許される模倣・許されない模倣
前エントリで、「竹熊はトレースと模写の違いを混同して議論している」というような疑問が寄せられました。具体的にはおがたさん、fineさん、ニュー速+住人さんなどからの書き込みです。まずおがたさんが、
《どうも竹熊さんの論旨に違和感を覚えるのですが、
A) 元絵を下に敷いてトレースして描く
B) 元絵を隣において描く
C) 元絵を思い出しながら描く
の3つは分けて考えるべきではないでしょうか?
今回の事件はAですよね。竹熊さんが論じているのは主にC、ひょっとすればBも入る程度で、Aは入っているのかな?
もちろん、じつはこの3つ、境界線は曖昧であったりするのですが、
すくなくともBとCの地点から見れば、これらとAとの距離は非常に遠いものがあるように思います。》
と書き込まれ、ついでfineさんが、
《 同感です。
私もたけくまさんはBとCについて書かれていると受け取りましたし、それであればたけくまさんの意見に同感です。
でもAはパクリでも模写でもなく「トレース」なので、漫画の歴史だとか関係ないし、非常によく行われていることでもないと思います。トレースはコピーして原稿に貼り付けるのと大差ないです。
私も趣味でイラストをWebに公開したりしますが、BとCは別にいいですが(むしろ嬉しいと思う部分もある)、Aをやられたら嫌です。訴えたくなります。》
と書かれました。こうした議論を受けてニュー速+住人さんが、
《 自分も竹熊さんの論は、「ABC」を(あるいは意図的に)混同したところで成立している、非常に奇妙な論だと思います。》
で始まる長文の意見を寄せられています(ニュー速+住人さんの意見は、いくつもに分かれた長文なので、お手数ですが前エントリのコメント欄を参照してください)。
さて、実は先日からの2ちゃんの関連スレを読んでいて、僕が軽く違和感を憶えたのが、まさにこの「トレース」と「模写」の違いでパクリの正当性(妥当性?)を線引きする、という部分でした。それが議論の前提、了解事項であるかのように語られていることに、ひっかかっていたわけです。
僕の理解では、おがたさんたちに限らず、多くの人が「トレースは絶対に許されないが、模写は許される(場合もある)」というニュアンスで議論されているように思います。そして末次さんの今回の件が問題なのは「模写ではなく、(原著者に無断での)トレースだから許されない」というわけです。これを俺なりに整理すると、
●トレースとは、お手本の絵を、トレーシングペーパーあるいはライトテーブルなどを使って、オリジナルの上に紙を置いて忠実になぞって寸分違わぬ絵を描く行為(おがたさんの言うA)。
●模写とは、お手本を横に置きそれを眺めながら、できるだけそっくりに描くこと(同じくB)。
と、なるのではないかと思います。Cについては、結果としての表現次第ではありますが、まったく同じ絵にするほうが難しいでしょうから、あまり問題にはならないように思うので論議から一応除外します。
以上を前提に、俺の意見を述べたいと思います。
俺はたしかに前エントリで、トレースと模写を同じ文脈で使ったり、明確に使い分けていませんが、これは、議論として使い分ける必要をあまり感じなかったからであります。もちろん厳密には、このふたつは違う行為を指す言葉ですので、使い分けるべきだったかもしれません。ただしその場合でも「模写・トレースなど」というように、意味としては並列的に使うことになると思います。
この件について俺が使い分けない理由は単純で、かりにある表現が盗作や剽窃だとして裁判となった場合、法解釈的には「模写」も「トレース」も同じことだからです。これは別に俺個人の意見ではなく、著作権に詳しい弁護士さんなどに聞いても、ほぼ同じ答えが返ってくると思います(もし法律の専門家がお読みになっていましたら、これについてのご意見をうかがえれば幸いです)。
ここにふたつの作品があり、いずれも特定の作品を下敷きにしていたとします。それで一方が「盗作・剽窃」であり、一方が「問題なし」と判断されたとする。この違いはどこに求められるのかというと、そこに「創作性独創性に基づくプラスαがあるかないか」という一点にかかってくるわけで、ベースになる表現が模写かトレースかという違いを云々することに、問題の本質があるとは、俺には思えません。
※「創作性」より「独創性」というほうがより適していると思われるため、修正しました。以下の記述にも同様の訂正を加えております。
◆
わかりやすい例としては、パロディがあります。パロディを俺なりに定義づけるなら、「ある作品を批判する目的でその表現の一部を借用する批評的創作」とでもなるでしょうか。パロディではオリジナルの表現を、場合によってはそっくりそのまま模倣(模写ないしトレース)することがあります。ただし、必ずそこにはオリジナルにはない別の要素を加え、しかもそれによってオリジナルを批判する構造をとります。したがって、まったく元のままの表現をとることはありえませんし、それによってパロディというものの創造性が、多くの国では法的または慣習的に許容されていたりするわけです。
マンガと著作権―パロディと引用と同人誌と
(↑クリックでamazonに飛びます。竹熊のパロディや著作権についての考えかたも、こちらにより詳しく載っています)
最後のところ、いささか歯切れが悪い書き方になってしまったのは、日本の著作権法ではフランス著作権法の「パロディ条項」(フランス著作権法四一条四号)のように、パロディをオリジナルから自立した表現として認めるような内容は一切書かれていないからです。したがって現在は慣習的に許容されているだけですが、パロディそれ自体は日本でも長い伝統を持つ表現行為ですので、いずれ判例なり条文なりという形ではっきりさせてほしいものだと願っております。
なお断っておくと、俺はパロディに対して「二次創作」という言葉を使いません。二次創作の場合、原則的には一次創作、すなわちオリジナルの著作者に対して「使用許可」を得る必要がありますが、パロディは原作を茶化して笑いものにすることで、批評する行為ですので、原作者を立腹させる可能性が常につきまといます。その場合、いちいち使用許可を得る必要があったら、パロディそのものが成立しない可能性があるわけです。この意味で、パロディ行為には新聞や雑誌の報道に近い側面があると言えます。
話を戻します。ながながとパロディの話を書いてしまったのは、この「原作にはないオリジナル部分」が一番わかりやすい例だからです。しかし、特にパロディを目的としてなくとも、既成の作品を下敷きにしたものは無数にあるし、その中には盗作もあれば「独立したオリジナル作品」とされるものも、たくさんあるわけです。
そして、その線引きは「元作品にはない新要素の有無と程度」によるもので、それによってわれわれは、この作品はパクリだ、またはこの作品は創作だ、と判断しているわけなんです。しかも、その判断には明確な基準があるわけではなく、ケース・バイ・ケースで個別に判断するしかないものだと思います。これはどの法律の専門家に尋ねても、おそらく同じような答えになるのではないでしょうか。
ここでひとつ確認しておきたいことは、俺の議論の前提となる原則論です。
厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない。
これはまた、
あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している。
と言い換えることもできます。そして俺は「オリジナル」と「盗作・剽窃」の違いを
元ネタにはない新しいプラス・アルファ(独創性)があるかどうか。その有無と程度
に求めているわけです。この考えを前提にして、俺はあらゆる「表現」を考えているつもりです。
◆
以上の前提を踏まえて、最初に提示した問題に戻ります。許される模倣と許されない模倣の線引きに、「トレース」と「模写」の違いを使うべきかどうかについてです。
トレースはたぶんに機械的な作業ですから、模写とこれとを区別する意見は、もちろんわからないではないのです。というか、かつては俺もそう考えていました。いや、そもそもマンガ界には「単純トレースはパクリだから許されないが、模写の場合、模写側のタッチが多少混入するし、またそれなりの技術と労力をかけているわけだから、少しなら許容できる」という「常識」が、あったように思います。そうした常識の上に、露骨に模写を使ったパロディ行為も、これまでは許容、ないしは黙認されていたと思うのです。
おそらくおがたさんや、他の「区別すべき」派の人たちも、そういうニュアンスで言っているのだと理解しているのですが、違いますか?
