コミックマヴォVol.5

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2006/05/29

「盗作」と「合法的盗作」

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←左=アルベルト・スギ作、右=和田義彦作(SANSPO.COM/06年5月29日更新分より引用)

これはすごい。えと、左がイタリア人画家のオリジナルで、右が「盗作」疑惑が囁かれている和田義彦氏の作品。しかもその「盗作」が文部大臣賞をとっていたってんで、騒ぎが大きくなってますね。私見では、これは申し開きができないと思います(本人は弁明しとるようですが)。

《今春の芸術選奨で文科大臣賞を受けた洋画家の和田義彦氏(66)が、主な受賞理由だった昨年の展覧会に、知人のイタリア人画家の絵と酷似した作品を多数出展したとして文化庁が調査していることが28日わかった。

「盗作された」とする伊画家に対し、和田氏は「似た作品」と認めながら「同じモチーフで制作したもので、盗作ではない」と主張している。》


http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200605/sha2006052905.html

これはもう、昨年話題になった末次由紀さんの「スラダン・トレース疑惑」なんてものではないですよ。あれとは次元が違う。今回のこういうのを、正真正銘の盗作というんです。

というか俺、裸眼立体視用の図版かと思ったくらいですよ。

要するにここには、和田先生の「新たに付け加えた部分」というのがほとんど感じられないわけです。パロディのような批評意識も感じられない。これを「盗作ではない」というのは、老いさらばえた大家の妄想というべきで、有り体に言ってみっともない。

どうせパクルなら、もっとうまくやればいいのに。と言いたい。

まあ芸術にパクリはつきものなんですけど。あのピカソだって、パクリの天才と言われていたくらいですよ。よく、若い芸術家のアトリエをフラリと訪れては、そこらにある作品をパクリまくるので、ピカソが来たらみんな自分の絵を隠したそうです。それでも、どんなパクリ元であろうが、全部ピカソタッチになってしまいますので、結局はピカソの絵になっちゃうんですけどね。

それから、この世には「合法的盗作」なんてのもあるから厄介です。そんなものがあるのか、と思われるかもしれないですが、あるんです。

107810_2

←これがジャック・スミス

たぶんほとんどの人が知らないと思うんですが、ジャック・スミスという映像作家がいました。60年代から80年代初頭にかけてニューヨークでアングラ芸術映画を製作していた人でして、その世界では有名人なんですが、一般にはまったく無名のまま、最後はアルコール中毒になり、おまけにエイズになって死んでしまった作家です。

天才的な映像感覚を持っていたにもかかわらず、極端な変人であり、アングラであるゆえに当然、彼は貧乏でした。その彼の前に、ひとりのパトロンが現れる。名前を書けば誰もが知っている世界的な映画監督なんですけど、その「巨匠」が、完成したばかりで未公開の、スミスの映画を買い取ったわけです。それにはある条件がついていたのだけど、スミスは貧乏だったので、飲まざるをえなかったらしい。

で、その「巨匠」の新作を見ると、スミスの映像が丸パクリで使われていた、というお話。それでもスミスは抗議することができない。なぜなら、著作権ごと作品を売り渡す契約だったからです。それで「巨匠」は、元ネタであるスミスの映画を公開せずに封印してしまった。

「巨匠」は「巨匠」で、50年代の全盛期は斬新な映像感覚で天才と言われた人なのですが、寄る年波には勝てず、70年代にはすっかりイマジネーションが枯渇していた。それで、若い才能に目をつけて、法的に問題が発生しないかたちで「合法的盗作」に走った、ということらしい。その巨匠もすでに死んじゃったので、真相はわかりませんが。

才能は枯渇する。これはもう、人間は歳をとるからどうしようもない。どんな才気走った人でも、いつかはその時が来るわけですよ。そういうときに、どういう態度をとることができるかで、その作家の人間が問われるのではないかと思うわけです。いやまったく、他人事ではありませんね。

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コメント

わははははははは。

こりゃ確かに盗作というレベルではなく
「間違い探し」ですな。

友人ったって10も年上の知人の作品を、、。

それにしても、文化庁の及び腰のコメントもなんともはやぬははははは。

投稿: めたろう | 2006/05/29 23:38

裸眼立体
やってみたら本当に奥行きある絵に見えるw

投稿: hana | 2006/05/29 23:40

ジャック・スミスの顔が
こわいよう。

投稿: な | 2006/05/29 23:52

朝日に載ってた2作もひどいね。こりゃまちがいなく模写したんだよ。

http://www.asahi.com/national/update/0529/TKY200605290154.html

投稿: 名無しさん | 2006/05/29 23:57

>>ジャック・スミス

すごい眼力ですね
というか・・・目が・・・無い!!?

投稿: 情苦 | 2006/05/30 00:07

おお。このネタですね。
「これはver.2.0だ」と言い張ればよかったのに。

ジャック・スミスは写真がアングラですね。しかしメソポタミアの彫刻のパクりにも見えますね。

投稿: あんとに庵 | 2006/05/30 00:37

CP/MとMS/DOSのハナシを思い出しました。

投稿: トロ~ロ | 2006/05/30 00:56

間違い探しのような盗作を集めて展覧会して、どっちがいいか投票とかできたら面白いかもしれんね。

件の絵については並べて展示してもらって実際に見てみたいものだ。

投稿: | 2006/05/30 01:12

どちらかが嘘をついてますね(笑)

投稿: 邦松 | 2006/05/30 02:42

う~んどうしても「巨匠」が誰なのか気になってしまう。50年代に全盛期だった人で、誰もが知ってる映画監督・・一瞬コッポラかと思ったけど時代が違うし、キューブリックはもうちょっとあとだし・・もしかして日本の映画監督じゃあないですよねえ。あの超ビッグな方。全盛時代はばっちり合うような気がするのですが。

投稿: ぷーすけ | 2006/05/30 03:02

時期的には…ヒッチコック?

投稿: | 2006/05/30 03:21

実は私、和田さんに大学で絵画の指導をしてもらったことがあるんですよ!昨年の話なんですけどね。いやー、先生駄目だよ、これは・・・。 

投稿: ジジ | 2006/05/30 03:49

俺はやってない!
Jack Smith?だれそれ??

