コミックマヴォVol.5

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2006/01/19

宮崎勤の死刑判決に思う

最高裁で宮崎の死刑判決が確定した。たぶんそうなるだろうと思っていたから、淡々とニュースを聞いた。まあ17日はヒューザー証人喚問とかホリエモン強制捜査とかたて続けだったので、そのせいもあったと思うが。

宮崎事件や、裁判に関して今更俺から付け加えることはあまりないが、裁判を終えての報道記事や識者のコメントを聞いて、気になることがひとつあった。

それは「動機がついに解明されず、心残りです」というものだ。なぜああいう事件が起こったのか、その原因を究明してほしいというのはもっともだが、俺は事件の種類によっては「動機が解明できるものと、できないもの」があると思うのである。

たとえば自分自身の過去を振り返っても、なぜあのとき、あんなことをしてしまったのか、自分でも不可解な行動はある。もちろん表面的な理由をつけることはできるのだが、それが本当にそうなのかは、自分だってよくわからない。

ましてや異常心理に基づく凶悪犯罪ともなると「金のため」とか「怨恨のため」という旧来の動機では理解できないものがあるのは、当然ではないだろうか。たぶん本人にもわからないのだから。

宮崎が本物の統合失調症であるかは、俺にはわからない。しかし今回、最高裁は被告に責任能力ありと認定して、死刑を宣告した。司法は宮崎に「狂気という物語」に逃げ込ませない結論を選んだ。これには議論があるだろうが、結局それは司法の限界を露呈したことを含めて、やむを得なかったと思う。

つまるところ動機主義とは因果論であり、物語主義であるといえる。「ああ、こういう理由があったから彼はこういうことをしたのか、それではやむを得ない」と思うのか、あるいは逆に「そんな程度の動機でこんなことをしたのは許せない」となるのか、いずれにしても我々はそれを「物語」として理解することができる。

人間は因果律の整った物語において安心を得る。反対にいえば、そこに理解しうる物語が見いだせないと、事件はどこまでも完結せずに不安が残るわけである。しかし、それはもうしかたがないのではないか。

繰り返すが、宮崎が真の狂気であったかどうかは俺にはわからないし、正直知りようもない。だが彼が「やってしまったこと」は厳然と存在するわけで、その「やってしまったこと」に応じて罪が問われるのは、当然のことである。

もちろん、子供を誘拐されるなどして他人の殺害を強要されるなど、まったく本人の外部に動機がある場合は、この限りではないわけだけど、それは調べればわかることだろう。ここで俺が問題にしているのは、まったくの個人の内面における動機についてである。

結局のところ、動機主義と司法の論理とは根本的に相容れないものがあるのではないか。人間の行為は裁けても、心の中までは、誰も裁けないのだ。

であるならば、動機の詮索なんかは最初から止めて、ただその者が成した行為の軽重において淡々と罪を決定すればいいのではないだろうか。この論には納得のいかない人も多いとは思うが、今回の最高裁の結論も、そういうことなのだと思う。将来下されるであろう麻原彰晃の判決も、最終的には同じことになるのだろう。もとより司法は完全ではない。その限界を踏まえたうえで、司法のしうる判断を行うしかないのだ。

それ以降は、たぶん文学の仕事になるのだろう。

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コメント

竹熊さんの意見に賛成
竹熊さんの意見とは違うかもしれませんが、精神異常、錯乱状態だからといって減刑するのも僕は反対です

「シラを切るのはやめて事件の全容解明のために全てを話すことが望まれます」なんてことをしたり顔で話すレポーターがいますが、麻原とかが、「ええ自分の欲望のためにやったんですよ、どうもスマンでしたね」とか話せば気が済むのだろうか

ただし、少なくとも現行のルールでは宮崎には法的責任はないと解釈すべきです、そうでなければ精神的に錯乱した人間にもその行為だけを見て罰を下す、という風にルールを変えるべきです。

全てを量刑化出来るというのが近代の考え方ですが、やはり心の中までは量刑化出来ないと思います。それをテッテすると「自己批判」「総括」とかそういう世界になってしまうと思う。量刑化出来るところだけでドライに測る方がスッキリしていると思います。

投稿: 匿名氏 | 2006/01/19 15:28

動機は幼女を性的に自由にして殺したかったんでしょう。
そういう意味でははっきりしてると思うんです。
そういう嗜好はありますし。

この場合「動機がついに解明されなかった」というのは、なぜそんな異常な行動が実行できたかというのがわれわれは一般通念として理解できない(したくない)ということの巧妙な言いかえなのではないかと。

司法が問題にするのは行為に対する選択的意思があって、責任能力があるかですからあんまり関係ないんです。

よく言われるのは、マスコミが
「動機を理解できない異常な事件だ」と、
報道する場合は異常な事件であって、
普通の生活とは無縁なんだよと視聴者に
繰り返し安心を与えて視聴率を得るためで、
本当に動機を理解したいわけでもない、
中身の無い言葉だということですね。

本当は「理解したくない」異常な動機だというのの言い換えなんですよ。

そのへんたけくまさんが違和感を感じられるのは当然かと。

「人間は因果律の整った物語において安心を得る。」

ただ、こういう「おきまりの」報道の繰り返しははむしろ逆に「異常だ」っていう理由付けや説明で、因果律の中に再度入れて安心したい「社会的な癒しの課程」だと思うのです。

投稿: ぼぼ | 2006/01/19 15:45

佐藤友哉『子供たち怒る怒る怒る』に収録されている短編「慾望」が
まさにそういうテーマだったと思います。

投稿: やん | 2006/01/19 15:56

筒井康隆があの事件の頃、「幼女に性的欲望を抱くのは正常なこと」「宮崎勤はその貴族的気高さのために、現実のオトナの女性の汚らわしさに失望したのだが、今の女達を見れば彼の気持ちも首肯出来る」というようなことを書いていたのを思い出した、、、
(探したけど手元にないから忘れたが、多分「笑犬楼よりの眺望」だと思う)

投稿: 匿名氏 | 2006/01/19 16:09

日本人が1億2000万人もいれば ああいう人が一人くらいいても不思議じゃないと思うんですけどね。

投稿: vipper | 2006/01/19 16:15

 すこし異論。
司法が万能でないことも、人の心は覗けないことも、因果律(物語)によって人は安心(しかも安易に)する、したがることも、全く同感です。が、司法の責務は、単純な罪の計量作業にあるのでなく、「きちんとした物語」を作り上げるところにある、と理解すべきです。「きちんとした物語」とは、そこからよりよい教訓を抽き出しうるような物語です。「死刑になると嫌だから、やりたいけど幼女を殺さない」みたいな教訓ではないような、教訓を、です。安易に人を安心させるような物語ではなく、新しい事態に対して新しい生き方を示していくような物語を、です。文学やマンガがそれをやってもいいが(実際やってきたが)、司法にもその責務は本質的にあるのです。その意味では、動機を描けなかったのは残念だ、と言えるのです。
 もちろん大きな物語はもはや描きえないでしょう。そういう時代にあっても、文学もマンガも、そして司法も、それぞれの作品においてひとつひとつ、個別的な小さな物語を描いていかなくてはいけないのです。

