W・マッケイ(4)沈みゆくルシタニア号
『沈みゆくルシタニア号』(1918)は、それまでのマッケイ・アニメとは異なり、背景が静止画となっている。ここから考えて、部分的に切り抜き法やセル方式も採用されているようである。だが主要な動画部分は、変わらず紙アニメの手法が使われている。セルでは、マッケイの求める微細なタッチが表現できないからであろう。
マッケイは、これをマンガではなく「実写」として観客に見られることを望んだ。したがって作画は徹底した写実的描写に貫かれている。彼はこのわずか9分30秒の作品のために、私財を投じ、丸3年の月日をかけたのだ。
こと作画の労力という点において、筆者はこの作品以上のものを知らない。それはすべての画面が細密なペン画で描かれているのであり、しかも1コマ打ちのフル・アニメーションとして動くのだ。数名のスタッフが雇われたとはいえ、この作品に込められたマッケイの執念はすでに狂気の域に達しているといえよう。
またドキュメンタリー・アニメなるものもこれが世界初であるが、人物描写がほとんどなく、ただ巨大な船が沈没する過程をひたすら即物的に描写するというこのような作品は他には思いつかない。これに匹敵する映像があるとすれば、9.11のワールド・トレード・センターの崩落映像くらいのものである。もしあの映像がビデオに納められておらず、関係者の証言のみで再現したとすれば、どうであろう。マッケイは、まさにそのような作業をしたことになる。ちなみに我が国では大正時代に『ルシタニア号の沈没』として公開された。
以下、太字はオリジナルの字幕から竹熊が翻訳したものである。
「アニメーションの創始者にして発明者=ウィンザー・マッケイは、この人類に衝撃を与えた犯罪を、歴史的記録として描こうと決意したのである」
「生存者ビーチ氏の証言で沈没の詳細が明らかとなり、マッケイは彼の援助で仕事をすることができた。この作品のために描かれ、撮影された原画は2万5千枚。動く海を描くことが彼の最初の仕事だった」
「以下はルシタニア号の沈没に関する全記録である。ルシタニア号は2000人の乗客を乗せ、1915年5月1日にイギリス・リバプールへ向けて出航した。乗客には200人のアメリカ人が含まれていた。ドイツ大使館からの警告はニューヨーク新聞で報じられていたものの、それは軽く見なされた。全員が安全を過信していた」
「すでに大量殺人で世界を混乱に陥れたドイツ帝国は、さらなる非道を実行するべく、殺人兵器を送り込んだ」
「5月7日正午、ルシタニア号はアイルランドの海岸を見つけた。目的地が近いことを、それは示していた」
「2時間後、ルシタニア号が18ノットで航海中、ドイツ潜水艦U-39が発射した2発の魚雷が船橋のほぼ真下で炸裂した。この攻撃で1150人の尊い人命が失われた。うちアメリカ人は114名、なかには世界的な名士も含まれていた」
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「エルバート・ハーバード 現代思想家・作家」
「チャールズ・クレイン 著名な劇作家」
「アルフレッド・G・ヴァンダービルト スポーツマンにして大富豪」
「チャールズ・フローマン 劇場支配人 末期の言葉“死は人生の美しい冒険であるにすぎない”その死に顔には笑みが浮かんでいた」
「ドイツ、かつて栄華を極めたこの大国は、卑劣な大量殺人を犯すまでになり果てたのだ」
「救命艇の降下中、二回目の魚雷攻撃が機関室を直撃。これが致命傷となった。」
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「船は衝撃で大きく揺らぎ、そして沈み始めた。」
「何の警告もなく…慈悲も示さず…」![]()
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「母親の胸にしがみつく赤子の姿に世界が慟哭した……無辜の民に対する暴力で、ここまで残酷な行為はかつてない。我らはその代償を求める」
「最初の魚雷攻撃からわずか15分で、ルシタニア号は波間に姿を消した」
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「そして攻撃した男は皇帝から叙勲されたのだ! 我らはこの事実を告げる…怒りを込めて。」
『沈みゆくルシタニア号』は、マッケイの愛国者としての感情から制作されたものだが、同時にプロパガンダ映画としても構想された作品である。だがあまりにも製作期間がかかったため、完成時に第一次世界大戦はほぼ終わっていた。したがってプロパガンダとして機能したかは不明であるが、歴史に残る空前絶後の作品であることは確かだ。
