平田弘史先生訪問記(其ノ参)
ようやく「平田先生訪問記」を再開できる運びになりました。最初はもっと気楽に考えておったのですが、いざ取材までしてしまうと、いい加減にまとめるわけにもいかず、ズルズルとここまで。しかし待たせた甲斐はある内容になったと自負しておりますので、何とぞご容赦のほどを。
◆
まず仕事場のドアの分厚さにビックリであります。閉じると、外の音がまったく聞こえない。んで、入ってすぐ左の壁際にズラリとキーボードの数々が。これはもしや『平田弘史のお父さん物語』で颯爽と弾いていた噂のシンセサイザーではありますまいか。
「ここは本来は音楽室でな。シンセサイザー専用に完全防音にしたのだ。扉だけではなく、部屋全体が二重壁になっておる」
「うーん、本格的ですね」
「劇画の仕事場は、母屋の横に別棟で建てる計画だったんだが、耳を悪くしてシンセを弾かなくなってな。それで、今はここが仕事場となっているんだ」
「耳を?」
そういえば、先程から時折耳に手を当ててこちらの質問を聞き返される仕草をされるので、気にはなっていました。やはり、耳を悪くされていたようです。
「実は数年前、編集者に誘われてハワイに行ってね。そこの射撃場で拳銃を撃ってきた」
「あちらでは合法的に撃てる場所がありますよね」
「それで、思う存分撃ってから、耳当てを外したら、何も聞こえん。あのときは焦ったよ。耳当てが不十分だったんだな。しばらくしたら、ぼんやり聞こえるようにはなったんだが、聞こえるのは低域だけ、高域は今でもよく聞こえない。だから全部、モゴモゴした音になってしまうのだ」
「…それはさぞお困りで」
「まあ、劇画を描くぶんには関係ないけどな。ただその一件以来、シンセから離れてしまったね。作曲しかけの曲が二曲あって、それが未完なのが心残りなんだが…」
ところでこの取材を終えた後、先生のホームページには再び新しいシンセを購入されたという情報が。どうも、この取材がきっかけになったかは知りませんが、先生、どうやら未完の曲を仕上げる気になられたようで。しかし耳のほうはどうなるのか。そういえば、あのときこんなやりとりが……。
「耳が遠いとご不便でしょう。補聴器は使われないんですか」
「うむ。補聴器を買おうとして店まで行ったことがあるが、高い! 安物でも片耳7万円もしやがるんだ。音楽が楽しめるような高級品だと、両耳で45万もする。だから俺は店のオヤジを怒鳴りつけてやったよ。ドアホウ! こんなものがなんでそんなにするんだ。パソコンより高いじゃないか。それなら自分で作ってやると」
「補聴器の自作……ですか」
「簡単だよ。それになんだ、市販のやつはバッテリーを毎日交換するそうじゃないか。そんなもん電池代がもったいない。暴利をむさぼるにもほどほどにせい! アキバにいけばマイクロチップのデジタルICがあるだろ。電池も9ボルトのが150円くらい。あれポケット入れてさ、あとはマイクとアンプを組み込めば簡単だよ。聞くのはヘッドホンを装着すればいい。俺の難聴は高域が聞こえないだけだから、低域を抑えて上を伸ばすだけだ。音の明瞭度を上げるなら、エンハンサーを組み込んでやね、音が切り立つようにすれば、作れるじゃん!」
と、いうわけで、シンセを再開されるということは、もしかして補聴器の自作も。でも先生なら造作もないことでしょう。だいたい『お父さん物語』によると、最初は長調と短調の区別も知らずにシンセを始められたそうですから。しかしミュージシャン志望の娘さんから音楽のイロハを教わって、ついには作曲まで。一度「やる」と決めたらとことん極めるのが平田流。そうしたこだわりは、劇画の仕事机まわりからもビジバシ伝わって参ります。
「この仕事机まわりは、HPにも図解で入ってましたね」
「え、そんなの覚えてないな」
「ご自分で図解されてますよ!それからこの屋外でマンガを描く写真、もしかしてウケを狙っているのでしょうか」
「ウケを狙ってどうするんだよ。俺は嘘は嫌いなんだ。このページにあるのは、全部本当のことしか書いておらん」 「し、失礼しました。お、これが下絵ですね。締め切りは、いつなんですか」
「んー、6日に編集がとりにくるかな」
「え……今日は4日ですから、あさってですか。あと何枚ですか」
「あと24枚かな」
「えええええええ! こんなインタビュー受けている場合ではないじゃありませんか」
「まあ、なんとかなるだろう。それにしても、物書きって大変だよねえ」
「……そんな人ごとみたいに!」
われわれ取材班の間にはにわかに緊迫したムードが! しかし先生はニコニコしておられます。もしかして、取材が入ったということで、仕事にかからないですむ言い訳ができて嬉しいのでしょうか…。取材後も、先生のホームページを見ますと、なんか着々と「もうひとつの仕事場」(其の壱、参照)の壁とか引き戸のレールとか出来ているようだし…。なるほど、これでは編集者は気が気ではないなと思いつつ、驚異の「平田流・劇画製作術」へと話は続きます!
