コミックマヴォVol.5

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2006/03/28

【蔵出】黒澤映画を「聴く」!

Amazon.co.jp:七人の侍: DVD

久しぶりに「蔵出しシリーズ」であります。以下の原稿は、1999年に「サウンドパル」(小学館)という雑誌で連載した原稿の一部です。当時俺はAV(オーディオビジュアル)にハマッておった時期でして、こんな仕事もやってたんですね~。テーマは「黒澤映画の音の悪さについて」。

 「巨匠」と呼ばれるからには、画面を一目見ただけで「あ、あの人の作品だ」と瞬時に理解できる「スタイル」が必ず、あります。

たとえば小津安二郎の極端なローアングルの構図とか、キューブリックの広角レンズを多用したパン・フォーカス(画面の手前から奥までピントが合っている撮影法)なんてのがそうです。

 ちなみに広角レンズ+パン・フォーカスという技法では背景と役者が「等価な存在」として融合するので、非常に「冷たく整然とした印象」の画面になります。キューブリック作品の、あの神の視点で愚かな人間を意地悪く見つめるようなクールな印象は、この撮り方からも来ているわけですね。

 一方の黒澤監督もパン・フォーカスを多用しますけど、キューブリックと違って画面の印象が「ダイナミックで熱い」のは、望遠レンズを使用するからです。遠くのものが近くにあるかのように映せるのが望遠レンズの効果で、これにパン・フォーカスが加わると「背景と役者が一丸となって、画面奥から観客に向けて津波のように押し寄せる」という、ものすごく鬱陶、もとい、パワフルな画面になるわけですね。

 ただ望遠レンズは暗い(光を通しづらい)ので、これでパン・フォーカスを実現するには被写体の隅々までまんべんなく大量のライトを当てる必要があります。昔の東宝撮影所には「黒澤組が撮影をはじめると、他の組は撮影を中止しなければならない」という伝説があったそうですが、つまりそれくらい、黒澤映画は照明と電力を消費するんですね。

 黒澤映画は画面が「熱い」だけでなく、現場もライトの熱による文字通りの「焦熱地獄」だったわけです。昔の役者さんは根性がありました!

 で、ここからが本題。以上私が述べたのは「巨匠には独自のスタイルがあり、それには必ず意味がある」ということです。ところが一方では「意味があるんだかないんだか、よくわからない」スタイルも実際にはあるわけですよ。

 巨匠も人間だから完璧ではない。中には「本人にしか意味がわからないスタイル」とか、「本人にも意味がよくわからないスタイル」なんてのもあるわけです。これらはスタイルというより「クセ」と言ったほうがいいかもしれませんが。

 キューブリックだと、「どうして彼はモノラル音声にこだわるのか?」というのが、私にとっては長年の謎でした。なにせ『シャイニング』や『フルメタル・ジャケット』のような80年代に入ってからの作品でさえ、モノラル録音でしたからね。あれほど最新技術に詳しい監督が、晩年まで音声がモノラルだった(ステレオは『スパルタカス』『2001年』『アイズ・ワイド・シャット』の3本だけ)というのには、たぶん理由がある。おそらくキューブリックは「映画館の音響は各館でばらつきが大きいため、まったく信用していなかった」のではないかと思うわけです。

Amazon.co.jp:蜘蛛巣城: DVD

 音声については、黒澤映画にも奇妙な「クセ」があります。それは「音が割れてセリフがよく聞き取れない」ということです。特に『用心棒』(61年)以前の「音の悪さ」は有名で、『七人の侍』や『蜘蛛巣城』の三船敏郎のセリフなんて、何言ってるのかよくわかりません(実際「黒澤映画が海外で理解されるのは字幕が付いているからだ」という声すら、映画界ではひそかに囁かれているくらい)

 これは単に「古い映画だから」という理由以上のものがあると思います。というのも、同時期の小津安二郎や溝口健二の映画を見てもここまで聞き取りづらくはないし、それ以上の動かぬ証拠として、当時の映画雑誌などにも「黒澤作品は、セリフの通りが悪いのが欠点」とはっきり書かれていたりするからです。

