【平田先生】それがし乞食にあらず
日本の歴史を見てますと、百姓とか、もっと下の階層が貧乏なのはよく書かれますけども、下級武士の貧乏も相当のものであったことは、意外と見過ごされがちです。そもそも武士は生産階級ではありませんので、給料がでなければ百姓よりはるかに貧乏になるのは火を見るよりも明らか。それでも、武士としてのプライドは守らねばならないという、非常にキビシイ立場に置かれておるわけです。
主人公の緒方半兵衛は、この武士のプライドの塊であるがゆえに、他人の施しも受けずに我慢しておりましたところ、最終的に6人の子供を餓死させ、自分も両手両足を失うことになります(なんで自分の手足まで失うかは作品を読んでください)。
とうとう廃人になった半兵衛ですが、こんな身体になってもなお武士の意地を貫いて主君への忠義を果たそうとする。本当にそんなことができるのか? というのが本作のテーマでありますが、結論から申しますと、貫けました。あとはアマゾンにGO!だ!
この『それがし乞食にあらず』ですが、ちょっと前に出て絶賛刊行中の『日本凄絶史』と併せて読むとグーです。特に『日本凄絶史』に収録されている『お金改役』は、世の中も人の心もお金で買えると豪語し、遊女の股間に大判小判を詰め込んで内臓破裂で殺してしまうというホリエモンも裸足で逃げ出す銭ゲバのお大尽と、緒方半兵衛みたいにやせ我慢の美学を貫く貧乏侍との、息詰まる神経戦を描いた作品。
こっちの侍も、結局息子を死なせて妻が失踪し一家崩壊に至るのですが、ラストの結論が『それがし』とはまったく違う(結局、『お金改役』のお大尽も、貧乏侍のどちらもお金にこだわっているという意味では同じくらいのバカ)ので、あっと驚きます。『それがし』が70年、『お金改役』が86年の作品ですので、この間の平田先生の心境にどんな変化があったのでしょうか。
『日本凄絶史』には、巻末に浅川満寛氏作成の詳細な年譜が載っています。これを見ると、5人の子供を抱えながら創作に悩むと容赦なく休筆を繰り返し、家族揃ってビンボーのどん底に何度も陥る平田家の超壮絶な歴史が載っていて涙なくして読めません(もちろん、平田先生のお子さんは全員、立派に成人してますが)。
あ、そうそう、今度の『それがし乞食にあらず』には、以前もチラリと述べたマイ・フェイバリット・平田劇画『始末妻』が収録されています。これについては『俺の愛した平田劇画ベスト3』としてエントリを改めますので覚悟してください。
最後になりましたが、もはや青林工藝舎の姉妹会社みたいな感があるマガジンファイブからも、平田先生の傑作集が次々と出ております。最新刊である『駿河城御前試合』は残酷時代小説で一斉を風靡した南條範夫原作の時代劇画集。南條は平田先生にもっとも影響を与えた小説家で、基本的に原作つきはやらない先生でも、南條作品だけは別格で何度も劇画化されております。
この会社は他にも『座頭市』や『人斬り』など、有名時代映画のコミカライズ作品を結構出していて貴重。このあたりほとんど単行本化されてなかったので、平田ファンは必読でしょう。
ということで、今後の『平田先生訪問記』なんですが、実はすでに発表した部分の後に、ゆうに3時間に及ぶインタビューがありまして、これのテープ起こしをする時間がとれずにここまでズルズルきてしまいました。ただ、インタビュー部分は、7月に出る平田先生の新刊の付録として載せることになりそうですので、当ブログでは大幅に圧縮し、『仕事場訪問』の探訪ルポとしてあと2回くらいで完結させることにしましたので、悪しからずご了承を。
今しばらくのお待ちを!
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コメント
期待しています!