僕も実はそう思っていて、昔、ある弁護士さんとその話をしたら、「そうした区別は法的には何の根拠もない」と一笑にふされてしまいました。要するに法律というのはこうした場合、あくまでも「その表現に有意な創作性があるかどうか」を問題にするので、それがトレースであろうが模写であろうが、はたまた写真複写であろうが、そこに創作性(プラス・アルファ)が認められなければ、同じこと(剽窃・盗作)だというわけです。
ここで問題となるのは、トレースにはなく模写にはある「線のゆらぎや、微細なタッチの差」を「有意な創作性」 「独創性」と判断するかです。これもケース・バイ・ケースというしかありませんが、俺は、基本的にはそういうあまりにも微細な部分は「独創性に含めるべきではない」と思います。もちろん、スラムダンクを下敷きに、ゴッホやピカソがあのタッチで模写するくらいの明白な差があれば、かりに構図はまったく同じであっても有意な創作性 独創性になるかもわかりませんが。
今回の末次さんのパクリ問題でいえば、俺もあまりにも稚拙な盗用行為だったと思うし、彼女は思慮が足りなさすぎたと思います。この意味では、全作品の絶版回収はともかくとして、彼女が謝罪したことはもっともだったでしょう。しかし、これが他の作家さんに目を向けると、特にパロディの文脈でもなく自作の一部に内外の雑誌や書籍から写真やイラストを無断トレース・模写するような実例が、俺自身「あれ」や「これ」と指摘できるくらい、現実には腐るほどあるわけですけども、それが今後、続々と露見しはじめた場合、作家や出版社はどう対応するのかという別の問題が発生してきます。
その場合、「いやこれは単純トレースではなく、作家のタッチが多少混入した模写だから問題ありません」と釈明するのでしょうか。
俺が前のコメント欄で「講談社はパンドラの筺を開けてしまったのではないか」というようなことを書いたのは、こうした意味からです。今回は対応として、余りにも厳しすぎた。いや厳しいのはいいとして、ここまでやると版元サイドも自分の首を絞めることになるのでは…と心配しているわけですよ。
今回の件では無関係のはずの俺が、なんでこの問題にここまでヒートアップするのかといえば、俺もかつて『サルまん』という、「意図的な模倣」をその表現のベースにしたパロディ作品にかかわっておりますし、はっきり他人事ではないからです。
もちろん講談社の今度の対応は、毅然とした立派な対応だと評価する向きもあるでしょう。今後似たような事例があったとしても、当然同じ対応をとられることでしょうが、これはもはや講談社一社の問題ではなく、マンガ界全体の問題でもあると俺は思うわけです。この際、マンガに関わる版元と作家、読者が一丸となった「マンガ表現を根源的に考える会」というものを発足し、問題の根を徹底的に解明したうえで、その対策を研究するなどして、定期的に研究成果を公開するようにしたらどうかと思います。これはマンガの未来に非常に有益なものをもたらすでしょう。もちろん俺も手伝いますよ。
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http://www1.odn.ne.jp/~cfz74700/nitenaikun.htm
このリストに追加しちゃうと、ジョン・ホールの Home At Last (1981)をパクってる!のは松田聖子の『白いパラソル』(1982)(作曲・財津和夫)。両方お持ちの方はぜひ聴き比べてください(^^;
ポール・マッカートニーがS&Gの『明日に架ける橋』を聴き、「こう... [続きを読む]
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コメント
畑は違いますが創作系の仕事に従事する者です。
3つの原則論、まったくもって同意いたします。
「○○って××のパクリだよね~」とか安直な物言いをするひとが嫌いです。「お前の思うオリジナルとやらを提示してみろ!!」と(言いませんが)。軽い気持ちで深い考えもないのでしょうけどね…
投稿 | 2005年10月21日 (金) 15時32分
>パロディは原作を茶化して笑いものにすることで、批評する行為
これが根源なのはわかりますが、流石に引きますね。
オマージュやリスペクトが二次創作なら、その方がまともに感じる俺は変なんでしょうか?
むしろ二次創作の中にパロディがあると考えるのが妥当な気がします。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 15時36分
「パンドラの箱」。あらゆるメディアで表現の自由を狭める圧力が強くなっているときに、漫画界が自分の首を絞め殺してしまうきっかけにならないように、してもらいたいです。
投稿 千葉ロッテの326 | 2005年10月21日 (金) 15時38分
法解釈に話を持ってくると話があらぬ方向に行ってしまうかも。
たけくまさんのお話には同意します。
「トレース」と「模写」の違いは、書き手のプロセスの違いなんですよね。ここに線を引く行為は、以前に出た「マネなんだけど、漫画の場合マネするんだって大変なんだから同情の余地がある」みたいな論と同じで、気持ちはよく分かるけど、まあそれ言っても仕方ないんだよね残念ながら、みたいな感じ。
読み手にとっては、書かれた時にオリジナルの絵がトレーシングペーパーの下にあろうと、横にあろうと、そんなことは書き手の勝手。判断することができるのは出来上がった絵だけ。どういうペンを使おうと、どういうインクを使おうと、ガラスからの距離が何センチだろうか、出来上がった絵がオリジナルならオリジナル。本絵と同じなら盗作。描き方のプロセスが本質的な違いになるはずはない。
実際、デッサンの基礎的な訓練を積んでる人にとっては、トレースするのと横において見て書くのと、大してできあがりに差はないのではないかと。実際、世の中でいっぱい、トレースに頼らず模写によって、名画の贋作というのがこれまで作られてきているわけです。
ただし、最近の一部の「若手」漫画家や、一部の(一部の、ですよ)同人作家にとっては、そういう技術力や訓練が決定的に不足していて、模写では同じように書くのがそもそも不可能で時間もかかるので、模写とトレースの間には決定的な違いがあるのだ、ということならば、さもありなん、と思います。そういう場合、トレースと模写の間に線を引くのはけっこう妥当なのかもしれません。ただ、それは一般に敷衍できるものではないでしょう。(絵が下手な漫画家は許さん、というのもまたちょっとツライものがある。基礎的な技術という意味での絵が上手でない人にも、いいオリジナルの絵が描けてかつ面白い、というのはありますからねぇ)
投稿 三歳児の父 | 2005年10月21日 (金) 15時44分
サルまんでもそのネタはありましたが、
「写せばいいんだ」じゃなく
「見て書きゃいいんだ」というセリフでしたね。
>有意な創作性
ってまた抽象的な話ですね(笑)
法的にはともかく、感情的なレベルで
やはり模写とトレースには差は無いという話には違和感があります。
投稿 Wen | 2005年10月21日 (金) 15時58分
>そもそもマンガ界には「単純トレースはパクリだから許されないが、模写の場合、模写側のタッチが多少混入するし、またそれなりの技術と労力をかけているわけだから、少しなら許容できる」という「常識」が、あったように思います。
今回の件はこの常識からも大きく外れてしまったから、ってことですかね。一般人にもこの常識は通じたみたいですし。
処分についてですが、今回は実質的には連載中止と連載中の作品の単行本回収のみだと思います。
連載終了した作品の単行本など、人気作でなければそうそう売れる物じゃないですから。
こう考えてる人って他にいないですかね?
投稿 ぉ | 2005年10月21日 (金) 16時24分
↑連載中の作品の単行本が初見の作家で、辿って昔の作品を読みたがる人もいるので、あながち単純なことは言えないと思いますよ。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 16時30分
>元ネタにはない新しいプラス・アルファがあ>るかどうか。
たけくまさんは「さざえぼん」をどう考えられていますか?
新しいプラス・アルファは確かにありますね。
「サザエさん」と「バカボン」をくっつけようというアイデアは新しいし面白い。
パロディということも言えないわけではないと思います。
では、著作権侵害に当たらないのでしょうか?
まず、この辺のお考えをお聞かせください。
その次に「中央線トーマス」は「二次創作」なのか「パロディ」なのか、かかる区別は可能なのかじっくり議論いたしましょう。
投稿 ぼぼ | 2005年10月21日 (金) 16時31分
描く側からすれば、人の絵を写したい時はBにします。
描きながら服などの修正を加えていく作業はAの方が面倒だからです。トレスでは一通り写してしまってから修正するか、こまめに紙を浮かしたりライトを切ったりしなければいけない。
慣れてしまえばBの方が断然早いはずです。漫画の作画はスピードを要求されますから。
そしてなにより、オリジナルの作品を描いていて、そのまま使える資料なんて(背景ならともかく)まずありません。服にしても漫画の画面で映えるようにするには省略・デフォルメが必要です。人体ポーズでも手元だけとか、これを想像でもうちょっと前傾、とか加工しながら描いてます。トレスした絵をそのまま使うというのはオリジナルのネームの方をトレス絵に沿わせているわけで、これは意識が「後退」してるように思います。漫画として成立すればなんでもいいや、という感じで。
一方トレスというのは没頭できる単純作業でして、これだけとってみればかなり楽しい!。忙しかったり、作画がうまくいかない時の逃避行動になりえたりします。
どこからが著作権の範囲になるのか、ぼんやりと考えながら製作しています。人格の清潔さと作品の面白さに因果関係があるのならばもっと真剣に考えるかもしれません。
投稿 猿人 | 2005年10月21日 (金) 16時43分
>「さざえぼん」をどう考えられていますか
赤塚さんはあれはあれでよいと口にしていたという噂をききましたが長谷川側よりたしなめられたとかなんとか。
あれは著作権といっても厳密には意匠(ようするにデザイン)権と商標権の問題だと思います。
私が知っているのはサザエもんのTシャツですね。「いそのくんだいじょうぶだよ」と印刷されていたようないなかったような。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 16時44分
http://nijibox.ohflip.com/futabafiles/001/src/sa32917.jpg.html
見ながら描いたものの典型だけど
「妄想であり自分が勝手に考えたものだ」
という断り書きが入っちゃった時点で
印象が悪くなるのはしょうがない一例
コピペで見てください。
投稿 前のエントリでも書いたけど | 2005年10月21日 (金) 16時46分
構図がまったくおなじ→クロ というのは少々走りすぎではないでしょうか。
音楽ですとコード進行には著作権は及ばないはずです。例えば私がイエスタディのコードをそのままつかって別のメロディと歌詞をくっつけたとします。でもこういうのはスレスレだけど盗作にはならないのでないかなーと思うのですが。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 16時54分
>意見を述べる前に、最初に確認しておきたいことは、今回の問題、現時点では「著作権侵害事件」ではないということです。というのは、著作権侵害は「親告罪」ですので、著作権者、すなわち今回の場合は「スラムダンク」の著者である井上雄彦氏が「エデンの花」作者である末次由紀氏を裁判所に訴え出ない限りは、罪を構成しません。
自分でこう書かれてたんだから、トレースと模写で人の感じ方が変わるのであれば、分けることに意味があると思いませんか?
