楳図かずお・幻のデビュー作品
今年は画業50周年ということで、もうマスコミに出まくりの楳図かずお先生ですが、これから来年に向けても、復刻企画が続々と実現していくとのこと。
そんなわけで先日の『へび女』『ねがい』『蟲たちの家』(以上小学館)に続き、今度は小学館クリエイティブからななななんと、楳図先生の処女作品『森の兄妹』、そして幻の貸本サスペンス『底のない町』が出ました!出ました!出ました!出ました!
これはすごいことですよ。『森の兄妹』はヘンゼルとグレーテルを原作にした童話なんですけど、これを描いたときの楳図先生、なんと14歳! 習作として描かれたものでしたが、その後18歳のとき(1955)に、東京のトモブック社から立派な本となって出たのであります。
一部図版を載せますが、これが中学生のマンガに見えますですか? その後の楳図タッチとはまったく違う童画調なんですけど、これはこれでスタイルとして確立しております。処女作からしてある種の達成を示しているというか、最初から天才だったことがわかりますね。そもそも、中学生で長編を最後まで描ききるってのがすごいです。俺も中学時代に超大作を何本も執筆しましたが、構想だけは『火の鳥』や『カムイ伝』以上だったんですが、いずれも数ページで挫折しました。
なお『森の兄妹』は巻中に水谷武子さんが執筆しているパートがあります。水谷さんは50年代~60年代の少女雑誌で活躍していたマンガ家で、大変人気がありました。『森の兄妹』のときは、水谷さんと楳図さんはともにアマチュアで、「改漫クラブ」という同人組織のメンバーだったそうです。それも含めて、貴重な作品です。
さてカップリング出版の『底のない町』(1956)、これは三島書房から出た貸本マンガなんですけど、楳図かずおがその「恐怖」の才能をはじめて開花させた傑作としてオールド・ファンの間では評価の高かった作品であります。というか荒俣宏先生が大好きな作品なんですよね、これ。荒俣さんがもう何度も
「『底のない町』は傑作だ!傑作だ!傑作だ!傑作だ!傑作だ!」
とおっしゃるものですから、俺なんか気になって気になってしかたがなかったわけですけど、古書店にもめったに出ない幻の作品でありましたし、20年くらい前に中野書店から出た限定復刻本も確か1万くらいする高価な本で、貧乏ライターだった俺には手が出ませんでした。
それが『森の兄妹』とあわせてたったの3600円ですよ奥さん!これは買いでしょう奥さん! どうせあと20年もすればまんだらけで2万円くらいのプレミアがつくんですから!
それでようやく読むことができた『底のない町』なんですが、最初から最後まで、もう全ページが雨の中で展開するマンガなんです。ある町の中央に大きな沼があって、しとしとと雨が降っている。そこに登場する少年探偵・岬一郎。それで冒頭ページが漆黒の闇。そこに「わたしは底のない町を知っている!」というナレーションが。もうフィルム・ノワールと申しましょうか、異様なムードを醸し出すハードボイルドな出だしで、しかも雨がざんざん降ってますからブレードランナーかと思いましたよ。
作品は一応その、ミステリーというのかホラーというのか……なんか冒頭に変な白髭の老人が出てきてですね、この老人のヒゲが意志をもって動くんですよ。それで雨の中を「この町には底がない…底がないのじゃ!」と叫んでるんです。これだけで俺なんか、ハートが鷲づかみになってしまいました。
絵柄は、まだマンガっぽいタッチなんですけど、黒を基調にした画面作りは十分にホラーであります。この作品に初登場する岬一郎は、楳図先生お気に入りのキャラクターらしく、岬一郎シリーズとしてシリーズ化されまして、すべてが初期の代表作になりました。ちなみに『14歳』にも岬総理大臣ってのが登場しますが、こっちの岬一郎の子孫かなんかですよ!(たぶん)
岬一郎シリーズの第二弾が『姿なき招待』という作品なんですが、こっちはもっとヤバイ話です。やはり小学館クリエイティブから来月発売されますので、どうヤバイかはそのときにまた説明します。つーか俺が解説書いてますんで今回のとあわせてぜひお買い求めください。楳図ファンなら、損はしませんよ!
ところで小学館クリエイティブといえば、小学館の子会社なんですけど、まるで商売なんか糞食らえとばかりの超マニアックな復刻企画で俺の周囲の注目を集めている出版社。
日本最初のストーリーマンガと呼ばれる『正チャンの冒険』を皮切りに、大城のぼるの『火星探険』や『汽車旅行』、そしてドラえもんの元ネタといわれる『タンク・タンクロー』など、本当にペイできるのかわからない超貴重で歴史的価値のあるマンガを、惜しげもなく安価で復刻し続けるという、現在日本で一番奇特と思われる出版社であります。
しかも「完全復刻」ですから、すべてが当時のままの紙質と装幀、カラーページも完全再現しての出版。現代の書籍カバーにつきものの忌まわしいバーコードを避けるために、わざわざ箱入りにして箱側にバーコードを入れたり、あるいは書店売り用のカバーをわざとかけたり(カバーを外せばオリジナルの表紙が出現)と、マニアの心を突きまくった憎い本作りの数々。
実は先日、小学館クリエイティブに赴きまして、上野社長はじめスタッフの皆さんにお話を伺ってきました。いろいろ貴重な話もありますので近日中にエントリ化したいと思います。
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コメント
なんか更新時刻が実際より
早く表示されていませんか?