 また、「理解したくないの言い換えだ」について。それが、マスコミの凡庸さへの、あるいは「ああいう人が一人くらいいても不思議じゃない」レベルの思考停止人間への批判であるなら、賛成です。また、異常心理の分析としての理解、というのなら、まあ賛成です。心理学なんて所詮統計学ですが、分からないよりは分かったほうが良いかも知れません。
さて、人間的な理解や共感という意味で、宮崎勤を理解したくない、という気持ちだとしたら、それはまったく正当なものです。人間は、他者を理解し共感し、許すことが出来る動物です。しかし、他方、他人を許さず怒り否定することによって自分の価値観を持つことも許されている存在です。そうやって、自分の生を、自分の物語を生きていく存在なのです。

投稿: | 2006/01/19 17:14

>司法の責務は、単純な罪の計量作業にあるのでなく、「きちんとした物語」を作り上げるところにある

これは目からウロコでございました。
…というか忘れていた視点、根源。
たけくまブログ読んでいたよかったです。
ありがとうございました。

投稿: な | 2006/01/19 17:22

司法やマスコミが作る従来の物語が限界に来ている感はあります。

酒鬼薔薇聖斗が「性的サディズム」とか
(事件自体に性の空気は感じられないのに)、
麻原の死刑判決における「日本を支配しようとして」の文言とか
(それなら何で内乱罪じゃないんだろう)、
またはビンラディンを「容疑者」と呼称するとか
(テロリストはその辺の犯罪者と同レベルかよ)。

投稿: | 2006/01/19 17:38

それより、ホリエモンが捕まりましたが
小飼弾さんとかもヤバイ橋を渡っているんでしょうかねぇ

投稿: | 2006/01/19 17:55

つまりこれは行為無価値か結果無価値かという話ですね。

司法の世界では昔から議論されている論点です。

この場合の無価値というのは「悪いこと、違法性の原因」ぐらいの意味に捉えて下さい。

違法性の根拠について、行為無価値は「行為者の主観の反規範性、そのものが悪い」とする考え方で、結果無価値は「行為者が引き起こした結果そのものが悪い」とする考え方です。

日本のリーガルモデルとなったドイツでは、行為無価値論が主流であり、日本もそれを継承しています。

が、現在は折衷的行為無価値論が主流のようです。

また学説的には現在、結果無価値論が主流ですが、判例実務面では行為無価値論が主流のようです。

行為無価値論が好まれる理由は、故意や過失・作為不作為を斟酌出来る、未遂を処罰する場合に論理的に自然になるということだと思います。

投稿: ぬ | 2006/01/19 18:10

どうでもいいけど裁判、長すぎませんか
被告人が年寄りなら途中で死んじゃい
ますよ。

投稿: naoki | 2006/01/19 18:14

>ぬ さん

なるほど、勉強になりました。
情状酌量の余地ということを考えると、確かに「動機」が重要な問題になりますね。

投稿: たけくま | 2006/01/19 18:16

>「きちんとした物語」を作り上げるところにある

 たしかに、「きちんとした物語」を作り上げることにより、司法が、人々に「教訓」を与えることはできるかもしれません。そして、そのことにより、刑事司法の目的(法益の保護や社会倫理秩序の維持)が、より効率的に達成されるかもしれません。

 しかし、それは同時に、公正な裁判を害する結果をも生みます。
 公正な裁判を実現するためには、正確な事実認定が不可欠です。なぜなら、もしこれが蔑ろにされるようなことになれば、無実の人が刑を受け、罰されるべき人が罪を逃れることになるからです。
 そして、「きちんとした物語」を作り上げることは、正確な事実認定に反する行為です。なぜなら、、「きちんとした物語」を作り上げるためには、不明である事実を明かであるようにする必要があり、またなにより、現実は「きちんとした物語」では無いからです。


 私は、まず必要なのは、「きちんとした物語」ではなく、「きちんとした物語」が存在しないこと、あるいは人間が常にそれを見いだすことはできないということの自覚だと思います。すなわち、世界に対する謙虚な姿勢と、人の限界に対する理解こそが、出発点になるべきであると考えます。

投稿: 2006年1月19日 午後 06時18分 | 2006/01/19 18:18

こうゆう話って議論が進んでいくと現実的な部分が抜け落ちてしまうような気がします。
ぼくはあたまが良くないので難しいことは解りませんが、思うのは「悪意がないことが一番怖い」とゆうことです。職場や学校にいませんか?なんか知らないけど凄く気に障ること言う人って。で、自分だけかなと思ったら、結構みんなそう思ってたりとか。でも言いづらいんですよねそうゆうの。本人にまったく狙ったところがないから。「話しても解らない人」っていますよね。厳然たる事実として。「人殺しちゃうような話のわからない人」がその辺歩いてたらやっぱりぼくはいやです。だからそうゆうことしちゃった人は一生隔離するとかしてほしい。やっちゃだめ!って言ったって絶対またやるから。 あー頭わるい文だなしかし・・・

投稿: apg | 2006/01/19 18:58

>apg
「ぼくはあなたみたいなあたまわるいひとこそとてもはなしがつうじそうにないのでいっしょうかくりしてほしいです」
とでも言って欲しくて書いているんですか?排除の論理はすぐに自分に跳ね返ってきますよ。

投稿: | 2006/01/19 19:19

 狂気的な罪を犯してしまう人って
周りの評価や社会的評価が低くて
爆発してしまう人が多いような気がする。

投稿: にの | 2006/01/19 19:25

>ぼくはあたまが良くないので
多分、私も含めてみんなあたま良くないと思うんで、気にすること無いと思いますよ。

そして、
>だからそうゆうことしちゃった人は一生隔離するとかしてほしい
っていうのも、多分ほとんどの人が賛成するんじゃないでしょうか。

ただ、みんながそう思っているからという理由で隔離とか出来ちゃうんだとしたら、それはとても危ないし、結局みんなが困ることになります。
だって、誰にだって、みんなから「そう思われる」可能性はあるんですからね。

投稿: | 2006/01/19 19:34

こういう事件があるたびに思うのですが、
男の人は、もっと人前でわんわん泣いて下さい。
そして、「好きだけど手に入らない」という思いを
昇華させて欲しいのです。
男友達同士で、その辛さを分かち合って下さい。
女も(少なくとも私は)協力しますから。
その姿が社会では、「みっともないもの」として扱われ過ぎです。みっともなくないのです。
誠実で、まっすぐな証拠だと思いますよ。

