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2006/02/22

俺と「萌え」(1)

Amazon.co.jp:バンパイヤ (1)手塚治虫漫画全集 (142): 本バンパイヤ (1)

今回のエントリ、もともと『サルまん・萌えプロジェクト』とは別に考えていたものでして、実は昨年春に一度予告もしていたやつです。その後『サルまん』の萌え企画が生まれましたので、そちらに合流させようとタイミングを伺ってきました。ようやく書けてほっとしてます。

これまで俺は「萌えがわからない」と言ってきたんですけど、じつは厳密にいうなら「萌えがここまでメジャーになっている事態がよくわからない」と言うほうが正しいかもしれないです。俺自身、胸に手を当ててみるなら、萌えにまったく縁がないわけでもない。2次元キャラに疑似恋愛感情を抱くようなことは、俺などにもあったわけですし。

俺の世代は別名オタク第一世代とも言われますけど、この世代が支えた70年代末のロリコン=美少女マンガブームは、「萌え」の直接的ルーツと言っても異論はないのではないかと思います。まあ俺自身には、特にロリコン趣味はないんですが、しかし80年代には『漫画ブリッコ』なんて雑誌で連載もしていたくらいで、結構そういうのは身近でありました。周囲にもロリコン同人誌作ってる奴がたくさんいましたし。

80年代を通じて、俺はそういうオタ本流とはつかず離れずの位置にいたといえます。愛憎半ば、と言うと言い過ぎかもしれませんが。オタクとサブカルをことさらに分割することに俺個人はあまり意味を感じないんですが、あえてその文脈に乗るならその中間というか。

まあ俺の場合、自分のことをはっきりオタクと言えるのは70年代一杯までじゃないですかね。80年代初頭には当時のテレビアニメに絶望して海外物とか芸術アニメとかそっち方向に行ってしまいましたし(この辺の事情は『ゴルゴ13はいつ終わるのか?』の後半にも書いてます)

美少女マンガで売っていた『ブリッコ』でも、俺の連載コラムではふくしま政美の『聖マッスル』をわざわざ紹介するなど、当時から主流になりつつあったロリ系・アニメ系マンガに反発……というか、天の邪鬼なことばかりやっていましたね。

なぜ反発していたのかというと、これがちょっと複雑なんですが、当時俺がマンガを描こうとすると自然とアニメ絵になってしまうのが自分でイヤだったというのがあります。かといって「劇画」を描こうとも思わなくて、ではどういう絵を描けばいいんだというところで、俺はジレンマに陥っていました(これがマンガ家になることを断念したひとつの理由でもありました)。

要するに自分の中にある「何か」を拒絶していたわけで、伊藤剛くんの言葉を借りれば「萌えフォビア」ってことになるのかもしれないです。自分の内面には確かにその要素(萌え的なもの)があるのだけど、それを素直に出すことには強いためらいがあるんですよ。このあたりのことを書き出すとすごく面倒なので、またの機会にしましょう。

閑話休題。俺の中の「萌えっぽい感情」を探ってみると、結局は60年代の手塚治虫作品に行き着くわけですね。現在「萌え」最前線にいるオタクの皆さんも、手塚が萌えのルーツであることに意義を唱える人は少ないでしょう。手塚さんの絵は時代によって変化しているんですけど、一貫して否定できない独特のエロチシズムがありますよね。それも大人のエロではなくて、幼児的エロチシズムというか、根源的エロチシズムと申しましょうか。

劇画全盛時代、手塚さん自身「大人のエロ」が描けないことにジレンマを感じていたそうですが、まさにそれが「萌え」の繋がる何かなのかもしれないです。この辺、70年代に中島梓や石上三登志が指摘していましたけれども、一般にはあまり語られなかった部分ですよね。でも手塚作品の人気の根源にはやはりそれがあったと思うわけです。

なんだか前置きが長くなったので、エントリを分けて続けたいと思います。ただせっかくなので「俺が生まれてはじめて(性的に)ドキッとした手塚マンガ」を紹介してからにしましょう。最初にリアルタイムで読んだ手塚作品は『どろろ』(1965)ですけど、実は性的に最初にドキリとしたのは「少年サンデー」で1966年に連載された『バンパイヤ』。俺が小学校1年のときかな。

teduka-Vampire-01 ←手塚治虫『バンパイヤ』(図版は秋田文庫版第1巻208pより)