投稿: フェリーに | 2006/05/30 05:37

とても現在の話とは思えませんね。
複数あるというのも凄い。
多分ビョーキ。
若い時代のものも精査すればゾロゾロかも。
それだけで展覧会やるのも一興。

俺成度・駄・便痴とかにペンネームを変え
修復士かなんかに転職された方がいい。
人生の修復…。

あ、つまんないダジャレでごめん。

投稿: 長谷邦夫 | 2006/05/30 07:14

巨匠とは Aウォホール?ですか?

投稿: りんどん | 2006/05/30 08:58

話題とちょっぴりずれますが
名探偵コナンも元ネタがあるそうですね
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%BD

こんど読んでみよっと

投稿: Aa | 2006/05/30 09:47

↑へえ知らなかった!確かに酷似していますな、、、

投稿: たにしんいち | 2006/05/30 10:07

↑へぇ。知らなかった。
しかし腰椎を折った上に謎の奇病を発症って・・
設定が妙にリアルというかハードというか。

投稿: apg | 2006/05/30 10:08

50年代が全盛で天才で誰でも知ってる…オーソンウェルズとかフェリーニ?

投稿: | 2006/05/30 12:37

>才能は枯渇する。これはもう、人間は歳をとるからど>うしようもない。

年をとると体力は落ちるが、
才能が枯渇するのは関係ない。

若くして枯渇する人も居るし、
年をとってからの作品の方がいい人も居る。


投稿: ぼぼ | 2006/05/30 14:57

ニュースで見ましたら、インターフォン越しに「ピカソなんで『盗みの天才』って言われてたんですよッ」と、あぁもう少し言い方が、という弁明をされてましたが。

こういう場合、いただいた賞はどうなるんでしょうね。
取り上げられるのかな。
それをオリジナルのヒトにあげ直したら、お詫びも込めて粋な計らいって気もしますが、考えたらそろいもそろってアキメクラが選考した賞なんかもらいたくないかもなとか思っちゃいました。

投稿: tama | 2006/05/30 15:02

>ぼぼさん

私は一般論を申している。
確かに北斎やゲーテのように、老いてますます盛んな才能の持ち主もいますが、おおむねそれは例外であります。

あらゆる論理には例外がありますが、例外をもって一般を否定するのはどうかと思いますよ。

一般的に、老いと才能の衰えは関係があります。

投稿: たけくま | 2006/05/30 16:14

年とともに作風が変わることはありますが
それは必ずしも衰えとは呼ばないと思います

黒沢の『八月の狂詩曲』は新境地だけど
『まあだだよ』は衰えであると
私は考えますです

投稿: Aa | 2006/05/30 16:21

同じモチーフを使ったってことだから両者ともに同じ元ネタがあったりしてー。

才能の枯渇ですが、ある名声を築いてしまうと、自分自身がそのパロディーになってしまうというのもあるようですね。だから常に新しいことに挑戦して変わっていかなければならない。でも、受け手にもイメージがついてしまうから、変わっていくものを受け入れるとは限らない。結果、才能が枯渇したように見える、とか。
名声がなくなっても創作し続ける情熱は残るのか、とか難しいですね。

投稿: エルモ | 2006/05/30 16:22

しかし、これだけ上手く模写できるんですから腕は確かですよね。
エコエコアザラクに模写の天才が出てくる話がありましたが、あれを思い出しました。あれは盗作ではなく完璧な模写の話でしたが。
これだけの腕があるなら赤瀬川源平氏のようにパロディで勝負すればよかったのに。

投稿: 永田電磁郎 | 2006/05/30 16:43

擬態したワーム。

投稿: | 2006/05/30 16:46

もともとこの人はイタリアで画像修復の修業をしていたらしい。いわば、模写のプロ。

一流の技術は持っているが、「描きたいもの」が何もない人だったのだろう。これはこれで悲劇だ。

ちなみに、ヤギ氏の弁護士が、ヤギ氏と和田氏の絵をふたつ並べて東京で展覧会を開くことを提案している。ある意味、裁判を起こされるより和田センセイにはつらいことかも。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060530-00000038-kyodo-soci

投稿: たけくま | 2006/05/30 16:52

>練習中の事故で腰を強打して腰椎を折り、
>さらに奇病を併発して肉体的成長が停止した。
『ロートレック』というか、『子供の王国』というか…
これ、設定だけでいうと、『名探偵コナン』のほうが良いような…
(『ネタ元』は、救いがなさすぎですなぁ。
実際に読んでみないとなんとも言えませんが…)

投稿: naga | 2006/05/30 16:59

↑しかしリトルリーグの練習中に腰椎を折るって
どんな練習なんでしょうか(笑)

非常に気になります。

投稿: apg | 2006/05/30 17:27

才能の枯渇に関連しているのかもとある意味納得した話があります。
山本夏彦さんの本なのですが、ヒット作を出した作家はその後の作品は、1作目の模倣ばかりだ。なんて趣旨の事をおっしゃってました。
ある作家の作品(作風)というものが売れる
→その作家の作品イメージが世の中へ定着する
→世の中が欲しがるのはその作家と分かる(同じような)作品
→やがて世の中に飽きられるので新しい作風で挑戦する=新人時代と同じ立場になる
→新しい作風が売れないと才能が枯渇したと言われる。
と言う流れなのではないかと。

投稿: かぼす | 2006/05/30 17:56

たけくまさんが挙げられた、ジャック・スミス氏の
例は、大変に面白かったです。
「14歳」のチキン・ジョージ博士の晩年を思わせる話ですね。

しかし、今回の件のような事が本当にあり得るというのが衝撃的です。
この話をマンガにしたら、
「ないよ、こんなの。普通、ちょっとどっかを変えたりするんじゃん?」
という反応が返ってくるのが目に見えてますし、リアリティないですよね。

公的な手続きを経て発表された芸術作品(しかも知人のもの)を堂々と
まるパクりするという精神構造に、ものすごく興味があります。
おそらく、わざわざ飛んで火に入ったのではなく、
そうせざるを得ない状況があったのではないかと。
それが経済的なものか、精神的なものかは分かりませんが。