動機がわからないって言いますが、
本人が言葉にできないだけでしょう。
「自分よりもずっと幼く、愚かな女を本気で好きになってしまった。こんな子供なのに、俺の負けなのだ」
という、年齢的には幼女=下 男=上 の立場であるのに
性的には、幼女=女王様 男=下僕 
という事実を受け入れられず、好きだという思いが大きなエネルギーになって虐殺してしまうのでしょうね。

気が狂うほど好きで、好きすぎて、冷静になれないので、客観的な言葉で
説明できないのでしょう。
怒りのエネルギーを溜めるかわりに、泣いて欲しいと思います。

男の子が好きな女の子を滅多刺しにした事件もありましたが
同じ事だと思います。
私は言葉の仕事をしていない、ただの一般人ですのでうまく表現できないのですが、
魅力的すぎて殺される運命の女の子が一人でも減って欲しいと思い、投稿しました。

投稿: わ | 2006/01/19 22:01

これだけ多様化した価値観で人間が動く社会で、裁判官がそれらを把握して(被告の心の中まで考慮して)罪の軽重を判断する、というのは考えてみれば無理がありますよねぇ。
もともと無理はあったのでしょうが、ここにきてどんどんその限界が露呈している印象は否めません。

法律のこういう根本的な部分だけでも分かりやすく議論できる場がもっと必要なんでしょうね。
21年から裁判員制度がスタートするということですし。このまま導入されるとちょっとやばいのでは?と思っています。

投稿: | 2006/01/19 22:06

私、いっぺん「彼」とサシで、
アニオタ話で盛り上がってみたいと思ってるんですが。
誰かそういうことをした人はいないのでしょうか。

「彼」は雑誌『創』の編集部とは
数百通くらい手紙のやりとりがあるそうですね。
篠田編集長あてかと思いますが、
なにか言いたいことがたくさんあるのは間違いない
らしい。
3324BZ47
もし「彼」に、思うさまアニメを見せてオタ話をさせたら
そこにもうちょっとナマな何かが
見えたり見えなかったりするのではないんでしょうか。

以上、勝手な想像ではありますが。

投稿: 九郎政宗 | 2006/01/19 22:15

罪を憎んで人を憎まず
加害者もまた被害者である。
宮崎勤に罪はない。
彼は手のひらを上に向けることができないという身体の障害をもっていた。
その障害を除いては彼はどこにでもいるごく普通の人である。
彼はその障害にコンプレックスをもっていた。
彼は周りの人と同じように成人女性に興味があり、付き合いたいと思っていた。
しかし自分のコンプレックスをからかわれると思った彼は
成人女性に引け目を感じてしまい
少女に興味を抱かざるを得なくなってしまった。
誰にでもある劣等感。
誰にでもある純粋な傷つきやすい心。
誰にでもある人に認められたいと思う心。
他人より少しナイーブな心と少しの障害が犯罪に至ったのである。
正常と異常は紙一重どころか一心同体ともいえる。
正常な心が犯罪を生み出す。
皮肉な結果としか思えてならない。
宮崎勤に罪はない。
加害者もまた被害者である。
罪を憎んで人を憎まず


投稿: | 2006/01/19 23:03

本人ではありませんので推測の域は無論出ませんが、動機は矢張り幼女への性的欲望でしょう。
ただ、その欲望をきちんと、特にマスコミが断定出来ないのは、マスコミ自身が、幼女を性的側面から売り物にし続けているからではないでしょうか。
ローティーンの少女をタレントとして売り出し、殆ど半裸の状態でテレビ、映画、写真集などで露出することが、幼女を性的欲望の対象として見る人達へ向けた商売であることは明らかです。いや、元々そういった欲望が無い人でさえ、「可愛い」と思うのが普通でしょう。
これはチャイルドポルノなどの犯罪行為に限ったことではありません。一方で欲望を煽っておいて、他方で「理解し難い異常な欲望」と批判するのも、マスコミの常です。

投稿: くるくる | 2006/01/19 23:03

> 罪を憎んで人を憎まず

ええ。全くその通り。
罪だけ取り出して罪を死刑にできればいいですね。

投稿: nomad | 2006/01/19 23:49

宮崎勤と言えば、これを忘れるわけには行かないでしょう。

宮崎勤事件を覚えてますか?
http://utaukaeru.exblog.jp/3803644/

あの部屋にあったビデオは、量こそ多いものの、決してオタクの見るようなものではなかった。
また、あの「若奥様の生下着」は、カメラマンの手によって一番上に引っ張り出されただけで、部屋にあった雑誌のほとんどは、通常の成人男性向けのものだったとか。

彼は果たしてオタクだったのでしょうか?そもそもロリコンですらなく、足の悪い彼が手を出せたのが子供だっただけ、という説もあります。

投稿: | 2006/01/20 00:12

麻原といえば、今週の日曜日に、こんなイベントがあるそうです。

こうするべき!麻原裁判控訴審
http://s-a-t.org/sat/syuukai.html

彼は意思の疎通ができる状態ではないそうで、どうせ法廷戦術だと思っていたら、どうやら本当におかしくなっているらしい。

一体どうしたらいいのか、見当もつきません。

急ぐ必要がないなら、この辺りで議論を固めなおした方が、後の世のためになるかとは思うのですが。

投稿: | 2006/01/20 00:20

> たけくまさん
> 動機の詮索なんかは最初から止めて、ただその者が成した行為の軽重において
> 淡々と罪を決定すればいいのではないだろうか。

裁判員制度の導入後は、動機の詮索は消極的になると言われています。
もともと、動機自体は、犯罪の成立要件とは無関係なのですが、
動機の解明は困難であることが多く、裁判員を長期に拘束する原因となるからです。

別な話ですが、ふくしま政美さんの「女犯坊」の続編が始まりましたね。

投稿: 法学部生 | 2006/01/20 01:12

今回の竹熊さんの意見は、京極夏彦の「魍魎の函」で似たものがありましたね。

もはや説明づけることもできず、憑かれたと解釈せざる得ない場合、法律はどう落としどころをみるのか?

非常に困難でやるせない気がします

投稿: 蓮田 | 2006/01/20 02:42

間違っていたら申し訳ないのですが、竹熊さんは「責任能力」と「動機」との関係について誤解されているのではないでしょうか?

