コミックマヴォVol.5

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2005/03/03

「共犯者」としての編集者

QJ-1昨日のエントリー「出版界はヘンな業界」はアクセス解析の伸びもよく、結構反響がありました。深夜早朝も普段より伸びていましたので、同業者の方が多く読まれているものと拝察いたします(笑)。

ええと、前エントリーではフリーランスの立場から、やや業界に対して辛口のことを書いてしまったかもしれません。もちろん僕が書いた内容は事実ですし、出版界が「(資本主義の論理に照らして)ヘンな業界」であるという意見は変わりませんけども、だからといって普通の企業のようにキッチリしろ、とは実は俺は必ずしも思っていないのです。と、ここで一発フォローを入れておきます。

もちろんフリーだってご飯を食べねば死んでしまいますから、お金にならないのは困るわけですけども、場合によってはギャラは度外視で仕事をすることだってあるんです。そこがこの仕事の魔力というか、悪魔的な部分かもしれません。このへん、演劇やってる人なんかと通じるところもあるかもしれませんね。

要するに、俺なんかは9時から5時までのサラリーマン生活が金輪際できないからこういう仕事をしているようなところがあるわけでして、イヤミではなく、きちんと会社勤めができる人たちを尊敬します。俺は基本的に根がイイカゲンですので、高校時代の趣味(ミニコミ出版)の延長でなんとなくやっているうちに、ずるずると後戻りのできない歳になってしまいました。

たぶん文章とかマンガとか、本を作ることが好きでなかったら、今でも親のすねをかじったヒキコモリ中年になっていたかもしれません。まあなんとか縁あってこの仕事を始めることがきましたが、当然生活が不安定になることは覚悟のうえでした。イイカゲンとテレパシーが支配する出版業界が、水にあっていたといえるかもしれません。

一方で編集者は、一部のフリーを除けばおおむねサラリーマンであるわけです。でも仕事する相手の大多数が俺みたいな公私の別もつかないフリーランスなわけですから、一般のサラリーマンとはかなり異なる生活パターンを強いられます。だいたい小学館でも講談社でもどこでもいいですが、午前中に編集部に電話をかけて電話に出る奴がいたとしたら、たいていはバイトか研修中の新入社員、または徹夜明けの編集者だと相場が決まっていますし。

ここで編集者の立場にあえて立ってみますと、編集とは、一般社会と魑魅魍魎の世界(作家とかライターとか)をつなぐ恐山のイタコみたいな存在であるといえるでしょう。一方では社会常識の欠落した魑魅魍魎とつきあいながら、なんとか原稿をもらいうけ、一方では営業や印刷所や取次のような「一般ビジネスの論理」で動く人たちとつきあわねばなりません。

つまりはその、この世とあの世の境界に立たねばならないのが編集の勤めなのです。ですから、編集者の仕事は一般社会常識からすれば、やはりかけ離れているといえるでしょう。作家と接するにあたっては狂気の側に身を置き、かつ、会社に戻れば社会人として振る舞うことができる。この振幅が大きいほど、それは優秀な編集者であるという定義も可能です。

さてここからが言いたいことなんですが、最近は「うまい具合に狂っている」編集者が少なくなったのではないかと思うわけです。だいたい面白い原稿をもらおうと思えば、やはり編集の人も狂ってくれなければ作家だって調子がでませんですよ。

俺が過去に接したなかで、二番目に狂っていた編集者は「クイック・ジャパン」を創刊した赤田祐一君かもしれません(一番狂っていた人は、本当に気が狂ってしまいました)。特に創刊準備号を編集していた時期の赤田君はすごかったですね。一応、出版社に席をおくサラリーマンでありながら、「QJ」創刊準備号の編集経費700万を「すべて自腹」でまかないましたからね(会社からは一銭も出てないはず)。たぶんそのときの彼の全財産だったと思いますけど。なんでそんなことになったかというと、そのとき勤めていた自分の会社の社長が創刊に反対したからですが、それを無視して仕事を続けたわけです。「QJ」は社内インディーズ雑誌だったわけですよ。

編集作業も丸二年はかかってます。俺はあの準備号に康芳夫さんのインタビューを執筆したんですが、取材してから原稿を入れるのに一年、本ができたのはさらにその一年後でした。途中で、もうこの雑誌はでないだろうと何度も思いましたけどね。そこは赤田君の執念でなんとかなってしまいました。