 論より証拠、以下、私がLD版『蜘蛛巣城』から、1万円代の普及スピーカーでヒアリングした三船のセリフを、できるだけ忠実に文字に起こしてみましょう。

「ぼどどもっくきけぃ! ぃくさば、ざいごにかつまののじょうりぞ! ぞのぐらのしょうはいぬあもののかずでばなぃ! ぉびぇな! このわしずをじんじょ! このおかばこんりんざいいかにもけるということはないのだ! グファハハハ、ハハハハハ! しんぜらせんとぁらば、そとあげてあそう!」

 いかがですか。実際の映画では画面の迫力に呑まれてあまり気にならないのですが、セリフのみを改めて聞こうとすると、かようにワケワカメな状態になってしまいます。

 たぶん、このセリフで三船が言いたいことは、

「者どもよっく聞け。戦は最後に勝つものの勝利ぞ。そのくらいの勝敗はもののの数ではない。脅えるな。この鷲津(三船の役名)を信じよ。この私は金輪際、負けるということはないのだ!(笑い) 信じられないというなら、(理由を)打ち明けてしんぜよう」

だと思われます。

 しかし黒澤はただでさえ「ドラ声」の三船に、力の限り怒鳴らせているのですから、当時の、ダイナミック・レンジが狭い貧弱なサウンド・トラックでは、ひとたまりもありません。つまり最初の録音状態から問題があるわけで、これだとどんな最新技術でリミックスしても「正確に聞き取らせる」ことはたぶん不可能でしょう!

 ……と書いたらそこで話が終わってしまいますね。もう少し「なんとかする」方法はないものでしょうか。ひとつ考えられるのは、特性のいいスピーカーを使って、ソフトに入っている音以外の雑音を極力出さず(つまりSN比を高くし)、また「ひずみ率」を低く押さえることですね。こうすれば正確に聞き取ることは無理でも、可能な限り「耳障りな音」を除外できるかもしれません。

 てなわけで、実験してみました。今回はセリフの聞き取りを主眼にするため、映画館と同じ条件でセンタースピーカーから音が出るようにセッティングし、アンプ(ソニーのTA‐E9000ES)とメインスピーカー(ウィンアコースティック)を同一にして、4種類のセンターを取り替えながら『蜘蛛巣城』を視聴してみました。

●1万円代の普及型(特に名は秘す)
 普及型ですが、ちゃんとしたメーカーのちゃんとしたセンターです。全体に音が割れているうえにモコモコとこもっているという状態のよくない音ですが、これは元の作品が前述の通りだからしかたがないでしょう。普通のテレビ内蔵スピーカーで黒澤映画を鑑賞するよりは、だいぶましなレベルです。

Maestro_b ●マエストロ(ウィンアコースティック)
 いきなりSNがよくなりました。それだけで、だいぶ「耳心地」のよい音になります。三船のセリフも、何を言いたいのかハッキリしてきます。「ぼどどもっくきけぃ!」が「もどどもよっくきけぃ!」くらいになりました。ただし、三船の最大音域あたりになると、割れ気味になります。メインと同一メーカーのためか、音のつながりは抜群によく、センターを意識しなくてすみます。安定感では、今回一番でした。

●D750(タンノイ)
 ものすごく厚みがあるにもかかわらず、不思議とうるさい感じがしない品のいい音。おそらくSNだけでなく、ひずみ率が低いのでしょう。三船のセリフがこれほど品よく聞こえるとは驚きました。ただセンター音像が肥大する傾向があり、メインとのつながりは今いちです。セッティングを追い込めば、もう少しよくなると思いますが。メインに比べて少しオーバースペックなのかもしれません。

●センチュリー500(エレクトロボイス)
 これはもう完全にオーバースペック(音のつながりは最初から断念)。ところがですよ! これが気にならないというか、とにかく「ハリ」のある音なんです。三船のドラ声にハリが! 低音のクォリティが抜群にいいのでしょう。おまけにSNもいいしひずまないから、うるさい感じはありません。でも値段もかなりだから、「最初から悪い音を多少ましに聞く」ために購入するのは勇気がいるでしょう。もちろんお金があれば欲しいですけど(とほほ…)。