試しに書き込んでみます
投稿: | 2005/10/30 22:28
あ、それはこちらのミスです。
更新時刻をあらかじめ設定していたのに、勝手に自分で更新したからズレが出たみたいです。
投稿: たけくま | 2005/10/30 22:38
だいぶ時代がズレますが、半村良の『岬一郎の抵抗』は、この楳図キャラと関連あるのでしょうか?
投稿: 松永 | 2005/10/30 23:12
荒俣宏先生のその発言は
ボクも聞きましたww
数年前のテレビ番組で
笑顔で登場した楳図先生に、
「最初から最後まで続く
雨のシーンがすばらしい!」
と「底のない町」をベタ褒めしていました。
バラエティー番組が場違いだったのか
楳図先生は相槌を打つのみでしたが(汗)
投稿: 情苦 | 2005/10/31 00:59
> ところで小学館クリエイティブといえば、小学館の子会社なんですけど、まるで商売なんか糞食らえとばかりの超マニアックな復刻企画で俺の周囲の注目を集めている出版社。
じゃあ、「小学館マニアック」に名前を変更すればいいのではないかと(w
投稿: なみ | 2005/10/31 01:54
NHKBS2の某番組じゃ
出演者が無知なことばかり言って
ちっとも楳図マンガの凄さをわかってないところがガッカリしたなあ
投稿: terai | 2005/10/31 01:57
ブレードランナー笑いました。「底のない町、二冊くれ!」
「火星探検」は図書館で読みましたが、それほど興味は覚えませんでしたが、底のない町は面白そうですね、読みたいです。
というか14歳でここまで描けますか、色使いやタッチがこなれてますよねぇ・・・才能か・・・
投稿: マロー | 2005/10/31 02:19
SF者には「岬一郎」といえば半村良なのですが、
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ango/2466/html/book/misaki-1ro.html
これはまあ偶然でしょうねえ・・・
投稿: 九郎政宗 | 2005/10/31 02:50
楳図先生のHPより、10/25の記述にて
>なんと『岬一郎短編集』の復刻が決定しました!作品は、「第四の棺桶」「毒蛾館」「幽霊花火」「黒子の怪」「死相」の5作品です。すべて単行本未収録のものばかりです。発売は2006年1月末を予定しております。(発行:小学館クリエイティブ 発売:小学館)
主人公「岬一郎」は、後のSF超大作『14歳』で総理大臣になって再び復活しています。これを機会に『14歳』を読み直してみるのも楽しいですね。詳細分かりましたら、また、ご連絡します。
とありますので、『14歳』の岬総理は子孫じゃなくって本人のようです。
手塚式というか松本零士式というか…(一種のスターシステム?!)
投稿: くまだ | 2005/10/31 03:20
>マローさん
>ブレードランナー笑いました。「底のない町、二冊くれ!」
こ、これは
「一つで充分ですよ、判ってくださいよ」
と、SF者としては返答せねば。。。。
(いつも主題と無関係なレスですみません)
投稿: トロ~ロ | 2005/10/31 04:40
う~~ん……、ここは
「4つくれ」って言ってくれなきゃ
「ふたつでじゅうぶんですよ」って
返せないじゃないかあ。
分かってくださいよ。
#言わなくていいんだけど、野暮は承知で。
#何冊でもどうぞ。
投稿: Noman | 2005/10/31 05:07
>超マニアックな復刻企画
他に何か予定されているんでしょうか。
HPをのぞいたけど、見当たりませんでした。
投稿: 坊や哲 | 2005/10/31 08:58
>構想だけは『火の鳥』や『カムイ伝』以上
構想20年、『さるマン』が上梓される。平成20年[昭和名漫会]が結成され、上記三冊を昭和を代表する必読書に指定、タケクマは平成マンガ界のドンになる。めでたし、めでたし。
投稿: あおきひとし | 2005/10/31 10:37
・・・ つまんないです
投稿: Aa | 2005/10/31 11:04
>Aa
じゃあ、書き込むなよ。
荒らしは2chにカエレ!
投稿: | 2005/10/31 13:02
小学館クリエイティブのお話とても興味あります。楽しみです〜〜
投稿: えむ | 2005/10/31 14:34
荒俣先生といえば、ブログをはじめたみたいですよ。
http://blogs.yahoo.co.jp/aramata_hiroshi
投稿: 通りすがら | 2005/10/31 14:43
↑げー、本当だ~
投稿: たけくま | 2005/10/31 15:01
楳図先生が「14歳」という年に、思い入れがある(漫画のタイトルにしている)のは、ご自分にとって、14歳という歳が意義深い歳だったからだろうか?