それで当然、その号で仕事をした俺や大泉実成、中森明夫といった人たちはすべてノーギャラです。だって編集長が700万も自腹を切っているわけですから、請求なんかできませんよ(数年後に、一応少額が振り込まれましたけども)。

要はその、編集者が作家以上に狂っていれば、ノーギャラでも人は動くといういい例ですね。赤田君の場合は確かに極端ですけども、俺のようなモノカキの立場からすれば、いい仕事ができるか否かの鍵は、やはり編集者が握っています。結局の所、編集といい意味での「共犯関係」が結べるかどうかが勝負になりますね。場合によっては一緒になって会社を騙すようなね。ビジネスライクな関係もいいんだけど、やはり本当の意味でいい仕事はできない。

前回のエントリに即していえば、ギャラの話をしないならしないでもいいから、その代わり俺と一緒に地獄に堕ちろということですね。地獄に堕ちる覚悟もないのに、中途半端な態度をとられるくらいなら、まだビジネスライクに徹してくださったほうがマシかもしれませんよと。なんか昔と違って中途半端な人が多い気がするんですよ。作家はなおさらですが、編集者も、この世界に飛び込んだからには出世とか老後の心配してちゃダメです。それなら別の仕事に就いたほうがよほど幸せになれますよ。

Amazon.co.jp: 本: 証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海証言構成『ポパイ』の時代

最後になりましたが、赤田君が出した『ポパイの時代―ある雑誌の奇妙な航海』を紹介します。俺が知る限り史上二番目の雑誌フリーク(一番目は大宅壮一)である彼の、黄金時代の平凡出版(マガジンハウス)へのあふれんばかりの愛情がほとばしった良書でありますよ。

◎このエントリへのコメント→★

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コメント

いやぁ…赤田さんスゴすぎます…ワタシも初期のQJ読んでまして、竹熊さん大泉さんの対談や、他のコラムとか目を通してましたが、確かに感想を言えば「コアな商業ベースのミニコミ誌」に尽きると思いますねェ…。編集の方がそこまでタガを外していて、最高に面白かった雑誌は、後期の「平凡パンチ」だと個人的な感慨です。いや、あの雑誌の成り行きはスゴかった…。廃刊の憂目に遭いましたが。中森明夫さんと言えば「東京おとな倶楽部」…。

投稿: vio | 2005/03/03 22:27

「ポパイの時代」、文句無く面白い!
赤田さんには1度だけ出会っているようです。
『OHの肖像』で、このライターをつとめた
岡崎英生さんが、彼と一緒に取材にみえた~
んだと思います。
大伴昌司さんについて何か知らないか?という
ことでみえたんです。SF同人誌「宇宙塵」の
同人だったので…。

大伴さんについて調査するというのも
いかにも赤田さんらしい。
たぶん、彼だったと…。そんなとんでもない
方とは全く知らぬ時代ですね。

投稿: 長谷邦夫 | 2005/03/03 22:37

↑大伴さん関係の取材ですが、そのときフジオプロまで長谷先生に会いに行ったのは赤田君と僕なんですよ(笑)。お忘れでしたか…って、そりゃわからないですよね。「サルまん」とか「QJ」の前でしたからね。