 いかがでしたか? 実験の結果、「いいスピーカーは、悪い録音でもそれなりによく聞こえる」という、なんだか当たり前の結論に達してしまいましたですな。

 しかし、黒澤映画の音声における「奥深さ」はこんなものではありません! 黒澤作品の中には、「再生できるものならやってみろ」といわんばかりの、現代スピーカーを嘲笑うかのようなチャレンジングなセリフがまだ、あるのです!。

 たとえば『七人の侍』の前半の最後、侍が六人揃った宿に、グデングデンに酔っ払った菊千代(三船)がやってきてケンカになるというシーン。ここまで書けばもうお分かりでしょう、あのセリフの通らない三船が、単に怒るだけでなく「酔っ払って」いるんですよ! では、その部分をヒアリングしてみます。

「おんでぇーす? おでをなぐりゃーがったんでたあ? どめぇあ? むぐう、ごのぶれもん! ごうかいってやっかごれぁ? ごらあ! おう? へ、ばじがいねえ! ごんのづらぁぐめにもばすれねぇ! ごめ、ぞれでもさむれえかあ? ござあ、ごっみえてもちゃーんとじたざむれぇだあ!」

 以上のセリフを必死になって十回以上ヒアリングし、前後のシーンのつながりから判断した結果、ようやく次のような意味ではないかと思い至りました。

「俺を殴ったのは誰だ? お前か、この無礼者! やるかこの野郎、こら! (ここで志村喬演じる勘兵衛に気が付く)おや? こいつは間違いない。このツラは夢にも忘れねえ。よくも〝お前はそれでもサムライか〟なんていいやがったな? 俺は、こう見えてもちゃんとしたサムライだ!」

 しかし、以上のセリフを前述の3スピーカーで聞いてみたのですが、何度聞いても歯が立ちませんでした。黒澤映画は、やはり奥が深いです。

◎このエントリへのコメント→★

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

検索したところ、
現在はロリータを除いて5.1ch化されているそうです
http://www.linkclub.or.jp/~gakupon/kubrick.html

投稿: Aa | 2006/03/29 00:35

>検索したところ、
>現在はロリータを除いて5.1ch化されているそうです
どういう意味のコメントか分かりかねますが、
本人の死後ですよ>5.1ch化

>キューブリックだと、「どうして彼はモノラル音声にこだわるのか?」
>あれほど最新技術に詳しい監督が、晩年まで音声がモノラル
たけくま氏はキューブリックのこだわりについて書いてるので
後から本人の関係ない所で5.1chの音声が出たソフトの事に関しては
揚げ足取りのようにも見えるコメントは無意味かと思いますが・・・。

キューブリックのモノラルへのこだわりですが、
モノラル化の効果として、音圧を稼ぐことができるというメリットがあるので、
ステレオによる音の広がりの効果よりも、全体的な迫力の方を優先させた
というの理由もあるのかもしれません。

投稿: F | 2006/03/29 02:13

これって結構面白いエントリなんだけど、今まで誰もコメントしてないんだね。

Aaさん
この割れた音声を最新の技術で補完出来るんですか?

余談)しかし今日って、ココログのバージョンアップの日だったじゃないですか。非常にお客が少なくて難儀いたしました。私のサイトなんか、ロボットしかこなかったですね。

投稿: 御園あゆむ | 2006/03/29 02:21

そういえば映画館でリバイバル上映された「七人の侍」を見たとき「デジタル技術でノイズを取った」と説明があったのですが、頼りない農民役の左卜全さんの台詞が全く聞き取れませんでした。
けれども圧倒的な画面とストーリーの迫力に絶句。画面から、こう圧力というか烈風というか、まったく飲み込まれてしまいました。
不要な台詞をばっさり切って役者の表情や演技だけのカットを見せる。そういうシーンが続いて、「一体どうしたんだ」「賊が入ってこの家の子供をさらって立て籠もったんだよ」と小声の台詞が入る。見せ方とか演出のお手本の連続でした。
機会があれば一度映画館でご覧下さい。ひどい音声&白黒作品なのに、その夜、悪夢にうなされるに違いない未体験ゾーンが貴方に訪れます。