投稿 なな | 2005年10月21日 (金) 16時58分
>Aaさん
よその、別の事例を比喩にしたら理解に
齟齬が生じるからやめましょうね。
「引っ掛からない事例」を持ちこんできて
無関係な物事に照らし「ひっかからないよ」
と言っても意味がありません。
ラップで他の音源をツギハギするときは
その音源の権利料を支払う必要があるそうで
有名な人気歌手のフレーズ等は高価で
なかなか使えないものであるという話を聞きます。
投稿 前のエントリでも書いたけど | 2005年10月21日 (金) 16時59分
私は現在、「A」の技工を報道的理由で
やります。
わざと。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時02分
私は現在、「A」の技工を報道的理由で
やります。
わざと。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時02分
法的にはABCは同じものというのはその通りなのでしょうが、著作権の場合は、結局は道義的にOKかどうかという点で決まるんじゃないですかね。
民事の場合は当然ながら著作権を侵害された者の訴えによるわけですが、刑事事件の場合でも親告罪であり、やはり被害者の意思によるわけですから。
パクられることに対してうるさい人とそうでない人がいるという個人差がありますが、同じ個人であっても、パクられ方によって許せたり許せなかったりするケースがあると思います。
場合によっては模倣されたことを光栄にすら思う場合もあるかもしれないし、笑って許せる場合もあるでしょうし、一方絶対許せないと思う場合もあるでしょう。
その意味では、やはりABCは異なるものなんじゃないかな。もちろんABCだけが判断要素ではないですが。
投稿 bow | 2005年10月21日 (金) 17時10分
HNK「クローズアップ・現代」の美人おねえさんが、
削除するから。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時12分
法律なんかワキにおいといても
パクッたもとネタがあきらかで、
その行為が悪質だって
みる人が感じたら
それはダメってことサ。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 17時18分
その論理だと、日本の出版社は京都以外は全部倒産するってことだな。みんなアメリカ映画のパクリなんだから。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時21分
その論理だと、日本の出版社は京都以外は全部倒産するってことだな。みんなアメリカ映画のパクリなんだから。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時21分
仮にの話だけど
パクラレタ本人が許可してる場合は法律的には許されるんだよね?
もう一歩踏み込んでスラムダンクの人がこれを使ってくれって資料として渡していた経緯があってもやはり駄目なの?
こんなことを考えてて思うのはやっぱり
読み手はパクリだから読まないと思えば読まなければいいだけだと思うし
書き手は訴えられる案件でなければ気にしなくてもいいんじゃないのかな?
今回の出版社の措置はやり過ぎだと思う。
まったくこーゆー世界には疎いから凄い的外れかもしれないけど。
投稿 じーこ | 2005年10月21日 (金) 17時22分
なんか、「ライオンキング」と「ジャングル大帝レオ」のときの、当事者間でどういうやりとりがあったのかは知りませんが、部外者たる傍観者には、あれあれ?って言う幕切れだったときのことを思い出しますね。
今回も、ああいう終わり方だったら、問題にならなかったんでしょうねぇ。良いのか悪いのかはともかく。
投稿 すずき。 | 2005年10月21日 (金) 17時23分
軸が二つ以上有る話ってややこしくなりますね。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 17時25分
井上さんはとにかく、よくパクる。
あからさまにパクる。
あんまり面白かったので、編集におもいっしり
「もっとやれもっとやれ」とけしかけたのは
私です。
ちなみにパクられたのは私の「GENOMES.3」。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時26分
>竹熊様
前のブログコメントにも書きましたが、
個人的にはAとB, Cには明らかに一線があると感じています。
なぜなら、Aは、「他人の絵を下書きにする行為」としか感じられないからです。
BとCは、基本的に元ネタ(元絵)に対する敬意や愛情が感じられることもあります。(注1)
要するに、「現状の自分が持っていない、作り出せない
何らかの魅力が、
相手の絵(元絵)にはある」
ということを認めるから、BやCの行為を行うわけですよね?(注1)
ところが、A行為にはそういう「敬意」「謙虚さ」が全く感じられないのではないでしょうか。
他人の絵を「下書き」にする行為、それは敬意どころか
侮辱でしかなく、それを恥じないとか正当化することは
非常に思い上がった態度に思えるのではないでしょうか。
だからこそ、竹熊様の言う「線引き」、というのが
議論の流れとして明確になってきたのだと思います。
(注1)
もちろん、藤原薫氏のように、他人の創作物を
「単なる資料集扱い」にするような思い上がってるとしか
思えない方法でBやC行為、多分Aもやってるのでは、
という方もおられますが。
投稿 2chネラーの一人 | 2005年10月21日 (金) 17時27分
井上、お前は悪くないぞ。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時27分
私としては、許されない模倣とは模写・トレースという工程の差違ではなく
「作業工程の省力化(=手抜き)のための安易な盗用」と考えます。
末次氏のバスケットシーンを例にするなら
下絵とされた元の漫画(でも写真でも)を造るためにかかった元著作者の労力を
トレースにより横取りしているだけでしょう。
漫画の制作上、なんらかの省力化の必要は感じますが
「トレースを認めない」と「漫画がなくなる」はイコールではありませんし、
参考資料から絵を描くにしても創意工夫の余地や方法はいくらでもあるでしょう。
たとえば
・元資料の「1秒後のシーン」を絵にしたらどうなるか
・別の視点(パスを受ける側とか)から描いたらどうなるか など
それでは、「うまく描けない」とか「あまり時間短縮にならない」面はありますが
創意工夫があってこそ作者本人の技量の上達や
漫画(というジャンル全体の)表現の向上につながっていくのだと考えます。
>Aaさま
構図には著作権がありますよね?
(これがないと写真の著作権の大部分が認められなくなります。)
構図についてのシロ・クロは
・盗用された元を知っていたか
・偶然の一致の可能性はあるのか といった要素で判定されます。
音楽のコード進行のように「偶然似かよったものができてしまう」
ものには認められておりません。
投稿 元宮 | 2005年10月21日 (金) 17時29分
元宮様の意見は21世紀には古いですよ。
今はデジタルネットでオートトレース時代なので
世界標準にあわせるのです。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時34分
>>2chネラーの一人さん
> ところが、A行為にはそういう「敬意」「謙虚さ」が全く感じられないのではないでしょうか。
それはどうでしょう?
数多ある作品・作例の中からそれを選び出したという行為の裏には、その絵が他よりも優れているという評価が存在するはずです。その意味では、「謙虚さ」はないかも知れませんが、無意識の「敬意」はあるのでは無いでしょうか。
「ここでこのキャラには、スラムダンクみたいに(かっこよく)決めて欲しいなぁ」という考えに至るためには、スラムダンクを評価しているのではないかと思いますよ。
あと、今回の場合とは異なりますが、「どうせパクルんなら、そのまんま写せばいいのに、どうして改悪するかね?」ということも、世の中にはままあります。
ですので、どれが最も良い・悪い、とは一概には言いにくいかと思います。
投稿 すずき。 | 2005年10月21日 (金) 17時36分
一番大事なのは、漫画ばっかよませて、
ひきこもり餓鬼を大量生産させないで、
さっさと戸外におっぽり出すことなのよ。
漫画業界寄生虫ライターもはやく処分しないと。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時39分
>その意味では、やはりABCは異なるものなんじゃないかな。
>もちろんABCだけが判断要素ではないですが。
描く人間の意識としては、ABCにそれほど違いはないと思いますけどね。
末次にしても、下描きにつかっただけでキャラや服装は元のままというわけではない。つまり末次の絵になってるわけです。
他人のマンガを参考にして何が悪いの?・・・程度の意識だったのではないですか?
