吐き気がするようなリアルさ
ここ一週間ほど続いていた多忙地獄も、4つばかし仕事を片付けたら、だんだんスッキリしてきました。そんなわけで、メシ食うついでに見てしまった「ユナイテッド93」。例の9・11同時多発テロの時に、唯一目標(ホワイトハウス)を逸れて地上に激突した飛行機がユナイテッド93で、それを管制塔と機内の様子に焦点を合わせて(ほぼ)リアルタイム進行で撮っているわけです。
いや、凄かった。いわゆる「ドキュドラマ」(ドキュメンタリーの手法で製作されるドラマ)で作られているというのは知ってたんですが、ここまで徹底しているとは。いままで見た中では『ありふれた事件』とか『ブレアウィッチ・プロジェクト』みたいなのを一瞬思い出した。でもあれらは「完全なフィクションを、さも本当の話のように」見せるためにドキュメンタリー風を装っているので、『ユナイテッド93』のように「本当の話を、本物そっくりに撮る」のとは違うんですけど。
「タイタニック」みたいに、いわゆる「実話に基づくドラマ」というのとも、これはちょっと違う。あれは、時代背景とか、タイタニックの設定や沈没の様子は事実に基づいているけれども、お話じたいは完全にツクリでしょう。
スピルバーグの「プライベート・ライアン」とか「シンドラーのリスト」もドキュメンタリータッチで描かれていてド迫力でしたが、そこにはやはりよくも悪くもスピルバーグのエンタメ的才能がほとばしり出ていて、なんというか、迫力がありすぎるわけです。そもそもトム・ハンクスが出てくる時点ですでにアレなわけで。
「ユナイテッド93」はそれとも違って、とにかくケレン味なく「リアル」なんですよ。それは例えば基本画面が手持ちカメラによる報道映像の手法で撮られているとか、へんなライティングを一切してない(暗い場所では役者の顔が真っ黒になる)とか、微妙に荒い画面ですとか、出演する管制官に半分くらい「本人」を使っているなんてのも、勿論あるんですけど。実話に基づいていて、誰でも知っている話だし、一切の手抜きが許されない題材だというのもわかる。それを考慮に入れても、この映画の「リアル」へのこだわりには驚くべきものがあります。
まあ、どんなによく出来ていても、これは映画であって、しょせんは「再現ドラマ」なわけです。その意味では、これは「リアル」そのものではなく、「リアリティ」を追求している映画にすぎないわけなんだけども。それもまあ、ここまでやればあっぱれというか。
この作品、現場に入るまで「シナリオ」がなかったそうで。ある意味「事実」がシナリオだということなんでしょう。台詞は、撮影現場で役者が状況のなかで自然に発する台詞にまかせたとか。もちろん撮り直しはあると思うけども。そういう演出が可能になるのも、徹底した事前リサーチと、完璧なセット、完璧な役者が揃ってのことでしょう。そういう入念な準備をしたうえで、あえて「即興風」に撮っているのも、この作品のいいところです。
というか、これって映像を志す人間が、一度はチャレンジしたい手法だと思うんですよ。現実そのままのセットを用意して、役者に現実そのままを演じさせるというのも、考えればえらい実験だよね。
それからこの映画、だいたい2時間ちょいの尺なんですが、ドラマは当日の朝5時半くらいに始まって、7時に飛行機が離陸してから10時に墜落するまでの、5時間くらいを描いているわけですね。それで、離陸から墜落までは、ほぼリアルタイム進行に近い構成になっている。
その昔、黒澤明がハリウッドに進出しようとして、『暴走機関車』という映画を企画しました。アメリカの大雪原を舞台に、機関車が脱獄囚にハイジャックされる 暴走した機関車に脱獄囚が乗り合わせる話なんだけど、ここで黒澤はいろんな実験を試みようとした。そのひとつに「完全リアルタイム進行」があったそうです。つまり「二時間の出来事を、そのまま二時間の作品として撮る」というもの。ドラマ『24』で有名になったあの手法ですね。
黒澤なりのサスペンス観とか、リアリティの出し方ということでやろうとしたんだけども、企画は頓挫したんですね。その20年後くらいに別の監督が撮りましたが、凡作に終わりました(その監督はリアルタイム進行の脚本を却下した)。
それから続いて黒澤は『トラ!トラ!トラ!』を撮ろうとします。プロデューサーが20世紀FOXのザナックですよ。『地上史上最大の作戦』の。ここで黒澤は、完璧なリアリティを出すために、当初予定していた三船敏郎などを全部降ろし、主要キャスト全員を素人俳優にやらせようとした。たとえば山本五十六は「高千穂交易」という輸入会社の社長さんがキャスティングされたんですが、これが演技経験ゼロの、まったくの素人。それでザナックとケンカになって監督を降りるわけです。
