フリーにとって原稿料とは何か(1)
http://www.actiblog.com/ugaya/7007
↑烏賀陽(うがや)弘道の音楽コラム 「みなさん、さようなら。ブログ連載から降ります」
元朝日新聞記者で、現在フリーライターの烏賀陽弘道さんが、原稿料のことで商用サイト編集部ともめて、連載を降板する際に最終回で事情を全部ぶちまけて怒っている、というのがネット内で話題になってますね。俺も一応同業者なので、無関心ではいられません。ちょっとこの件に関してコメントしたいと思います。
詳しくは上のページを読めばわかりますが、要約するなら
「AFPBB(原稿発注側)の依頼でネット連載を引き受けたが、原稿料が異常に安すぎる。これでは原稿にかける労力(取材・データ検証・執筆)にとても見合わないので、降ろさせてもらう」
ということのようです。
では、なぜそんな安い仕事を引き受けたのか、という当然予想される疑問に対して、烏賀陽さんは次のように答えてます。
《それじゃ何でそんな仕事を引き受けたんだ? はい、いいご質問ですね。AFPBBの影響力というものを見てみたかったからです。
大手出版社を含め、活字メディア業界はいま、ヨレヨレであります。やれ雑誌が廃刊したの出版社がつぶれたのと、クラい話題しかない。そんななか、ぼくが希望を失わずライターを続けているのは「ライティングという作業だけは、絶対に機械化できない」ということを信じているからです。つまり、メディアが活字だろうとインターネットだろうと、そこに活字への需要がある限り、ライターへの需要も失われることはない。特に最近のインターネットメディアの隆盛は、ぼくにとっては希望の星でした。》(烏賀陽弘道の音楽コラム・最終回)
というわけで、AFPBBの「影響力」に失望したのか、烏賀陽さんは降板する決意を固めたということみたいです。
《AFPBBといえば、フランス国営通信社であるAFPと、日本のIT産業の覇者・ソフトバンクがタッグを組んだ、言うなれば日本のインターネットニュースメディアのフラッグシップになりうる存在なのです。
ぼくがもっとも恐れるシナリオは、この驚愕の低価格原稿料がインターネットニュースメディアにおけるデファクト・スタンダードとして定着してしまうことであります。》(同)
ではその原稿料はいかほどのものであったかといえば、最初にアップされた際の文章ではバッチリ書かれていたそうなのですが、編集部からのクレームにより現在金額はぼかされてます。でもまあ、
400字1000円以下
であったことは間違いないらしい。たしかにこれは安いです。学術系雑誌や、純文学系雑誌などだとこのくらいの原稿料は聞きますけど(それどころかタダなんてことも珍しくない)、烏賀陽さんのおっしゃる通り、他に本業のある学者や、安くても枚数が多い小説誌とは違って、たかだか数枚の原稿を書くのにいちいち取材や資料を使うコラム系ライターの稿料としては、「価格破壊」であることには間違いないでしょう。
烏賀陽さんも書いてますが、こういうコラムでの業界標準は400字5000円くらいが相場になっている「ようです」。とはいえ、今書いたようにピンキリでして、限りなくタダに近い稿料から、上は司馬遼太郎の400字50000円なんてのまであります。司馬さんはもちろん特別のレアケースなんですが。でも、出版ではなく広告関係の仕事なら、もっと高いケースも聞きますけどね。俺が過去に貰ったもっとも高い原稿料は、やはり広告の仕事でした(『サルまん』絡みで本物の広告マンガを描いたんですが、俺が貰った「原作料」がなんとページ10万。9ページあったので90万! いずれ別エントリで触れたいと思いますが、あの金額には驚いたなあ。バブルが弾ける直前の仕事でした)。
ところで、どうもコメント欄を読むと、烏賀陽さんは最初にAFPBBと連載にあたっての契約書を交わしていたらしい。実はこっちのほうが俺には驚きだったりして。日本の出版社は基本的に口約束の世界で、紙媒体・ネット媒体を問わず、記事の掲載や連載にあたって「契約書を交わす」なんて聞いたことがないからです(単行本は別です)。まあ、元『アエラ』の編集者でもあった鳥賀陽さんは、よくご存じでしょうけど。これはAFPBBが外資系(?)のメディアだからでしょうか。まあ、このこと自体はいいことなんですが。
《契約書を取り交わすとき、「安すぎる。原稿料の価格破壊だ」とユニクロ出身のM編集長に猛抗議したのですが、ひとつには、AFPBBの影響力が強く、こちらの宣伝のためになるなら安くてもやってみようという計算がありました。
でも残念ながら今の頃それほどの影響力はないみたいです。悲しいことに。》(同・コメント欄より烏賀陽氏発言、原文ママ)
ここに俺はちょっとひっかかりを覚えます。だって、あらかじめ原稿料の額を知っていたのなら、後になって「怒る」のはおかしな話じゃないですか。そもそも安いを承知で受けたんじゃないのか、と編集側もとまどうでしょう。