投稿: 井上 | 2006/05/30 18:10

>たけくまさん

めずらしく、反応がシャープすぎ。
それだけ日々の実感による確信があるんでしょうな。

これも私の経験からくる実感なんで、なんとも。
分野によって随分違うでしょうね。

それほど一般論からかけ離れた稀な例外でもないです。
また、偉大な才能じゃなくても末広がりな才能はあるんですよ。

年をとると、確かに精は落ちるんで、
精の要る表現様式は確かにその傾向があるんですが。

イマジネーションというか妄想の部分は、老いてますます盛んという人多いですよ、生粋の変態さんは。

人間の精神エネルギーの大きさとか業の深さとあんまり年は関係ないんじゃないかな。

枯れたように感じちゃうのは、生活に疲れてるか、もともと業の浅い人なんじゃないかな。

時代の中で消費されていく雑誌のライターとかは無常観がいや増すのかしれませんが。

40代半ばでそういうのは無しにしましょう。

ケツの穴を閉めれば力なんて沸いてきます。

投稿: ぼぼ | 2006/05/30 18:12

↑>これも私の経験からくる実感なんで、なんとも。

ぼぼは年々才能が増してるのか。

具体的に言うとどのへんで実感してる?

投稿: 用 | 2006/05/30 18:41

文字数の割にまるで中身の無い文章を書く才能が増しているのでは。

つまり才能が枯渇していっている事に気付いていない。

投稿: メモリ | 2006/05/30 19:01

老化しても才能が衰えない極めて少数派は結果的に目立っているだけだと思います。
老化と共に才能が衰える圧倒的大多数は目立たず騒がず表舞台から静かに消え去っているだけでしょう。

投稿: 通りすがり | 2006/05/30 19:12

ぼぼさんへ

竹熊さんは芸術家…広い意味でクリエーターの才能についての話をしてるんですから、「老いてますます盛んな生粋の変態さん」の例を持ってきても仕方ないんじゃないかな。まあ、「変態さん」は老いても枯れない芸術家への誉め言葉なのかも知れませんが。

同様に、「人間の精神エネルギーの大きさとか業の深さとあんまり年は関係ないんじゃないかな」というのはまったくその通りだと思うけど、だからこそ、それが年とともに表現できなくなることが芸術家の主観にとっても、観客の目にとっても、老いによる才能の衰えとして実感されるんだと思います。

投稿: ゴン | 2006/05/30 19:12

枯渇するんじゃなくて、もとからなかったのが露呈するんではないでしょうか。

使えるアイディアを峻別する才能とパクる技術があれば、新しいものを生み出す才能がなくても評価される成果はあげられる。アイディアは生み出せるが使えるかどうか識別できない人もいるわけで、幸運にしてこういう専属パクリ元を確保してしまえばアイディアを生み出す才能なんて必要ない。

それでもどうしてもオリジナルを生み出す才能を評価されたい、評価したいというのは、なんだか不自由だと思えてきます。

投稿: わわわ | 2006/05/30 19:33

>人間の精神エネルギーの大きさとか業の深さ
ってのは肉体活動の一つなんだから年(肉体の老化)と関係ありまくりだろう。
もしかして魂(文学的な意味でなく)の存在を信じているのかなあ?

投稿: 人心 | 2006/05/30 20:16

自分の意にそわぬ反論を受けたからといって、ぼぼ氏の文章は嫌みが過ぎると思う。たけくま氏に対する礼節を欠いており読んでいて不愉快極まりない。いつも、このblogで楽しませてもらい感謝している者として、今回ばかりは一言言いたくなった。

投稿: とおすがり | 2006/05/30 20:22

同じ「国画会」所属の作家にこんなひともいます↓
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4875860781/503-8564470-2416748?v=glance&n=465392

投稿: まかなえ | 2006/05/30 20:33

>まるパクりするという精神構造に、ものすごく興味があります

同感ですけど、和田氏のケースは精神的プレッシャーでも経済的プレッシャーでもないように思います。

人の作品にインスパイされたものであろうが自らあふれ出たものであろうが
この人がそこにアツイものを感じたのであれば当人にとっては同じものなんです。

妙な言い方で恐縮ですが、和田氏(というか氏の内なる芸術家ダマシイ)にとっては
そのアツイものの源泉がたまたま人の作品であったに過ぎないのでは
ないかと。

法や世間常識のものさしでみれば
決して許されないことなのだけれど
創造のココロというものは
世間の常識というものとは別の倫理で動いているような気がします。

こういうときは本人の目の前で
蚊を叩く要領でパン!と手を叩いてあげれば
ふつう酔いがさめるものなのですが
氏にはそういう方が身近におられなかったのでしょうね。

投稿: Aa | 2006/05/30 20:41

現役画家の私としては、若い頃のあの、徹夜も辞さない無謀なことの出来る体力、延々と続きそうな集中力が枯渇しつつあるのと、目が悪くなったんで細かい作業がだんだん苦手になってしまうのとで、「才能」の枯渇を感じる時がありますね。あと昔みたいにやたらと感動しなくなったぶん、描かずにはいられない衝動が弱くなってる気がします。妙に達観すると描けなくなるものがありますね。
しかし、年寄りには年寄りにふさわしき方法論があると思うので、それを探せばいいんでしょうが、これまたなかなか転換が難しい。

ただ、どう客観的に考えても全くのトレースとしか思えん絵を描いちゃいかん。画家のプライドってものがそれを赦さんと思うんじゃが。引用、再構築とかはアリだとしても、完全なコピーじゃなぁ。

しかし、あそこまでそっくり絵画を大量に描いていたという辺りの執着に、才能の枯渇以上のなにかを感じるんだけど、なんだろうか?