投稿: トロ~ロ | 2006/03/29 02:54

失礼しました。これ最新のエントリだったのですね。

本論に移ります。なにぶん昔の映画ですから、音が悪いのはレンジの狭さによるものなんでしょうね。音質は無視して迫力を追求したのではないですかね。

私は宮崎監督がこの映画が一番好きだというので、見たかったのですが、テレビでもなかなかやらないし

宮崎監督もこの映画にだいぶ影響されてますよね。「何が映画か」って徳間から出版された対談があるんですけど、ええ、まだ黒沢監督がご存命中でした。

私は宮崎監督のファンなので、すぐにでも「七人の侍」を見たいと思ったのですが、テレビではなかなかやらないですね。

「生きる」は見たんですが、それ程面白く感じませんでした。古い感じを受けましたね。

DVDででてないかな?

投稿: 御園あゆむ | 2006/03/29 06:42

なんか、前半部と後半部が別の作品みたいですね。
別エントリに分けてもよかったんでは?

前半部のカメラの使い方の話は、映画評論とかでは当たり前の前提としてぼかしてある話を自分の実感で消化して論理的なエッセンスだけまとめた感じで貴重だと思います。

後半部はHiViの記事を安っぽくしたみたいな感じですね。

どうせなら昔映画館で壁に埋めて使ってて今でもリファレンスで使えるような巨大なホーン型のスピーカーをセンターで聞くべきなのかなと思いますが。

黒澤はLDで出たときほとんどのタイトルを買いましたけども、以降、出るたんびに、録音のミキシングやレンダリングはいじって音質は上げてありますよ。私は圧縮メディアという頭が取れないなんで買いなおしてませんが。

昔のオリジナルより随分台詞も聞きやすくなっているはずです。
ドルビーNDを通したり、特定の周波数に分けて、デジタル的に波形を聞こえやすいように修正したりは当然やってます。

確かにDVDの音を聞いて公開当時の映画館での音の話をしても、本来別の音なんですね。
元の音源の音質というのは反映されるんですが。

台詞の聞きづらさの理由に関しては、
下のスレで議論されてますが、

http://www.eigaseikatu.com/com/2669/93720/

堀川弘道「「評伝 黒澤明」」がソースだと多分
確実なんじゃないかな。
堀川は陰黒澤でしたから。

ページ数だけで内容が書いてないので、
ひまな人がいれば教えてあげてください。

個人的にはフェリーニとかの祭りの後のような浮遊感が好きなので、ドラマ然としている黒澤には食傷気味で余り興味が無いのですね。

パンフォーカスの使いかた以外の
キュービックとの厳密な類似点と相違点は個人的には非常には興味あるんですが。

投稿: ぼぼ | 2006/03/29 07:43

音は貴重ですよね。
とはいえ、ある映画が好きで200回くらい10年間見続けていたのですが、
DVD化の際に音質が変わったんですよね。
まあノイズと音のゆがみをとっぱらって、5.1CH化したという話なんですが。

その味気ないこと。

レコードのノイズが心地よいように、クロサワ映画の音割れも味じゃないかといってしまえばそれまでですが。

投稿: 遥海 | 2006/03/29 07:59

 DVDで黒澤作品を知った口なので、元の聞き取りにくさは想像できませんが、(帰ってきた)トロ~ロさんも言われる通り、志村喬さんの不敵な笑顔や群集がワッと詰め寄るシーンでわかったような気がしてしまうから、さすがです(汗


>>「生きる」は見たんですが、それ程面白く感じませんでした。

 自分はけっこうたのしめました。葬式で同僚が談義するシーンで・・・
「それじゃ、世の中闇じゃないか!」
「おうよ、闇だ闇だ」
みたいな会話の後に場が沈黙してしまうのはシビれましたが(笑)

・・・そういえば『黒澤 喪男編』記事て、やりましたっけ!?