今度の『ユナイテッド93』を見ると、黒澤が昔やろうとしてかなわなかったことが実現されていて、俺にはその意味でも面白かった。リアルタイム進行とか、全員無名か素人の役者を使うとかですね。ハリウッドでノースターのこういう企画が通ることは滅多にないわけだけど、それだけ「9・11」という事件そのものの記憶が重い、ということなんでしょう。
とにかくこのポール・グリーングラスという監督、才能があることは間違いがない。退屈な朝の日常風景からはじまって、パイロットやスチュワーデスが「勤務」として乗り込む姿、管制官や機内の客たちの適度にダルい会話を絡めつつ、徐々に緊迫感を盛り上げていくやり方。盛り上げのテンポが適切なのでしょう、ひさびさに「映像に引きずりこまれる」感覚がありました。最後のクライマックスには、一瞬吐き気を覚えたくらいです。別に吐きませんでしたが、あまりの息苦しさに。
ゲリラの描き方もいい。いわゆるアクション大作に出てくるただ悪くて不敵なアラブゲリラとは違って、ゲリラ自身が緊張しきっている。おびえているといってもいい感じで、それがまたリアルだったりして。
しかし、パンフレットにも書いてあるけど、この企画は「製作」それ自体より、「はたしてこういう映画を作ってもいいのか?」という、製作者側の自問自答がすごかったみたいですね。最後はゲリラも乗客も全員が死ぬわけだし。救いがまったくない。しかし、こういう残酷な事実を「事実」として記録する人間も必要だろうということで、製作に踏み切ったと。それからの迷いは、たぶんなかったのではないかと思います。
「どういう映画を作るのか?」という点において、これだけ迷いのない映画も少ない。「悲劇の事実」の芸術的記録という意味では、ピカソの『ゲルニカ』や、ウィンザー・マッケイの『沈み行くルシタニア号』(http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/w_1.html)に匹敵するんじゃないでしょうか。
感動したけど、しかしそう何回も見る映画じゃないね。一回だけ見て、一生忘れない作品というものなのかもしれない。そういう映画があってもいいと思うんですよ。
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コメント
ボケはじめに突入しつつある鬱気味の父のために、
母が「ナニかいい映画を」と聞いてきたので評判の
よいこれを薦めてみたのですが、なんやそういう人
にはよくなかったかもしれません。どうしよう。
わたくしは逆に見たくなりました。
投稿: あんとに庵 | 2006/08/20 00:38
UA93は空軍が打ち落としたんじゃないかという
話がずーっとあったので,それを払拭するための
政治的なプロパガンダ映画だと思っていたん
ですが,映画的には傑作だったんですね.
見てみようかな.
投稿: | 2006/08/20 00:41
いや、真実はわかりませんけどね。
いわゆる最後にアメリカの対テロ戦争を肯定するようなメッセージはでませんでしたし。(その後の事実をたんたんと伝える字幕メッセージが出るのみ)
もしこれが意図的なプロパガンダだとしたら、逆にたいしたものですね。
投稿: たけくま | 2006/08/20 00:44
>もしこれが意図的なプロパガンダだとしたら、逆にたいしたものですね。
プロパガンダ映画というのは、なぜか出来の良い映画も多いような(笑)
『ポール・グリーングラス』でちょっとググってみると(まぁパンフレットにも書いてあとと思いますが…)
『ブラディ・サンデー』
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=320210
>2002年のベルリン国際映画祭では宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」とともに金熊賞を受賞。
『ポール・グリーングラス』
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=77134
>そして02年、実在の事件を徹底したドキュメンタリー・タッチの手法で撮り上げた
>「ブラディ・サンデー」が高い評価を受け、ベルリン国際映画祭でみごと金熊賞を受賞、
>一躍注目の映画監督となる。
元々、『ドキュメンタリー・タッチ』で映画を作るのが好きな監督さんなんですかね?