投稿: あんとに庵 | 2006/05/30 21:36

>昔みたいにやたらと感動しなくなったぶん、描かずにはいられない衝動が弱くなってる気がします

火の鳥鳳凰篇の茜丸を思い出しました。

投稿: Aa | 2006/05/30 21:48

>用さん

まあ叩かれるのは仕方が無いと思うのですが、
要するに、周りにどういう人がいてどうゆう分野を見てるかの主観部分ですから。

イタリアとイギリスで85過ぎてから精力的に論文だし始めて、今92ぐらいでアブラがまだ乗ってきてる大先生とか居ますからね。オランダにも居たな。
一方で、58ぐらいでボケ始めてる人も居ます。

東アジアは随分、儒教文化の影響で年をとってくると
それなりに落ち着かないとみっともないというのがある。日本は特に均一性と密度の高い儒教文化で年に関するガイドラインが神経症的になってるんですよ。

蓄積や知識があった方が有利な分野というのはあるわけです。

例をあげると、
ポルトガルの映画監督のマノエル・デ・オリヴェイラとかもサイレントの時からやってて98歳でまだ現役でしょう。

日本画の世界とかも60だと若い方じゃないかな。

40代は2000年前のアリストテレスでさえ、アクメーといって人生の最盛期として定義してました。

一方で、トランペットなどは年を取ると口が閉まらなくなってくるんですね。ハリー・エディソンとかロイ・エルドリッジはそうでした。
しかし、アルトのベニー・カーターとかは1907年生まれでまだ現役かな?

もう1人、ヴァイオリン・ジャズのステファン・グラッペリは97年に89歳でなくなりましたが、1920年代の
20代のジャンゴとやってたろの演奏より1980年代、1990年代の60歳以降の演奏の方がずっと良い。

落語の噺家も年取って味の出る人が多い。

絵、学問分野、音楽、伝統芸能などの一部は年取った方が良くなる場合も多いですよ。

人、分野、スタイル、表現手段によるかと。

年をとって先細って行く種類の才能もあれば、
年をとって技術により安定して自由になっていく種類の才能もある。

一般原則に対して例外をあげつらうとかそういう問題ではなくてネ。

>わわわさん

>もとからなかったのが露呈する
これはある気がしますね。
自分に無くて誤魔化してたものが、
年取るとだんだん誤魔化すのがきつくなって来る・・
素の自分に戻って来てしまうというか。
テンションが保てなくなる。

投稿: ぼぼ | 2006/05/30 22:14

巨匠ってだれなんだぁ~!気になってしかたがねぇよぉ~!!フェリーニかぁ~ヒッチコックかぁ~どっちも考えられねぇ~!!やっぱり、どですかでんな人ですかかぁ~!!

投稿: ぷーすけ | 2006/05/30 22:35

ショウヘイ・イマムラだそうです


…すいません

投稿: Aa | 2006/05/30 22:44

ぽぽさんには話が通じないなあ。歳をとって味がでるっつったって、大部分の表現者はそうなる前に才能が枯れて廃業するわけでしょ。

投稿: 通りすがり | 2006/05/30 23:02

>>ぽぽさん

>年をとると体力は落ちるが、
>才能が枯渇するのは関係ない。

と言ってたのが、

>年をとって先細って行く種類の才能もあれば、
年をとって技術により安定して自由になっていく種類の才能もある。

これでは論旨が別になってるんじゃないですか?こういう後出しのすり替えをしていたら、叩かれてもしょうがないと思う。

投稿: jwtoshi | 2006/05/30 23:08

どんどこ話が老いと戦うことにズレつつあるのですが。

肝心の検証ってされてるんスか?スーギ氏にはちゃんとサイトがあり(http://www.albertosughi.com/)ほとんどの作品の製作年と展覧会などの情報がだれても見られるのに対して、一方の当事者についてはネット上のデータがとっても限られている。既に一方的なパクリ事件扱いなんだが、情報戦としてもそもそも圧倒的にレベルが違うんではないか。

オリジナリティを主張する作法がこなれてるなーと思う。本人が全部やってるというより、ちゃんとエージェントが機能しているんだろうなー。

投稿: わわわ | 2006/05/30 23:31

スギ作A太郎先生のほうが空気感がありますネ!

投稿: 赤犬 | 2006/05/30 23:39

俺はゴダール先生かな、って…ああ、まだ生きてるや。すんまそ。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/05/30 23:44

下記アドレスのページの下の方にJack Smithの諸作品ありますよ

http://www.ubu.com/film/index.html

投稿: jugaku | 2006/05/30 23:50

>ぶーすけさん
上で言ってる人も居ますけど恐らくウォーホールかと。
ドラキュラかなんかのホラーじゃないかな。
著名な映画監督というとピンと来ませんが著名な映像作家と言われるとそうかなと。

>通りすがりさん
自由業ならね。しかし、芸大や美大の教授とか定職持ってる連中も多いですし。
後、年をとってから始める人も居るわけです。
まあ、才能の枯渇って才能が湧き出るようにあった人に使う言葉ですからね。
若いうちの自然淘汰は才能がはじめあって枯渇したのか無かったのか微妙ですね。
才能あったのに自分であきらめてやめていく人も多いですし。

>jwtoshiさん
んー、
年をとれば必ず才能が枯渇するということは、一般論としては、あてはまらないという主張ですから
別にその部分で矛盾はないし論旨のすり替えもありませんよ。
気をつけて読めば分かることなので、説明しませんが。

閑話休題、
パクラれた人の声明が夕方に出ましたね。
http://www.albertosughi.com/f_archive_testi_online/2006_may_29.htm

投稿: ぼぼ | 2006/05/30 23:54

話題の「巨匠」を読み解くキーワードはソンダクでしょうか。和田氏はこれから栄光からの転落、甘くない生活が待っているんだろうなあ。

投稿: 瑠璃子 | 2006/05/30 23:57

>年をとれば必ず才能が枯渇するということは、一般論としては、あてはまらないという主張ですから

んん? ぼぼさんは前にこう言っておられた。

>年をとると体力は落ちるが、才能が枯渇するのは関係ない。

これって、言い換えれば「年を取れば必ず才能は枯渇するということは、絶対に(一般論としては、でなく)あてはまらないという主張」でしょ? やはりjwtoshiさんの指摘通り、論旨の変更があるのでは?