具体的には主人公であるオオカミ少年のトッペイが、同じくバンパイヤ一族の岩根山ルリ子と出会う場面なんですが。この岩根山ルリ子はオオカミの姿のまま首輪で杭に繋がれてるんですが、タマネギの匂いを嗅ぐとぶるぶるケーレンしながら元に戻るんですよ。図版を引用しましたがいかがですか。今の基準に照らし合わせても結構アレなんじゃないでしょうか。こう、しなやかな身体の線もいいんですけど、ぶるぶる震えているのがまたソソりますよね。

手塚タッチがディズニーなどの欧米アニメ絵に強く影響をされていることはご存じの通りです。本人曰く、なぜアニメが好きかというと、アニメの特質のひとつであるメタモルフォーゼ(変形)に「強いエロス的感覚」を感じるからなのだそうです。手塚マンガにはそういう変身・変形場面がたくさん出てきますね。『バンパイヤ』のこの場面もそのひとつです。

なんかこう、手塚独特の均質なアニメ的描線でアクメまがいの表情を浮かべケモノとも人間ともつかない姿で身もだえる姿は、こういっちゃなんだけど露骨にアレですね。そのエロさは、小学1年の俺にもハッキリ伝わってしまったわけです。未だに『バンパイヤ』というとこのシーンが浮かんでしまうんですよ。

エロといっても、大人のエロではなく子供のエロといいますかね。たとえば幼児の粘土遊びにも、そういうものがあると思うわけです。子供はウンコとか好きでしょ。形がグチャグチャと定まらないものへの生理的な愛着というか。次回はアニメそのものをテーマにして、このあたりの問題を続けたいと思います。

◎このエントリへのコメント→★

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コメント

初カキコ失礼します。
バンパイヤのこのシーンはエロチックですよね。
たしか山本直樹氏も同じようなことを言ってたと思います。

投稿: ヒゲ | 2006/02/22 01:56

う~ん、まさに「しろはた」ですね。

投稿: アシュラテンピュール | 2006/02/22 02:03

自分が小学生の頃はリボンの騎士とかロックが女装するシーンに強いエロスを覚えてました。手塚先生は男装とか女装が大好きみたいですね。宝塚歌劇の影響らしいです。

投稿: 丸々 | 2006/02/22 02:55

これまで俺は「萌えがわからない」と言ってきたんですけど、じつは厳密にいうなら「萌えがここまでメジャーになっている事態がよくわからない」と言うほうが正しいかもしれないです。

これ、目から鱗が落ちました。

続きを読みたいです(^^ゞ。

投稿: アミノ | 2006/02/22 03:59

私のどきどきアニメ遍歴
メルモ→キューティーハニー→まいっちんぐマチ子先生
でした。

投稿: | 2006/02/22 04:02

これは「ヰタ・セクスアリス」じゃないのか。

投稿: | 2006/02/22 05:48

いや先生、岩根山ルリ子もいいですが、手塚エロの極北はムーピーですよムーピー!「あたし固形物ダメなの」ですよ!

投稿: kamikitazawa | 2006/02/22 06:47

もえを広めたのはインターネットでしょう。
ところで、女性は萌え少女を見てどう感じるのですか?

投稿: sima | 2006/02/22 06:50

連投になるものの年少の読者と外国人読者のために説明させていただくと、「ムーピー」ってのは「人間に楽しい幻覚を見せる能力を持った異星の不定形生物」、「固形物ダメなの」ってのはそのムーピーって生き物は「固形物は食べられない」という意味です。

