コミックマヴォVol.5

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2005/02/03

W・マッケイ(5)世界最初の怪獣映画

Centaurs_003大作『沈みゆくルシタニア号』のあと、マッケイは手間のかかるペーパーアニメをやめ、セルアニメに切り替えた。初めての本格的セル作品は『ケンタウルス』(1919頃/部分のみ現存)ではないかと思われる。『ケンタウルス』は、その存在こそ知られていたものの、永らく幻の作品となっていた。ネガが紛失し、プリントも失われていたと思われていたのだ。

ところが近年になって、ある倉庫にフィルムが眠っていたのが発見された。しかし保存状態が悪く、缶を開けたとたんにフィルムの大半が粉となって飛び散ったという。フィルムが癒着し固形化していたうえに衝撃を与えてしまったこと、そして半世紀ぶりに急激な外気にさらされたことによる悲劇であった。

現存する『ケンタウルス』は、残ったフィルムを注意深く修復したものだ。断片なのでおよそ2分ほどしか残っておらず、ストーリーはよくわからないが、若いケンタウルスの男女とその子供、そして年老いたケンタウルスの夫婦が登場する場面が残されている。どうやら老いと若さの対比がテーマの作品であるようだ。

ちなみに以下のサイトで映像が無料公開されている。

http://www.centaur.org/mccay/
http://memory.loc.gov/cgi-bin/query/r?ammem/papr:@filreq(@field(NUMBER%2B@band(animp%2B4083))%2B@field(COLLID%2Banimat))

『ケンタウルス』は、全体としてはとても美しい作品である。茂みの中を歩む女性ケンタウルスの姿は、マッケイ作品中でも一、二を争う優雅な場面だろう。この場面の魅力はマッケイ自らが描いた見事な背景にある。緻密な背景が描けることはセルの大きな利点なのだが、反面、ペーパーアニメ時代には確かにあった、マッケイの繊細な描線の「タッチ」が失われているのは残念である。

セルはその材質の特性として、均質な線を引くには適しているが、タッチを活かした強弱のある線を表すことは不得意だ(だからこそ分業が可能になったともいえるわけだが)。ちなみにセルでタッチの表出が可能になったのは、50年代にディズニーが『101匹わんちゃん』でゼロックス・コピーを導入してからである。

pet_000『ケンタウルス』の後に作ったと思われる『ガーティの旅』、『フリップのサーカス』にしても、断片やテスト・フィルムしか残っていない。ただ幸いにして、1919年から21年にかけて製作された『チーズトーストの悪夢』シリーズ3部作は、ほぼ完全なかたちで残されている。これはマッケイの同名のコミックを素材にアニメ化したもので、『虫の演芸』『ペット』『空飛ぶ家』の3タイトルがある。うち『空飛ぶ家』には作画に息子のロバート・マッケイがクレジットされており、父マッケイは監督に徹したようである。そして、おそらくこれを最後の作品として、彼はアニメ制作を離れた。

pet_001三部作中の最高傑作は『ペット』である。これはマッケイのストーリーテラーとしての才能が表出した作品だ。倦怠期を迎えた中年夫婦の、ベッドで見た悪夢がテーマである。