投稿: たけくま | 2005/03/03 22:45

え~~~~~~ッ!
そうだったの。
岡ちゃんではなかったか。

そういえば、水声社での対談のとき
貴兄だと聞いたかも…。
ボケがきたかな。

トンデモナイお二人に出会っていたんだ。

投稿: 長谷邦夫 | 2005/03/03 22:55

 はじめまして。台湾で漫画雑誌を作っている、ひよこの編集(長)elielinです。古本屋で偶然手にした「サルまん」(日本語版)と出会って竹熊さんのお名前を知り、ブログ開設を発見した以来いつも拝読しておりまして、いろいろと勉強させていただいてます。
 ここ二日間の話題は、いろんなことを考えさせくれました。
 「イイカゲンとテレパシーが支配する出版業界」と書くと確かに眉を顰めさせられますが、逆さまで見ると、それが「ものすごい不思議で強い信頼関係で繋いでる世界」にも見えますが。
 正直な話、弊害があるとわかっていても、そのような関係が作れるのを考えると、本当は羨ましくてたまらないです。台湾の場合、わりと作者からいろいろ要求される「みたい」です。一部の作家は、出版社に騙され利用されるのを「事前から露骨に態度に出したり」しますね。編集(出版社)側も同じように、「作者のわがままによる利益の損失」をなんとしても食い止めたい、というスタンスです。
 アメリカ式と言ってはいいのかわかりませんが、互いに信頼なんて存在していませんから、契約書をちゃんと打って、両方ちゃんと守っていくのが普通「みたい」です。でも、それで作られた本も、普通です。面白みのあるものはなかなか出ないのが実状です。
 今日〈「共犯者」としての編集者〉を読んで思ったのは、結局作者も編集も台湾の一般状況のように、どちらも「この世」の住人で、作品の内容よりまず原稿料を議論しようになると、面白いモノが作れる確率がかなり下がるということになるのでしょうか?
 ちなみに、前文で「みたい」を多用しているのは、自分は台湾の出版社で務めた経験はなく、ものづくりのプロセスは基本、昔日本のアニメ会社勤めで得られたモノですから、仕事の仕方はテレパシーに依存する方です。最初は逆に台湾の「当たり前」が少し理解不能に陥いていました。で、当たり前のように各種の支障が出てますので、恐山のふもとで試行錯誤の日々を繰り返しているところです。最近の自分もだんだんあの世が近いという感じがし始めましたが…
 初書き込みで長文になりました。ごめんなさい。よろしくお願いいたします。

投稿: elielin | 2005/03/04 02:22

昭和40年代とかは出版ブームだった話を聞いたことがあります。30年代もかぶってるのかな?
実用書とか百科事典も含めてらしいですが、社長が営業と経理をして編集が一人ってところも多かった博打ビジネス。当たるとバイトとか社員を増やすという感じで。編集者から作家とか、その逆も多くあったようにも思うんですが。業界の成長期だったんですかね。ぼくは広告と出版の両方に関わってますが、その頃の広告関係もかなり丼勘定だった話も聞いてますよ。犬と広告屋、お断りって言われていたときもあったそうだし。一攫千金がありそうなゴールドラッシュだったからキチガイっぽい人がいっぱいいたのでは?どっちも。

ついでに言えばサルまん時代の締め切り守らないたけくまさんの話は江上さんに愚痴られた覚えがあります。当時、新入社員だった石原さん?なんて土日なくなって彼女に振られたとか、金曜締め切りが月曜だか火曜に入稿とか。

投稿: 通りすがり | 2005/03/04 03:43

はじめまして。ライターの石井政之です。いつも楽しく読んでいます。
赤田さんのお話はじめてしりました!
びっくりしました!

投稿: 石井政之 | 2005/03/04 06:41

>elielinさん

ほう、台湾で雑誌を。そう決意されるまでのいきさつは興味があります。台湾や香港では、マンガ家が成功すると、さいとうプロみたいに自前の出版社や印刷所まで持つことがあるらしいですね。

契約社会というのは、本質的に日本人にはそぐわないのかもしれませんね。そこは文化の差というしかないかも。もちろんテレパシー社会にも前に書いたような弊害があるわけで、その際のしわよせは会社員である編集者ではなくフリーランスの側に出ることが多いです。難しいところですね。

>通りすがりさん

うわー、またトラウマな話題を。江上氏や石原氏には感謝してますよ。あと締め切りを守らないのは俺だけじゃなく相原コージ君も同様です。とにかくメチャクチャでした。金曜は締め切りではなく校了日なんです。

投稿: たけくま | 2005/03/04 07:14

いやー今回のエントリーもおもしろいっす。
自分も『OHの肖像』『QJ創刊準備号』『ポパイの時代』どれも大変面白く読みました。そういえば『ポパイの時代』で装丁を手がけたスケートシングさんが、また赤田さんと組んだ本が今度出るらしいですね『涙の怪獣パーティ』(飛鳥新社)とかいう。ちょっと変化球っぽいですがおもしろそうです。
http://www.asukashinsha.co.jp/topsozaitemp/ultra/ultra1htm.htm