投稿: ゴン | 2006/05/31 00:21

そもそも「才能」というのが何を指すかによって捉え方が違ってくるように思います。
「今までになかった新しいものを作り出す能力」とでも定義すれば、加齢によってそれが枯渇してゆくというのは、例外はあるにせよ、一般論としては正しいかなと。
まあ、たけくまさんがおっしゃる「才能」はこれとは違うのかもしれませんが
一方、ぼぼさんのおっしゃるように、加齢によって洗練される「才能」があることも確かですが、この「才能」は「芸」とほぼ同義のような気がします。「才能」と呼ぶか「芸」と呼ぶかはお好みですが。

投稿: Wu | 2006/05/31 00:29

定義の話になると
せっかくのディスカッションもつまらなくなってしまいます
加齢と才能の因果関係論については
このあたりでお開きにしたほうが良いかと。

投稿: Aa | 2006/05/31 00:53

まあ言い古されて、もううんざりだろうけれど、
コピーの国の日本人らしい恥っさらしな事件でありますな。
日本人として恥ずかしいっす。

投稿: J.P.フィールド | 2006/05/31 01:16

和田さんは66だし、大学も定年に近いんで
名誉は損なわれるがそれなりに生きていけるだろうなあ。13日にもう謝りに言ってるんですよね。

>jugakuさん
さりげなく良いリンクをありがとう御座います。

>ゴンさん
ああ、長くなるんでチラシ裏で説明したく
無かったんですがorz

>年をとると体力は落ちるが、才能が枯渇するのは関係ない。

のすぐ後の補足説明の

>若くして枯渇する人も居るし、
>年をとってからの作品の方がいい人も居る。

>年をとって先細って行く種類の才能もあれば、
>年をとって技術により安定して自由になっていく種類の才能もある。

はほぼ同趣旨の言い換えなのですよ。

若者でも年寄りでも同様に年をとるでしょう?

>若者で絶対年齢が若いのに年をとるごとに先細って行く種類の才能もあれば、
>老人で絶対年齢で年をとっているのに年をとるごとに技術により安定して自由になっていく種類の才能もある。

ゆえに、
年を取れば必ず才能は枯渇するということは、絶対年齢においても、相対的経年性においても、一般論としては、あてはまらない
とつながるわけです。

絶対年齢の話と相対的経年性の二つが
「年をとる」って一つの表現に被ってるから
混乱するんですね。

>Wuさん
そう「芸」に近いですね。
才能としての「芸」が成立していれば目新しさは特に要求されない分野というのはあるわけです。

一方で才能として「目新しさ」が常に要求される
という分野もあるわけです。

それは使い捨てで消費される部分なんですよ。

デザイン事務所とかで「若い感性」を取り込むために
若い子をとっては5年程で辞めさせて使い捨てにする
というのは良くやってますね。

しかし、使い捨てにしなくても、それは教育や本人の努力で
新しい感性や才能には出来るんですよ。
犠牲というかコストはかかりますが。

私は「芸」の方をむいてることが多いんで、
あんまり年取れば即、才能が枯渇するって実感がないんですね。

たけくまさんにそう言われると寂しい気がしましたね。世知辛い部分も良く分かるのですが。

投稿: ぼぼ | 2006/05/31 01:20

↑ぼぼ(さん)流「才能共同幻想論」ですかw

それにしても、
いくらなんでもここまで模写するのは一つのミステリーですね。
まさに、和田・コード。

たけくまさんのインタビューを待っています(妄想

投稿: 情苦 | 2006/05/31 01:40

>情苦さん
岸田秀さんはよくわかりませんが、
どちらかというと風姿花伝ですよ。

芸の才能に関して、時分の華と、まことの華
を少し思い出してしまいました。

投稿: ぼぼ | 2006/05/31 02:01

私は他人の例じゃなく自分自身の経験の実感を
聞いてみたんだけど。

他人の例の情報を集めてもそれは経験とはいえないよ。

投稿: 用 | 2006/05/31 02:01

↑はぼぼさんにね。

投稿: 用 | 2006/05/31 02:56

立体視俺も出来ました。これを狙っていたのかとすら思えるくらいきちんと出来ます。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/05/31 04:51

プロジェクターを使って写したんじゃないか?

「増殖する表象」とか銘打ってコンセプチュアルアートにするといい。

投稿: あんとに庵 | 2006/05/31 07:01

2ちゃんねるのどっかのスレで、「自由に彩色するほうが楽なのに、色まで似せるのはなぜ?」とあった。
「模写こそアイデンティティ」だったのか、「アートって良くわかんないから色も同じにしとけば無難だろう」だったのか。
後者だろうな。

投稿: 通りすがり | 2006/05/31 07:35

杉氏の絵もどっかでみたことあるような気が
するなあ。

投稿: ゼロ | 2006/05/31 08:08

立体視できないー。くやしいー。

投稿: にしかわ | 2006/05/31 08:38

みなさんの高尚なやり取りの中で場違いかもしれないのですがやはり才能は枯渇すると思います。
どんなにがんばっても人間は年には勝てない。
頭で思いついたことを表現し作品にしてくれるのは体というツールです。頭がどんなに回転しても
腕や腰、目、体力いったものが衰えては作品の質
量ともども衰えます。頭自身だって若いころよりは回転や反応、情報収集能力が衰えるものです。
その肉体的な衰えを経験などで培ったテクニックで
ある程度カバーしていくことは可能だとは思いますが

漫画でもなんでも作者が若いがゆえに描けた名作があります。その逆で熟したゆえに描けた名作もありますが大抵若いころのほうが面白いものがほとんどな気がします。(気がするじゃだめなんだろうけど)
竹熊さんもおっっしゃっていましたが
大器晩成、晩年のほうが面白いという方は
例外とされる少数派だとおもいます

投稿: | 2006/05/31 10:40

>「自由に彩色するほうが楽なのに、色まで似せるのは何故?」

なんか不思議な疑問だな。

自由に彩色するのが苦痛だから完コピするんでしょ。

投稿: apg | 2006/05/31 11:34

ぼぼ大人気

投稿: | 2006/05/31 12:21

昼のTVでこの二人の絵の比較をやってましたけど、精細に見ると和田氏も独自のタッチを入れようとしている部分はありますね。
比率としては激しく貧しいけど・・・
自力で足りない分を他から借りてくるってのは、もう仕方がない事なんだけど、これだけやっちゃったら世間には受け入れられませんわな。