「責任能力」とは大雑把に言えば、「自分が犯罪を犯しているということを理解できる能力」です。
ここでは「なぜその犯罪を犯したのか」ということまで理解している必要は無く、物語性は問題になりません。
被告人に責任能力が無い場合は、自分が犯罪を犯したことを理解できて無い奴を処罰しても仕方ないので、犯罪は成立しません。

一方で「動機」は、責任能力が認められ犯罪が成立する場合に、被告人にどのくらいの刑罰を課すのかを決定するための一資料に過ぎません。
極端な話、裁判所はにとって動機とは不明ならそれはそれで全然構わないものなのです。
動機不明であれば「たいした理由もないのに殺人を犯すなんて許せない」という方向で処理すれば済む話なのですから。


>しかし今回、最高裁は被告に責任能力ありと認定して、死刑を宣告した。
>司法は宮崎に「狂気という物語」に逃げ込ませない結論を選んだ。

という流れがちょっと気になったので書き込ませて頂きました。

投稿: ひこいち2 | 2006/01/20 04:22

各個人の経験を基準にして動機を推測するしかないから、限界はありますよね。
被害者を性欲の対象として見たのか、単にコミュニケーションの方法がわからないから首を絞めるという接触方法をとったのか。
たとえば空を飛ぶ方法がわからなかったり、伝染病の原因がわからなかった時代に、後世からみれば滑稽な事をやっていたわけです。
自分が欲しいものの正体を自覚することと、それを獲得するためのまっとうな手段。
それを身につけさせる教育をすることがこの手の犯罪を減らしていく本道だと思います。

投稿: さいまる | 2006/01/20 05:01

いやー今家にパソコンがないものですから、帰る前になんでもいいから投稿したかったんですよねー。でもこんなぼくのばかな意見にもちゃんと返りがあるからうれしいですね。 でもぼくが言いたかったのは、たけくま先生と同じで動機や精神疾患の有無によらず加害者の犯した犯罪行為の内容によっのみその罪の軽重を決めるべきなんじゃないか、とゆうことです。何故かって、結局対処療法なんですよ。宮崎勤は悪くない、罪を憎んで人を憎まず、と言いますけどじゃあ悪いのは宮崎勤を生んだ社会か?社会が悪いんだったらじゃあどうする?宮崎勤事件がこの何万年も続く人間の歴史&業の一つの結果だとして、根源から正せるのか?この人類の根源から表れてくる末端としての狂気は決して止められるものじゃないと思うんですよ。じゃあやっぱりできることっていったらそうゆう一個人に表れた人類全体の狂気を切り取って行くしか方法はないでしょう? でも一つ付け加えると宮崎が描くイラストはかなりおもしろい。正確なダイヤモンドの絵をフリーハンドで描いて、タイトルが「アムロナミエ」だったかな。抑圧された感情をもってる人の方が断然おもしろいものを造りますよね。人殺さないで絵描いてりゃよかったのに。

投稿: apg | 2006/01/20 09:24

↑apgです。

投稿: apg | 2006/01/20 09:25

あ、名前入ってましたね。 まちがえちゃった。たけくま先生尊敬してます!

投稿: apg | 2006/01/20 09:27

人は、こういう事件があると「この犯人は特殊であり私たちとは別物なんだ。」
という部分を強調したがります。
特にマスコミ報道を見ていると、この事件に限らずオウム事件にでも
似た発言を見ました。
つまり、犯人はオタクという特殊で異常な生き物であると既定することにより
正常である自分たちが類似の犯罪を犯すことはないと自分自身を納得させているように見えるのです。
これは裏返すと案外多くの人が世間的にははばかられるような(性的な)嗜好を
隠し持っているのかもしれません。
それを自覚している人は、もしかしたら自分も犯罪者になるのでは
という恐怖を抱えているのではないでしょうか。
どうもマスコミ人の中にもオタクは多いはずなんですが
「俺はオタクとは違うよ」と無理に強調したがるひとは、オタク=犯罪予備軍であると
信じ込んで過剰防衛しているようにも見えます。
ドラマの「電車男」での主人公を珍獣観察のように扱う様子を見ていると
そんな疑念が湧いてくるのです。

投稿: CAB | 2006/01/20 10:00

オタク=犯罪予備軍という見方が出てきたのは明らかに宮崎事件からでしょう。しかも、そこには当時のマスコミのバイアスが多分にかかっていたことは今ではほぼ常識です。

宮崎はオタクだったかもしれないが、すべてのオタクが犯罪を犯すわけではない。オタクを「日本人」に代えればすぐわかることです。

ただひとつ言えることは、警察やマスコミもまた過剰な「物語装置」として機能しているということです。

>ひこいち2さんへの回答になるかはわかりませんが、確かに俺の文章では、そのあたり(責任能力の判定と物語を)ごっちゃに書いているところがありました。

警察の取り調べなどでは、動機の判定が非常に強力な要素になっているので、それと裁判の判決をごっちゃにしていたところがあったのかもしれないです。

まあしかし、いずれにしても事件は裁判だけで解決されるわけではなく、それ以前の警察やマスコミ、そこから情報を得て判断することが多い一般市民レベルでは、「物語化」によって事件そのものに決着をつけようとする傾向があることは、どなたも頷かれるのではないかと思います。

投稿: たけくま | 2006/01/20 10:29

私も安易な物語化はイヤだな、と思いますが、物語から自由でいるのは簡単ではないですね…歴史をめぐる論争なんかを見てもそう思います。古い物語を離れても新しい物語がすぐに発生してしまう。
物語は、警戒することはできても逃れることは難しいものだと思います。花輪先生のマンガじゃないですけど、“わからない”ことをわからないままに胸に留めておくしかないですね。

投稿: 座椅子 | 2006/01/20 11:14

そうおもいます。誰しもがその要素を、日本人、ひいては人類全体がもっているのではないかと思います。 人類全体の意思は個人個人が無意識レベルで決定して全体を形成しているのではないでしょうか。その結果として表れる事件を、法律とか倫理観とかでどうこうしようとしても無理がある気がするのです。本当は宮崎の動機を感覚的に理解できる人とゆうのはたくさんいるのではないでしょうか。でも重複しますけど文化的に進歩し、進化&深化した国だからこそこうゆう人がいっぱいでてくるんですよねきっと。 ことごとくたけくま先生と論点がちがくてすいません・・・

投稿: apg | 2006/01/20 11:35

>>CABさん
 性的なものに限らず、確かに自分がいつ犯罪者になるかわからん、という恐怖はありますね。人ごみの中で「あー、ここで刃物を思いっきり振り回してやりたい」という考えがちらっと頭をよぎったり。そう思った理由も、行動に移さなかった理由も厳密には説明できないところに我ながらぞっとします。

 よくどんな人間でも殺してやりたい、と考えることはある、ただ正常な人間は実行に移さないだけだ、などと言われます。が、実行に移す前に立ちはだかっているはずの物理的・心理的その他もろもろの壁がどんどん低くなっていることを感じます。
 ある一定の倫理・道徳観を社会が共有することが困難になってきている現状を考えると、刑罰の抑止効果への期待が増大する傾向は今後ますます強くなるんでしょうね。そういう意味では行為の結果に応じて機械的に刑罰を与えていくほうが社会的にわかりやすくていいのかも。