パソコンやコピーが手軽に使えるようになったから、簡単にトレス出来るようになっただけで、昔だったら手元に置いて見ながら描くだけでしょう。
そういえば一昔前「AKIRA」の単行本をバラバラにしてポーズ集作ってるマンガ家がいるという噂もありましたね。
投稿 レポレッロ | 2005年10月21日 (金) 17時41分
大友さんも写真から盗用するのが得意らしい。
よくしらんけど。
だから人物画にいまいち不都合が多い、というのは
美術家間では常識の話しで。
私も参考にしてない。古いから。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時46分
著作権法は複製か否かを問うているのであり、その手段は問うていません。だから、A)もB)も同じ「複製権の侵害」にあたるのです。これを「画」ではなく「文章」に置き換えると、手書きで写そうがコピー機にかけようが、「複製」という点では全く一緒だというのが分かると思います。
…というのが、竹熊さんのお会いになった弁護士さんの言ってることなんじゃないのかと思うのですが、いかがでしょうか。
ところで、漫画に関する著作権侵害裁判って、これまで実際にどんな例がありましたっけ。とっさに思いつくのは「ポケモン同人誌」なんですが、他に何があったかなぁ…
投稿 くらげ | 2005年10月21日 (金) 17時48分
この一件は何でこんな騒ぎになったの?
井上のファンが騒いだの?
末次のファンが騒いだの?
末次のその後の対応のせい?
何でこんなに大騒ぎなのかがわからない。
ストーリーをぱくったわけじゃないんだよね?
投稿 じーこ | 2005年10月21日 (金) 17時51分
話題と関係無いけど、ここでの荒巻さんの「他人を貶めることで自分を持ち上げ悦に入る」一連の発言態度は、かつてファンだった者として見ていてとても悲しくなるので自重して欲しいなぁ。
ここは竹熊さんの、人様のblogなのだし。
投稿 muroi | 2005年10月21日 (金) 17時54分
手塚治虫「ワンダー3」・講談社。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時55分
先生私は「さるまん」がパロディだとわかりませんでしたw あれを本気にして漫画家になった人もおるはずです!!
ところで魁クロマティ高校という漫画があります。俗に言うキャラをまったくパクッた漫画なのですが、もちろんトレースではなく模写
http://image.blog.livedoor.jp/deathtron/imgs/0/4/049864fe.jpg
これについてパクラレ元の池上遼一先生が自分と作風の似ている『魁!!クロマティ高校』に抗議されるのかと思いきや大絶賛されてます。なんと男らしいのでしょう。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 17時56分
私はオタクに好かれたくは無い。
だいたいもう廃業してる。
投稿 荒巻圭子 | 2005年10月21日 (金) 17時56分
荒巻圭子様
申しわけございません、ご本人様でしたら、
ご自身のブログに今、何かUPしていただけませんか?
投稿 ピ | 2005年10月21日 (金) 17時59分
>くらげさん
《 著作権法は複製か否かを問うているのであり、その手段は問うていません。だから、A)もB)も同じ「複製権の侵害」にあたるのです。これを「画」ではなく「文章」に置き換えると、手書きで写そうがコピー機にかけようが、「複製」という点では全く一緒だというのが分かると思います。》
私が上で書いたのは、まさしくそういう意味です。
マンガに関する著作権裁判というのは、考えている以上に少ないのです。十年前に調べただけなんですが、判決まで出ているものだと、13例程度しかなく、その少なさに驚きました。
新聞などで報道されているケースでも、ほとんどが示談で済まされていて、実は裁判にすら至っていないというケースが多いです。示談ですと判例になりませんから、司法の判断材料がなかなか積み重ねられないということでもあります。
ちなみに、その13例の半数近くがサザエさんがらみだったと思います。現在では、もう少し判例があるのかもしれません。
例の「ポケモン同人誌事件」は、刑事でしたよね。マンガにからんだ著作権事件で、刑事事件になったのはあれ一例しかないと思います。
投稿 たけくま | 2005年10月21日 (金) 18時13分
>>元宮
>構図には著作権がありますよね
うーん知らないですね。富士山の写真なんて同じ地点より同じ倍率で撮れば基本的に同じにしかならないと思うのですがどうでしょう。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 18時20分
>ラップで他の音源をツギハギするときは
>その音源の権利料を支払う必要があるそうで
それはメロディや歌詞が使われている(引用されている)からではないでしょうか。
構図やポーズは同じで、でも異なるシチュエーションだったり顔も服装も別のものとして描かれているのだとしたらどうなるんでしょうね。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 18時25分
これはもうどなたか指摘されてるのかな。今回の件で大事なことのひとつは、ネットの普及によってまんがのパクリの比較検討がだれでもできるようになったことが大きいんじゃないかと思います。
80年代ですと、あだち充さんが美少女グラビアをトレースして首のみゆきちゃんにするとか、そういうのいっぱいありました。でもまんがマニアのあいだで内輪で盛り上がって終わってたのに、いまだとHPにばっと載せて煽るのがカンタンにできてしまいます。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 18時32分
>>荒巻圭子
おもしろいかたですね。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 18時36分
誰の発言とはいいませんがなんだかヒヤヒヤするのは僕だけですか…。
>元宮さま
>構図には著作権がありますよね?
これちょっと僕もきになりました。
ツッコミみたいで申し訳ないですが、
詳しく教えていただけると幸いです。
ただAaさんがレスしておられる元画像の
吉田健一氏のサイトを見てみると
自分が勝手に考えた、とは書いてないですし、
画像ではカットされている上部分も見ると
今話題にされてる盗作/模倣とはちょっと話が違ってくるような気もします。
なんか話がずれてきちゃってすいません。
投稿 Wen | 2005年10月21日 (金) 18時46分
>>荒巻圭子
大友の絵は古いけど、
貴方の絵も古い。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 18時46分
>>Aaさん
>今回の件で大事なことのひとつは、ネットの普及によってまんがのパクリの比較検討がだれでもできるようになったことが大きいんじゃないかと思います。
私もこれを強く感じます。二つの任意のイメージの類似に気付く、というのは簡単なようで意識的にやろうとすると結構難しいですが、ネット上だと、多くのマニアの目を集めることで素早く事例が集積できます。
さらにPCでイメージを重ねることで説得力のあるプレゼンテーションが簡単にできる。
なんというか、読者の「視線の政治」が格段に強力になった、という気がします。
投稿 STEHH!! | 2005年10月21日 (金) 18時57分
構図と著作権について、すこし脱線でもうしわけないですが、
補足させていただきます。
美術品の写真を例とさせていただきます。
●絵画を撮影した写真の場合
・絵を描いた著作者には著作権があります。
・絵を撮影した写真家には著作権はありません。
※これは記録としての撮影で正面からひずみなく撮影するという技巧しか存在せず
誰が撮影してもおおむねおなじ構図となるであろうため。
●彫刻を撮影した写真の場合
・彫刻家には著作権があります。
・彫刻を撮影した写真家にも著作権があります。
※どの角度からどのように撮影するかという“構図”に創意工夫がみられるため。
以上のような観点から構図には著作権が存在すると判断されております。
※著作権上、写真や図画は同一の扱いとされておりますので完全な脱線ではありませんが。
>Aaさま
おっしゃるように「富士山の写真」では構図に創意工夫の余地がすくなくなりますので
著作権を主張できるほどの独創性があるかといえば、そのとおりかと。
独創性の有無は個別のケースにおいてそれぞれ判断されますので
全部がこう、とは決められないものです。
当方の「構図にも著作権がある」という主張からいえば
顔や服装を換えたものというのは著作改変権の侵害にあたる、と考えます。
投稿 元宮 | 2005年10月21日 (金) 19時00分
模倣とトレースは、やはり「パクリ」について考える際には分けて考える必要ないと思う。
分けて考えるべきと主張している人はトレースが「手抜き」だから許せんのかな?とコメント読んでの感じです。
そこに作家としての良心を問いたい気持ちは分かるけど、「パクリ」については、どんな手段で真似られたかではなく、創意があるか、単なる真似か、って事でしょう。
「トレース」じゃないです!!見て描いたんですよー!!といわれて、それが明らかになれば、モロな真似でも許せるのか、といえばそんなことないハズ。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 19時00分
仮にオリジナリティの価値や作家の倫理や著作権法というものを一旦脇において、経済的な観点のみから考えると、「盗用」と「引用」の違いは「対価を払ったかどうか」という点にあると思います。
BがAの作品の表現を「借用」(ここでは中立的な意味で使ってます)してBの作品の中で使用した場合、Bの作品を読んだ後にAの作品を読んだ読者は、Bの作品を読んでいなかった場合に比べ、Aの作品の効果(例えば新鮮さ)が弱まる訳です。
この効果は一般に(読者の購買意欲を高めるという意味で)プラスの効果なので、Aの作品はBの作品によって損害を被っていることになります。
そこで(慣習的には)Bはその対価として、借用元を表示したり、表示しなくても明らかにそれと分かる借用の仕方をすることによってAの作品を「宣伝」する訳です。
今回の問題で言えば、末次氏はトレースという借用元に与える損害が大きいような借用の仕方をしているにも関わらず、その対価を一切支払っていない(借用元を表示=宣伝していない)という点で悪質な借用(=盗用)であるといえます(全作品回収・絶版がその行為に対する処罰として適当かどうかはまた別の話ですが)。
もちろんこのような見方は極端なもので現実的ではありませんが、将来的に「厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在」せず「あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している」という考え方が広まっていくなら、引用と盗用の区別はこのようになされるのではないでしょうか。
長文失礼しました。
投稿 レタス | 2005年10月21日 (金) 19時03分
竹熊さま、レスどうもありがとうございます。
「サザエさん」の裁判って、確か「キャラクター」の複製に関する話だったですよね。今回の末次氏のような作画の複製に関する話は、連載の中断で決着して、裁判にまで発展する事例はあまり無いような気がします。見落としがあるかも知れませんが。
それにしても今回の件、処分も大きければ、報道もデカかったですよね。そして、今、マンガをめぐる報道は地球をかけめぐるのです。海外でもスレが立ちました。
http://www.animenewsnetwork.com/bbs/phpBB2/viewtopic.php?t=18370
今回問題になった「エデンの花」は、すでにドイツ語版が出ていて(日本のamazonでも売っています)、英語版がもうすぐ刊行予定だったのですが、どうなるのでしょう…
http://www.tokyopop.com/dbpage.php?page=product&productid=3500
投稿 くらげ | 2005年10月21日 (金) 19時04分
>漫画業界寄生虫ライターもはやく処分しないと。
その通りです!