投稿: 波酒 | 2006/05/31 13:19

こんなモロバレでも裁判とかになるのかな。

こんなんこそ陪審員制の裁判でやって
素人のおばちゃん10人に「パクリやん」の一言で裁いて欲しい。

投稿: やま | 2006/05/31 13:35

30枚くらい似た絵があるらしいので完コピから構図だけ、一部だけ、などいろいろあるんじゃ無いでしょうか。
で、一部よりも完コピに近い方が評価が高かったりして徐々にオリジナル部分が小さくなっていったんじゃないかと想像します。
プロセスとしては徐々に麻痺していく感じ。

完全に頭がおかしい訳では無いでしょうから初めから完コピするつもりではなかったのだと思う。
逆にそのつもりならもう少しバレ無いように気を使う筈。
この方が若い頃にはそれなりに才気ある人で、老いてからその衰えを補う形でコピーに手を染めたのか、それとも今までの全ての作品が何らかの形でコピーだった、つまり模倣から学ぶ修行時代を一度も抜け出たことがなかったのか、どっちなんでしょうね?

投稿: 骨男 | 2006/05/31 15:11

↑確かに。

例の巨匠だって、バレない工夫をしてるってのに
この人投げっぱなしですからね。

麻痺してたんでしょうね。

才能の衰えより、そこんとこに気付かない
脳の衰えを心配してしまいます。

万引きがクセになる心理と同じかも知れませんね。
まさに「盗み」ですよ。

投稿: apg | 2006/05/31 15:51

>才能は枯渇する。これはもう、人間は歳をとるからどうしようもない。
>一般的に、老いと才能の衰えは関係があります。

枯渇=「つき果てて、なくなること。」

若かろうが、年寄りだろうが、早々にネタがつきる人もいれば、
なかなかネタがつきない人もいる
=>これが「才能」「枯渇」の話

ネタはまだある(才能はまだ枯渇していない)が、老いにより、
それを表現する能力(視力、手の振るえ、根気等)が低下する。
=>これが「老い」「衰え」の話

両者がごっちゃになってます。

投稿: dreamcast | 2006/05/31 17:07

架空の映画監督「アラン・スミシー(Alan Smithee)」と違うの!?
 

投稿: The Alias Men | 2006/06/01 00:05

もう何つうか、とにかく有名人に突っ込みを入れてみたいっていう、それで自分の存在を確認したいっていう下世話な心理。人間らしくていいですねえ。


投稿: | 2006/06/01 00:47

永野護は「どんな人間も40を超えたら話を作る事が出来なくなる」
という持論に基づいて、ストーリーを全部決めてからファイブスター物語を描き始めたって言ってましたね。
例外は手塚治虫だけだとか。

投稿: Yz | 2006/06/01 02:07

ファミ通のアレ(仮)も桜玉吉の盗作

投稿: まんこ | 2006/06/01 02:25

いや、むしろうまく盗んで欲しかった…>しあわせのかたち

チャールズシュルツ翁はいかがですか?枯渇しましたかね…?

年齢なりに併せた表現があると思います。詰まった時女に逃げるのがデッドエンド。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/06/01 09:23

ロバート・クラムは年取ってイマジネーションが枯渇しましたけど、
その後もそれはそれで面白いマンガを描きましたけどね。

投稿: apg | 2006/06/01 09:33

クラシックの指揮者なんかは60才までは若僧で通りますな。50代で死んだら「夭折」だし。

投稿: | 2006/06/01 10:46

「ひらめき」の分野と「円熟」の分野があるということじゃないですか。
指揮者でも画家でも漫画家でもひらめきも円熟も重要だとは思いますけど、どちらがより優先されるかってのはジャンルによって違うんでしょう。
ちなみに数学や物理分野でも、研究者はやはり30過ぎたら衰えるらしいですね。

投稿: 電池 | 2006/06/01 11:12

シュレーディンガー方程式は
彼が37か8のときの発想だそうですよ。

投稿: Aa | 2006/06/01 11:15

俺の方が上手く描ける!って思ったのかな。
マンガのネタじゃあ あるまいし。

投稿: ナギ | 2006/06/01 11:40

例外の話ではなく、一般的な話ですよって
たけくまさんがちゃんと説明しているのに
例外のサンプル出しされても…

投稿: な | 2006/06/01 12:21

Aaさんやぼぼさんの「空気の読めなさ加減」はある意味才能だと言えるし、
それは決して衰えるもせず枯れもせず今後も発揮され続ける事でありましょう。
それこそ墓場まで。

投稿: 卒業生 | 2006/06/01 13:09

↑こういうコメントが一番いらない。

投稿: apg | 2006/06/01 13:13

>apg様
いらなさ加減ではあなたには及びませんよ。

投稿: Taichi | 2006/06/01 13:18

一般論に例外で反論してもそれが一般論であること自体を否定できないのは確かですが、例外の中にこそそれが一般論である理由が隠されていることが多いのも事実です。

誰が空気が読めないとか、どっちが正しいかなんてどーでもいい事よりももっと面白い話しましょうよ。

投稿: 骨男 | 2006/06/01 13:22

>骨男様
不快な書き込みにてお目汚し失礼しました。
以後ROMに戻ります。

投稿: | 2006/06/01 13:31

>骨男様
不快な書き込みにてお目汚し失礼しました。
以後ROMに戻ります。

投稿: 卒業生 | 2006/06/01 13:33

↑骨男さんは教祖かなんかですか?

最近知りましたが2ちゃんでココのコメントについて
ごにょごにょしているらしいですね。

あれはあれで面白いんですが、
必要なコメント必要ないコメントってのは
結局たけくま先生をはじめ、誰かがその話題に乗っかれば必要だし、
乗らなければ必要なしってことであって、
コメントそれ自体は平等に「必要ない」んですよ。
裏を返せば全てのコメントが「必要」であるとも言える。

かつてはぼくも荒らしまがいなことをして、
たけくま先生にご迷惑をおかけしたかも
知れませんが、アクセス拒否されるわけでもなく
容認して下さっているようですし、
コメント欄は放任するのが主義のようですから。

というかそもそも、コメント欄が皆かしこまって、
言葉を選んだような発言ばかりだったら
そんなブログ不気味でしょう。

だから思いつきで別に構わないんじゃないですか?