投稿: kamikitazawa | 2006/02/22 06:55

知られた話しじゃ、鉄腕アトムは女の子ですもんね。

それとは関係ないけど、エネルギーお尻から注入するんですよ?
あれは子供ながらになんかモゾモゾしました。

投稿: エルモ | 2006/02/22 09:22

生理的にアレ、とゆうのはとても重要ですよね。ぼくは萌えキャラ自体に興味はないんですが、一部の萌え絵に対して、その絵を見ること自体に強い快楽を感じることがあります。
それは別にオタクだからというわけではなく、もっと根源的な、例えば美しい風景を見る・・違うか、アンモナイトの殻の模様とか、黄金比率を見ているような、線やバランスなどに含まれる快楽的要素によるものだと思うんです。
キャラクターに萌えた経験としては、風の谷のナウシカですかね。しかしあれもアニメージュかなんかのキャラ人気投票で何年経ってんだよ!ってくらい1位独占で気持ち悪かったですよね。2位に綾波レイが食い込んできたのを見ましたからホントに最近までですよね。
長嶋茂雄みたいなもんなんでしょうか。
最近はルパンの小山田マキの方が好きですが。名前がいいですね。

投稿: apg | 2006/02/22 09:57

<

女性は萌え少女を見てどう思うか、について。
純粋にかわいいと思うものも多数あるのですが、少しでもわざとらしさだとか媚びを感じさせるものには嫌悪感を感じます。
(もちろん私個人の意見ですが)
自分の内面の嫌な部分を絵にして見せられたことに対する同族嫌悪みたいなものですね、多分。

投稿: くるみ | 2006/02/22 10:21

マンガキャラに擬似的な恋愛感情を抱いたことがあるオタクであらせられるたけくま先生の今回のエントリは、萌えという感覚が、「理解出来る」というカミングアウトと捉えて良いのだとしたら、何故ここまでに、萌え絵に関する意見をこのブログで広く募っているのでしょう。
精神としての萌えは理解できても、昨今の萌え絵の意匠、記号、は理解できないということなのでしょうか。そうだとしたら何故そこで分断されているのでしょうか。手塚治虫→少女漫画経由→萌え絵とおっしゃっていましたが、たけくま先生は、どの時点で萌えなくなるのですか。大変失礼ですが、もしそうだとしたら、何故、最新の文化、表現に常に目を向け、触れていらっしゃるたけくま先生にそういうことが起きるのでしょうか。個人的な好みだけなのでしょうか。オタク第一世代と言われている方々と、今のマンガ・アニメに傾倒する人たちには、かなりの温度差を感じます。ぼくは今26歳ですが、現代の萌えという感覚も、意匠も、割とすんなり入ってくるように思います。左脳ではなく、右脳で感じるといいましょうか。一概に年齢、世代が要因だとは思いたくありませんが、所謂ジェネレーションギャップなのでしょうか?これはマンガ・アニメのみならず、どの世界にもあることなのでしょうけれど。とはいえ、ぼくなんかが予想できない面白い切り口で、萌えに鋭いメスを入れてくれることを期待しています!新しい方法論(時代性)を駆使して、根源的、生物的快楽(普遍性)を表現しているモノが素晴らしい表現であると思っています。 イームズの家具のように。滅裂な文章ですいません。来月こそヘンリー・ダーガーの画集買います!

投稿: apg | 2006/02/22 12:36

オススメ本の中にある水野純子さんは、手塚の幼児的エロスを継承して奇形的に発展させてる気がします。私は大変に萌えるけど、今のいわゆる萌えとは、多分少し違うんだろうなあ。

竹熊様の名前を初めて意識したのは、確か漫画ブリッコでムロタニ・ツネ象『地獄くん』を紹介されてるのを読んだ時でした。あれは面白かったです。

投稿: 座椅子 | 2006/02/22 12:50

昔の人は初期作品「ロストワールド」に出て来る植物人間の胸のふくらみや、植物人間「もみじ」が食べられる場面
ラストシーンの「兄妹になろう」「おにいさま」という台詞に萌えたらしいですね。