個人的には「大岡裁き」が見たいんだけどなぁ

投稿: | 2006/01/20 12:09

私は子供を二回流産して、その後妊娠中毒症
になり、生死をさまよって一人娘を出産いたしました。ここでは割愛しますが、小3の時に担任から「いたずら」があったようです。その時の教師の言い分が「かわいい娘など産まなければよかったじゃいですか。いずれ女の子なんてみんな誰かにやられて汚れていくだけなんですよ」という言分でした。
皆さんはご存じないかもしれませんか、水面下の幼児性的虐待はかなりの数になるのです。私は女性です。彼女を生んだ責任者です。無抵抗の娘を屈辱されたとうだけでも加害者を殺してよいと真剣に思います。
これは架空の話でもなく、今現実に水面下で実際に起こっている話なのです。
その辺を皆さんどうかご配慮願えないでしょうか。子供を産むという行為は時に母親の命が掛かる事がある、ということを抜きにしてこの話を
語ってほしくないのです。

投稿: 匿名 | 2006/01/20 12:41

人間のクズとはその教師のことを言うのでしょう。ご同情申し上げます。

投稿: たけくま | 2006/01/20 12:55

牧歌メロン別冊のいかにもカルトでサブカルな本(笑)で「贖罪のアナグラム」という宮崎勤本があるのですが、これが名著でありまして、殆ど無作為に当時の「宮崎勤本人に関する証言」をひたすら集積してあります。

週刊誌とかでよくある誰々によると~とが多くてどれもこれもホントなんだかウソなんだかわからず、ひとつひとつ見ると矛盾していたり、明らかにおかしいことを言っていたりして、あの時のマスメディアが何かしらの「物語」を作ろうと、証言でアナグラム=こじ付けを行っているように思えるような構成になっていました。

最後の記事は騒動の後に実際に現場に行った記者が「こんな小さな町でひと目でわかるような変人がいたらすぐわかるんじゃないか」と一連の報道にリアリティを感じなくなる、と〆られていておりました。うーん、80-90年代な感じ。

その本から議論の基礎知識として書きますが、宮崎勤はいわゆるロリコンオタクではなくビデオ(番組)収集家で、セブン欠番話を欲しがったりコミケにサークル参加はしていたものの、コミケに出品した同人誌は「アイドルCM評論本」で、どちらかといえばレアな手に入りにくい映像を集めていたようです。

当時はそういうビデオを収集するサークルがあったらしいのですが、事件の随分前にそこから強い口調で除籍を言い渡されており、どっちかといえば収集オタクに相応しくない(笑) 性格だったみたいですね。

宮崎本人のお勧めビデオ紹介文を検証すると細かい部分が間違っていたりして、どうも知ったかぶりをしているらしく、映像を見ていたわけではなさそうです。収集家としてはともかく、オタクとしてはヌルい部類かも。

しかしまあ異常性としてはどうかというと「正直どこにでもいるよねこーいうやつ」ぐらいしか思えませんね。サークルを除籍ったって、例えば人のBBSで罵倒を繰り返して総スカンを食らう人なんてどこにでもいますし。しかしまあいわゆるオタクとどちらがより宮崎と近いかというとどうかな:-)

長文失礼しました。

投稿: non | 2006/01/20 13:11

なんだか、マスコミなどによる事実の湾曲・隠匿などの話に焦点が絞られがちですが、本当にロリコンだったのか否かは置いといて、実際に小さい女の子を殺した事実は変わらないわけでしょう? 

投稿: apg | 2006/01/20 16:35

男児も被害にあってませんでしたっけ。気のせいか。

被害者の方は本当に気の毒だけどこういう動機が分からない事件がおこるのはむしろ安心できちゃうような。これだけ大勢の人間がいるんだから、みんなキレーにわかりやすい方が異常。

投稿: | 2006/01/20 17:50

別に絞られてはいませんよ。
そういう切り口もあるということでしょう。

投稿: | 2006/01/20 17:56

こんにちわ。
僕は早稲田を目指している現役生です。本当は慶応も好き。でも、父が慶応だから、早稲田に決めました。同じじゃ嫌なんです。
僕は以下の3つのブログを読んで、
早大受験のやる気を保っています!

1位 現役女子大生芸能プロ社長の日記
(22歳・早大政経学部4年の天才女社長が熱く語る)
   http://blog.livedoor.jp/riddler/

2位 闘う早大生:夏川潤香の「高校・大学受験講座」
(小泉総理が愛読しているという噂の注目ブログ)
   http://yaplog.jp/uruka_natukawa/

3位 輝女KIRAJYO 輝女ブログ
(社会貢献を目指す女子大生サークル。
早大生も参加しています。
メンバー登録受け付け中)
http://kirajo.jugem.jp/

この人たちとキャンパスで出会えるように頑張ります。

投稿: 源太郎 | 2006/01/20 20:43

個人的には、動機重視はやめてほしくないなと思っています

実は以前、被害者なのに加害者扱いされてひどい目にあったことがあります。
最初からどちらが悪いと決めてかかる、まともに捜査もしない。
日本の警察なんてそんなものです。

そんな中で「起こった事実だけを重視」といっても、それはあくまで
警察が「調べた」つまりそういうつもりになった「事実」なわけで
そんなもの重視されたら、真犯人でもないのに犯罪者扱いされる人が
今以上に増えるだけです。

ま、現状でも世界的に見たら異常な率で逮捕≒有罪らしいですから
そのへんから改善すべきなんでしょうけど

投稿: | 2006/01/21 07:25

個人的には、動機重視はやめてほしくないなと思っています

実は以前、被害者なのに加害者扱いされてひどい目にあったことがあります。
最初からどちらが悪いと決めてかかる、まともに捜査もしない。
日本の警察なんてそんなものです。

そんな中で「起こった事実だけを重視」といっても、それはあくまで
警察が「調べた」つまりそういうつもりになった「事実」なわけで
そんなもの重視されたら、真犯人でもないのに犯罪者扱いされる人が
今以上に増えるだけです。

ま、現状でも世界的に見たら異常な率で逮捕≒有罪らしいですから
そのへんから改善すべきなんでしょうけど

投稿: | 2006/01/21 07:25

>九郎正宗さん
エヴァンゲリオン以降の「セカイ系」(こういう括り方は、個人的には好きじゃないのですが…)のお話が、主流とは言いませんがアニメ界や後の創作物全般(歌謡曲の歌詞とか一般的な漫画とかのスジとして)に於いてもワンジャンルとして確立している点についても、一度は話し込んでみたい相手ではありますな>ミヤザキ。