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コメント
>こんなものがなんでそんなにするんだ。パソコンより高いじゃないか。それなら自分で作ってやる
何ていうか、本当にこんな人いるんですね。しかも描く漫画は時代劇・・・。こんな方と知り合いという竹熊さんの人脈も相当なものだ・・・。
投稿: | 2005/06/03 16:25
平田先生には全く及びませんが
自分の父がちょっと似ている感じで…笑
微笑ましい家庭のエピソードとしても読ませていただいてます。
平田先生、サイコーに楽しいお父さんだと思いまっす!
投稿: M | 2005/06/03 19:00
自作の補聴器ってよけい耳を悪くしたりしないんですかね?
ウォークマンのせいで若者にヘッドフォン難聴増えてますが、高域から聞こえ辛くなるそうですよ。
高域を強調した音を聴いてると悪化する気がするんですが、ロックをガンガン聴くとかじゃないから大丈夫んあんですかね?
一応耳鼻科で相談してから作った方がいいような。
投稿: レポレッロ | 2005/06/03 20:28
満足いかないなら自分でやれ!
そんな当たり前の事忘れてました。
ありがとう平田先生、竹熊さん。
投稿: ぽち | 2005/06/03 22:30
無知でした。
この記事で、グイグイ平田先生の世界に引き込まれる自分がいます(笑)
前の記事でもありましたが、今のアキバに赴いたら先生はやはり・・・
ちなみに、
>>仕事にかからないすむ言い訳ができて
↓
仕事にかからない「で」すむ・・・ではないでしょうか。違っても許してください。
投稿: 中村情苦 | 2005/06/03 23:57
↑あ、「で」が抜けてましたね。直しておきます。
投稿: たけくま | 2005/06/04 00:36
この人、ボケてるんじゃなくって、全部本気なんですよね?本当に生きる伝説だなあ。
投稿: | 2005/06/04 12:39
けっきょく間に合ったんですか?24枚って....
投稿: | 2005/06/04 14:24
誰かに似ているなぁと思ったら、レオナルド・ダ・ヴィンチ!画家であり、科学者であり、建築家。無能な私は万能な先生がとても羨ましいです。
投稿: hiro | 2005/06/04 14:33
はい、間にあいました。担当さんは神経身体ともに苦しんだかも。
昔から...今も...、担当さんを苦しめる結果に....重大犯罪人は弘史左衛門です、罪深い弘史左衛門はどうせろくな死に方はしないかも。
ああ、神よ、我に人を苦しめずに創れる才能を与え給え。アーメン、ソーメン、冷やソーメン.....南無阿弥陀仏、南無天理王のみことの方々様よ......。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/04 18:30
弘史左衛門キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
投稿: | 2005/06/04 18:37
hiro殿 人というものは決して無能な生ものではござりません。
人それぞれに、傑出した能力を持っています。
それは、自分が好き、とか、やりたい!と思うものなのです。
それをヤル!事なんですね。それと、自分以外の人が助かる事になる事に邁進すれば、力が天から与えれる感じがしますです。
ただし、それは自分の目先が楽になる事ではない様です。
あとで楽になるみたいです。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/04 18:53
但し、弘史左衛門の場合は好きで始めた劇画家ではござりません。環境状況から嫌も応もなく、家族養う為に嫌でも始めました事でござんす。
でも、今は、それが、弘史左衛門の唯一の生きて行く道になっております。有難い事です。感謝、感謝。
人生は、まことに意味が深いと感じる次第でござります。
どなたも今、有る環境こそに 改革の精神を生む姿勢が肝要と思われ申すだよ。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/04 19:06
なんか、長嶋さんと岡本太郎画伯を足したようなコメントどうも有り難うございます。いや凄いですねえ。
投稿: 匿名氏 | 2005/06/04 20:07
こんな大先生と普通に言葉を交わせるのだから、ネットってすごいなあ。
投稿: mya-i | 2005/06/04 20:37
平田先生のHPに拠りますと
旋盤加工使用の特殊冶具を作るは、
加工法案を編み出すはで
一応「プロ」の私としますとただただ脱帽です。
加工製品図も定規を用いず書いてたりして。
「鹿島事件」での車輪の怒アップは
φ600mmで120rpm程でしょうか?