投稿: 忍天堂 | 2006/02/22 12:53

>『ロストワールド』
赤塚不二夫がそうですね。
聞かされたことがあります。
ぼくは遅れて読んだ方なんで…。

投稿: 長谷邦夫 | 2006/02/22 13:08

幼い頃に読んだ手塚作品では、『ナンバー7』にエロスを感じてドキドキしました。
布団の下の下半身が触手になっているとか、そういった描写。

投稿: ポン一 | 2006/02/22 14:15

手塚のそのあたりは、確かにセクシャルには感じるんですが、私には、「肛門期子供エロス」と「萌え」は本質的に違うものなんですね。

感覚上の問題なんで、議論しても意味が無いんですが、その延長線上に現在の萌えは無い気がする。

現在の「萌え」は敢えて言えば子供のまま大人になって生殖する「幼形成熟」というか「ネオテニーの性感覚」だと思うんですね。

これは健全な発育途上の幼児肛門期エロスとは、母体回帰的な性質は共通するんですが似て非なるものです。

サルマンコンビの漫画の「こきたならしさへの撞着と安心」はストーリー的にも肛門期の憧憬なんですね。

しかるに、「萌え」はかかるなまの「こきたならしさ」を
拒絶したところに成立する。

投稿: ぼぼ | 2006/02/22 14:24

読者の想像力・妄想力を媒介してエロスを感じさせるものが"萌え"の定義の一つになるのでしょうか。
内山亜紀は"エロ"であって"萌え"ではないと感じている諸兄は少なくないでしょうね。

投稿: こうべみせ | 2006/02/22 15:45

個人的な意見を言わせてもらえば
エロは抱きたくなる感じ
萌えは抱き締めたくなる感じ
……であります

投稿: ネコ船長 | 2006/02/22 17:10

萌えがメジャーになってる事態についてですが・・・
個人的な意見としてはマスで語られる萌えとオタクで語られる萌えを分けて考えて、
オタクにとっての萌えについては、エヴァの影響が強かったのではないかと思います。
大多数のオタク達は、あのラストで、どっかで意識しながら考えてはいけないと思っていたものに直面させられて、それを回避するために思考停止し、そのあげく考えないでも済む感覚的に気持ちの良い方向へ走った結果なのではないかと。

投稿: 1026 | 2006/02/22 17:42

自分には萌えというのがいまだによくわからず
実は「萌え」というのは「かわいい」を言い換えただけなんじゃないかと思っています。
まあ、違うんでしょうけどね。

投稿: はし | 2006/02/22 19:28

必然的に個人的感想になりますが。
手塚さんの絵には確かに柔らかい曲線のエロスみたいなものを感じますが、
「萠え」とは違うように思われます。
たけくまさんが引用された絵が、
幼児性愛に結びついているのかどうかは別として、
肛門性愛等の幼児性愛と、萌えの性愛は違うと思います。
萌えの性愛は、生殖的には成熟したものあって、その点は、多分
ロリコンに近い。
ロリータ自身は成熟していないかもしれませんが、
オヤジ側は違います。
何らかの形で方向性を、いわゆる正常な性愛とは違う方向に、捩じ曲げている、
そういうものであると思います。

ただ、絵としてみたとき、手塚さんの絵から萌え表現に繋がるものがないか、
というと、それはあるように感じられます。
問題は、その技法の使い方でしょうか。
確かに、萌え絵のここの表現は何をシンボライズしているのか、
何の記号であるのか、
というのも、それ自体重要なことでしょうが、
どちらかというと、ある表現上の特徴、デフォルメなり何なりが、
何を表現しているものとして受け止められるべきものなのか
それを決める規則に注目すべきであるように思われてきました。
記号そのものと、それで表現されているものとを結びつける規則、
普通、「コード」とかいう気がしますが、
この線でいくと、歴史的に沈着してきたものであろう「萌えコード」
というのが、一体、どんな特徴を持っているのか、
特に、従来のマンガコード、ないしマンガ(カタカナでいいんでしたっけ)の文法
に対してどんな特徴があるのか、そこが今一番議論になっている
ような気がします。
全然違うかもしれませんが。

投稿: へろ | 2006/02/22 21:26

萌え草創期を体験したものとしては、
萌えって好きという感情より客観的に自分の感情を見ているような気がするんです。

なんというか、美少女に萌えっていってる自分を俯瞰で眺めてる感じというか。
ワンクッションあるんですよね・・・。

その点たけくまさんの考える萌えのかけらは幾分客観性に欠けている気がします。

投稿: 遥海 | 2006/02/22 22:19

あなたの萌えを見せて御覧。
ぼくの萌えと同じ形かな。

投稿: 三本脚の蛙 | 2006/02/22 22:30

手塚漫画でトラウマ級の衝撃を受けたのが「アポロの歌」でした。美女の首すげ替え。

性教育マンガだったと知ったのは後年のことで、どこかで掲載誌を立ち読みした少年(自分で言うのも何ですが純真でした)の私は「とんでもない物を見てしまった」「自分は汚れてしまった」とガクガクブルブルしたのを覚えています。あれ、全然「萌え」とは違うな。