漫画もかけないのに漫画を批評するなんてちゃんちゃらおかしいですよ!
名作を生み出してその作品で漫画を語るべきです!漫画は文章じゃない!
ライターは漫画が描ける匠に寄生する虫です!
荒巻さん、あなたの意見にとても同意だなあ。
ものすごく鋭い視点を持ってらっしゃる。なかなか思いつきませんよ。さすがクリエイター!
投稿 | 2005年10月21日 (金) 19時07分
>>元宮
>当方の「構図にも著作権がある」という主張からいえば
>顔や服装を換えたものというのは著作改変権の侵害にあたる、と考えます
でもそれは絵画のばあいではないでしょうか。
わたし絵のほうはうといのでうまい例を思いつかないのですけど、誰か近年の有名な人物画を私が顔と服装をかえて同ポーズのまま別の絵にして自分の名義でどこかのコンクールに出展すればそれは盗作と呼ばれるであろうことは想像できます。
ですがまんがはここまで厳密ではないはずです。まる一ページぶん構図からコマわりまで同一で服装と顔のみ違うとか、そういうケースであれば盗作と呼ばれるとしても、そこまで極端なものはめったにないと思うのですが。
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 19時08分
「ま、いいじゃん」作者はともかく読者はそういうノリで読めば平和ではないでしょうか?
投稿 お茶妖精 | 2005年10月21日 (金) 19時09分
さきほど上の文章を一部訂正しました。
主な訂正は「創作性」「有意な創作性」とした表現を「独創性」に統一しました。このほうがもっとわかりやすいかと思って。
投稿 たけくま | 2005年10月21日 (金) 19時14分
評論のない業界は停滞しますよ(笑)
投稿 | 2005年10月21日 (金) 19時19分
>>たけくま
>「創作性」「有意な創作性」とした表現を「独創性」に統一
独創というのはこの場合で使うにはかなり強い日本語のような
投稿 Aa | 2005年10月21日 (金) 19時22分
開けてはならぬパンドラの箱・・・
もしこれが火付けとなって、
講談社におけるメジャー雑誌のマガジンやヤンマガの人気作家に
パクリ疑惑が湧いて出てきたら・・・・
今回と同じような厳しい処分を下すのでしょうか?
いや、きっとしないでしょうね。
これが私が思う、今回の件において理不尽な点の一つです。
投稿 んぐぐ | 2005年10月21日 (金) 19時45分
皆さん話をそらさないで下さい!
荒巻先生のおっしゃる大事な意見をわざと無視するおつもりですか?
>一番大事なのは、漫画ばっかよませて、
>ひきこもり餓鬼を大量生産させないで、
>さっさと戸外におっぽり出すことなのよ。
先生がおっしゃるように、一番大事なことはこれです!
この問題をわざと無視するなんて荒巻先生に失礼ですよ!
投稿 | 2005年10月21日 (金) 19時50分
最近、インターネットの普及の影響からか、各方面で創作物に関するこういった盗用騒ぎが増えて来たように思います。
こういった騒ぎには、得てして「著作権」という言葉が使われがちですが、消費者が実際に訴えているのは倫理的な問題で、法的なものではない場合がほとんどだと思います。
たけくまさんの文章は、法的な回答と倫理的な回答が混在してしまっています。そして、制作者と消費者の間で、模倣の倫理的な許容範囲に食い違いが出てきているように見えます。
法的な解釈は既に確立されているようですね。それならば、模倣の倫理的な許容範囲について、製作者側と消費者側のギャップを埋める時期に来ているのかも知れませんね。
投稿 pon | 2005年10月21日 (金) 19時52分
漫画もアートだし、アートはアルテ(技術)を見せて客を楽しませるものなんだから、トレスだろうが、書き写しだろうが、お客が「うまいな」と思わなければ、価値が無く、価値がないから、"厳しい"処分を受けたのでは?
大友先生の場合は、模写にしても上手い(単なる模写とは思いませんが)ので、お客さんを楽しませることができるので、価値があるのでしょう。
雑文、失礼
投稿 西麻布 夢彦 | 2005年10月21日 (金) 19時55分
あの板に関わると碌なことにならないので迂闊な事はしないように、
という教訓にはなりましたね。今回の事態は。
個人的には、内容が全く違うのなら絵柄ぐらいどうでもいいだろ、ぐらいの見方です。
投稿 みわ | 2005年10月21日 (金) 19時57分
海外のはスレが立ったのではなく日本人が建てたんだろ。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 19時57分
私も法的にどうかは別として、特に道義面を楯に「トレース」のみが問題点としてクローズアップされるのに違和感があります。
ひとつは竹熊氏のおっしゃる通り、ここで言う「A、B、C」は傍で思うより簡単に線引き出来ないのではないかということ。
例えば「『野望の王国』の主人公そっくりの竹熊」という(パロディ)キャラを描くのに、
『野望の王国』を「模写」した場合と、「トレース」した場合では、実は出力された絵の結果はさほど変わらないのではないでしょうか。
作者のセンスや模写力を量る目的なら「トレース」はアウトでしょうが、
単に「効果」として「よりソックリに描いた方が面白い」という狙いがあるなら、
「トレース」の方がむしろ相応しいと言えるかも知れない(最終的には否応なく自分の手が入るわけだし)。
もうひとつは、多分絵を「トレースされたこと」自体に怒る作家はあんまりいないんじゃないか?ということです。
よく見るのは、自分が(苦労して)編み出した独特の「技法」「アイデア」などを無断で使われた時に怒る、というパターンですかね。
この場合もやはり、「模写・真似・トレース」の区別は怒りの内実に関係ないわけです。
今回も真似された作家自身の訴えがあったわけじゃないですし、当事者不在という感じがしますね。
投稿 水野アンダーソン | 2005年10月21日 (金) 19時58分
>たけくまさんの文章は、法的な回答と倫理的な回答が混在してしまっています。
竹熊先生は終始法的な問題しか語ってないと思いますが?