>匿名さん
そもそも、子どもへの性的強要行為を「いたずら」と呼ぶ日本の社会の認識のほうがおかしいのです。ヘタすれば当人の人格にトラウマを残しかねない、重要な要素の一つだというのに。
私はできればハッキリと「子供セクハラ行為」と呼ぶべきだと考えてます。

>たけくまさん・ひこいちさん
「自分が犯罪を犯したことを理解できて無い」というのは、量刑判断基準としては重要な要素かもしれませんが、被害者らやその周辺から見ればそんな理由での減刑なんてフザケンナとしか感じられないでしょうね。
ネットで見かけた意見ですが、『刑事裁判では被告と検察があるだけで、そこには「被害者の声」などというものは、そもそも存在していない』というものがあって、ハッと気付かされました。
基本的には、刑事裁判はあくまで『被告の量刑がどのくらいになるかを定める』イベント以上のものではありませんから、そこに「被害者の心を掬い(救い?)上げるシステム」が存在していないのはしょうがないことですし、そこがまた被害者側とすればやるせなさを感じるポイントになっているのではないかと思います。

投稿: guldeen | 2006/01/21 18:42

刑務所の運営コストも莫大ですから、そうした観点から言えば、中国みたいにさっさと死刑にしてしまうのが一番ですが、冤罪でボコボコ殺される危険があります。

既に交通違反に関しては、不服申し立てが困難なシステムに移行してます。 駐禁の取り締まりが民営化されて、歪みは更に加速されますね。

2輪4輪に乗ってないから関係ない と思う人も多いかもしれませんが、重要な事柄は水面下で勝手に決定されてる恐怖は知っておいてほしいと思います。

脱線しましたが、通り魔殺人より計画的殺人の方が罪は重いですが、電波の受信が動機だと予測は不可能だし、抑止にかかるコストや対策から考えると、逆なんですよね。

基地外はどっかに集めて表に出すな って極論も感情的には理解しますけど、施設の運営コストはドコが持つのか って事ですが。

強制労働で無農薬野菜栽培とか人権剥奪で臓器の有効利用とか、文明社会とは言えないデストピアまっしぐらですね。

投稿: | 2006/01/22 03:01

そういえばこんな本が出てるんですね。
ここのテーマとズレズレですが。

http://tkj.jp/book/book_20125701.html

投稿: 長谷邦夫 | 2006/01/22 16:17

↑ああ、僕もコメント取材を受けてます。

投稿: たけくま | 2006/01/22 17:33

しかし狂ってると言いましても、同族の子供を殺すこと自体は野生動物の中でも稀にあるらしいですね。、ニホンザルか、なにザルか忘れましたけど、群れのなかで、メスは必死で子猿を守らないと、ちょっとでも目を離したすきに見ず知らずのオスに子供をなぶり殺される、ってはなしを見たことがあります。 オスザルがどういう理由で子サルを殺すのか、それはサルじゃないので解りかねますが、少なくとも生存の為に必要な殺しではないと。そもそも同族を、特に子供を殺してはいけないという倫理観の由来とは、種の存続の為という至極本能的な理由からきているのだと思います。ワニは自分の子供じゃなくても助けを求める子ワニの声を聞くと、助けにやってくると言います。人間の本能をつかさどる脳の部分を「爬虫類の脳」といいますし。 ワニより進歩している(とされている)サルがそういう行動をとるということは、もしかすると見ず知らずの子供を殺す、という行為は、「超理性的」行動と言えるのでしょうか・・・猟奇殺人犯は知能が物凄く高い人が多いと言いますし。なんていってたら怒られてしまいますよね。

投稿: apg | 2006/01/23 17:22

>apgさん
ライオンなんかもそうなんじゃなかったかな。>同属殺し。
サルの場合の理由は知りませんが、ライオンの場合は子供を殺すことでその母親に妊娠の準備ができるそうです。
父親ではないオスが自分の子孫を残すために殺します。

投稿: | 2006/01/24 00:13

現状、司法制度が硬直的なのはむしろ「裁いた後」のフォローが社会的に不十分すぎるからではないでしょうか?

例えばアメリカで有能な弁護士を雇い、「精神的な問題」ということにして無罪を勝ち取る状況が多いのですが、そういう場合の再犯率は圧倒的に多いらしい。それを聞く度「精神的な問題で事件を起こしたのなら無罪にする補足的な条件として精神病院で拘置すべきじゃないのかなぁ?」と思う訳です。

日本においても犯罪者の再犯率は高いのですが(特に性犯罪者)、そもそも犯罪を起こす状況、環境を放置したまま単純に犯罪のみ裁いても犯罪の土壌を残したままなのですぐまた同じ犯罪は起こりうる訳です。

本来ならばそうした犯罪の土壌を分析し、啓蒙すべき立場にあるマスコミはむしろ煽るような報道が目に余り、それによって逆に司法の危機を迎えている状況のようにも見えます。マスコミにせっつかれるあまり拙速な捜査、容疑者逮捕などによる冤罪はその一例ではないでしょうか?

宮崎勤事件は一種の悪夢であることは確かですが、作り上げられた虚像のまま彼が死刑になるのはむしろ困るなぁと思う。司法の側は限界がありながらもどうにか結論まではこぎつけたけど、そこに至るまでのマスコミの報道姿勢の方が自分にとっては宮崎勤や麻原彰晃よりも問題ありと思う。少なくとも彼らの報道が動機解明の妨げになってるのも一つの問題だと思うし。

投稿: kaiou | 2006/01/24 01:38

この問題は、「司法制度やマスメディアは電気羊の夢をみるか?」ってことでしょうか。例えばマスメディアの流す情報で、一般大衆が右往左往している、操られている、とゆう話ですが、マスメディアの意見というものが、一体どのようにして形成され、決定され、世論を動かしていくのでしょうか。それは、宮崎の部屋に入って情報を操作したという、一人の記者のしたことの結果でしょうか。 ある集団の持つ「意識」は、一人の言動で全体に広がるものなのでしょうか。 もしその記者が、「宮崎は実はそれほどオタクじゃなかった」と言っていたら、皆はそれを信じたでしょうか。 ぼくは司法の決定も、記者の行動も、全体の「意識」の一部なのではないかという気がするのです。一度定まった「集団意識」が、幼女を誘拐し殺害した、一個人の深層心理を理解する、というようなことは、到底想像できないのです。つまり、 司法の決定もマスメディアも、「全体」が求めている結論を提供しているに過ぎないのではないか、ということなんですがどうでしょう。

投稿: apg | 2006/01/24 12:18

>名なしさん

なるほど。ライオンはそういう理由で殺すんですか。しかし他の個体が産んだ子まで守ろうとするワニに比べ、ライオンのそれは種の繁栄に直接繋がらない、「超利己的」行動といえますね。 殺しちゃったら全体の数が増えないですもんね。 遺伝子にプログラムされてるんですかね。あんまり増えないように。