pet_003無理解な夫に孤独を感じた妻が、一匹の小さな動物を拾う。




pet_004




pet_005猫なのか犬なのか定かではないその小動物を、妻はキューティと名付けて可愛がる。



pet_006




pet_009夫はキューティを気味悪がり、「お前、気は確かか?」と妻をなじる。




pet_013妻は、キューティをまるで我が子のように育てようとするが…。




pet_018夜中、家の中を暴れ回り、夫婦のベッドに潜り込むキューティ。たまらず夫は部屋を出て行く。



pet_019居間の長椅子で寝ている夫の前で、巨大化をはじめるキューティ。




pet_020




pet_022飼い猫は食べられ、食卓はめちゃくちゃにされ、




pet_024たまらなくなって、薬局に駆け込む夫。「妻は狂っている!へんなバケモノが我が家にいるんだ……この店にあるだけのネコイラズを売ってくれ!」


pet_027一方、キューティは地下室の石炭を食べ尽くし…




pet_028家具を食べ、どんどん大きくなる。




pet_029そこに一樽分のネコイラズが運ばれ、毒とは知らずに全部食べてしまう。すると…



pet_032毒が回り、キューティの全身が腫れ上がる! 膿胞に覆われたその姿を見て、妻が悲鳴をあげる。



pet_034だが、キューティは死ななかった。そればかりか、かえって活性化し、塀をかじって屋敷を出て行く。



pet_035もはや自分の手に負えないと悟った夫は、警察に駆け込み、軍隊の出動を要請



pet_037道路に出たキューティは、街路樹を食べ、車を食べ、




pet_040路面電車もビルもエサとなり…




pet_042そしてガスタンクまでも! キューティの食欲を誰も止めることができないのか…?



pet_047ビル街を蹂躙するキューティに爆撃機が攻撃を開始。この作品が「キングコング」('33)より十数年早いことを考えると、驚くべきことだ。


pet_049




pet_050




pet_053大量の爆薬により、ついにキューティの身体が吹っ飛ぶ。




pet_056悪夢は終わった。だが、街もすべてが破壊されていたのだった。




終盤、巨大化したペットが近代都市を蹂躙するクライマックスは、怪獣映画でおなじみの構図であるが、こうしたビジュアルが登場したのはおそらくこの作品が最初である。ということは、マッケイは世界初の怪獣映画監督ということにもなる(…と思うが、筆者が浅学ゆえに知らないだけかもしれない。1920年以前にこの種の作品があるのなら、ぜひとも識者の教えを乞いたい)。

謎のペット・キューティは、軍隊の爆弾投下によって死滅するが、同時に、都市じたいも壊滅的な破壊を受ける。最後は恒例の夢オチで終わるものの、すべてが瓦礫と化した都市に硝煙がたなびくラストシーンは衝撃的だ。大友克洋の『AKIRA』にまで繋がるこうした文明破壊のイメージは、おそらくマッケイが見聞した第一次世界大戦の記憶にその端を発しているはずである。『ゴジラ』のビジュアルに広島・長崎や東京大空襲の記憶が重ねられているように、怪獣映画の本質は、大規模戦争のイメージと切り離せないものがあるのだ。

同時に『ペット』には、露骨にフロイト的と呼べるような、極めてエロティックなイメージも濃厚に漂う。旦那に対して不満を募らせる妻の見た夢が、どこまでも肥大化する怪物とは、出来過ぎではないか。いずれにせよ、そうしたものをビジュアルとして産み出したマッケイの想像力は、ゆうに百年の射程を持った壮大なものであったというよりほかはない。

※(完)につづく→

◎このエントリへのコメント→★

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コメント

 ガスタンクに迫るキューティの、巨大感というか、見上げた空に顔がある怖さが、キングコングに先んじて描かれた「マンガ映画」とは思えない筆致ですね。
 今のアニメと比べても、仕上げの質感は変わっていても、絵の本質が何も変わっていないことを思い知らされます。

投稿: 神北恵太 | 2005/02/03 18:41

写実的な人物・背景に対して、異形の存在であるところのキューティが、現実と非現実の狭間のような微妙な造型で描かれている点が面白いです。大雑把に見れば実際に存在する何かの生物のように見えつつ、実は何だかよく判らない悪夢のフォルム。
ところで…『日常に非日常がペットとして紛れ込む』という図式は諸星大二郎の「子供の遊び」でも描かれていましたが、やはりこのマッケイの「ペット」が下敷きなっているんでしょうね。「ペット」のそれとはまた別の悪夢の結末が描かれた「子供の遊び」は、偉大な変奏曲といったところでしょうか。

