コミックマヴォVol.5

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2005/03/12

【蔵出】俺が昔描いたマンガ、公開

burikko8511つ、遂にこの時がやって参りました…。竹熊史上、唯一の商業誌連載マンガを公開します。「漫画ブリッコ」1985年11月号(左図)に掲載された『ゲッペル先生のなぜなに教室』がそれなんですが、実を申しますとこの作品、その前年に友人が出した同人誌(「よいこのくらぶ」)のために執筆したものなんです。そのミニコミはたしか1号で廃刊になったはず。これが翌年「ブリッコ」に転載され、わりと好評だったので『どうして君』と改題して連載することになりました。

doushite01_01俺と「ブリッコ」の関わりは1983年の暮れからで、友人だった藤原カムイの原作をやったことがきっかけです。ちょうどその頃、有名な「おたくの研究」連載コラムをめぐって編集長の大塚英志と中森明夫の関係が険悪になりまして、84年の新年号を最後に中森さんは降りてしまったんですね。で、ページが空いたんで編集長の大塚さんか副編の緒方だったか忘れたけど、俺に声をかけてきて『風雲ライオン新聞』というバカページを連載することになったわけです。

doushite01_02ライオン新聞は1年半ほど続いたんですが、その途中で大塚氏は会社(セルフ出版=白夜書房)と喧嘩して降板、徳間書店の仕事に戻ってしまいました。また緒方源次郎(小形克宏)は当時籍を置いていたもうひとつの会社・群雄社で「ブリッコ」そっくりの新雑誌『アリスクラブ』を創刊してしまいます。描いているメンバーもほぼブリッコと重なるんですが、たしか4号くらいでこちらも休刊したはず。そればかりか、群雄社も倒産してしまいました。

doushite01_03この時期の白夜書房や群雄社の話は、またそのうちタップリ書きたいと思います。当時のエロ出版社というのは、なんと申しましょうか会社法人でありながら常軌を逸した世界で、面白いエピソードに事欠きませんし。俺の青春そのものでもありましたよ。

doushite01_04それで残されたブリッコは、セルフの社員であった斉藤0子さんに引き継がれ、彼女を編集長としてしばらくは続きます(もともとそれ以前のブリッコも、実務の大部分は0子さんがやってたんですけど)。

doushite01_05で、俺はブリッコに残って、このままなし崩し的にマンガ家にでもなろうかと考えていましたのですが、『どうして君』の4回目を執筆中に「ブリッコ」の休刊が決定してしまったのですね。それでマンガ家の夢はもろくも崩れ去ったのであります。(0子さんは、その後同社で『漫画ホットミルク』を創刊しました)。

doushite01_06そんなわけで俺にとっては幻の商業連載マンガとなってしまった『ゲッペル先生』ですが、今回、特別に第一回のみを掲載させていただきます。ただ、見ればおわかりでしょうが、1ページを2分割しております。なぜかというとこの回だけ、初掲載紙の版型が大判(アニメージュみたいな大きさ)だったので、意識的にコマ割を細かく描いておったわけです。で普通に載せるとかなり読みづらいので、上下に分割してみました。実際は4ページの作品です。

doushite01_07一応、時流に反応して俺なりにロリ系を意識しているのが笑えます。中身は、メチャクチャですね。この調子であと三回分あるのですが、それは俺の新刊『ゴルゴ13はいつ終わるのか?』に全部載せましたので、興味のある人はそちらでお読みになってください。好評予約受付中であります。

doushite01_08ちなみに「ゲッペル先生」というのは、俺が子供の頃好きだった教育番組『ケペル先生のものしり博士』と、ナチスの宣伝相ゲッベルスを混ぜた名前です。ケペル先生は異様に気味の悪い人形でしてね、これが熊倉一雄の声でしゃべるんですよ。ネットで検索したら解説ページがありました。インターネットってどうかしてますね。

◎このエントリへのコメント→★

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コメント

はじめまして。サルまんの時代から読ませて頂いております。竹熊さんの漫画との事で、てっきり「じんじん君」のような内容かと思っておりました。「ゴルゴ13はいつ終わるのか?」も期待してます。

投稿: ikasuke | 2005/03/12 09:31

普通に流通するんですよね。予約発売とかじゃなく。一億冊とはいかないまでも。ところで一億冊突破してる人って、秋本治・あだち充・井上雄彦・尾田栄一郎・高橋留美子・鳥山明だけですか。手塚治虫・ちばてつや・本宮ひろし等は突破していないのでしょうか。(今おさむで変換かけて治虫があって「すげエ」と思った。)

投稿: | 2005/03/12 15:41

サルまん最初の大判の本、大事にしてます。
素朴な疑問
確定申告してないと住民税はどうなるの?
割高の請求くると思うのですが。
払ってましたか?
今自分がそうなんで。
板違いでスマソ

投稿: おしえて君 | 2005/03/12 19:42

どうして君のお父さんがたけくま先生に見えるのは気のせいでしょうか?

