平田弘史先生訪問記(其ノ伍)
「まあ年とると5ミリはかなりキツイから、最近は3ミリだけどな。そのように使いこんだペン先は、もう刃物みたいに鋭利になる。その鋭利になった裏側を使って線を引くと、今度は細~い線が引けるんだ。こうなれば、カブラ一本で十分だよ」
「ペンの裏側で描くという、プロのテクニックですね」
「あるいは回転させる。そうすれば、カブラでどんな線でも引ける」
←普通の文具屋で売っている水彩筆(左)と着彩用ポスターカラー。いずれも小学生も使う画材で、弘法筆を選ばずとはよくぞ言ったもの。先生は不透明水彩がお好きなようだが、ガッシュとかリキテックスといったハイカラな画材は無縁のようだ。というか、「ガッシュって何だ?」と言われました。
「筆で描かれるというのは難しいですか」
「筆は痛むのが早いからな。一番描きやすかったのは、『薩摩義士伝』を描いていた頃の、アルミのカブラペン。今売っているメッキのじゃなくて、芯までアルミのやつ。もう製造してないんだけど、あれは最高だったな。弾力性があって、減りが少ない」
←『薩摩義士伝』(1978)より。アルミ製カブラペンでノリにのっていた時期の迫真の平田絵。よく見ると、一部筆を併用しているようだ。
「薩摩のときのアルミペンは、一本で30ページまで描けた。ペン先の減り方が均等なんだよ。だからなんぼでも描ける。あれがなくなってからはっきりと描きづらくなった。今売っているのは鉄にアルミメッキしているだけだから、弾力性がない。すぐに減るし、紙をひっかきやすい。あのペンがなくなってからペン入れの速度が落ちた」
←驚くべきことに、平田先生の画集はこの一冊のみ。まだ買える。最高傑作『薩摩義士伝』を中心に、30代から40代にかけての、脂がのりきった時期の超絶画業が堪能できます。リンク先から「中身を見る」をクリックすると他の絵も見られる。正直すごい、つーか、神業! 池上遼一・大友克洋・寺田克也など当代一流の絵師が、揃って「師」と仰ぐ理由がよくわかる。平田ファンならずとも一冊は持つべし!
カブラペンといえば、手塚治虫が愛用していたことで知られるオーソドックスなペン先であります。カブラは均質な線が引きやすい道具なので、筆のような強弱のある線の場合はGペンの専売特許だと私は考えていました。実際、さいとう・たかをを初めとする劇画派の人たちは、手塚的な、フラットな描線を否定するべくGペンを使い始めたというのが業界の定説なのです。なので、すべてをカブラで描くという平田先生の発言は、けっこうビックリでした。だって、手塚治虫と平田弘史が同じペン先を使っているとは、にわかに信じられないですよね?
←『平田弘史のお父さん物語』より。下絵に入る瞬間、“気”をエンピツの先に充填して放出!うっかりするとエンピツはおろかペン軸まで折るというから物凄い。筆圧はボブサップ並みか?
「Gペンがなんで気に入らないかというと、あれはローマ字書くときのペンだろ。縦に描くと太くなって横に引くと細くなる。あれが気に入らなかった。味がないよ。縦にも横にも単調な線がひけるのがカブラだろ。丸ペンは、カブラの頃合いの細さがないときに、しかたなく使うくらいだ」
←うーん、太い!輪郭は筆で描かれているように見えるが、カブラペンだ。1980年『堺事件』より。(『日本凄絶史』)
「ほとんどは、3本くらいのカブラペンをいつまでも使う。使いこんだのは、錆びてくるから墨汁のカスが乗って、ガビガビの線になる。でも裏を使うと細い線が引けるんだ。私はペン先一本で30枚から50枚は使う。砥石で研げばそのくらいは使える。最後は砕け折れてしまうから、そうなったらお釈迦さまだ」
「ペン先が折れるまで。すさまじい使い込みですね。聞いた話では、ペン軸も折ることがあるとか?」
「ああ、軸も折れるよ。樹脂性のペン軸はダメだ。すぐ折れる。木製で、中軸が金属の、しっかりしたやつがいいな。樹脂製のを使ったときは、よく折れて墨汁があたりに飛び散ったからな。歳をとってくると腕の筋肉が固くなってくるから、思うような線が引けない。そんな時はあっちの工場で金属加工作業をするんだ。それで筋肉をほぐす。ペン先が自由に動けるようにな」
「そ、それはまるでキュリー夫人がラジウムの研究で疲労困憊したとき、気分転換に高等数学の問題を解いていたような話ですな。ところでへんな話ですけど、2年とか3年、休筆されることがありますよね。そんなとき、いざ再開すると筆先が鈍りませんか」
「そんなことはないよ」
奥様「あら、最初はやっぱり変ですよ。私から見ても、線がおかしくなってて。しばらく描くと、戻りますけどね」
「3年遊んでても、十枚描けば大丈夫だな」
「池上遼一さんが、昔病気で半年休載したことがあったんですが、ペンの調子を取り戻すのに1年かかったって言ってましたね」
「俺なんか、今は半月遊んでるもんな。後の半月でマンガ描いている(笑)」
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コメント
かぶらペン最高ですね。
Gペン・丸ペンもすこしは使いましたが、
ギャグ系ですから、結局かぶらです。
裏返して使えば16ページくらい描けます。
ただちょっと神経を使わないとなりません。
先生が30ページとはすごいです!