投稿: naga | 2006/08/20 02:49
というか、もともと純粋ドキュメンタリー出身の監督らしいですね。
それでイギリス人らしい。純粋なアメリカ人ではないぶん、いわゆるプロパガンダとは異なる冷静で客観的なものを感じる。
キューブリックもドキュメンタリー出身だよね。
投稿: たけくま | 2006/08/20 02:55
> 機関車が脱獄囚にハイジャック
さしでがかましいようですが、地上を走る機関車なので、単に「ジャックされる」か「乗っ取られる」ではないでしょうか。
『ユナイテッド93』、観たいような、観たら打ちのめされそうで怖いような気がしてます。
投稿: 黄海 | 2006/08/20 06:56
今日、見に行く映画を迷っていたのですが、この記事でこれに決定。楽しみです。
ところで、Wikiによるとハイジャックの由来は駅馬車強盗時代の「ハーイ!ジャック」だとか。というわけで、飛行機にかぎらず何でもハイジャックでOKらしいす。
投稿: とーま | 2006/08/20 07:30
町山智浩氏のブログで既に取り上げられてますが、
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060514
アメリカでも様々な反応があるようで、「機内の模様は憶測にすぎない、つまりフィクションなのに、ドキュメンタリーのように見せていることは事実の捏造だ」という批判もあるようですね。
投稿: 電池 | 2006/08/20 08:18
ヒッチコックの『ロープ』が一応ワンカット
のみで出来ているという映画なので
リアルタイムといっていいのじゃないでしょうか
あとエヴァの第拾壱話がリアルタイムではないけど
すべてのシーンはつながっているそうです
(『エヴァンゲリオン解体新書』による)
釈迦に説法で失礼しました
投稿: ゆでめん | 2006/08/20 08:51
>「機内の模様は憶測にすぎない、つまりフィクションなのに、ドキュメンタリーのように見せていることは事実の捏造だ」という批判もあるようですね。
何をスットンキョウなことを言ってるんでしょうかね(笑)
投稿: apg | 2006/08/20 09:05
それはそれでもっともな批判ではないでしょうか。
少し違うけど、『私は貝になりたい』でも類似のうさんくささが指摘されています。
投稿: Aa | 2006/08/20 11:46
部下「隊長!雲行きが怪しくなってきました!」
隊長「やはりか。軌道修正しろ!」
と
いうことで、ぜんぜん関係ないですけど
アニメ!アニメ!内
●同人・アニメ萌えを斬る!
第2回 YouTubeの法的な責任とその限界?
http://www.animeanime.jp/law/moe11.html
目新しい部分が特にないですけど。
法律家が書いてるってことで。
投稿: 情苦 | 2006/08/20 12:03
とーまさん
> ハイジャックの由来は駅馬車強盗時代の「ハーイ!ジャック」だとか
飛行機だから "high" だとばかり。
「ハイ!」と声を掛けて、反応したところをガッとやったのでしょうか。
寡聞にして知りませんでした。ありがとうございます。
下はwikipediaからの引用。
> 日本においてはよど号ハイジャック事件の際に「Hi」を「高い」という意味の英単語「high」と間違えて「高い所を飛ぶ=飛行機」の意味ととらえ、
……よど号事件の時の日本人と同じ反応を示したようです。
投稿: 黄海 | 2006/08/20 12:04
隊長じゃなくて機長だった・・・Orz
投稿: 情苦 | 2006/08/20 12:05
暴走機関車(黒澤シナリオ)の囚人コンビは
機関車を走らせた(ジャック)のではなく、知らないうちに走り出していたところが
ミソではないでしょうか。
図書館にあった黒澤全集をわくわくしながら読み込んだ日々が
懐かしゅうございます。
投稿: | 2006/08/20 12:26
>何をスットンキョウなことを言ってるんでしょうかね
そうでしょうか? 自分もまだ観てないので確定的には何も言えませんが、町山智浩氏の記事を読む限りそんなに簡単に切って捨てられる問題ではないと思います。
ドキュメンタリーと錯覚させるような手法を用いた映画の最後に、公式の調査とは全く反するような、安手のヒロイズムとも受け取れるシーンが挿入されているわけですから。(乗客がハイジャック犯を倒してコクピットに突入し、犯人と操縦桿を奪いあうシーンがある)
監督の意図が「事実」の記録であるなら、そういう部分でもっとストイックであって欲しいと自分は思います。
いずれにせよ、観に行こうとは思いました。
投稿: | 2006/08/20 12:32
この映画は「ドキュメンタリー」ではなく、
あくまで事実を「基」にした映画なわけです。
その手法やアプローチがなまじ高度にリアリティを追求しているがゆえに、この批判をした人は
「事実」と「事実を基にした映画」
の区別がつかなくなってしまったんじゃないでしょうか。