投稿: 星の男 | 2005/03/12 20:39

若い頃は全然違いますが、最近は似てきましたね。自分でもビックリです。

投稿: たけくま | 2005/03/12 20:43

できたら大塚英志関係のコメントなり
エントリー期待してます

投稿: | 2005/03/12 23:33

Wアンノ結婚式のビデオを見て、たけくまさんの雰囲気と喋り方は
嵐山光三郎に似ていると思いました。

投稿: 通りすがり | 2005/03/12 23:34

ケペル先生、記憶の奥底を掘り起こされました。
確かに怖かった(笑)

投稿: ノサップ岬 | 2005/03/12 23:57

藤子先生のドラえもんも1億部は突破してますが

投稿: 1 | 2005/03/13 15:19

私も解説ページを見て記憶が蘇りました
ケペル先生なんて名前はまったく覚えてませんが
、やたらと動く不気味な「白手袋」はっきり思いだした。

投稿: naoki | 2005/03/13 16:10

「あれ」ってケペル先生というのか。
確かに怖かった記憶はあります。
みなさんもトラウマになってるようでw

投稿: らお | 2005/03/14 00:24

風雲ライオン新聞好きでした。
もっとも自分は古本屋でブリッコを買いあさとった若輩者ですが。
しかも、あぽさんが好きで、あぽさんの表紙の号だけしか持っとりません(^_^;)

投稿: きゅう | 2005/03/14 03:34

げらげらわらいました
失踪日記と一緒にamazonで買おうと思っております。

投稿: Wen | 2005/03/15 12:57

漫画、拝見しました。「このままなし崩し的にマンガ家にでもなろうか」という記述が素晴らしいですね。「ブリッコ」は創刊当初から2年分くらい、リアルタイムで買ってましたが、五年くらい前に金に困って処分しました。揃いで一万円になりました…
1985年というと自分はもう「ガロ」編集部におりました。もし竹熊さんが「なし崩し的に」マンガ家に…という展開で、もしガロに持ち込まれていたら、とか夢想してしまいました。もちろん入選していたと思いますよ!

投稿: 白取特急検車場 | 2005/03/15 13:50

おひさしぶり、友人から「ここに載っているのは、きみか?」とメールもらって見に来た小形克宏です。最近はほとんどマンガから足を洗ってパソコンとか文字コードとかやっているのです。

それはともかく、ここで書かれているのは、僕が『ブリッコ』辞めてインド行っちゃった(げらげら)後のことなんですね。記憶によれば大塚氏は僕が辞めただいぶ後まで関わっていたんじゃなかったっけ? 白倉由美さんと「ねこまたぎ対談」だっけか、8Qだかで数ページびっしりというわがままな記事をやってて呆れた記憶が。それで喧嘩したのかしら?

最近大塚氏が当時を振り返った本を読んだら、僕はほとんどいないことになっていて(白夜の人を知ってたのは僕なのですが)、もしかしたらあれは本当に錯覚だったのかと悩むこの頃です。

ご健筆でなにより。がんばってね。

投稿: 小形克宏 | 2005/03/15 16:17

ゲッペル先生のなぜなに教室
スゲエ面白い。
じんじん君も面白かった。

相原先生によろしく

投稿: ゲッペルス | 2005/03/16 03:10

>白鳥さん
いや「ガロ」はおそれおおくてとても。昔、材木屋の二階に青林堂があった頃、おそるおそる訪ねていったことがあるんですが、長井さんに直接応対されてガチガチに緊張したことを思い出します。

>小形どの
お久しぶり。小形君のことはこのあとのエントリーでも触れていますので、よろしくです。『アリスくらぶ』を作ったのは、インド行きの後だったっけ? 記憶が錯綜しておるのですが。

投稿: たけくま | 2005/03/16 08:57

>ゲッペルスさん
このフラッシュ前にも見たことがある。笑った。
僕も「ケペル先生」と「ゲッベルス」が混じって、よく間違えました。

投稿: たけくま | 2005/03/16 09:34

「ゴルゴ~」が届いた時にゲッペル先生から
読み始めました。
たまたま古本屋で買ったブリッコに第1回が載っていたので、続きが読めてうれしいです。しかし、最終回を見るとブリッコも末期だったんですね。時代の潮流の変わり目だったんでしょうか。そういえば、「さるまん」の週刊スピリッツの表紙にゲッペル先生が出てましたね。
そういえば、少女の髪型は竹宮恵子の「私を月まで~」でしょうかね、当時のロリ系のスタンダードといいましょうか。流行ってたんですね。

投稿: まつばらとおる | 2005/03/26 20:34

手塚治虫は『ブラック・ジャック』が1億部以上らしいですよ。
単行本は3000万部くらいらしいですが、文庫本や愛蔵版、あと全集とかに入っている分が多いみたいです。

投稿: Katsuya | 2005/10/20 14:20

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