今回の講談社の対応も倫理的な非難に屈してではなくて、ヘタしたら訴えられかねないから過剰反応してるだけでしょう。もし裁判沙汰になる可能性が全く皆無なら、出版社も頬かむりしてやり過ごしてたと思いますね。
倫理的にいえばパクリを本人も認めてるのだから、末次が非難されるのは当たり前です。
でも今までも似たような事をやってきたマンガ家はゴマンといるわけで、非難はされつつも黙認されてきた現状があるわけです。黒でないにせよ灰色のマンガ家は一杯いるでしょう。
トレスだろうと模写だろうと法的に区分できないのであれば、極論をいえば次は誰が槍玉に上がってもおかしくないわけです。
講談社がもっと穏便な決着をしていればよかったのですが、今回全作品の回収という極端な先例を作ってしまった以上、同じ目に合うマンガ家が次々と出てくる可能性もあるんですよ。
投稿 レポレッロ | 2005年10月21日 (金) 20時11分
みんな達はどうして贋作作成が簡単だと思うのだろうか。あれって半端じゃない模写と絵を描く技術がいることは、素人でもわかりますよ。ルパン三世とかギャラリーフェイクみたいに「ちょっと頼むわ」と依頼できるおっちゃんやじいさんがそこらにゴロゴロいるわけでもないです。
実力で描けない人が模写した場合、トレスと同じだけの仕上がりは無理です。
投稿 漫画オタ | 2005年10月21日 (金) 20時42分
>ベースになる表現が模写かトレースかという違いを云々することに、問題の本質があるとは、俺には思えません。
確かに模写かトレースかに関しては論議しても全く意味がないですよね。
A) 元絵を下に敷いてトレースして描く
B) 元絵を隣において描く
C) 元絵を思い出しながら描く
A)B)C) 製作手法が、どれであろうが出来上がった物がA)と同じであれば
製作手法がどれであろうが同じ事ですし。
絵の下手糞な子供がA)の手法をとって描きあげたものが元絵と全く違う物になったら
それはオリジナルといって間違いないのでは無いでしょうかね。
過程について論じても、結局は出来上がった物で判断するしかないのであって
論議するだけ無駄だと思いますが。
投稿 忍天堂 | 2005年10月21日 (金) 20時49分
技術が要る要らないの問題は関係ないのでは
投稿 . | 2005年10月21日 (金) 20時51分
法と倫理を混同するなという意見がありますが、そもそも法は社会通念上の倫理を最低限のラインで実行するものなので、法がOkを出すなら社会的にはOkなのです。盗作が親告罪なのは被害者はあくまで被盗作者の観点。消費者ではありません。
とまれ、作品の受け取り手である消費者は個人的な倫理で作品の良し悪しを決めて選べばいい話で、そもそも通念的倫理をどうこう言う話ではないと思います。第一個人的な倫理観を皆様披瀝なされて、これほども多様な意見が出るのだから、すべての人が納得のいく画一的な処置や規制など法で出来るはずがありません。トレースが許せないのなら買わなければいい。市場原理でNoを出された作家は消えてゆくでしょう。
しかし今回の処置は作家を守り育てるべき講談社が、市場や被盗作者の反応を待たずに一方的に作者を切り捨て、作家生命を断ったのでなんとも言えませんが。
個人的には安易な模倣は避けるべきですが全体的に独創性を加味した作品になるなら、作中にトレースしたカットが存在しても構わないと思います。そもそも漫画は「絵」だけで成立しませんので。
長文失礼。
投稿 Mirror | 2005年10月21日 (金) 20時54分
>実力で描けない人が模写した場合、トレスと同じだけの仕上がりは無理です。
贋作作成の技術と漫画の模写技術を一緒くたにするのはいくらなんでも無理があるでしょう。
素人ならともかく、何冊も本出してる漫画家の人なら、見りゃ描けます。同じ構図、同じポーズになってりゃいいんだから。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 20時55分
そもそも問題とされる作品はトレースなんでしょうか。重なっていない場面が多々見受けられたのですが。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 20時56分
>「マンガ表現を根源的に考える会」
前エントリーに書かれていた
(たとえば出版社が予算を投じてちゃんとしたフォト・ライブラリーを作るなど)
そもそもマンガ家が自由に使えるフォト・ライブラリーがあれば、
こういうのは誰か作る気は無いのでしょうかね?
インターネット上だとそう難しくないと思うのですが。
投稿 忍天堂 | 2005年10月21日 (金) 21時05分
>同じ構図、同じポーズになってりゃいいんだから。
そんな単純なものじゃねえです('A`)
投稿 漫画オタ | 2005年10月21日 (金) 21時10分
>荒巻圭子さん
最初の「マンガ家の描写盗用問題についての私見 」のコメントでは井上さんにプンプン怒ってらっしゃるのかと思いきや、その後のコメントでは逆に「どんどんやれ」と。
懐が深い。
ところで、トレースをわざとするときの「報道的理由」とはなんですか?
投稿 寿 | 2005年10月21日 (金) 21時40分
法解釈的には絵画も漫画も写真も同じ「図画」と扱われます。
過去のなりたちにおいてそこまで厳密にトレースの問題が問われなかったから
といって合法である、というわけではありません。
で、私の意見自体は現行の著作権法を自分なりに考慮した結果なのですが
荒巻さまご指摘のように古くさいのも確かです。
著作権法は乱暴にいえば写真や印刷といった技術までを対象に成立してきたものであるからで、
ゲームなどのプログラムや、漫画といった著作物に合致しているとはいいがたい。
本当であればまったく違う表現であるのだからそれぞれにおうじて
著作権として守られる範囲が違ってもいいのではと思います。
(そのようにはなってませんが…)
すこし法解釈によりすぎたことを書いておりますので
話を戻しておきますが
漫画の創作においてどこまでゆるされるのが
幅広い立場=漫画家、読者、出版社などの人にとって幸せなのか。
この「ゆるされるだろう」ところのライン引きが人によってかなり違うようだと感じます。
個人的には、プロの漫画家ってすごいなぁ、と思うからこそ安易な盗用はNGだと感じますし、
デジタルが発達して元素材と分からないような改変が簡易になったからといって
盗用して良いとの結論とはなりませんでした。
盗用せずに表現されている漫画家も当然、たくさんいらっしゃるわけで
そんな正直に手間暇かけている方の方が馬鹿を見るという事にはなじめないです。
投稿 元宮 | 2005年10月21日 (金) 21時58分
著作権の問題は最終的には当事者間の問題であって
いくら周りがギャーギャー騒ごうと、盗用された側が
「問題なし」と判断すればそもそも問題にならない
話なわけです。(ライオンキングとか)
話し合いで解決できればベストですが、話し合いが
決裂すれば裁判になる。それだけの話です。
そういう意味でトレスの是非ってのはあんまり関係ない。
竹熊氏が井上氏のコメント次第で意見が変わる可能性が
あるというのはそう言う事でしょう。
もし今回の事が井上氏の意向であるならば、何一つとして
問題はありません。全作品回収か裁判か、という選択に
なるわけです。(そして全作品回収を選んだと)
ただ今回は当事者間の話し合いをすっ飛ばして、火消しの
ために先手を打ってトカゲのシッポ切りをしちゃった印象が
強いわけで、その是非が問題になるわけです。
今後この手の話が出てきたとき、そう対応するのが普通で
あるかのようになってしまっては危険だと。
ただ現時点ではなぜこういう対応になったのかわからないので
>僕もこの「新しい事態」をこれからも注意深く見守っていきたいと思います。
という事なんでしょう。
投稿 hu-nn | 2005年10月21日 (金) 21時58分
ほぼ竹熊健太郎さんの意見に賛成ですが、トレースとその他については著作権者がどう思うかもあるように思います。
CLAMP見解。
http://www.clamp-net.com/information/index.html
>ご自分でお描きになった(トレース、そのほかの方法で描き写したものは除きます)CLAMP作品のキャラクターを、Webサイト(携帯端末用サイトを含みます)や同人誌、私設ファンクラブ(サークル)の会報、各種グッズなどに掲載、使用することについては問題ありません。
検証サイト
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/5228/
投稿 さとぴー | 2005年10月21日 (金) 22時07分
>こういうのは誰か作る気は無いのでしょうかね?
>インターネット上だとそう難しくないと思うのですが。
盗用に対する根本的な解決は難しいと思います。
前にも書きましたが、絵という整理された線をトレスするのは簡単ですが、写真をそのままトレスしてもカッコイイ絵にはなりません。マンガ家のデフォルメや構図があるからいい絵になるんです。
もちろん重宝する人もいるでしょうから、無意味では無いです。
斎藤プロでは海外するスタッフにありとあらゆるモノを膨大な写真を撮って貰ってストックしていて背景の参考にするらしいです。
斎藤たかをほど財力のない新人マンガ家は使える風景写真が増えれば非常にあり難いでそうね。
投稿 レポレッロ | 2005年10月21日 (金) 22時09分
最近の井上氏は本業以外の話題が多いね。
投稿 VG | 2005年10月21日 (金) 22時09分
コメントを書き込む方は、制作サイドの方が多いのでしょうか。
本来、盗用問題は当事者同士の問題だという点は理解できます。しかし、今回は消費者側から問題がもちあがった事は事実です。
消費者の多くは法的解釈よりも、倫理的・感情的な解釈によって行動します。出版社と作家の関係を議論する必要もありますが、消費者を考慮しなければ、近い将来また同じような問題が再発すると思います。
「マンガ表現を根源的に考える会」のような動きが、実際に起こればいいですね。
>レポレッロさん
たけくま氏が、「厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない」から、トレースは「法解釈的に問題ない」と述べていると誤解してしまいました。早計でした。
投稿 pon | 2005年10月21日 (金) 23時00分
ヤマザキと言います。
皆さんの意見を拝見してはじめて、コメントを投稿します。
盗作、盗用、模写、模倣。
非常にあいまいで、判断しにくく、意見の分かれる問題ですよね。
「あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している。」と、たけくまさんが書かれていますが、まったく同感です。
仮に、何の元ネタも無く100パーセントオリジナルで絵を描いたとしても、過去をたどるとほぼ間違いなく構図、絵柄、アイディア等、何らかの類似した物に行き当たると思います。
世の中のありとあらゆる物が、クリエイトされ尽くされているのです。(ぼくはそう思います)
いまの僕らの社会は先人の知恵と努力の積み重ねでつくられ、それをベースに、あらたに創作し、未来に引く次いでいくのだと思います。
創作の世界で盗作云々と、法律論で語るのはあまり意味のある事とは思えません。法律なんてのは所詮、政治屋の都合一つで簡単にひっくり返っちゃうじゃないですか。
それより、過去の知恵に敬意を払いつつ、それぞれの信念とか、公共性のような事で話し合う事の方が大事のような気がします。
長々と書いてすみません。
投稿 ヤマザキ | 2005年10月21日 (金) 23時17分
>荒巻圭子さん
あなたの古臭い絵をトレースしようと思う人は、これから出てきませんのでご安心を。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 23時18分
荒巻圭子って、2ちゃんねらあたりが名前使って煽ってるだけでしょ。
本人も作品も知らないけどまっとうな人の書き込みに見えないし。
投稿 | 2005年10月21日 (金) 23時27分
hu-nnさんのご意見に同意します。
竹熊さんは、トレスの是非を問題にしているのではなく、安直と思えるほどの出版側の対応を問題としているのではないでしょうか。
今回の事件は模倣やトレスはどこまで許されるのか、という漫画界がこれまで目をそむけてきたデリケートな問題に対し、出版社があまりにも安易な判断を(少なくとも現時点では)下したように見える点につきると思います。
講談社の「英断」を称える声もあるようですが、仮にこれがもっと人気作家やベテラン作家の場合でも同じような処遇を下したのだろうか?と穿った見方を見方をしてしまうのです。
投稿 てんちょ | 2005年10月21日 (金) 23時50分
いっそ竹熊さんが講談社に今回の措置に関して直に問い合わせてみては?