投稿: たぬー | 2006/02/23 00:45

「手塚作品から感じる根源的なエロ」というテーマでは、田中圭一さんがある時期、連作を書かれていましたね。

最近の作品では本宮キャラ(?)も炸裂という状態で凄いことになっていますが。

投稿: blood_simple | 2006/02/23 01:28

私が、手塚漫画のエロスに触れたのは、やけっぱちのマリアでした。
ダッチワイフにエクトプラズムが入り込み人格を持つ話だと記憶してます。
子供の頃に読んだきりだから、記憶違いだったらごめんなさい。
どきどきしながら読んでましたね、

投稿: ベルテ | 2006/02/23 01:50

自分は「ふしぎなメルモ」。(TVアニメ版ですが)
もっともオープニングの時点で妙に恥ずかしくて本編に行く前に他のチャンネルに変えてしまってました。
手塚先生、今もご存命だったらやっぱチャレンジしてたんでしょうかね。萌えジャンルに。

投稿: 87分 | 2006/02/23 02:25

世代間の萌え感覚のちがいより、男女間のもえ感覚のちがいが知りたい。少女漫画の絵と萌えの絵はなにがちがうのかとか。

投稿: sima | 2006/02/23 02:35

男性的萌えは

・体液的疑似恋愛
・境界(輪郭)の消失
・保護

の三要素からなると思います。ハイパーリアルとしてのエロティシズムを内包しつつ、肯定を要求する運動、言い方を変えれば女性を越える女性性の追求ですね。

女性に萌えがあるかは解りませんが、あるとするならば、

・非体液的疑似恋愛
・交差する境界(輪郭)
・能動

が基本になるんじゃないかと。僕自身は絵や技法の差異といった意味的な探求ではなく、それを可能にした技術やマンガ構造から萌えを探る方がいいんじゃないかなー、と思っています。

投稿: bough | 2006/02/23 03:52

追記

「愛する者は女性化される」
「女は存在しない」 「性関係はない」

あたりはヒントになるかも知れません。

投稿: bough | 2006/02/23 03:54

はじめまして。
私、BLOG絵本の管理人てつやと申します。
現在私はBLOGで絵本を描いているのですが
より多くの人々に私の絵本を読んでもらいたく
このコメントを書き込んでおります。
ぜひ遊びにきてください!!
お待ちしております♪

投稿: BLOG絵本の管理人 | 2006/02/23 05:31

boughさんの意見は難しくてわかりませんでした。

http://www005.upp.so-net.ne.jp/nao-chan/HIROIN-A.HTM
少女マンガのキャラも十分萌えるけど、なんか感じがちがうな。

投稿: sima | 2006/02/23 05:46

まあ、

「2次元キャラに疑似恋愛感情を抱く」ことが単純に「現在のキャラ萌え」じゃないことは確かな気がするのですね。
そんなことは遥か古代からありましたから。

あと、例だと「二次元エロス」と「萌え」が混同されてる気がするのです。
バンパイアのコマで子供がはじめて布団のなかでおちんちんをいじりだすような「原初的な二次元エロス」を感じる人はいるでしょうが「そのキャラに対して疑似恋愛」をする人はまずいないでしょう。

これ「エロス」ですが「萌え」って感覚じゃ絶対ないんですね。
また「萌え」は「疑似恋愛」とも別です。

そのへん、たけくまさんがカミングアウトした主張どおり「感覚的に萌えを実はわかってる」のか疑問です。

感覚の問題なんで、「俺は萌えがわかるのに、お前はわかってない」という独善的な水掛け論の陥るため、議論の対象にならないんですが。これが「萌え」だよねって「他人との感覚の擦り合わせや再確認」の議論は避けられないし、必要なんですね。