中でもそういう自由な発言がしづらくなるようなコメントが
最も必要ないと思う、というのがぼくの意見です。

そういうのは2ちゃんの中だけでやってください。

投稿: apg | 2006/06/01 14:00

才能という概念が、そもそも曖昧なんじゃないですかね。

模写した盗作者の方が何らかの感覚において圧倒的に優れていればまだしも、劣化コピーであったのならば全くもって救いようがないですよね。という感じ方が普遍的なバランスだと思うんですよ。

涸渇云々でなく、才能と或る存在の生存の関係には経験のフィルターによるエフェクトが関係していて、その動力には情熱が燃料となることが多いようであるから老いと涸渇が近く感じられるのであり、関係性がないわけではないが、あると言い切ることにも無理がないでもないのではないかと。通りすがりながら思いました。

投稿: | 2006/06/01 14:28

マンガ家やミュージシャンでも、最初はヒットを出してもその後が続かず、
「若くして」消え去るケースは、多々見られますね。

長くヒットを出し続けられるケースこそ、例外的ですから、
一般的には「才能の枯渇は老いと無関係」と言えます。
(若かろうが、老いていようが、使えば尽きるのが一般的)

問題は、才能が枯渇していないのに、技術が低下した場合ですね。
これは一般的に老いに関係あると思いますが、
パクリでは解決できない部分も多いと思われます。

投稿: dreamcast | 2006/06/01 15:39

作り手のモラルが問われる昨今
同じく消費者側のモラルも問いたいものだ。

投稿: | 2006/06/01 15:39

>apgさん
なぜか僕の名前が先頭に出ているので反応してしまいますが、そう考えているのなら
>↑こういうコメントが一番いらない。
はそれこそ2ちゃんでやるべきではないですか?

もちろん個々のコメントの要/不要が我々参加者に決められないことには同意します。ましてや特定の個人の参加の可否なんて決められるはずも無い。
(ですので、卒業生さん、僕の目を汚すことなんてどうでもいいですから発言なさればいいと思いますよ。)
ですが、コメントに対して面白い面白く無いを言うのはOKなんじゃないですか?
これは僕の主観ですが、僕はこのエントリの主題である「盗作」とか「才能」に関係した話題の方が「誰がどーした」とかの話題よりも面白いと思うわけです。
で、その主観に基づいて「もう少し面白い話をしましょうよ」と提案しました。
もちろん僕の勝手な希望です。
ですから、「誰がどーした」の方が面白いと思う人は僕のコメントなんか無視してそういう話を続ければ良いわけです。
でも、たけくまメモの趣旨からして我々参加者はエントリの主題に関連した話を面白いとするべきではないかと正直思っています。
ですので、個人的には(「誰がどーした」とかの)発言がしにくくなるような話は2ちゃんでやってくれというのは僕もそう思います。
だからこそapgさんの「こういう発言が…」は2ちゃんでやるべき発言だと思いました。
でも、繰り返しになりますがそれは僕やapgさんが言うことではないと思います。
で、、、apgさんと僕、かなりの部分同じこと言っていますね。

で、このままでは僕もミイラ取りがミイラになってしまうので本題に関連した話も少々。

才能ですが、ひらめきを才能と呼ぶならば確かに歳とともにひらめきは減ってくるようにおもいます。
ただ、その理由は老いでひらめきの能力が低下したからではなく、経験を重ねることによる無意識の選別が新しいひらめきを抑制してしまうからではないかと思っています。

もうひとつ。今回の絵ですが、そもそもそれがコピーかどうかは別としてそんなにいい絵なんでしょうか?
もっと言うと、じゃあこのコピー元の絵は問題になっているなんとか賞に値するのでしょうか?
そもそも、このなんとか賞ってどうなのよ?
と思いました。(別問題ですけど。)

また長文失礼しました。

投稿: 骨男 | 2006/06/01 15:58

連投ごめんなさい。

>ですので、個人的には(「誰がどーした」とかの)発言がしにくくなるような話は2ちゃんでやってくれというのは僕もそう思います。

これだと全く逆の意味に取れますね。
以下のように訂正させてください。

ですので、個人的には他の人が発言がしにくくなるような「誰がどーした」とかの話は2ちゃんでやってくれというのは僕もそう思います。

投稿: 骨男 | 2006/06/01 16:03

>骨男さん

いや、あれは特に骨男さんに向けた発言では
ないのでお気になさらず。

ぼくを眼の敵にしている2ちゃんねらーに
言ったまでです。

こういうとき何か言うことで
ミイラ取りがミイラになってしまうというのは間違いないですね。

ぼくも必要も不必要もないとか言っておきながら
「そういうコメントはいらない」とか言ってるし(笑)
矛盾してますね。

投稿: apg | 2006/06/01 17:36

国画会の人と電話で話してたら、粉をかけたら
あれ、うちの内部告発ですよって教えてくれた。
盗作疑惑は昔からあったみたいです。

文部省の文科大臣賞とってから会で
権力の進展が著しかったんでやられたみたい。
生きるの上手な人みたいですね。
まあ、真っ黒なんですが。
民間の賞だと中身よく分からないから誤魔化せるけど
今回お役所だから。

少なくとも国画会では除名は確実で、
生きていくの難しくなってきたみたいね。

でもスギの絵もそんなにいいとは思えないなあ。
スギの絵が30号100万ぐらいで、和田の絵が30号20万ぐらいの感じらしい。

投稿: ぼぼ | 2006/06/01 22:54

竹熊氏の言うところの「枯渇する種類の才能」というのは
創作にかかわる部分でしょうな。
芸事、職人の技のような事とは関係ないですね。
また、「天才」も関係ないですね。
それがここでの「一般的」な意味です。

「才能」という言葉の本来の意味についてこだわり、
色々な例をあげ定義づけをされて
本文の趣旨から離れていくのはなんともはや。

ツッコミどころはこっちでしょう。

>これはもう、人間は歳をとるからどうしようもない。どんな才気走った人でも、いつかはその時が来るわけですよ。そういうときに、どういう態度をとることができるかで、その作家の人間が問われるのではないかと思うわけです。いやまったく、他人事ではありませんね。

投稿: アラカツマ | 2006/06/01 23:01

>ぼぼさん
結局経験によって年々才能がましていると実感している自分の体験談はスルーですか?