最近のゼブラって、ほんと、昔とは
くらべものになりません。
質が下がりそのうえ高い。
ぼくは、そう作品を描かなくなりましたので
現在はピグマです。
日常的にどんどん描くんならかぶらに戻し
ますね。スピードも出るし。
投稿: 長谷邦夫 | 2005/06/05 21:02
この人本当に仕事のためだけに劇画を書いていたの?ちょっと信じられん。
投稿: | 2005/06/05 23:23
特上品ペン先って言う
既存のタチカワとか日光のペン先を研ぎ師の人が研いで売ってるるヤツがありますが、ものすごく使いやすいです
平田先生のお目にかなうかわかりませんがw
投稿: hippo | 2005/06/06 01:21
>「あるいは回転させる。そうすれば、カブラでどんな線でも引ける」
まさに「極意」って感じですね。
本格的に漫画描いてる人にはピンとくるのかも
しれませんが、ちょっと丸ペンで線を引いた事
があるていどの人間には、よく解りません
面白いです続き楽しみにしてます
投稿: へのへのもへじ | 2005/06/06 07:53
昔、勝川克志さんが平田先生はてっきり筆で書いていると思いきや自分と同じカブラペンでしかも折れるまでいや折れても使っていると書いていて、へーえと思った記憶があります。
5ミリ幅というのは先が折れたペンかも知れませんよ。だってあの写真を見ると物理的に無理がありそうですもん。
投稿: 61年生まれ | 2005/06/06 14:49
いや、しかしそれでは
>「まあ年とると5ミリはかなりキツイから、最近は3ミリだけどな。」
とおっしゃられてる所が不自然になるように
思います「生きた線」を重要視される。平田先生ですから
「5ミリから一気に0.1ミリの線で抜ける」
と言うような必要性があると思うんです
だから先の極意の「あるいは回転させる」
という手法が生きてくるのでは無いかと・・・
この推測が当たっているなら
研ぎあがったカブラペンをワザワザ
短くカットするのは、道具の性能を殺す事になります
平田先生、野次馬の勝手な推測ですが
こういう考えで「極意」の部分は当たってませんでしょうか?
ずうずうしく、質問して申し訳ありません
投稿: へのへのもへじ | 2005/06/06 15:03
もへじ殿
あははははは......当ってませんぞ。(^^)
大体、新品ペンで5mm幅は、かなりきつい。第一紙が破れる。
使い込んで、錆びも出て腰も弱くなったペン先だからこそ、可能になる世界でござるよな(^^)
新品ペン先に5mmをおしつけては可哀想。
くま先生が実験されたのは新品であろう。可哀想、可哀想(^^)
ものには順序と申すものが御座るでの〜(^^)
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/06 17:59
>新品ペン先に5mmをおしつけては可哀想。
本当に道具が可愛くってしょうがないという愛情がこもった名言ですね。感服いたしました。
このコメント見てからOSXへの苦言を読むと、また別の味わいが湧きます。(笑)
投稿: sudan | 2005/06/06 18:19
スイマセン、勉強になりました
&レスありがとうございましたm(--)m
うーむ、なるほどー、故意にカットしたのではなく
あくまで使い込んだ結果で5ミリが可能な
ペン先ってどんな状態なのか
想像が出来ません、参りました
自分も大量消費に慣れたガキだと実感させていただきましたm(__)m
投稿: へのへのもへじ | 2005/06/06 22:09
ペンは使い込んでいけば、やわやわなことになっていきます。そうなると、こりゃ、使えんということでペン先は捨ててしまうのですが、平田先生はそうなったペン先をも活用されておるということで驚嘆の限りです。
しかし、私のような凡人からすると、数センチしか太い線は引けません。
先生は5ミリの線をどのくらいぬけるのでしょうか?