推論で色々議論しても実際のところどうなのか答えが出そうもありませんし。
問い合わせするのもある程度著名人の方でないと記事になっても信用がありませんので…。
投稿 うーむ | 2005年10月22日 (土) 00時28分
そもそもなんで漫画家は意匠をコソ泥するんですか?
堂々と許諾を取ろうって気はないんですか?
あなた方はいつまでコソ泥の弁明を続けるんでしょうか。
許諾を取って欄外にその旨を書けばいいだけのことじゃないですか。
投稿 | 2005年10月22日 (土) 00時30分
当事者同士といっても井上氏が全作品回収とか言い出すのは無理があるわけで。
他の作品は井上氏と関係ないでしょう。
というかその当事者というのがこの場合何人いるのか…。
投稿 rrr | 2005年10月22日 (土) 00時37分
あの。意匠は登録制ですけど。
投稿 あむぁい | 2005年10月22日 (土) 00時39分
そうそう、小林よしのり氏が自分の漫画のコマを多数流用されて本を出版されたために訴訟を起こしたことがありましたね。
それに対して確か裁判所は小林氏の主張を却下したと記憶しています。
確かに消費者の倫理意識と法の規範意識に乖離があるかもしれませんが、先にも発言したとおり、法は最低限の倫理、モラルなのです。社会的な制裁はこれに抵触したときに発動されるべきで、出版社が自主的にいわば私刑をくだして吊るし上げにした今回のことは悪しき前例だと思います。
結果として作者は誰かを害しようなどというような悪意も無いにかかわらず、職も名誉も、創作者としての未来も、そして過去までも消されてしまいました。
今回、確かに消費者側からの問題提起であったかもしれませんが、消費者の倫理観はあくまでも市場原理的に(買うか買わないか)反映されるべきで、言葉狩りの横行する現在にあっても解るとおり、作品の受け取り手の消費者がいつ告発者となるかわからないなら、表現の自由は著しく害されると思います。
しかし消費者による批判は自由です。
どんな悪辣な批判やこき下ろしでも、いったん作者の手を離れた作品に対しては当たり前ですが自由に何でも言えるものです。
消費者が擬似告発者になってしまったのは、支配的な立場にある出版社が、それに敏感に反応し、作者に制裁を加えたことです。
他者の作品の根幹部分を盗むことで、元作者、著作権者の利益を害したならいざ知らず、
こう言っては何ですが、たかが模倣で批判を受けるだけならまだしも、人生すら危うくされるなら、創作などはとてもとても。
つまらないなら、消費者に見捨てられる。面白ければ売れる。
模倣しようが、トレースしようが、それがもし面白いなら、消費者が選んでくれます。逆もまた然り。
今までそれでうまくいっていたのに、また表現が狭められると実につまらないのっぺりした世の中になりそうな気がします。
現にそうなりかかっている気がしますが。
またまた長文失礼しました。
投稿 Mirror | 2005年10月22日 (土) 00時39分
そもそも末次さんも模写だったんじゃないですかね。
末次さんも参考にしてるとは認めましたがトレースしてると認めてたわけではないですし、
イノタケさんの検証画像も末次さんの検証画像も一致率ではあまり変わらないですし。
投稿 名無し | 2005年10月22日 (土) 00時40分
>あむぁい
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B0%D5%BE%A2&kind=jn
投稿 | 2005年10月22日 (土) 00時41分
根本的に第三者がパクリ云々言うのが間違ってるんじゃないかと。
問題なのは描いた人の気持ちでは?
トレスにしろ模写にしろ描き手がばれなきゃいいと思っていれば悪質なパクリだし。
感銘受けてこんなの描きたい・もっと良くしたいと思っていれば竹熊さんの言う模倣?だし。
今回の末次のについてはそのまんまトレース、作者の味付け全く無しな完全盗用なのが漫画人としてまったく許されることでは無いと思う。こんなんじゃ漫画的に進歩ないからね。
投稿 Takuma | 2005年10月22日 (土) 00時54分
>そうそう、小林よしのり氏が自分の漫画のコマを多数流用されて本を出版されたために訴訟を起こしたことがありましたね。
>それに対して確か裁判所は小林氏の主張を却下したと記憶しています。
小林よしのりの場合は盗作した本が評論本の体裁を取っていたから認められたわけで、今回のケースが当てはまるとはちょっと思えませんが・・・。
結局竹熊先生の提案された「マンガ表現を根源的に考える会」のような第三者機関を設立するのが落とし所かもしれませんね。
映倫ならぬ日本マンガ倫理委員会でも作って、盗作や差別問題のようなトラブルはそこで解決に向けて話し合うわけです。
もちろん法的拘束力はないわけでこじれれば裁判にするしかありませんが、マンガの場合ほとんどは業界内のトラブルですからある程度はそこで解決出来るんじゃないでしょうか?