投稿: あまねく | 2005/03/04 07:18

こんにちは。業界という特殊な世界と一般社会をつなぐ編集者という役割をうまく表現されているなあ、と感心しました。
自分はガロという小さな、業界でもクソマイナーな版元にいました。おそらく小●館や●英社のサラリーマン編集者から見れば、ガロ者なんて取るに足らないゴミか理解不能の「キチ●イ集団」あるいは「ゲージュツ気取り」などと思われていたでしょう。
ただホンモノのキチガイ(伏字めんどくせえ)であれば編集は出来ませんし(笑)。俺も根本敬さんの原稿を徹夜で取りに行ってる時は、ポンチャックや裸のラリーズがグワングワンかかる職場で、それはもうここでは金輪際書けないような話をさんざんしながら原稿を手伝って仕上げていました。クソやゲロやチンコやマンコなんか当たり前、死体漫画まで一緒に作りました。
そんな異空間から一歩外に出ればごく普通の日常となり、自分もサラリーマンとなり、印刷屋や書店と常識的なやりとりをしたりしてました。この振幅の幅というものは恐らく日本一だったと自負していますが、だとしたら俺は優秀な編集者だったんでしょうか?(笑)
それにしても、自分ももう絶対にサラリーマン生活=電車で通い決められた時間拘束されて決まりきったことをすることは出来ません。十数年それを経験したからこそ、出来ないことをよぉぉく自分が解っています。だから俺より年長の人でちゃんとサラリーマンやってる人は心から、皮肉じゃなく偉いなあ、と思うわけです。

投稿: 白取特急検車場 | 2005/03/04 16:04

ああ、これは白鳥さん、はじめまして(ですよね?)。ブログも拝見しております。
ここのところ業界ネタが続いたので、こちらからもトラックバックしようかと思っていました。
これからもよろしくお願いします。

投稿: たけくま | 2005/03/04 16:24

はじめまして、でした! 失礼しました。なかなか業界内ではすれ違いでしたね。いやはやいい時代になったものです…(って顔をあわせずにコミュニケーションが取れることが全ていいこととは言えないですが)。
遅ればせながらブックマークさせていただきました。こちらこそよろしくお願いいたします。

投稿: 白取特急検車場 | 2005/03/04 16:29

>場合によってはギャラは度外視で仕事をすることだってある

という気持ちも確かに分かるのですが・・・
私が好きなある漫画家さんのサイトに書いてあったのですが

>アシをやってくれている○○君が
>○○○に「アシの仕事ありませんか」と
>訊いたところ、新人漫画家さんのところに
>連れて行かれ3日間缶詰になった後で
>「最初はウチは無給だから」と女編集に
>ノーギャラで帰されたそうだ。
>うわー、少年○○○ーこえええ。
>「仕事」って意味わかる?
>「ボランティア」じゃないんだよ。
(一部私が伏字にしました)

とかいうコメントを見ていると、編集者は漫画家を単なる消耗品としか見ていないのではないかと思ってしまいます。

投稿: 幸 | 2005/03/13 12:44

書き忘れました。

その漫画家さんのサイトは、「ホームページにおける文章、画像の無断転載可」となっていたのでコピペしました。

投稿: 幸 | 2005/03/13 12:49

>幸さん
そういうのは、僕のいう「場合によっては」の「場合」には相当しません。
でもそこまで極端でなくても、知らずにタダ働きってのはこの業界、よく聞く話です。
僕も何度かそういう目に遭っていますが、とにかく「そこはとは二度と仕事しない」という対処法しか最終的にはありませんねえ…。

投稿: たけくま | 2005/03/13 14:14

もし上の書き込みを、私が竹熊さんの文章の揚げ足を取っているように読みとられたならすみません。
そんなつもりは決してありません。

ただやはり出版界という所は他の業種に比べて、労働の対価というものを良い意味でも悪い意味でも軽く見ているように思えます。

投稿: 幸 | 2005/03/14 11:50

↑いえいえ、揚げ足とりとは感じていませんから、ご安心ください。

それで幸さんの言われる通り、出版界にはそういう傾向はあると思いますが、おそらく業界を支えるフリーの比率が異常に多いからではないかと思います。他の業界のことは知らないんですが、たとえば放送業界ではフリーの芸能人って、あまりいないですよね。たいていはどこかのプロダクションに所属しているわけだけど、出版界においては、この芸能プロに相当するものがあまりないというのもいえるかと思います。組織対フリーだと、フリーの分が悪いのはある意味当然ですよね。

投稿: たけくま | 2005/03/14 12:10

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竹熊健太郎さんのBLOG『たけくまメモ』で、面白い記事があり夢中で読んでしまいました。名文です。 たけくまメモ: 出版界はヘンな業界 たけくまメモ: 「共犯者」としての編集者 足幡もこの現場に(一般的な仕事をしている人より)近くにいる者として、肌感覚で....... [続きを読む]

受信: 2005/12/02 05:28

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