投稿: apg | 2006/01/24 13:05

勘違いされている方が多いようですが、責任能力無しで「無罪」になったとしても、その場で放免などにはなりません。入院を含めた治療を命ぜられることになります。
そもそも、精神病で罪を軽減、の意味は「病気さえ治せば問題ない」と言う事です。病気がある限り問題があると認定されているわけです。

それと、「獄窓記」などに端的に表われていますが、知的・精神障害者はむしろ重く裁かれています。(早い話が欠陥システムです)
何故なら、彼等の多くは自分が悪いことをやったと自覚していないため(特に知的障害者)、「否認」も「反省」も表明できず、減刑してもらえないためです。勿論、自覚もないから逃亡も証拠隠滅もしません。国選弁護人は、金にならないのに長時間かかる精神鑑定などやりたがりません。結果、目一杯重い刑罰を受けることになります。
あ、念のため言っておきますが、障害者に凶悪犯罪者が多いわけではありません。その罪名は、ほとんどが詐欺(無銭飲食・無賃乗車)・窃盗(万引き)・強制わいせつ(痴漢)です。それも、ほとんどの場合「悪いことをしている」自覚はありません。要するに、ものの解らない子どもが、お金を払い忘れたり、知らない人に触ったりと言うのと同様のパターンです。(通りすがりに子どもの頭をなでたら相手が泣き叫んで暴行罪、とかよくあります)

当然ですが、そう言う相手に「罰」を与えても意味など無い。刑務所に入れても刑務官が困るだけ。「懲役」何てそもそも仕事にならない訳です。責任能力がない、と言うのは本来そう言う意味です。

投稿: snow-wind | 2006/01/26 22:52

↑なるほど。でも投獄されるよりは、入院の方が楽ってことですよね。精神障害のふりしてるって言われたりしてるってことは。その辺もう少し詳しく知りたいです。障害者に対する重い刑罰とはどういったものなんでしょうか?

投稿: apg | 2006/01/27 09:35

一概にそうとは言えませんよ<入院の方が楽
日本の監獄も精神病院も、本当に酷いところですから。国際機関から何度となく勧告を受けてます。
懲役五年とか十年とかになる凶悪犯罪ならその意味もあるでしょうが、普通は素直に反省したふりして、執行猶予を狙った方が圧倒的に得です。

障害者の重い刑罰というのは、上に書いたように「反省したふり」も出来ない(と言うか、裁判になってそう言わない奴は馬鹿です。完全に否認するならともかく)し、裁判手続きなんて理解できないからです。裁判というシステムの中で当然行うべき合理的な防御活動が出来ませんから、重い判決にならざるを得ません。(繰り返しますが、そうだからこそ、精神や知能に問題のある者は、法律上保護される事になってるのです)

後、今は散々「甘い」と批判された警察が自己防衛のために立件を乱発するので、「どう見ても事件にする意味がない」場合も、どんどん刑務所に放り込まれてます。
精神障害や痴呆で、スーパーでお金払い忘れて(でも本人は払ったと思ってる)捕まった人とか、上で書いた子どもに対する「暴行」とかね。彼等が社会に迷惑を掛けたのは間違いないですが、刑務所に放り込んだり罰金を科しても、何の意味もないでしょう。
これは、餓えてどうしようもなくて食い逃げをする人間と本質的には同じです。(そのために生活保護制度。制度がなければ、「罰」を科しても同じ事を繰り返すだけ)

投稿: snow-wind | 2006/01/28 17:41

snow-wind さん
では何故、宮崎は障害者のふりをしている可能性があると思われたんでしょうか?
snow-wind さんのおっしゃるとおりなら、
宮崎が障害者のふりをするメリットとは一体なんなんでしょう?

投稿: apg | 2006/01/30 09:11

犯した罪は、償うべきでしょうが、
ちょっと精神障害その他を持たれてる方は
真犯人の代わりに犯人にされてしまう事多いのでは?
『帝銀事件』がまさにそれだった気がします。

もっとも、『帝銀事件』と『宮崎事件』は、時代も背景も違うものですが…。

「もしかしたら?」って気持ちは、常に心にじんわり残り続けてます。

投稿: よーざき | 2006/01/31 15:48

メディアのあり方、裁判のあり方、オタク論から死刑論まで色々と出ていますね。
判決は死刑と出たのは司法の判断である。しかし、ただ単に死刑にしてしまっていいのだろうかと…
ご遺族、被害に遇われた方々にとってはとてつもない衝撃であり、当然の事ながら、死んで罪を償え。という理もあるとは思います。

真実を語れという意見もあります。その真実すら本人には理解できない状況を作り出す事もあり得るのではないか?
記憶にない。どうしてこんな事をしたのか自分でも判らない、など本当に意志に反して行動する事あるのが人間ではないか?
「夢のなか」というタイトル自体が示唆しているともいえるが…果たして彼自身を構成している人格、脳の構造一体どうなっているのか?
脳、DNA、環境を研究し、一体何がこの犯罪や言動を司っているのか、人間という生き物として研究すべき対象にしたい。
同じDNAで同じ環境で育てると同じような人格を形成した人間ができるのだろうか?

投稿: しましまももんが | 2006/02/17 04:02

これまた繰言になるので、(他の知り合いの方のブログに書き込みました)少し心重いですけども。

うる星やつら2・ビューティフルドリーマー

これじゃないですか?彼を呪縛しているのは。

実存不安とでも呼べばよいでしょうか。

「醒めない夢を見ているようだった」って語ってませんでしたっけ。

フィリップKディックが、トータルリコールの原作本で表現したタイプの、或いは未来世紀ブラジルのラスト。

この、五感による情報が、皆、偽のものだったら、という不安。これは、ラビリンスですよ。まともに考えると手強い。大方思考停止でちゃんちゃんでしょう。

では、やっぱここではここでの新たな切り口も欲しいので、前は理系の切り口だけでしたが、文系の切り口も。や、ごっちゃになるかな。

存在が、自分のみだったとしますね。
じゃ、何故、どうしてどういう構造で、こんな情報を与え続けていてくれるのか?