私小説の作家や、つげ義春なんかもそうですが、家族に迷惑かけるのは「単なるわがまま」なのですが、つきぬけちゃっているところが凄いです
あと
「青林工藝舎の姉妹会社みたいな感があるマガジンファイブ」
→ここの下りがよく分かりませんでした 誰か教えて下さい。あと「アックス」という雑誌は、はなくまゆうさくのゾンビマンガとか好きだったのですがもうやっていないのですか
投稿: 匿名氏 | 2005/05/26 15:09
↑もちろん別会社なのですが、確かマガジンファイブの社長さんは青林堂出身だったと思います。青林工藝舎も、もちろんもとは青林堂の関係会社(今は違う会社になってますが)だったので、こう書いたのです。違ってたら関係者の人、訂正してください。
投稿: たけくま | 2005/05/26 15:12
「アックス」はまだ続いてます(泣)。
青林工藝舎はたしかに青林堂の元スタッフがやってますが、会社組織としてはまったく別で「関係会社」と言うとヤヤコシイかもしれません。「今は違う会社になってますが」ではなくて、設立当初から別会社ですから。
マガジンファイブの社長は青林堂出身ではありませんが、編集者としてのキャリアは長いので「ガロ」出身作家の多くとこれまでにも仕事をしてきており、その関係でそちらの作家の本を多く出しています。
投稿: 関係者 | 2005/05/27 00:57
あ、そうだったんですか。青林工藝舎って、もとは長井さんの奥さん名義の会社じゃなかったでしたっけ。資本は別だったんだ。
マガジンファイブのほうは、人脈が重なっている感じなので、てっきり青林堂出身かと勘違いしておりました。
投稿: たけくま | 2005/05/27 01:04
たけくまさん、オチ書いちゃった・・・・・w
投稿: orz | 2005/05/27 01:32
>結論から申しますと、貫けました。あとはアマゾンにGO!だ!
竹熊さん相変わらず表現が面白いなあ。
投稿: | 2005/05/27 11:33
平田御大が駿河城御前試合を劇画化されていたとは!
現在もっとも注目している作品に、「シグルイ」(秋田書店)がある私としては、熱い視線を送らざるを得ません。
読んでみようそうしよう。
投稿: ask | 2005/05/27 19:06
青林堂と青林工藝舎の関係について、アックス編集部のA氏より当方の勘違いについてのご指摘を受けました。
もともと、青林堂の社長であった長井勝一氏と経理担当の香田さんとで「青林工芸舎」というものを作っていたが、これは名称だけで、会社組織ではなかったそうです。
現アックス編集部の人たちが、会社を作る際にその名前を譲りうけて「藝」の字に変え、会社組織として立ち上げたのが今の青林工藝舎であるとか。
このへんの細かい経緯は知りませんでした。
あとマガジンファイブの社長さんは元「大快楽」の編集さんで、青林堂とは関係なかったです。ただマガジンファイブの前身のソフトマジックという会社の社長さんが、元青林堂の人でした。このへん、僕が勘違いしておりました。
以上、お詫びのうえ訂正します。
投稿: たけくま | 2005/05/28 00:53
ええと、上の解説にさらに訂正あり。
面倒くさいので浅川氏のメールをコピペするなり。
> 竹熊健太郎様
>
> 今コメント欄を見たんですが、
> 「マガジンファイブの前身のソフトマジック」
> というのもちょっと違うんです。
> マガジンファイブ自体はソフトマジックより
> 前に菅野さんのやってた会社でして、
> そこから菅野さんが引き抜かれて
> ソフトマジックに移籍したのち、
> 独立して再びマガジンファイブ名義で
> 出版をはじめたんです。
> ホントややこしくてすみません。
>
> 浅川
というのが真相だそうで。ここまでややこしいとはちっとも知りませんでした。
投稿: たけくま | 2005/05/28 02:03
何とも濃厚な世界ですねェ、平田作品群は…(^^;
多分、これと対極に有るのが磯田道史氏の「武士の家計簿」ではないかと。紙に書いた鯛で子供のお祝いってのが泣けます。
投稿: 三葉虫男 | 2005/05/28 05:41
フランスはデルクール/アカタより平田さんの「薩摩義士伝」が刊行中ですが、アカタのサイトでフランス読者に向けた平田さんのビデオメッセージが公開中です。動く!アジる!しかしなにげにフレンドリーな平田弘史左衛門先生をお楽しみ下さい。
http://www.akata.fr/lagriffe/presse/esprit_du_combat/hirata_video.html
投稿: 浅川 | 2005/05/30 17:22
↑ついにアップされましたか!
浅川さん撮影による、全平田ファン必見の映像ですよ!
投稿: たけくま | 2005/05/30 18:28
いつも楽しく読ませていただいています。
竹熊さんが紹介される平田先生のお人柄に惹かれまして、
『お父さん物語』と『血だるま剣法』の2冊を注文し拝読しました。
2冊ともとてもおもしろかったです。
今回、平田先生の貴重な映像に接する機会に恵まれましたが、
平田先生は想像していた通り、意外にもフレンドリーなお方で、
ますますファンになりました。
もちろん映像は保存させていただきました。
他の平田作品も早速注文するつもりです。
浅川さん、貴重な映像を紹介してくださり、ありがとうございました。
投稿: 匿名 | 2005/05/30 19:45