アニメ史的には、「写実」を初めて本格的に試みた作品であり、またメカニック描写や、波や風・煙・爆発といったエフェクト・アニメの元祖としても高い評価を下すことができる。特に驚くべきは煙の表現であり、白い高温の水蒸気は勢いよく直上にたちのぼり、重油の燃える黒い煙は重く海面に立ちこめ、煙突からは石炭のグレーの煙がマッケイ特有のアール・ヌーヴォー調の曲線を描いて風にたなびく、という具合である。つまり煙の種類と性質の違いがひとつの画面でちゃんと描きわけられている。ちなみに煙の動画にはセルが使われているようだ。
私見ではこの『沈みゆくルシタニア号』、誇張でもひいき目でもなく、ピカソの『ゲルニカ』に匹敵する作品ではないかと思う。作品が成立した過程も、怒れる天才の作品であることも似ているが、それ以上に作品から受けるインパクトの度合いが同じなのだ。プロパガンダといった表面上の目的を越えた、戦争の本質がリアルに表現されており、その絶望的な美しさは、一度見たら一生忘れられない視覚体験を、われわれにもたらしてくれるのである。
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コメント
>これに匹敵する映像があるとすれば、9.11のワールド・トレード・センターの崩落映像くらいのものである。
中略
>戦争の本質がリアルに表現されており、その絶望的な美しさは、一度見たら一生忘れられない視覚体験を、われわれにもたらしてくれるのである。
ちょっとどうなんでしょうか。妙な誤解を与えかねない気がしないでもない表現のようですが。
投稿: | 2005年1月30日 (日) 16時39分
むう・・見てみたいなあ・・。日本版でDVD出ませんかね。
投稿: syuu | 2005年1月30日 (日) 23時40分
>ちょっとどうなんでしょうか。
ご親切からの言葉なのはわかりますが、
誤解する奴はどうあっても誤解するんで引き合いにアレを出した時点で氏は覚悟済みかと思われますが(笑)。
竹熊さんにとっては、それほどまでに衝撃を受けうるものってことですよね。
投稿: | 2005年1月31日 (月) 00時51分
何はともあれ動画を見てみたいですね
投稿: hi | 2005年1月31日 (月) 02時14分
警告したら、見過ごすわけにもいかんしなー。
という話じゃないことは、さておいて。
投稿: | 2005年1月31日 (月) 05時34分
>この作品に込められたマッケイの執念はすでに狂気の域に達しているといえよう。
自分はリトルニモより、どちらかというとこちらの方が興味ありますかね。
投稿: 忍天堂 | 2005年1月31日 (月) 16時44分
初めてコメントします。このブログはyahoo!で知りました。ブログとは思えない程のコンテンツの充実ぶり、いつも楽しませてもらってます。特に今回のマッケイのアニメーションは素晴らしいです。ここに来なきゃ知らなかったと思います。今後も頑張って続けてください。玄人揃いのこのブログでミーハー気分まるだしですが。応援してます!
投稿: ぽっくん | 2005年2月 1日 (火) 22時01分
こんにちは。翻訳を営んでます。面白いので最初から読んでいるのですが、ちょっとひっかかりました。ずいぶん以前のエントリとはいえ、資料価値が高いのでコメントさせていただきます。
竹熊さんはTHE SINKING OF THE "LUSITANIA"を「沈みゆくルシタニア号」と訳されてますが、この SINKING は the に続いているので名詞、つまり「沈没」となりまして、つまり大正時代の「ルシタニア号の沈没」がまっとうな訳になるはずなのですが、いかがでしょうか。
「沈みゆく」の方が詩的ではあるんですが。
投稿: 鴨澤眞夫 | 2006年10月 9日 (月) 14時01分
ええ、「沈没」が正解なのでしょうが、僕が最初に読んだ本には「沈み行く」と邦訳されており、これが個人的に非常に気に入っているのです。多少、意訳になりますが、僕としては「沈み行く」を使いたいと思い、そうしております。
ただ、大正時代にこの作品が日本公開されたときには「ルシタニア号の沈没」という邦題だったという資料もあるので、あくまでも私が選んだ「邦題」ということで、ご容赦ください。
投稿: たけくま | 2006年10月 9日 (月) 14時12分
あ、もちろんそういうことであれば許容範囲というか、最近の映画の邦題なんかよりずっと良いことは確かですね。文章だし。
わたしも翻訳の翻の字が大事だ、という立場を採っている者ではあります。
投稿: 鴨澤眞夫 | 2006年10月 9日 (月) 14時45分