投稿: 情苦 | 2006/03/29 08:30


「生きる」の各シーンで若いころからシビれれる人は、比較的、現代社会で「幸薄い」んです。

大丈夫ですか?

投稿: ぼぼ | 2006/03/29 08:54

大丈夫でなかったら、どうしろと?
どうしようとしても、どうしようもない

・・・ブランコに揺られながら
口笛吹いてきます
Orz

また、ほじくり返すようですが
たけくまメモって人生相談もしてましたねぇ・・・

投稿: 情苦 | 2006/03/29 09:15

ごうかいってやっかごれぁ?→やるかこの野郎こら!
の部分が、最も飛躍が激しく面白いです。

投稿: apg | 2006/03/29 09:20

確かに言われてみれば聞きづらいけど、そんなことに気づきツッコミ入れるたけくまさんがコワいです(笑)
ていうかこの記事を読んだ人はこれから黒澤映画見るたびに「あっここ聞き取りづらいな」なんて考えながら見ることになるのでしょう。

天才・赤塚不二夫先生も、黒澤映画の中の「夜は寝るだ」というセリフを「夜は寝るのだ」と聞き間違えて自分のマンガの中に生かした、ということがあったそうです。

投稿: 匿名氏 | 2006/03/29 09:23

>> F さま
>本人の死後ですよ>5.1ch

あのー「現在」っていいませんでしたか私。


>後から本人の関係ない所で5.1chの音声が出たソフト

奥さまはOKされたわけですよね。聞き比べてみるのも一興。

『七人の侍』は91年のリバイバルのときに父親と観にいったことがあって、あの版は音響リマスターされたものだときいております。

投稿: Aa | 2006/03/29 09:32

神の視点と言えば、現代ではポール・バーホーベンですかね。
でもポールの場合は、キューブリックほどスケールがデカくないから、見ていると
「随分小せえ神様だなあ」と思ってしまいます。
でもその矛盾したような部分がいいんですけどね。
「アイズ・ワイド・シャット」はスケール小さかったですけど、キューブリックはああいうの苦手なんでしょうか。
予告はえらくカッコよかったですけど。

投稿: apg | 2006/03/29 09:33

広々とした狭さを描かせたらスタンは日本一でございます。

会津はかなりわくわくして(←おかしな風にとらないでくださいね)
観にいったのですが、
医者なのに妙にマッチョなトムさまと
骨っぽいオクサマのお体に
ずずずっと退いてしまいました。

投稿: Aa | 2006/03/29 09:43

トム・クルーズは問題アリですよねぇ。

「マグノリア」ではいい演技してたんですが。

「博士の異常な愛情」が一番好きかな。

投稿: apg | 2006/03/29 09:49

私、録音に従事する者ですが、確かに録音しやすい声(マイク通りのいい声)とマイク通りの悪い声があります。
肉声を近くで聴くとなんてことないんですが、マイクを通すと明瞭度が悪くなるタイプの声ですね。ひょっとして三船も映画的には録音しにくいドラ声だったかも。
「七人の侍」制作当時の映画音声は光学録音といって、フィルムの画面と送り穴のスキマわずか3.07mmに光のギザギザ模様で音を記録するものでした。(「ファンタジア」の中盤で登場するサウンドトラック君ですネ)
この方式は現在のデジタル録音と違い、規定の音量をちょっとでも超えるとバキバキに歪んでしまいますし、セリフの明瞭度を決める「サシスセソ」等の歯擦り音の録音は困難だったと思います。
当時のマイクや録音機器の性能を考えるとドラ声の役者さんは大変だったでしょう。
現像後、画面に合わせてスタジオでセリフを録音するアフレコではなく、撮影現場でセリフを録る同時録音だとさらに録音条件が悪くなるです。
たしかあの映画は完成が公開ギリギリだった為、手直しする時間が無かったようで、初回公開プリントでは宮口精二が倒れた後で銃声が聞こえたりと不備があったそうです。