「感覚として初めにわかってるんだけど言葉で説明、分析できないのを言葉になんとしてか表そう」
というのと
「感覚としてわからないが、社会現象としては知ってる。言葉で説明、分析してみよう」というのは違うんですね。

いわゆる「アニメ絵」の特徴としての「絵柄のユニセックス化」、
小奇麗になって「少女漫画と少年漫画の絵柄の差異が無くなったもしくは小さくなった」という観点からすると、
確かに手塚は少女漫画と少年漫画の偉大な接点ですが。

上のバンパイアのコマに見られるような手塚の少年漫画中の女性キャラに少女漫画の手法が見られ、「絵柄のユニセックス化」の嚆矢に
なっているということは出来ないわけではない。

これはある程度分けて美術様式史的に分析するアプローチを取ることが出来ますが、「アニメ絵化へのステップ」は「二次元エロス」とまた別の問題かと。

また、幼児肛門期エロスといいながら問題となってる手塚のキャラは小奇麗で肛門期的な「形がグチャグチャした」絵柄とは正反対なのも大きな矛盾ではないでしょうか。

「アニメ絵」=「萌え」というのも立証しないと。

投稿: ぼぼ | 2006/02/23 06:54

↑萌えに性的な側面が存在することは否定できないでしょうが、逆に性的なものを強調しすぎると今言われる萌えからは離れてしまう感もありますね。確かに。

あと手塚の絵柄は清潔なんですが「形がグチャグチャしたもの」に対する偏愛は強烈にありますよ。上のほうでどなたかが例にあげていた『火の鳥』のムーピーとかね。これに類する例は手塚作品にはたくさんあります。

投稿: たけくま | 2006/02/23 08:21

ムーピーはグニュグニュ感ももちろん、描かれ方も時代離れしてると思うんですよ私は、今風というか、本田透さんというか(笑)。

だって「どうせ人類は衰退してるんだからムーピーと現実逃避してオッケー!」「雌雄の分別も定かならぬ異星の不定形生物との間にこそ時空を超えた真の愛が!」ですから。

神様手塚様、そんなに現実がヤだったのかと、そんなにモテなかったのかと(笑)。

投稿: kamikitazawa | 2006/02/23 11:59

たけくま先生こんにちは。

いわずもがなですが、性的な側面は、あらゆるアートに存在すると思います。
というより、その動機、原動力は、ほとんど性的なものなんじゃないか、という気がします。
中でも萌え絵や、アニメ・マンガ文化はその側面が強いように感じます。
萌え絵に関しては、女性性を隠匿することで、逆にエロスを喚起させる感じなんじゃないでしょうか。「絶対領域」なんてその典型なのでは?
「覗き」とかと同じで、直接触れたり、見たりしないことで性的に興奮することに近いのでは?

投稿: apg | 2006/02/23 12:22

こないだからオチも付けずに感じたことを至らない文章でダラダラ書き連ね、無駄にコメント欄をのばして申し訳ありませんが、個人的にどこに着地したいのかと申しますと、「人間の歴史上、突然変異的に、全く新しい感覚がぱっと現れたことってあるのか?」ってとこで、それは皆さん僕なんかより歴史に詳しい方がたくさんいらっしゃるでしょうから言いませんが、思うに、人間の表現したいことってそんなにバリエーションに富んでる訳じゃないような気がするんですよね。根っこのとこは。多様な表現といっても、それは方法論が違うだけであって。確かに萌えという一連の動きが、まだだれも表現しえなかった隙間的感覚を初めて表現として表したと言えるのかもしれないけど。
しかし精神としては別に新しくはない。表面が違っているだけで。とここまで書いてきて、問題は、何故、ここまで大多数の人間がこの感覚を共有しているという現象が起きたのか、を考えた方が良いような気がしてきました。
または、本当にみんな萌えって感覚を共有できているのかってこと・・あ、これはぼぼさんが既にいってましたね。