と、ぼくは言いたかったんですが。
Aaさん、レスはいりません。
投稿: apg | 2006/08/20 12:34
>上の方
まあぼくも観てないんで、
これ以上何か言われても答えられません。
自分で振っといてなんですが
そこんとこ宜しくどうぞ。
投稿: apg | 2006/08/20 12:40
>(乗客がハイジャック犯を倒してコクピットに突入し、犯人と操縦桿を奪いあうシーンがある)
そこに赤いケープのあの男ですよ。
投稿: Aa | 2006/08/20 12:42
>5レス上の人
あ、そうか。オリジナル脚本では、勝手に暴走した機関車に囚人がたまたま乗り合わせたという設定でしたね。ちょっと記憶がゴチャゴチャになっていた。ということで、訂正します。
ところで完全な名無しさんだとこういうレスがつけづらいので(このコメント欄は番号が出ない)、今後は何かハンドルで投稿するようにしてください>みなさんも
投稿: たけくま | 2006/08/20 14:08
>5レス上の人
それ私です。
あれれ名前なしで投稿しちゃったのですね。
投稿: Aa | 2006/08/20 14:44
現在韓国で、南北統一を阻止する為に
日本の自衛軍が攻めてくる映画が
大ヒットしていて(アホか)、
それを観た子供から大人まで
「日本は悪だ!許せない!」
と言っている報道(これも割り引いてみるべき)を見ると、
映画を鵜呑みにしてしまう人たちの、
なんとも多い事に愕然としてしまいます。
日本でも逆の『宣戦布告』ってのがありましたが、
「こういうのもありか」くらいの受け止め方で、
あまり話題になりませんでしたね。
しかし簡単に影響される人々に、
愚民どもめ!と怒ってみても詮無い事だし、
『ユナイテッド93』を観たら、
私だって実際にそうしたことがあったように、
錯覚して記憶してしまいそうです。
真実はどうであれ、受け手が(スクリーン上で)
実際に目にしたイメージというのは、
強烈にその人の「記憶」として残り、
その後の情動に影響を及ぼすと思います。
そしてそれをプロパガンダに利用する人間には、
私は強い怒りを感じます。
作為のあるドキュメンタリータッチのフィクションには、
受け取り手や批評家は、注意深く警戒していく
必要があると思います。
『ユナイテッド93』はそうでは無いようですが・・
そうだ、主要キャラ全員帰らずといえば、
『パーフェクトストーム』と比べると、
事実を基にしたフィクションとして面白いかな?
こっちは全然ドキュスタイルじゃないので、
「本当にそうなんかよ。なんで分るんだよ!」
「おまえ(監督)それ見たんか!」などと
つっこみ入れながら観るのにイイ映画ですが。
投稿: エイジロー | 2006/08/20 18:31
早く見たいですね。
宇都宮市街では19日よりゲド。
はあ~~~~っ、やっと見ました。
たけくまサンが寝た理由が納得できました。
全てが凡庸。
新人には、到底無理な高級テーマ。
これが出来る!と思ってしまう吾郎氏。
グインさんに失礼ですね。
駿が怒っていた~とかの最初の<冗談?>とか
本当だったのでは!
ズレまくってゴメンなさい。かんにんネ。
投稿: 長谷邦夫 | 2006/08/20 19:56
"The Longest Day"の邦題は、「地上最大の作戦」ではなくて、「史上最大の作戦」ですよね。
投稿: 本題に関係ないですが | 2006/08/22 20:26
↑あ、間違ってました。直しときます。
投稿: たけくま | 2006/08/22 20:49
この映画、先日見てまいりました。
やはり、管制室のやりとりがリアルで、特にツインタワーに飛行機が激突するまでが一番胃が痛かったです。
町山さんのブログは読んでいたので、比較的冷静に、ここはたぶん事実ここはフィクション、と見ていました。
腑に落ちたのは、携帯電話を座席のジャックにつないでいたシーンで、あの飛行機は皆が一斉に電話をかけたので、機器が狂ったのではないかという皮肉な意見を読んだことがあるので、飛行機内に機内でもかけられるようになっていたのか、と納得した次第です。
監督がイギリス人ということで、たえず冷静に描写しているのですが、そのために、「結局、事実は映画のようにはうまくいかないわな」という皮肉な諦観も裏の声として聞こえるような気がしたのは、私の気のせいでしょうか。
投稿: いぎ | 2006/08/22 23:27
観に行きました。
ホントに吐き気がして、途中でトイレに駆け込もうか
と真剣に考えました。
特に乗客がヒーローぶってる感じはしませんでした。
消防士など、一般人を英雄視しなければ気が済まない
ハリウッド映画より余程いいと思いましたけど。
その前に観たゲド戦記のアレンの悩みが
ひっじょ〜〜に可愛いいもんだと思える映画でした。
投稿: 45 | 2006/08/27 01:02
目標はホワイトハウスじゃなくて、連邦議会議事堂でしょ?
操縦してたテロリストが写真を持ってたけど。
投稿: ? | 2006/09/18 12:54