投稿: ken | 2005/06/07 00:18
ken殿
当然 数cmですね、ペンに乗った墨汁がなくなりますからね。
墨汁を補充したら続けられますが。(^^)
主に文字を書く、フキだしの枠を描く、荒荒しい絵を描く時、
などで使いますね。
途中で折れてしぶきが飛んで、ホワイト修正なども(^^)。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/07 10:56
>途中で折れてしぶきが飛んで
一瞬、血飛沫かと思ってしまいました。書かれている方が方なので。
投稿: | 2005/06/07 11:56
平田先生、こんにちは。ごぶさたしております。
ぼくがマンガを描きはじめたのは小学校6年生(1963年)のことでしたが、そのとき参考にしたのが平田先生が日の丸文庫の「魔像」あたりに書かれていたペンの使い方の説明でした。
平田先生は、太い線を引くために、使い古したかぶらペンの先をペンチで切断し、グラインダーと砥石で研いで使っていると書かれていて、マネをしましたが、研ぎ方が悪かったのか、うまくいきませんでした。
それでも使い古しのペン先の使用はその後も続けました。市役所で使われていた使い古しのかぶらペンをもらってきて、それでマンガを描いていました。いろんなクセがついていて、ジャリジャリと音がして、ひどいのになると紙が切れてしまったり。田舎に住んでいてマンガの原画を見たこともなかったので、マンガの原稿は、みんな同じような古いペン先で描かれているのだと思い込んでいました。
高校1年生のときに上京して、石ノ森章太郎先生の仕事場を訪問したとき、生まれて初めてプロのマンガ家のナマ原稿を見たのですが、あまりにも線が細くてきれいで、ひっくり返りそうになりました。
投稿: すがやみつる | 2005/06/08 13:15
↑こっ、この方って、あのすがやみつる?ゲームセンターあらしの?すっ、すげえ!
投稿: | 2005/06/09 00:57
すがや殿
いや〜杉並以来の事、ここでメール交換とは、なつかしい(^^)
たけくまメモ頁のおかげですね〜。
ペンチで切ってグラインダーと砥石?.....忘れましたね〜。
そんな事書いた事もあったのかな〜...。
ともあれ、お元気そうでなによりです。(^^)
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/09 03:21
はい、その『ゲームセンターあらし』の、すがやみつるです(^_^;)。
>平田先生
ごぶさたしています。先生が、「パソコンで絵を描くところを見たい」と、石神井公園駅前にあった我が事務所においでになられ、Macに向かってマウスで侍の絵を描かれたのは、1985年か86年のことだったと思います。メモリーが1MBのモニター一体型のMac+(クラッシック型)でした。
あのとき先生が生まれて初めてコンピュータで描かれた絵は、フロッピーに大事に保存していたのですが、その後、Macを使うのをやめたり、事務所を引っ越してしまったこともあって、いつしか行方不明に……。手元に残っているMacのフロッピーのどれかに入っている可能性はあるのですが、20年前のMac Paintのフォーマットを読めるマシンがありません。
うまく掘り出すことができたら、お宝画像になるのになあ……と残念に思っています。
ペン先をペンチで切って……というのは、グラインダーや砥石まで使ってマネしましたので、まちがいないと思います。薄い模造紙に絵を描いていたため、あまり研ぐと紙がスパスパと切れて、絵が描けませんでした。
* * *
↓このページの上2つの絵は、市役所から払い下げの使い古したかぶらペンで描いていました。新品のペン先を使うようになったのは3枚目からです。いずれもゼブラのかぶらペン。上3枚はクローム、一番下のみニュームです。
http://www.m-sugaya.com/manga-sample.htm
投稿: すがやみつる | 2005/06/09 14:19
↑これはまた、贅沢な展開になってきました。
すがや先生、ありがとうございます。
投稿: たけくま | 2005/06/09 16:43
うは!
私の少年期の神様まで!!
‘マイコン‘と呼ばれていた
当時の汎用コンピューターから
今現在のネットPCが‘惑星直列‘な
繋がりと云うか、当たり前の流れなのか。
「アックス」誌で
平田先生の存在を知った昨今ですが、
廻り廻って、自分に衝撃を与えてくれた、
「あらし」のすがや先生。
「さるマン」の竹熊先生。
「肉喰え」の平田先生。
あと
「スロン。」の川崎先生。
漫画を有難うございます
投稿: 名も無き職工 | 2005/06/11 19:30