シネスコ時代に入ってからの黒澤映画は光学録音ながら格段に聴きやすくなりましたが、おそらく録音機材の進歩でしょう。バーン!と漢くさいタイトルが出た時、画面のはじっこに「westrex」という字が見えますが、これは当時の最先端、アメリカのウエストレックス社の録音機材を使ったヨという印です。
ちなみに「天国と地獄」では光学録音ではなく磁気録音(録音テープと同じ方式)のプリントで上映したようで、音質は更に良くなってます。
磁気録音にした理由について黒澤は、権藤社長宅の静かな場面が続いたあとで特急列車の轟音でビックリさせたかった旨の発言がサントラ盤のライナーに載ってました。
黒澤監督も音質には結構こだわってたみたいです。

投稿: 桜 四十郎・・まアもうすぐ五十郎だが | 2006/03/29 10:56

>四十郎さん

「酔いどれ天使」か「野良犬」のどちらかだったと思いますが、光学式サウンドトラックつきのフィルムを見た黒澤が、思いつきでサウンドトラックを「描く」なんてことまでしたらしいですね。

女性の叫び声がなかなか思うように録音できないので、見よう見まねで叫ぶ音の波形パターンを手で「描いて」再生したら、この世のものとも思えない声になったとか。

黒澤ってそういうこだわりはあるんですよねえ。初期の作品の声が聴きづらいのは、「同時録音」にこだわったからじゃないかと思います。音質よりも臨場感を重視したのかも。確かに同じ役者が時間をおいてからアフレコすると、テンションが落ちますものねえ。

>ぼぼさん

初出誌が「サウンドパル」なもんで、まさに「Hivi」を安っぽくしたみたいに書いた…というか、書かされたわけです(笑)。

投稿: たけくま | 2006/03/29 11:09

こだわりではなく
無頓着だったのではないでしょうか。

音響は押しまくるのがすべてというものではありません
でも、黒沢は引き算が苦手なひとだったのだと思います。

ドバッとかバシッを大きく描くのは大好きでも
ああいうオノマトペを使わない表現がからっきしという方
まんがでもおられませんか。

投稿: Aa | 2006/03/29 11:52

確かに昔の日本映画のアフレコのクオリティは低すぎますよね。

あの臨場感の無さは酷い。
まあそれも「味」なんでしょうが。

それだったら割れても同時録音がいいと思っちゃう気持ちはわかりますけどね。

投稿: apg | 2006/03/29 12:52

黒澤監督の逸話で、絶対映らない籠の中身を完璧に用意させた、とかありますよね。

画面に映らないその場の「空気とか雰囲気」、
とかを録音するための同時録音だったんじゃないですかね。

投稿: apg | 2006/03/29 12:59

昔、ダチョウ倶楽部のネタで、「三船敏郎に演出する監督と助監督」というコントがありました。
赤ひげの扮装をした寺門ジモンが喋るのですが、「ごが、ごぎがぐぶぶぶぶ」みたいに何云ってるか判らないというギャグでしたね。

投稿: くるくる | 2006/03/29 13:43

1941で潜水艦の艦長さんでしたか
TV吹き替えの明瞭な日本語のなかに
ミフネ節はオリジナル音声だったこともあってか
聞き取りにくく感じました


 はやくハッチを閉めんか!
 くそぅ、なんということだ!


などなど。いろいろとついていけない作品でした。

投稿: Aa | 2006/03/29 14:08

今は亡きミフネ御大が元祖オンドゥル人だったとはなぁ。

投稿: kamikitazawa | 2006/03/29 18:35

勝新太郎さんのセリフが私はすごく聞き取りづらかった。

投稿: 匿名氏 | 2006/03/29 18:43

たけくまさんが10回以上聴いて分かったという菊千代のセリフですが、
『全集黒澤明 第四巻』(岩波書店)31ページを参照したところ、
ほぼ正確に聴き取れているようです。
ただ、第一巻に黒澤監督が寄せている「シナリオと映画」によると、
監督は映画ではかなりシナリオに変更を加えているそうなので、
たけくまさんが聴き取った「このツラは夢にも忘れねえ」は、
シナリオでは「その頭ア・・・夢にも忘れねえ」となっています。
また、月報には手塚治虫氏が寄稿し、
『七人の侍』が漫画界に与えた影響について述べていますが、
手塚氏が自分のことを漫画家とは書かず劇画家と書いているのは、
どうにも解せません。