コンピューターで計算された情報がフェイクでかまされてる?どうも、そんな高速のコンピュータは、実現不可能です。もうデジタル回路は進化を止めましたよね。限界です。こちらはアクションしているのですから、それに応じてレスポンスを返さなければならない…無理です。
ゃ、情報量の裏はとってません。印象で言ってます。そもそも、がんばってこのネット環境のていたらくですよ?そっから敷衍してみてください。イライラをM$にぶつけたくていつも憤っています、俺はね。

もしヴァーチャルリアリティを受容すると、理系の実験に、常に究極の物理法則に従った反応を返さなければなりません。終わりまで答えがわかっていないと、理系の要求に応えられないんですね。ですから、現在統一理論も出来上がっていないのに、仮想現実コンピュータに、理系の実験攻撃をされて筋道だったレスポンスを返すのは不可能なんです。

それと、生き物は五感の他に、重力感応力があります。重み、って感じるでしょ?あれ、五感のうちに入ってますか?入ってませんよね。これは、電気情報じゃ無い筈です。触覚じゃ、ありません。まだ、人類は重力波を検知すらしてません。発生させることもできてません。

や、なんかまとまりませんが、そうですね、一人に辻褄の合ったフェイク情報を与え続けるより、ものほんの物質をちょこっと作用させるほうが、容易そうだってことが言えるでしょう。あとは野となれ山となれ。フェイク情報を与え続ける管理人は、退屈だと思いますよ?エラーは起きないんですか?起きたらいちいち止めますか?そして、管理人の立ち位置はどこにあるんですか?管理人は管理人の実存根拠をどこに持っているんでしょうか?そして、フェイク情報を与え続ける理由は?

確かに、モエスなおなのこオペレータが、罪人を夢の獄につないでやりとりしているうちに、罪人に恋してしまったら、SFですわな。しかし、そんなお花畑ではないと、俺はこの現実世界を見ています。

もっともっと、でっけーお花畑だと思っています。だからコスモス。

や、やだなぁ。はったりじゃん。俺ってだめぽ…でも今日は眠いから寝ますね。

噂の眞相で勤さんには時間的に犯行が行えなかったはずだ、といった分析記事が載ったこと。

小田嶋隆さんが、1月最終週の読売ウィークリーに、「宮崎事件を含め、でっかいでっかい自演があったんだよね」みたいなコラムを寄せてクビになったこと。

怪しい兆しはあります。洗いなおすにゃしんぞうはんが咎ですよ。暇間に合うんかいな。

ま、憲法改正が静かになってますから、それが次噴出すまでに片付けりゃいいんでしょうな。やりますか?

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/03/14 03:40

http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage137.htm

このリンクはいいですね、コンパクト、圧縮率高いです。

で。プリプリの奥居香さん、「M」はたまたまだったかどうか、今調べてきますね。宮崎さんは「正義の人」だったみたいなので。何でつまづいたかわかりませんけど。

なぜそう思うかというと、「ヤマト」を採って置いたからです。あの、すさまじいまでのヤマトバッシングの頃を経て、きっちり持ち続けたところに、何か想いがあったものと思います。

ちなみに、奥居さんと宮崎さんは、どちらも東京都出身。宮崎さんはあきる野市出身だそうです。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/03/20 09:06

http://www.t-kougei.ac.jp/about/nakano/index.html
さてさて。短期部は廃止でしょうか?厚木にもキャンパスはあります。そして、奥居さんは、明治大学付属中野高校中退でした。

岸谷香の名前で、はてなダイアリをお調べあれ。ひっかかる名前が一つあります。デリラかな。どうでしょう。

後は、名のある方にお任せしたいんです。他にやることありますから。

ここまでやってどなたもお動きにならないのなら、こちらもそう捉えます。出来るだけの事はしますが。名をはせたいかたでもよろしいです、言うまでもなく。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/03/20 09:32

えっと、真犯人みつけましたので。対馬のおっさんです。

これから裏をとっていきますね。いきなりべらべら何でもかんでも書き込むと、あっさりこくさいもんだいですんで。

ついでに書くと、あっさりにほんないらんにすらなりかねないという。

90年代のあの暗さは、きっちり訳があったということです。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/04/14 02:32

なんで参兆円か。

とっても名の知られたイケナイ宗教団体が、壺売って十兆円稼いだのだそうです。

で、それ握ってこちらになだれ込んできて…宮崎さんもそれ絡み。

七兆円は使っちまったゼ、とアメさんお優しいことにおお教え下さったわけですな。

あと参兆円で、何が出来るんでしょう…日韓紛争とかですかね。どもるなよ俺。まあおおごとだけど。

投稿: メッチェン非じきごはん | 2006/05/02 14:32

>それと、「獄窓記」などに端的に表われていますが、知的・精神障害者はむしろ重く裁かれています。(早い話が欠陥システムです)
何故なら、彼等の多くは自分が悪いことをやったと自覚していないため(特に知的障害者)、「否認」も「反省」も表明できず、減刑してもらえないためです。勿論、自覚もないから逃亡も証拠隠滅もしません。国選弁護人は、金にならないのに長時間かかる精神鑑定などやりたがりません。結果、目一杯重い刑罰を受けることになります。

違います。被告側の弁護士は、責任能力無しと判断されることを事実上の勝訴ととらえているので、被告を熱心に精神障害者に仕立て上げようとします。

>あ、念のため言っておきますが、障害者に凶悪犯罪者が多いわけではありません。その罪名は、ほとんどが詐欺(無銭飲食・無賃乗車)・窃盗(万引き)・強制わいせつ(痴漢)です。

これも間違いです。日本で殺人を犯した人の10%が統合失調症と認定され、罪を免れています。
統合失調症の割合は社会の1%弱なので、明らかに精神障害者の凶悪犯罪率は高いです。

投稿: パンツにコカイン | 2006/11/20 18:44

俺も統合失調症と診断されて通算1年間檻の中でしたが、どう見ても精神病患者の作品とは思えない と 一般ピーポーが感想を抱くレベルのイラストが描けだして、主治医との関係が微妙になりましてね。

で、母親と主治医が共謀して同意無しに俺の白飯にリスパダールを混ぜたので、その証拠をつかんだのをきっかけに通院を辞めました。一年以上薬と離れてますが、なんともないですな。

精神障害など、そんなもんです。俺は、あれは医学界ではなく、業界だと思ってます。宗教業界及び製薬業界とリンクした。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2007/01/30 14:47

おっと間違い。一年は経っていない。

上の書き込み、去年の5月辺りまでは投薬受けてましたな。

投薬は、「おかしくするために」するものなのかもしれませんね。俺が読み返してもなんとなくそう思う。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2007/01/30 14:50

まぁ尤も、去年の4月の九州への旅でつかんだことが間違っているとは思いませんし、去年の書き込みにもそう間違った事は書いてない。

口調がね。投薬のせいかな。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2007/01/30 14:52

いや、正当防衛もあるし、そこまで言ってしまうと極論ですね。

それと、この事件が起きた時に
オタクが「宮崎予備軍」とか言われて危険視され、
「これから第二、第三の宮崎が現れるに違いない」
とか言われてましたけど、そんな奴らは全然現れませんでした。
宮崎だけが特殊なオタクだったようです。

投稿: とりろん | 2007/05/22 11:26

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