投稿: | 2006/06/02 02:38

俺は36歳でイラストのスキルに劇的進化がありました。

それは不思議なきっかけなのですが、石原さやかちゃんという妹キャラの俺好みのボディをしたAV女優さんのエロDVDレンタルを、「さやかちゃんにとって幸せなのは 借りること 借りないこと どっちか」を悩んで借りなかった次の日に起きました。

偶然と人は言うかも知れませんが俺はそう思ってません。そして、さやかちゃんの名前も忘れないでしょう。

AVを借りるペースはほぼ0になりました、色々あって異常性欲が解消されつつあるので。それは描き味にも如実に反映されます。俺はかわいい系メインですから。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/06/02 06:06

ディズニーの アトランティス

某アニメの 不思議の海のナディアみたいな物ですか?

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/9219/atlantis.htm

投稿: | 2006/06/02 09:28

アトランティスとナディアは、こうやって要素を並べるとモロパクですが、実際に見比べてみるとそんなに(今回の話ほどは)似てないっす。
元ネタにしたのは間違いないでしょうがね。

投稿: | 2006/06/02 13:54

>用さん
すでに書いたことに経験は交えてあるし。
私の話は出来るけどチラシ裏だからねえ。
あなたの相手しても面白い話に発展しないし荒れるだけだけだと判断しただけです。
誠意は見せたし、相手しなきゃ良かったと思わせるのは、レスや煽りの腕不足。
('A`) だるー


>アラカツマさん

んー、その部分ね。
たけくまさんのパクリに関する擁護論や処世論は、結局、理屈じゃなくて、
「オリジナルなど存在し得ない」
「年をとれば全ての才能は枯渇する」
だとか悲鳴にも似たネタ切れに対する絶望の経験からくる寂寞とした実感が基礎にあるのよ。

これは、他人に対する優しさとも取れるし、裏返せば、クリエーターとしての甘えとも取れる。

まあ侘しいもんだわ。

J.Smithとか出しても、心を打って反応したくなるのはそういう本音の部分だったりする。

ちと寂しすぎるというのが私見。

投稿: ぼぼ | 2006/06/02 18:00

>これは、他人に対する優しさとも取れるし、裏返せば、クリエーターとしての甘えとも取れる。

甘えと取れますかね? 逆じゃないかな。

私は、竹熊さんの一連の姿勢からは、そういった言い訳がましいものじゃなくて、「それでも、俺らはモノを作っていくんだよ」といった「覚悟」というふうに取れました。

投稿: | 2006/06/02 19:17

>>ぼぼ さん

 たしかに、たけくまさんの文章からはそういう部分が感じられる時もありますね(笑)
 でも、ボクはたけくまさんと付き合いがないので、彼の本当の人間なんてわかりません。まあ、誰でもその人自身のことはその人にしかわかりませんが。
 例えば、以前の記事やOFF会の時に何気なく一言「なんで自殺するのかわかんねーなぁ、借金しても死にやしないのに」とホリエモンみたいなことを言っていて、あ、この人シビアだなぁ と思ったかと思えば、永田議員のメール問題ごときでヒドク失望したりしている。ボクが今まで出会ってきたポジティブ人間には、スーパーフリーとか世界情勢なんてどうでもいい、てゆーかオレがスゴイ。とか考えてるヤツばっかりだったのでOrz多方面に敏感になっているたけくまさんの発言は意外でいつも新鮮ですよ。個性的な「たけくまの目」みたいなものを持っていると思うので、今回の「やさしさ」と「甘え」の構図も、自分とはぜんぜんかけ離れた突飛な思想から来ていると解釈しています。
だから

>>「覚悟」というふうに取れました。

というのも、すごい納得できます。
長文失礼

投稿: 情苦 | 2006/06/02 20:40

>あなたの相手しても面白い話に発展しないし荒れるだけだけだと判断しただけです

典型的な逃げ口上ですね。

他人の具体例はあってもぼぼさんのは無かったですけどね。
私はただ単にぼぼさんの具体例を聞いてみたかっただけなんですけど

荒らしてしまってからいうのもアレですが
たしかにこれ以上やっても仕方ないですね。
ぼぼさんの言うとおり荒れるのでもうやめます。

たけくまさんコメント欄荒らしてすいません。

投稿: 用 | 2006/06/02 20:58

今回のブログによるお題は、井上のパクリは合法だが、末次のパクリは違法じゃないかね?

話題がズレまくりな希ガス。
言葉尻あげつらう事に必死になるなよ。

投稿: | 2006/06/05 00:37

私は、個人的に少年ガ●●●系は7割が同じ顔、
萌え絵も7割が同じものに見えます。

けど、これは『パクリ』『盗作』じゃなくて、
『そうじゃなきゃいけない』というその世界界隈の空気の表れが感じとれます。

価値観は、「時代」と「場」によって違うもの?

そういえば、チャップリンの映画で
『町で人を殺せば殺人者、戦場で百万人殺せば英雄』というセリフが記憶にあるのですが…。

投稿: 羊崎文移 | 2006/06/05 12:46

たけくま氏自身がやっている事も褒められた
ものじゃない、と思います。

ブログを華やかにする為か、著作権違反の画像をアップする人がやたら多い昨今

「みんながやってるのに何で俺だけに言うの?」

という子供のような言い訳はしないでほしいものです。

投稿: Kata | 2006/09/09 03:51

http://sinseihikikomori.bblog.jp/entry/323990/
を読んでここに来ました。

今日サルまんを買いに行こうと思ってましたが事の詳細が明らかになるまでは保留します。

投稿: サルまん買わない | 2006/09/09 11:52

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