平田弘史先生訪問記(其ノ四)
仕事机の横にネット専用のMacが置いてあり、先生はこれでメールを書いたりネットサーフィンやヤフオクを楽しまれているようです。さっそく立ち上げて、しばしネット談義。
「ちなみに私のぺージがこれです。たけくまメモというんですが」
「(しばし眺めて)お。ipodが使いづれえと書いてあるな(笑)」
「いやこれは私が無知だっただけで、使用法が分かれば大丈夫でした」
「だいたいアイ(i)がつくやつはどれもジャリ向けだよ。どうも俺は気にいらねえ。iMacとか、iBookとかさ」
「Macはいつからお使いですか」
「96年か97年からだ。そのときはじめて使ったんだ。それまではMSXとか、NECのPC-98をいじってみたが、全然お話にならん。それでMacにしたら、おお、これはいいと。仕事では『新首代引受人』で本格的に使ったかな。いろいろやって、今は手描きに戻っているのだが」
「Mac作画の時は、下書きからいきなりタブレットだったとか?」
「PCで絵描くのに、何で紙使うの?」
「タブレットは使いづらくなかったですか」
「全然。画面を見ながらその通りに描けるわけだし、筆圧も出るから、問題もない」
←『新首代引受人』(1999)第三話「誇」より。それまでは紙にペンとPCとの併用だったが、ついにこのエピソードからはMac G3によるフルデジタル作画に。にしても、これがすべてタブレット描きの線とはにわかに信じがたい。
「ではなぜ、手描きに戻られたのでしょうか」
「結局、手描きに比べてPCはまだ時間がかかる。最終的に大きな絵にしたい場合、部分をレイヤーに分けてディティールを描くだろ。そのレイヤーを拡大したときに座標位置が狂ってジャギーが出るのだ。大きく描いて縮小するぶんにはいいんだけど、それでは画面の一部しか描けない。絵というのは、全体像を常に把握しながら描く必要があるんだけど、結局各部分をアップで描いて、それを繋げるというやり方にどうしてもなるから、全体のバランスが狂ってしまうんだ。それから、最初からアップで描くとどうしても描きこみすぎてしまう。これも時間がかかる原因だ。このへんが解決できないから、結局手描きに戻ってしまった」
←『首代引受人』(1973)より。平田先生36歳時の作品。上のデジタル版『新首代』と比較すると、『旧』は描線がスピーディで力強く、一方の『新』は絵が端正で静的な感じを受ける。年齢によるタッチの変化を考慮しても、左の旧作のようにペンが「疾った」感じを出すのは、デジタルだとなかなか難しいようだ。ちなみに旧『首代引受人』はリイド社より好評刊行中!(上のタイトルをクリック!) 新旧あわせて読めばモアベター!