投稿: 池本 | 2005/02/03 20:01

はじめて見ました。
素晴らしい傑作ですね。
この時代にこれだけのイメージと
ユーモアを持っていたとは!
あらためて感心しました。

ちょっと話がずれますが、
ゼロックスコピーのアニメへの
導入はやはりディズニーの発想と
言っていいのでしょうか?
今日『ディズニーの芸術』(講談社
77年)を再見していたら、
ゼロックスカメラという表現で
書かれていました。現場では
セルにコピーという感じより
写し撮ったという言葉で語られ
ていたのかなあ~。
技術的解説がされていなかった
ので、ちょっと食い足りません。

マルチプレーンでは「レイヤー」と
書かれていて、CGが無い時代に
レイヤーという考え方をしていた
ディズニーが、CG開発をはじめた
ゼロッスにマルチを「フォープレーン」
ソフトで実現させたとも思います。
この辺はどうなんでしょう?

投稿: 長谷邦夫 | 2005/02/04 00:26

>池本さん
諸星さんが、直接「ペット」を見ているかどうかはわかりませんが、奇想の系譜として共通するものがあるかもしれませんね。

投稿: たけくま | 2005/02/04 00:33

>長谷先生
僕が知る限りでは、ゼロックスの導入はディズニーが最初だったと思います。
ただ『世界アニメーション映画史』(伴野孝司・望月信夫 PULP)によれば、『白雪姫』の時点ですでにセルに感光剤を塗り、大判の原画を縮小して転写し、細かい描線を実現させたと書いてありますので、発想としてはそのころからあったのでしょう。
ゼロックスは現像過程抜きで、原画のエンピツ線をそのまま複写することができますから、『101匹わんちゃん』においては、原画の「タッチ」の表出を意図的に狙ったものだと思います。

マルチプレーンとゼロックスとCGの関係は、すみません、僕ではよくわかりません。

投稿: たけくま | 2005/02/04 00:44

キングコングに触れるのでしたら、ロストワールド(スピさんのでなくて'25年製作のアレ)にも一言触れて欲しかったな

投稿: ああ | 2005/02/04 07:57

68年ごろ、ユタ大学に国防省が金を出して
CGの研究がはじまったといわれます。これが
6年後解散して、ニューヨーク工科大学や
民間会社が引き継いでいく過程で、ゼロックス
も加わっているようです。
ソフト開発にはマンガ描きも参加するように
なったのはこの時期です。

ディズニーがCGでマルチプレーンを実現する
ために「フォープレーン」ソフトを開発
したのには、ゼロックスコピー時代からの
関係でゼロックス社が技術を提供したんだ
ろうと考えたわけです。

投稿: 長谷邦夫 | 2005/02/04 08:29

>ああさん
ロストワールドって1925年でしたか。タッチの差でマッケイが早い感じですね。

>長谷先生
なるほど。そういえばダイナブック構想を立てたアラン・ケイってゼロックスにいたんでしたっけ。ディズニーは新技術の導入に積極的な会社でしたよね。御大存命中は、特に。

投稿: たけくま | 2005/02/04 08:59

昔読んだ本だと、フランス映画『極地征服』(1912)に
南極に住む氷の巨人が登場しますが、
これが世界最初の怪獣ではないかとありました。
現物は未見なので詳しいことは分からないですが。

http://www.generalworks.com/databank/movie/title1/conpo.html

もしご存知のようでしたら詳細をお聞かせ願いたいのですが。

投稿: ダックリン | 2005/02/04 09:39

ゼロックスのパロアルト研究所ですね.コンピュータ関連ではとってもメジャーなところです.GUI,LAN,マウスなどはここの発明.研究オンリーで特許に興味が無かったため,全然儲っていないらしいです.
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839902259/249-7776558-7110736

ちなみに,アラン・ケイはその後アップルを経由してディズニーに入っています.まだいるのかな?
http://www.ewoman.co.jp/winwin/44ak/

投稿: おかだK | 2005/02/04 10:12

>ダックリンさん
そうか、メリエスがいたか!
メリエスなら怪獣を出してもおかしくはないですね。
ただ「近代都市を破壊する怪獣」というモチーフに限定したら、どうなんでしょう。
この場合はやはり「ペット」が最初の気がするんだけどなあ…。

投稿: たけくま | 2005/02/04 10:40

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