もちろん安いのは承知のうえで、それでも原稿を引き受けることはありうる話です。かつての『ガロ』では原稿料が出ませんでしたが、それでも「描きたい」という作家がいて、彼らの善意と熱意に支えられてあの雑誌は存続していました。ある時期までの『ガロ』は、作家に「タダでも描きたい」と思わせる、特別なステイタスがある雑誌だったわけです。
安くとも、別のメリットがあるから仕事を引き受けるなんてことは、俺もよくやりますよ。たとえば「クイック・ジャパン」の初期には俺、ほとんどタダで仕事してましたし。タダでも自分にとって価値があると思える仕事だったからで、数年後に少額の原稿料が支払われるようになりましたが、「え? 払ってくれるの?」という驚きこそあれ、別に今でも不満はありません。
ですから、烏賀陽さんには同情しつつも、少し酷な言い方になるかもしれないですが、AFPBBに対して何か「過剰な期待」をしていらっしゃったのではないかと思うわけです。そしてそれが裏切られたからといって、今度は「原稿料の安さ」を怒りの燃料に使うのは、ちょっと筋が違う話ではないのかな、と思ってしまうんですよ。
でもまあ、フリーライターがこういった「組織の内情」を、当の組織が運営しているメディアで暴露するのは、相当な決意が要ったでしょうし、その覚悟には敬意を表するにやぶさかではありませんが。
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コメント
ライターと原稿料、という本題からズレた話になりますが
烏賀陽さんは、昔からこんな感じ。
AERA時代から、首をかしげる記事や発言がちらほらと。
それが「彼なりの正しさ」なのだろうけれど、
正直、独りよがり風味が効いていて、ちと受け入れがたい。
この件も、彼の内部では「あまりの扱いに抗議の意味も込めて
あえて降板」という形で処理されているのでしょうけれど、あらかじめ
契約をかわしておいてそれを言うのはかなりズレていますし、ことこの
件に限って言うなら「彼はそういうズレた人である」としか。
正直、烏賀陽氏は(その身の振り方も含めて)"特殊"な方で、
ライター全体を語るサンプルとしては相応しくないかと。
「問題提起のマクラ」にはなるでしょうけれど。
投稿: ささみJAPAN | 2006/06/13 01:18
この烏賀陽という方がどういう経歴の持ち主なのかは知りません。
その上で問題のサヨナラ宣言を拝読いたしましたが
う~んどうなんだろう。
降りた理由については実は何も触れられていないことに気がつきました。
原稿料がどうのこうのというのは理由ではなくて
何かもっと別のことで編集部側と衝突したように感じます。
契約しておいて降りるなんて甘い!という理屈はもっともですが
むしろ、契約を破棄したくなるほど腹立たしいことが起きた、ということではないでしょうか。
それが何なのかが分からないとなると、氏の行為が良いか悪いかについては
外野からは詮索以上のことはできないと思います。
投稿: Aa | 2006/06/13 03:29
コメント欄に本人が書いていましたが、降りたわけではなく契約を更新しなかっただけですね。
内容については安いのが判ってて受けといて、見込んでいた他の付随利点が自分の見込み違いだったってだけで原稿料云々っていうなら最初から受けるべきでないって至極当然の結論しか出ない話ですね。
投稿: ん~と | 2006/06/13 08:35
>自分の見込み違いだったってだけで原稿料云々っていうなら最初から受けるべきでないって
あのー受けてみないと見込みどおりにいくのかどうかは
誰にも分からないと思うのですが、どうでしょう
最後っ屁なにおいもしますが
それは大塚某さんや竹熊氏も某所でやってらしたことでしたよね
投稿: Aa | 2006/06/13 09:04
自分の見込みが的中するか否かは、受けてみなければわかりませんが、しかし、
その「見込みの当たりはずれ」の責任は本人以外にはありませんし、そのことで誰か
を責める(かのような表現を用いる)のは、ちょいと違うんじゃないかなあ、と思うのです。
相手が、何らかの「見込み」を期待させる誘導を行っていたならともかく、この件につい
ては報酬も含めて具体的な契約があったというのが本人の説明ですし。
安い稿料以外の「(契約にはない)おいしいおまけ」~単行本化・他の書籍の売上げ
増加・次回更新時の稿料UP~といったものを(一人で、勝手に)期待していたけれど、
実際にはそれほどの旨味は無かったので、期限切れでサヨナラというだけのことでしょうか。
それならそれで、「あえて現状に抗議の意味をこめて降板します」的な宣言をしてしまう
のも、やはり「ズレている」としか思えないなあ。単に「期待していたほどトクじゃないから
やめます」以上の意味はないのだから、そこから一般論にひろげるような話とも思えませ
んし(竹熊さんの記事じゃなくて、烏賀陽さんの元記事の話ね)。
投稿: Ddi | 2006/06/13 09:37
『オタク・イズ・デッド』~岡田斗司夫の悲哀~
http://initialgz.web.infoseek.co.jp/
投稿: | 2006/06/14 02:19