「なるほど」
「アップして修正、それをロングにしたらまた修正。こんなことはやってられない。それともうひとつ、手描きのほうがやはり線がいきいきするんだ。タブレットの描線だと、力を急に抜くと線が団子のようになってしまって、よくない。自分としては力を抜いたら鋭角にキュッと線が細くなってほしいんだが、その鋭い感じがタブレットではまだ出せない。このあたりが解決したら、またMacに戻ってもいいんだが。イラストレーターとかフォトショップとかいろいろソフトがあるが、誰も劇画のことを考えてないからな。実は以前、劇画用のソフトを作ってもらうように奔走したこともあるんだけど、どこのメーカーも理解を示してくれなかった」
「最近はコミックスタジオとかありますが?」
「あれは全然だめ。私の思う線は出せない」
「今の若いマンガ家の間には、結構普及し始めているようですけどね」
「それは、そういうデジタル向きの線で最初から画風を作っているからだろう。俺の線にはならないんだよ。だからオールマックで描いた『首代』は、完全な実験作だったね」
「ものすごい描きこみをされてましたものね。刃に相手の顔が映っているとか」
「あれはカラーの場合ね。ああいうことができるのがデジタルのいいところですね。カラー原画に関しては、デジタルのメリットが生きてくるね」
←『新首代引受人』のカラー口絵より。確かにこの描きこみはすごい。首代とは戦で不利になった兵隊が、敵方の侍にお金を払うという手形をかわして命を助けてもらうこと。首代半四郎は、つまりは手形回収業者なのです。お金を払わない者は、こういう目にあいます。
「私の友人で藤原カムイというマンガ家がいるんですが、彼も十年くらい前からマック作画に切り替えて、モニター上で絵を描くようになってます。彼の仕事場に行って驚いたのは、紙とペンを使うのは先生のカムイだけで、アシスタントはPCしか使わない。
それで、カムイは必要な“部品”を描いているんです。たとえばハトが羽ばたくさまを5パターンくらい描く。それをアシに渡して“公園にハトを百羽飛ばして”などと指示する。建物にしても、彼がまず三面図を描いて、あとはアシが画面上で組み立てれば、同じ建物ならどんな角度からでも絵にできるという具合です」
「もちろん手間をかければ、デジタルでもいろいろできるよ。でも俺にとって一番問題なのは、デジタルだとやはり味気ない絵になってしまうということだ。いろいろ頑張ってはみたが、そこはどうにもならなかった」
「先生の場合は、アシスタントは奥さんだけですか」
「今は、そう。夫婦(めおと)制作社といっておる。Macの時は、家内にも一台渡して、トーン処理をしてもらった。今は、紙に直接トーン貼りをしてもらっているが」
と、ここで仕事場から居間へと移動。20畳はあろうかという部屋の中央に12人はゆうに座れる掘りごたつが置かれています(春なので普通のテーブル状態でしたが)。しかし部屋に入ってハッとしましたのは、居間の片隅に置かれたちゃぶ台で、先生の奥様が作務衣姿で本当にスクリーントーンを貼られていたことです! なんか華岡清洲の妻とか、そういうのを思い出しました。少なくとも私はこんなに優雅なアシスタント姿を見たことがない。カメラを向けようとするとさっと台所に立たれてしまったので、撮影できなかったのが残念でした。
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コメント
なんか平田先生、「電脳なをさん」に登場しても違和感がなさそうですね。それぐらいマックにこだわりがある。
投稿: jwtoshi | 2005/06/04 23:59
平田先生は96年年前後からマックを使い始めたと言うことは、まだ10年もたってないわけですね。もっと年季の入ったマックユーザーだとばかり思ってました。底の見えない人ですね。
投稿: | 2005/06/05 10:46
昔、新首代引受人を読んでその絵のクオリティの高さに感動していたのですが、それに満足できずに紙に戻るというのがすごいですね。あれだけMacを使いこなした上で紙を選ばれたわけですから説得力があります。
投稿: yyokota | 2005/06/05 13:55
平田先生は以前、お気に入りのペン先が製造中止になってやむなくMacに・・とおっしゃられたような記憶があるのですが、その点はクリアされたのでしょうか?
投稿: Hmmm.... | 2005/06/05 18:45
↑其の伍を見てください。今アップしました。
投稿: たけくま | 2005/06/05 20:34
誰だか忘れましたが、大御所が生産中止で買い漁りに走ったというファルコンペンですか。
投稿: おく | 2005/06/06 19:44
↑○塚治虫先生と○本零士先生が競って買い漁ったという噂を聞いたことがありますが…。
投稿: | 2005/06/07 01:32
Hmmm殿
クリヤーしていません。あのペン先が今でも欲しいです。
おく殿
は〜ん.....フアルコンペンと呼んだのですかね...
「日本字」だったと思いますが...。
投稿: 弘史左衛門 | 2005/06/07 11:10
あ、ファルコンペンも70年代に製造中止になりましたが、カブラとはまた違うペン先です。カブラとGペンの中間のような線が引けます。
投稿: たけくま | 2005/06/07 13:43