投稿: apg | 2006/02/23 13:02

↑着地とか言っといてどこにも着地してないですね・・・

投稿: apg | 2006/02/23 13:25

初めて書き込みします。
うちのネットショップの検索を的をしぼっていたら、
偶然せんせいのページにたどり着きました。
まさか、「ダストシュート」でタケクマブログに出会えるとは!
去年から桑沢の非常勤講師されているんですね。
(講演会の事ですよね?)
もう10年早く初めてくれたら良かったのに!
賞味期限切れた美少女デザイナーで申し訳ありません。

投稿: ルート5 | 2006/02/23 13:29

>ぼぼさん
今回のエントリーは、竹熊さんが「萌」に入れ込まなかった理由を述べているのであって、「萌」の定義問題で絡むのは筋違いのような気がするのですが…

「萌」が擬似恋愛というのは確かに当たらないと私も思いますけどww


投稿: ヒロポン | 2006/02/23 13:34

やべ、キャシュを見ながら書いちゃった。
ぼぼさん、絡むつもりは無いのでスルーしていただけると幸いです。

投稿: ヒロポン | 2006/02/23 13:36

「萌え」と「性的なもの」を分けて考えたらベクトルがずれてしまうと思いますよ。

苺ましまろのキャラが陵辱されててもOKなんですよ。「萌えつつエロい」は可なんです。

「萌え」を「プラトニック」なものと捕らえると、魂が抜けた「萌え絵」が出来るだけです。きっと。多分。

投稿: ムホムホ | 2006/02/23 15:24

kamikitazawaさん
話は少しずれますが、なんであの作品中の世界であんなにも「ムーピーゲーム」(ムーピーが人間に「見たい夢を能動的に見させる」遊戯)が規制され、それゆえにムーピーが『狩られる』のか、当時小学生だった自分は「別に害が無いんだからいいんじゃないの?」としか思えず、よく分かりませんでした。
で、平成の今、少子高齢化社会の入り口の時期になってみると、ムーピーゲームの類いってのは施政者側からすると「自分だけの妄想・楽しみだけにふけって、年金や社会基盤の基礎になる子どもや家庭も作らんのはけしからん!」となるのは、ある意味当然なんですよね。
まるで、『自分の関心があること』にしか力を注げないオタクが社会的に迫害される様相をピタリと言い当てているようで、“神様”手塚先生の眼力にはつくづく感心させられるというか、冷や汗ものというか…。

ネコ船長 さん
言い得て妙ですね。あと、
「エロは積極的に主張するが、萌えは半ば意図しない自然な発露」
というのも、自分の考えです。

投稿: guldeen | 2006/02/23 17:45

美少女(笑)絵の系譜って
少女漫画→少年漫画→アニメ→ロリコン→美少女系漫画→エロゲ→萌
だと思うのですよ。

だからもうDNAにエロが含まれているので、しょうがないのですよ。きっと(笑)

投稿: ヒロポン | 2006/02/23 17:50

萌というカテゴリーから少しはずれますが、相原先生はデビュー当時、さるまん以前まではお話こそ下ネタでしたが、絵柄はむしろ典型的な80年代ニューウェーヴ、(ひさうちみちおさんとか奥平イラさんのような)タッチだったと記憶しています。
萌ではないにしろ、そのテクノなタッチは、かなりこじゃれたミーハーなものであったと思うので、あの頃の相原先生には女性読者も多くついていたように感じられます。
さるまん以降、とくにムジナのあたりでは、それまでのタッチを拒絶するかのようにたけくまさん好みの白土リスペクトが爆発している気がするのですが、当時相原先生はたけくまさんの影響を余程強く受けられたのでしょうか?

投稿: デカイチ | 2006/02/23 18:39

↑僕の影響というより、もともと彼も白土三平が好きだったみたいです。まあ『サルまん』を描くにあたり「野望の王国で行こう」言ったのは俺ですが(笑)。

でも初期の相原コージの絵が奥平イラに影響されていたのは確かなようです。

投稿: たけくま | 2006/02/23 20:51

はじめて書き込みいたします。
手塚キャラがデフォルメ(単純化・デザイン化)の過程でエロイ描線を獲得するのに対し、萌え絵は、エロくて気持ちいい形を作りあげる為に、現実を際限無く改造していく造形物的な物なのではないでしょうか。
不快な物を排除し、気持ちいいパーツを付加しつつ、究極の形を探し続ける。しかも、ディテールや立体感はリアルなまま(リアルな方が評価が高い)。
発祥こそ漫画絵の進化から来ていますが、途中で感覚が転倒して、今の感覚では、生身の人間に粘土を盛って毛穴を消し、瞳のハイライトや巨大な乳を付け足していくような気分で見ているんじゃないかと。
少なくとも自分はそうです。
オタクの気質に合わせて現実(自分や世界)を改造したものが萌え絵なのかなあと感じています。
(フライング気味なコメントですみません)