末次問題もそういう機関があれば、いきなり連載中止や回収処分でなく、警告なり問題個所の書き直しなりという形で穏便に済ませられたかもしれません。
投稿 レポレッロ | 2005年10月22日 (土) 00時58分
そう言えば、法的議論は消費者不在ですね。
法の場で議論される以上は仕方ないですが、消費者が怒りたくなるようなものもあるわけで
回収は行きすぎとしても、批評としての機能は否定されないで欲しいですね。
投稿 dark | 2005年10月22日 (土) 01時21分
>レボレッロさん
《小林よしのりの場合は盗作した本が評論本の体裁を取っていたから認められたわけで、》
これはちょっと違います。ゴー宣批判本を書いた上杉聰氏は、批判の必要から『ゴーマニズム宣言』を「引用」したのであって、盗作したわけではありません。
その引用も相当に吟味した慎重なもので、「ただ一点」を除いては完全に合法でした。
その「ただ一点」というのが、レイアウトの都合からコマの配置を変えて引用した部分です。これはマンガの「同一権保持権の侵害」にあたると認定され、小林氏の側が「勝訴」しました。ただし、判決をよく吟味すると、敗訴したはずの上杉氏側の主張が99%は認められているという、奇妙な裁判になりました。
この裁判以降、マンガの「引用」の基準がより明確になったとして、小林氏の意に反して被告側(や、マンガ評論家など)がむしろ喜んだ、という小林氏にとっては「やらなきゃよかった」くらいの皮肉な結果になっています。
投稿 たけくま | 2005年10月22日 (土) 01時28分
そろそろ、こちらに移動します。
>たけくま さま
「ABC」に関する見解は、別エントリですでに明確すぎるほど、
展開したので、これについては、ここでは詳しく書きません。
私の結論だけ言いますと、「ABC」に厳密な線引きができないこと
(形式的議論においても、法的議論においても、作品・技術論においても同じことです)、
そんなことは、自明であって、論じる価値はカビほどもありません。
「ABC」は「経験則」以外のなにものでもなく、それ以上でもそれ以下でもないからです。
2ちゃんねるで、「ABC」を下に論じられているのも、便宜的にそうされているだけです。
ただし、2ちゃんねるの議論には、「ABC」が「経験則」であるという明確な自覚がないため、
時々、混乱する、それだけの話です。(それは、ここのblogもそうですが)
それはともあれ、「許される模倣・許されない模倣」について。
これもまた、かなりのトンデモ論のように私には見えます。
この論は、あくまで「末次問題」の文脈で語られている、という前提で述べますが、
>ここでひとつ確認しておきたいことは、俺の議論の前提となる原則論です。
> 厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない。
> これはまた、
> あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している。
> と言い換えることもできます。そして俺は「オリジナル」と「盗作・剽窃」の違いを
> 元ネタにはない新しいプラス・アルファ(独創性)があるかどうか。その有無と程度
> に求めているわけです。この考えを前提にして、俺はあらゆる「表現」を考えているつもりです。
そんなことを確認する必要は、一切ありません。
理由をきちんと述べましょう。
「厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない」という言説は、
比喩としては意味をなしますし、言わんとすることは分かりますが、
「議論」の前提(すなわち論理的前提)としては、全く空虚だと言うことです。
試しにここで、正反対の命題を提示してみましょう。
「厳密な意味では、すべての作品はオリジナルである」
これに反論できる人は、いないはずです。
「あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している」
も同様で、容易に正反対の命題を、提示することができます。
さて、ここで何人かの人は、
「おいおいちょっと待て」
「ニュー速+住人は、言葉遊びをしている」と、言いたくなるかもしれません。
その通りです。これは言葉遊び(レトリック)です。
しかし、よく考えれば、最初に「言葉遊び」を始めたのは、実は竹熊氏だということに、
気づかれることでしょう。
投稿 ニュー速+住人 | 2005年10月22日 (土) 01時29分
マンガ家の一人として興味深く
読ませていただいております。
いろいろな考え方があるものだ
と感心いたします。しかし~
前のエントリーに、安易なマンガ家・
編集者である~と書いた気持ちは
変わりません。
さらに書くならマンガ家としての「志」が
低すぎた!と言えると思いますね。
著作権ウンヌン以前の問題に感じます。
ただ、講談社の対応に、いささか
不満もあります。
当該編集長・編集担当者・単行本
刊行編集担当者は、作者と共に
読者に謝罪すべきでしょう。
広報のメッセージで済ますという
のは、「出版」にたずさわる者として
やはり「志」が低い。
こんな風に書くぼくは<古い>人間かな。
雑誌には正式コメントがどのように
出るのでしょうか…。出てるのかな。
>たけくまさん。
『サザエさま』の画像の一部が、
奥成達資料室で見られます。
このときも、掲載誌「東京25時」の
奥成くんが、示談金を支払ったかたちで
決着しました。
ぼくが「COM」連載に描いたサザエ
さんはクレームがつかなかった。
「劇画とマンガ」に描いたイジワル
ばあさんも…。
投稿 長谷邦夫 | 2005年10月22日 (土) 01時32分
>ニュー速+住人
>そろそろ、こちらに移動します。
こっちにくるな!お願いだから帰ってください
投稿 | 2005年10月22日 (土) 01時35分
>ニュー速+住民さん
「厳密な意味では、すべての作品はオリジナルである」
↑これは、成り立ちません。たとえば、日本語を使って書かれた小説があるとして、その作家は「日本語そのもの」を作ったのでしょうか。もちろんそんなことはありません。
私が「厳密に」というのは、そこまで含めた意味で言っているのです。ただしこれは著作権とは次元が違う問題であることは認めます。日本語そのものに、著作者は存在しないので。
あなた自身もおっしゃられているように、言葉遊びはお互いやめにしましょう。
投稿 たけくま | 2005年10月22日 (土) 01時38分
模写ならいいがトレースは許せないという意見は描き手側にも受け手側にも非常によくあるものだと思います。
今回の件でこれがすごく気になりました。
模写もトレースも「元の素材がある」ということはかわりがないですよね。その二つの違いは労力と技術力で。
描き手受け手の双方の多くに、労力と技術力が第一に神聖なものであるとする観念的な要素があるのだなぁと強く感じた次第です。
もちろんこれは漫画だけではなく、美術の歴史的にも何度も似たような議論が出ていたと思います。
法的な問題がクリアーになったとしても、人間の中にある労力・技術力への神聖視がなくならない限りこういった件は何度でも槍玉に挙げられるのかもしれませんね。
投稿 たむ | 2005年10月22日 (土) 01時40分
>長谷先生
奥成達資料室というのは、インターネットのサイトですか?
えーと、今検索したら、見つかりました。
うわ。これはすごい。ちゃんと載っているではないですか『サザエさま』が!
http://www.mars.dti.ne.jp/~4-kama/tatsu/reki2.html#suda
投稿 たけくま | 2005年10月22日 (土) 01時43分
>ニュー速+住人氏
そろそろご自身のblogなり何なりに移動する時期ではないですか?
正直あなたの発言はひとまとめにして読んだほうが理解できると思いますので。
投稿 | 2005年10月22日 (土) 01時45分
勘違いしてたゼ。
出版社の対応がモンダイなワケね。
「マッチする束の間海に霧深し身捨つる程の祖国はありや」
マンガじゃないけど、寺山修司はどーしてくれるんだ?
今回の出版社の行為は法的には問題ないのかもしれないが、全ての創作者の共有すべきモラルの領域に部外者が土足で踏み込んで来たような印象を受けるね。
投稿 | 2005年10月22日 (土) 01時50分
マンガ好きなみなさんに。
前日のエントリのコメント欄でもヒップホップやサンプリングと
比較しての発言が見受けられますが、音楽におけるサンプリングと
今回問題になったようなトレス・模写はまったく意味あいが異なりますよ。
原曲の一部をまるごとサンプルして使うときは、当然使用料を請求されます。
それは、今回の例ですと、「スラムダンク」のコマやページを複写もしくはスキャンして
自分の作品に貼り込んで使用したというのと同様なケースでしょうね。
今回の例は、原曲のフレーズの一部(例えばかっこいいギターソロ)を
多少楽器の音色を変えて自分の曲に(クレジットなしに)
使用して問題になったというイメージでしょう。
オレンジレンジの曲が、オリジナル曲扱いからカバー扱いに変更になった事例と
似ているでしょうね。
模写かトレスかという議論は、元曲を何らかの機械的手段(自動的に採譜して
MIDI変換するソフトなど)で解析したか、耳コピ(自分の音感を頼りに耳で聞いて採譜)した
かの違いを言ってるようなもので、
まったく意味がありません。
投稿 音楽関係者 | 2005年10月22日 (土) 01時54分
>たけくまさま
「厳密な意味では、すべての作品はオリジナルである」
は、少なくとも
「厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない」
と同程度には、成り立ちますよ。
>たとえば、日本語を使って書かれた小説があるとして、その作家は「日本語そのもの」
>を作ったのでしょうか。もちろんそんなことはありません。
あなたは「日本語」という自然言語を、実体として捉えているけれど、
言語学的に言って、静態的な「日本語」などというものは存在しません。
私が使っている「日本語」とあなたが使っている「日本語」は、
決 し て 同じモノとは言えません。
厳密な意味では、すべての作品はオリジナルです。
この世の作品は、すべて厳密に言えばどこか違います。そして、そのことには意味があります。
どんなに精密に模写をしたところで、厳密に言えば、必ずその人のオリジナリティは、付加されます。
それが、作品を作る、表現をする、ということの一つの不思議でもあります。
もちろん、こういう議論は「言葉遊び」なのです。しかし、あなたが言葉遊びを始めたのです。
それを撤回しない限りは、言葉遊びが続くでしょう。
投稿 ニュー速+住人 | 2005年10月22日 (土) 01時54分
ニュー速+住人よぉー。
いいかげんリアルで友達作れよー。
そこで心ゆくまで自説を聞いてもらえよ。
投稿 ? | 2005年10月22日 (土) 02時00分
>ニュー速+住人
帰りなさい、ふるさとへ。
投稿 | 2005年10月22日 (土) 02時01分
とはいえ、まあそろそろ潮時でしょうね。
私は、このblogに訪問して、三つのことをやっています。
(a)論点整理
(b)自説の展開
(c)私についたレスへの対応
正直、これは無謀と言えるでしょう。
いわば大手術を一人でやっているようなものです。
(b)に関しては、明らかに他人様のコメント欄でなすことではありません。
みなさまに、失礼をお詫びしたいと思う。
しかし、私に言わせれば、
それをしなければならないほど、この場の議論は酷かった。
もちろん、ここが竹熊氏のblogであるということで、
私の期待度、要求レベルが、かなり引き上げられている
こともあります。
しかし、このblogはそれなりに注目されています。
竹熊氏には、作り手・業界人としてではなく、もっと読み手や漫画好きの
感覚を考えて、意見を言ってもらいたいし、それを今でも
期待してやまないわけです。
いきなり、
「厳密な意味でのオリジナルは、この世に存在しない」
「あらゆる創作は、模倣の土台の上に成立している」
などという、
陳腐な言葉遊びを持ち出して、問題を一般化するような、
議論を見ると、ガッカ