投稿: 名も無き職工 | 2005/06/04 21:20
弘史左衛門先生のHPは掲示板作らないんでしょうか?
人生相談とかやったら儲かりそう(^^;
投稿: 銀 | 2005/06/04 21:22
弘史左衛門先生コメントありがとうございます。
先生のコメントを読んで感激して、目が少し熱くなりました。と言うのも、私は工員で将来に対して暗い漠然とした不安をもっていましたが、
先生の言葉が暗く長い夜道の先を温かく照らしてくれる一本の街灯のように感じたからです。
また、偶然かもしれませんが、先生が私の内面を見透かしたようなコメントを下さった事に驚異を感じております。
投稿: hiro | 2005/06/04 21:45
>弘史左衛門 先生
私の友人でやはり難聴の人がいるんですが、このエントリーを見て心配してこのようなメールを送ってきました。以下転載します。
◆以下転載◆
銃声で聞こえなくなったりするのは、音響外傷性難聴といいますが、これ「コンドロイチンZS」っていう薬が実によく効きます。1ヶ月くらい飲み続けないといけないですが。私自身、20デシベルぐらい回復して、補聴器のボリューム半分ぐらいにしぼっても聞こえるようになりました。銃声などによるものは、効果でやすいと思います。
…でも、毎日薬を飲む平田先生というのもちょっと想像しにくいかな…。
あと、補聴器は単純なアンプではないです。耳が聞こえない人でも、耐えられる音量の上限ってのがありまして、小さい音を大きくするだけのアンプだと、小さい音は快適に聞こえても、大きな音は耳が耐えられる限界を超えてしまって、さらに耳を痛めてしまいます。
一方、補聴器にはコンプレッションという機能があって、小さな音は大きく増幅し、大きな音は少しボリュームをしぼるというような動作を行います。
高価な補聴器は、いったん信号をデジタルに変換してから、帯域ごとに音の信号を解析し、適切な増幅率をもとめて、帯域ごとにまたアナログに戻すという大変ややこしい処理をしています。
だいじな聴力を失わないために、ぜひ正しい装置をお買い求め…じゃないですね、お作りになっていただければと思います。
ちなみに上記デジタル処理を行う部品は、秋葉原で入手するのは難しいかもしれませんが、DSP(Digital Signal Processor)という名前で、TI社などから発売されています。
◆転載終わり◆
一応参考のため、お伝えしておきます。
投稿: たけくま | 2005/06/05 04:49
600よりは大きく1000から1200くらいと思ってくだされ(^^)
回転数は何回転になりますかね〜(^^)
HPに掲示板...は、管理に時間を取られるのでやらないのです。
人生相談は人助け。HPからメールくだされば返事さしあげます。
人生相談で金儲けは不埒者のやる事...と、思ってます。
難聴転載有難く存知申す。
まさしくコンプかけたアンプが必要ですね。
パーツの入手が難しいのが難点かも。
コンドロイチン薬が効果あるなら、試してみたいが......。
しかし、回復するとは思えんな〜........年令による老化も あるからな〜.....。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/05 06:14
hiro殿
工員だろうが劇画家だろうが将来の不安は、誰にもある事です。
不安の無い人生など、どこにもありません。
毎日を、精一杯がんばって生きてゆく。
これが一番大切だと思います。
精一杯とは、毎日のノルマに追われて暮らす事ではなく、
その中から、自分がやりたい事を やりはじめる事です。
たとへ1時間でもいい。弘史左衛門は そうしています。(^^)
灯りは、自分で灯してゆくものですね。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/05 06:40
(*´Д`)/ヽァ/ヽァ
先生ならそう言ってくださると思ってました!
もう一生先生のファンでいますw
というか先生の作品を読むだけで日頃の悩みなど何処かへ飛んでいってしまうかのような
エネルギーが流れ込んできます。
これからも漢の生き様を描き続けてください!
PS.お父さん物語みたいなのもまた読みたいです。
読み返すたびに何か新しい発見があります。
投稿: 銀 | 2005/06/05 16:04
>人生相談で金儲けは不埒者のやる事...と、思ってます。
いや本当にその通りですね。テレビに出ている凡百のコメンテーターどもに聞かせてやりたいお言葉です。
投稿: | 2005/06/08 01:20