投稿: ミルク給食 | 2006/02/23 23:55

私は竹熊さんがバンパイヤのルリコに反応した頃年長サンの園児でして、従姉とトッペイがパンツ脱ぐコマを見て二人で騒いだ記憶が鮮明です。
赤塚マンガのキャラがパンツを脱いでもどってことありませんが手塚さんの場合は違います。

投稿: Beep beep beep オーライ | 2006/02/24 01:05

>たけくまさん

ご返事ありがとうございます。仕事がたてこんだため返答が遅れ申し訳ありません。

(1)
私にとっては、いろんな別のものを同じように扱ってるようにどうしても感じてしまうのですね。

おっしゃるとおり「二次元エロス」も「萌え」も大まかに両方とも「性的なものである」という大枠には入ると思うのですが。
その違いや関連性をどう位置づけるかが微妙だなと。

この点、たけくまさんが昔扱われた「ライトエロコメ」と現在の「萌え」はどう違うのかという疑問にも関連します。

一方で、たけくまさんが昔、エロコメで指摘された男一人にいろんなタイプの女の子たくさんの「回転寿司システム」などは、今の「萌え」でも共通しており、むしろ最盛期を迎えてるのですが。

(2)
手塚の「形がグチャグチャしたもの」に対する偏愛はよく理解してますよ。
ムーピーも好きですし、グリンゴの粘菌生物もそうでしたよね。
彼は、まず第一にお子様向け漫画の大家ですから。
それは子供漫画としての絵の記号的な線の洗練とは別の話です。

ただ、少女漫画と少年漫画のユニセックス化で女性キャラが小奇麗になった二次元エロスの方向性は、お子様向け少年漫画とは全く別のベクトルだと思うのですね。

フロイト的にも肛門愛を卒業した後に「性への目覚め」と性器愛が来て、逆ベクトルの別のプロセスですね。
むしろ「淡い性への目覚め」は肛門愛からの卒業の始まりじゃないでしょうか?

投稿: ぼぼ | 2006/02/24 09:52

事態がよくわからないのに萌えをメジャーだと
思ってしまった時点で、マスコミや出版業界の
洗脳・すりこみは完了です。
素直でまっすぐだと自分で思っている人ほど、
すりこみ易いです。

萌えっぽい感情というのは、「コイツ可愛いな」
という感情のような気がしますね。
その感情に「萌え」というわかり易いキーワード
をつけて商品やサービスを売るのが、2005年の
一般からのオタク進出に見えます。

2次元でも3次元でも、結局は異性を求めている
ことに気づけば、萌えがわからないことで悩む
ことも少なくなるかもしれませんね。

投稿: 泣く虎 | 2006/02/24 13:30

はじめまして、トッペイ愛して15年のトッペイらぶです。
『バンパイヤ』、萌え萌えシーン満載です。
私は第三巻で、大蛇のバンパイヤにグルグル巻きにされるトッペイのシーンに激しく萌えました。
どうせなら、トッペイの首も描いてくれればよかったのに・・・センセの意地悪!

投稿: トッペイらぶ | 2006/03/11 12:03

U(。Д。)
バソパイヤも(・∀・)イイ!けど
ブルソガもいいぜ

あるときは2ちゃんねらー
あるときはケモブロガー
某スレの犬とは俺のことっ!

投稿: 某スレの犬 | 2006/03/16 16:15

私もです。
ブルンゴが巻きつくシーンに萌え萌え。
テヅカ漫画でヘビが巻きつくシーンって、凄く萌えるんですよね

投稿: | 2006/03/16 17:10

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