と考えたりします。
投稿: 西麻布 夢彦 | 2005/10/31 22:27
竹熊さんも作品論を執筆していた『ウメカニズム』でも、荒俣先生は『底のない町』を絶賛していましたね。荒俣先生の文章を読んで以来、非常に読みたいと思っていた作品だったので今回の復刻は本っ当に嬉しいです!
投稿: 猪野 | 2005/10/31 23:19
そろそろたけくまOFF開催の時期かと。
投稿: | 2005/11/01 01:05
>たけくまさん
↑の話題からズレますが、以前、ぼくが
東放学園・映画大学院大学設立委員会
主催のトークショーに呼ばれ、大塚英志
さんと出演~との話しを書きました。
これは無事終了したんですが、この
主催者から、東京国際映画祭関連の
シンポにも呼ばれていました。
ところが、この出演が急にキャンセル。
27日だったと思いますが、六本木ヒルズで
シンポが開催されたんです。
その際、客席から大塚さんが騒ぎ出し
客ともめた上、壇上でかなりしゃべり、
客席から支持されたり、かなりもめた
ようです。
彼はササキバラゴウさんと出演予定
だったはず。何があったのか?
野次馬としては、見物したかったんですが
出演しなくて良かった~(笑)デス。
この大学のパンフに教授役で大塚氏の
写真が掲載されています。
当日の乱入でも、委員会の長T氏を支持
するような発言があったようですが…、
でも会の混乱に困ったのもT氏かも。
ゲストに島田祐巳氏が居たのが意外でした。
大学HPの予告には無かった…。
設立認可権を持った誰かが、企画背景に
居たりして、大塚氏が批判的立場をとった
のかなあ…。
このシンポ自体のテーマは、ぼくが大塚氏
とやったトークと同じ、物語とキャラクターに
関するものなんで、それ自体がもめる原因
とは考え難いです。
~どこの版元ともモメる大塚パフォーマンス??
投稿: 長谷邦夫 | 2005/11/01 20:21
長谷先生
>何があったのか?
こちらのブログに詳しくまとめられた文章が載っています。
http://chiruda.cocolog-nifty.com/atahualpa/2005/10/post_c459.html
投稿: 赤日高 | 2005/11/01 20:35
芸風、で済ませたらもの凄い勢いで怒られるんでしょうね。
投稿: kaoru | 2005/11/01 21:03
うーん。齢を重ねるとともにすごくなっていくな~大塚さん。
だいたいの事情は赤日高さんの紹介したURLでわかりましたが。
昔は昔で、大塚さんの講演に論敵・浅羽道明と大月隆寛が乱入して、大月さんが壇上の水を大塚さんにぶっかけたってこともありましたな。今回の逆パターン。
投稿: たけくま | 2005/11/01 21:47
ゲストに島田祐巳氏が居たのが意外でした。
>どうも、私は彼のなだめ役で呼ばれたらしい。
http://hitorigurashi.cocolog-nifty.com/kyodo/2005/10/12_e7b7.html
だそうです。
投稿: 忍天堂 | 2005/11/01 22:08
絶版された本が復刻されると嬉しいですよね。昔買ったのにどこかにいってしまって(なくしちゃって)、再読したくなって本屋さんを探してもアマゾンでさがしてもないとき、地団駄踏みますもん。
投稿: ridia | 2005/11/01 22:48
打ち合わせでもめ、開始が遅れたんですね。
島田氏はなだめ役という認識か~。
ぼくにも依頼しておきながら
ほとんど無断でキャンセルした
T氏は、ぼくに謝りに来るとか
メールをよこしていたんです。
開催日3日前あたりになっても
ヒルズのどの部屋に行けばよいのか
知らせが無かった。
それでメールを出したら、誤りの
返事が来た。もうこのあたりから
内部でもめていたのかも。
投稿: 長谷邦夫 | 2005/11/01 23:28
タンクタンクローがドラえもんの源流というのは初耳でしたが、なるほど納得できるものがあります。血しぶき飛びまくりというところが大違いですが。
私、昭和後半の生まれですが、昭和一桁生まれの親が所蔵していた「タンクタンクロー」、「蛸の八ちゃん」、「のらくろ」、「コグマノコロスケ」、「火星探検」を、毎月発売される130円の「鉄腕アトム」と並んで読みふけっていたのが漫画の原体験です。
投稿: nq | 2005/11/06 17:28
「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか 角川oneテーマ21 (A-42)
大塚 英志 (著), 大澤 信亮 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047100196
この本の宣伝の為、六本木ヒルズで騒動を起こしたっぽいですね。
投稿: 忍天堂 | 2005/11/13 15:00
大塚さんプロレス好きだからなあ。
まあ彼の場合はU系だけどね。
ガチンコ幻想もキープしているという意味で。
投稿: たけくま | 2005/11/13 15:04