルバイト感覚で描いたやつじゃなかったかしら。
あと、結局単行本になってないんですが、10年くらい前に「私もマンガ家だった」というインタビュー企画をやったことがあります。
筒井康隆、小松左京、山田詠美氏なんかに話を聞きました。
投稿: たけくま | 2005/01/11 13:51
>もうアニメーターになってからの作品ですよ。
スミマセン。
アニメーター(演出家・監督)として、デビュー(名前が売れる)以前っていう意味です。
「砂漠の民」は、東映動画入社後、確か6年目ですね。
まだ荒削りでしたが、宮崎氏の想いが詰まったような作品でした。
筒井康隆氏はSF作家として大ヒットを出した後も、自分の小説を自分でマンガ化したりしていますよね。
かなりアレな絵でしたが。(笑)
投稿: 幸 | 2005/01/11 15:30
大友克洋くんのデビュー作って単行本化されてませんでしたよね、たしか。
記憶では「銃声」だったと思いますが。
奇想天外社版の「ショートピース」にも載ってないし、昔の作品は恥ずかしくて見たくないなんて言ってたし。
「夢の蒼穹」だったっけ?も「ファイヤーボール」さえ!ずいぶん単行本化されませんでしたよねえ。
そんな具合に「装丁を変えて別の出版社で」なんつー方と「完成した作品じゃないと絶対ヤダ!」という方といらっしゃいますよねえ。(なので「裸になるより恥ずかしい」という方は確実にいるので出版は簡単ではナイっす)
投稿: nomad | 2005/01/11 19:53
そういや、大友くん、「スターログ」に作品を載せたときに作者名が載ってなかったことがありました。
何回見直しても作者名がなくて、どう見ても大友くんの絵なので困惑したことがあります。
僕が見逃しただけなんだろうか。
投稿: nomad | 2005/01/11 19:55
はじめまして。
自分はプロではない、いわゆる卵の身ですが、そんな未熟者でも昔のもっと未熟な、例えば小学生くらいに描いた作品を公衆の面前に晒すのは死ぬほど嫌です。どうせ残ってないけど。
仮にまだ残ってたらもう棺桶まで持っていきたいほどですね…
投稿: 七藤左監 | 2005/01/11 20:25
これはすごく良い企画だと思います。売れるかというと難しいですが……。同じようなことを私はライトノベル版で考えたことがあります。賞に投稿して落ちた原稿掲載とか。私が編集に携わった「ライトノベル完全読本Vol.2」では、マガジンに投稿していた頃の天広直人氏のコミックを掲載しようと画策しましたが、当時は本当にマガジンっぽい男臭さがあったらしくて見せてもらえませんでした。
投稿: 乙木一史 | 2005/01/11 21:40
現実的には、漫画ミュージアムの様な所に収蔵しておいて、
著作権が切れたところで発行、とか、
ご本人が無くなった後に遺族を説き伏せて、とかですかねえ。
でも、死後五十年経つのを待ってたら、
本当に歴史的価値しか無くなっちゃうであろうところがネックですが。
投稿: snow-wind | 2005/01/12 01:42
趣旨はちょっと違うかもしれませんが、漫画界以外の業界で活躍する人の漫画作品を集めても面白いかもしれませんね。泉谷しげるもガロデビューしてますし。本人はいやがるかもしれませんが、「へぇ、こんな人も漫画書いてたんだねぇ」てな具合です。財界人の大物とか、結構すごいのも出てくるかも(笑
投稿: simple | 2005/01/12 06:12
デビュー作かその直前だけ集めるって趣旨なら、講談社アフタヌーン誌で
四季賞入選作だけ集めた「四季賞クロニクル」っていう企画があったみたいですが・・・当初の発売予定は2004年冬だったはずなのに音沙汰なくなっちゃいましたね。
嫌がった人が居たんですかね、やっぱり。
投稿: soorce | 2005/01/12 09:53
先頃、ご婚約なされた紀宮様が学生時代に描いたと云われている、同人誌を読んでみたいです。
投稿: yume | 2005/01/12 17:33
自分でしたら「買い」ですね。間違いなく。竹熊さんの解説付きで。作者のコメントもあれば尚更ですよ。但し漫画家さん本人にしてみれば、最も忌むべき企画ではないかと…。ワタシもイラストとか描いたりするですが、初期のヘタクソな絵は、やはり死んでも見せられないと思うですよ。美麗な絵で知られる星野さんの気持ちは痛いほど分かるですが…(でも他人のソレは見たかったり…)まず竹熊さんの高校時代のミニコミ誌「摩天楼」を全文載せるべきだと思いまーす。
投稿: vio | 2005/01/12 22:20
しかし竹熊さん、荒俣さんの本棚の件といい作家の方々の琴線触れまくりな感が…。余罪を追及する所存です。(面白かったりするです)
投稿: vio | 2005/01/13 00:54
23年前に小学館からそんな雑誌が出てたと思います。浦沢直樹がデビュー前に描いたますむらひろしに影響をうけていたという漫画が載っていた。
投稿: | 2005/01/14 14:44
「ゴジラ対大魔神」と言えばそのものズバリのものが昔(1967年ごろか?)の少年キングの巻頭口絵にあったのを思い出しました、その時他にも「黄金バット対ゴア」とか「マグマ大使対ナゾー」等がありました。後の二つはキングの連載作品ですからなんとかなったでしょうが、「ゴジラ対大魔神」はほんとに権利関係どうクリアしたのでしょう?
投稿: 流転 | 2005/08/04 23:33