投稿: 匿名 | 2006/03/29 20:03

手塚先生は、若い頃から絵を酷評され続けておりましたせいで、自分の絵にかなりのコンプレックスを抱いていらっしゃったようです。ですから漫画的な表現から離れたい一心で、リアルタッチの絵を模索し続けておられました。その時期には「劇画家だ」と思っていたのではないですか?

晩年の「ルドルフに告ぐ」や「きりひと讃歌」と初期の「新宝島」では全然違います(よく見ると手塚先生のタッチに大きな変化はないようですが)
大友さんとの対談でもデッサンがどうのと話すあたり手塚先生らしいです。

投稿: 御園あゆむ | 2006/03/29 20:49

>>匿名 さん
>>御園あゆむ さん

劇画については、たけくまメモでも議論を呼んだことがありました。
参考になれば、と貼っておきます。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/07/post_4034.html

投稿: 情苦 | 2006/03/30 06:35

>>絶対映らない籠の中身を完璧に用意させた

これはよく言われることですが少し語弊があると思います。
最初から写らないとわかっているものを用意させた。という意味ではなく、用意した部分が結果的に写らなかったことがあった。と解釈したほうがよさそうです。
映像の現場では実際そんなことは日常茶飯事なので別にすごくもなんともないことなのですが、黒澤監督の場合そのスケールも金額も半端じゃなかったのでいつのまにか尾ひれがついたのでしょう。

投稿: a3rt | 2006/03/30 10:33

たとえば、現在のCDでは音声の解析・編集ソフト(フリーソフトもあります)で見てみると、あからさまなまでにメ一杯のところまで音圧のレベルを上げてあるものが大半ですが、CDが出始めて間も無い頃のアルバムなどを同様に音声解析すると、見事なまでにスカスカというか、録音レベルに『余裕』を持たせているものが多かったりします。
PA的な音の録音というものは、「割れる寸前まで録音のレベルを上げ、かつ割れさせない」というのが理想なのですが、現在のように音の強さを制限するコンプレッサーなどの調整機器が無かった当時の昔の録音機材だけでは、小さい音に録音レベルを合わせてしまえば大きな音は割れてしまうわけで、調整が難しかったことでしょうね。

投稿: guldeen | 2006/03/30 23:19

>御園あゆむさん
光文社から出ていた手塚氏の『マンガの描き方』という本の中で、
手塚氏は自分の漫画を劇画と呼ばれるのは嫌だと書いていたので、
私には意外だったわけです。
あと筒井康隆さんの『欠陥大百科』か何かの影響なんですが、
漫画家さんに「先生」を付けて呼ぶのは、
なんだか逆に小馬鹿にしているような感じがするので、
私はどんなに偉い漫画家さんでも「氏」とか「さん」で呼んでいます。

>情苦さん
とても参考になりました。
わざわざどうもありがとうございました。

投稿: 匿名 | 2006/03/31 22:14

> 匿名さん
情苦さんが紹介されたエントリを見る限り、手塚氏は劇画に対して敵愾心を抱いていたようですね。でも氏の場合は、大体嫉妬心やコンプレックスなどから来るものでして、シリアスなタッチで画力のある劇画勢力と対立軸に自ら入ってしまった感がある。でも実際手塚氏はシリアスタッチの画風を模作していたし、晩年の画風はだいぶ劇画タッチでした。しかし大人が普通にマンガを読む時代に至って、劇画と自らが命名した画風も普遍的なものとなって、歴史的役割は終わった。その頃、手塚氏がしれっと、劇画家を名乗ったとしても心境の変化くらいに思います。

投稿: 御園あゆむ | 2006/04/01 02:39

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