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2007年2月

2007/02/28

森進一はどうするべきか

オン書きです。「コレクター考」の途中ですが、前回川内康範先生のことをチラリと書いたので、いま巷を騒がせている森進一の「おふくろさん」問題について少し意見を述べたいと思います。詳しい経緯は報道に譲りますが、結論をいうなら、これはなんと言っても森進一が悪い。自分の詩に他人の書いたフレーズを勝手に付け加えられて、喜ぶ作者なんかいないですよ。当時の事情はどうあれ、10年前に先生から強く抗議されて、一度は謝っていたわけでしょう。

しかも相手はあの川内先生ですよ? 「おふくろさん」「骨まで愛して」「伊勢佐木町ブルース」「死ね死ね団のテーマ」など幾多の名曲を作った芸能・歌謡界のドンであるばかりか、「月光仮面」「レインボーマン」などヒーロー番組を生んだ「オタクの父」でもあり、政界にあっては右翼・民族派の論客として歴代総理大臣の私設政策顧問をつとめ、70年代には当時の警視総監から乞われて「警視庁の歌」を作り、同時に「稲○会の歌」も作って週刊誌ネタになると、「裏と表があってこその世の中だ。どっちもお国のためには大事なんだ!」と啖呵を切った人ですよ?

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2007/02/27

コレクター考(6)俺が出会ったコレクター達(四)

Z氏のコレクションは「質」において究極と呼べるものだったが、次に紹介するX氏は「量」において究極だった。いや、別に「質」が劣っていたわけではない。Z氏が凄すぎるだけだ。もちろんX氏のコレクションも超Aクラスであることは間違いない。しかも広大なコレクションルームを持ち、整理も完璧だった。その意味ではZ氏を凌駕していたともいえる。

X氏に関しては、じつは仮名表記するかどうか迷った。特オタの世界では、X氏が某地方都市で経営しているマニア向けショップは有名である。「ああ、あそこの店長ね」といえば、若い特オタでもすぐわかるはずだ。しかもこの店は古物取引だけではなく、昔のソフビや撮影用小道具などの復刻も手がけており、コレクターズ・アイテムを自ら製造販売していることでも特異な存在である。マニア界では、ある意味「公人」に近いともいえる。(ただ本人が積極的にマスコミに出るタイプではないので、仮名にした)

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2007/02/26

退院間近か?

えと、また久しぶりのオン書きです。「コレクター考」の続きは明日イシダくんがアップすると思うのでもう少しお待ちください。

それでタイトルの件なのですが、今度の10日と11日の土日に実家に外泊することが決まり、その経過しだいでは今月半ばには退院が決まりそうです。詳しい日にちが判明したらまた報告いたします。

10日11日にお見舞いを計画されている方は、両日とも病院にはいませんのでご注意ください。ではまた。

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2007/02/25

コレクター考(5)俺が出会ったコレクター達(三)

と言って彼が取り出したのは、経文折りにたたまれた厚手の和紙だった。相当の年月が経っているのか、全体が茶色く黄ばんでいる。

「なんでしょう? 崩した筆文字でビッシリ書かれていますね。お経かなんかですか?」
「いやお経ではなく、神道の祝詞(のりと)。昭和29年の『ゴジラ』第一作で、ゴジラが最初に出現した大戸島の神社の神主が、伝説の海神(ゴジラ)の怒りを鎮めるために、映画で読み上げた実物ですよ。撮影用の小道具だね」
「…………」

もしかして内容がディープすぎて、ピンとこない読者もいるかもしれない。そういう人は、どうかレンタルででも『ゴジラ』第一作を見直して欲しい。ここに書いた通りのシーンがあるはずである。祝詞も、紙の一部だが映画に映っている。まさかこんなにしっかり書かれてあったとは知らなかったが。ともかく、Z氏のコレクションはすべてがこんな調子なのだ。

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2007/02/24

コレクター考(4)俺が出会ったコレクター達(二)

Z氏が自室のスチルの山を「2億円」と算定した基準は何か。おそらくは出版社が制作会社から写真を借りる際の著作権使用料を基準として計算したのだろう。80年代末で東宝特撮の写真版権使用料は一点につき2万円が相場であった(今は知らないが、おととしある仕事でロマンポルノのスチルを日活本社から借りたら、ちょうど1点2万円だった)。

Z氏がその金額で価値を査定したのだとしたら、目の前のスチルの山はちょうど1万枚あったということになる。マニア間の売買金額では一点ごとに査定するので、まったく違ってくる。中には数万以上のものもあるだろうが、多くは数百円といったところだ。Z氏が全部を2億円かけて集めたわけではあるまい。まあ、初対面の俺に対してややハッタリをきかせたというところか。それにしても、あのスチルの山を眺めただけでも、明らかに通常のマニアを超えていたが。

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2007/02/23

コレクター考(3)俺が出会ったコレクター達(1)

前回やや特殊事例をあげてしまったので、今回はまともな、というか本格的なコレクターを紹介するとしよう。

 俺の世代でコレクションというと、やはりマンガ・アニメ・特撮といったオタク系が主流となる。広い意味でのサブカルチャー領域で言えば、たとえばビートルズやストーンズなどのレコードコレクターが、上の団塊世代にはわんさといた。マンガも、貸本収集などになるとやはり団塊世代が多い。

50年代後半から60年代前半生まれの、オタク第一世代が本格的にコレクション道に参入するのは70~80年代以降であるから、オタク系以外のサブカル・アイテムはとうに先人に漁り尽くされていて、入るスキマがなかったといえる。まあビートルズなどは団塊世代に比べれば思い入れが希薄だったこともあるが。ゆえに、俺たちが物心ついてから最初に熱中したマンガ・アニメ・特撮がフェティッシュの対象となったわけだ。コレクションの流行が昔ながらの書画骨董の世界から、ここ40年でサブカル=オタク領域へとシフトしたのは、団塊の世代に始まり、オタク第一世代にいたる嗜好の変遷とシンクロしている。

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2007/02/21

コレクター考(2)コレクションは病気である(二)

「何が危ないのですか?」と俺が問うと、シャイニング氏はニタリと笑って引き戸を開け、部屋の隅を指さして、「不審者が部屋に侵入した瞬間、赤外線センサーが感知して、あそこからタタミ針が発射される仕掛けになっているんです。死にはしないですが、針先には煮詰めたニコチンが塗ってあるので、とても痛いうえ、傷口がなかなか治らないようにしてあります」
「ものものしいですねえ。なぜこのような仕掛けを?」」
「もちろんコレクションを守るためですよ!」

と彼が示した部屋の内部を見て俺は息を呑んだ。部屋は六畳間くらいだろうか、そんなに広くはなかったのだが、中央に万年床が敷いてあり、布団の四隅に沿ってビッシリと天井までマンガが平積みされているのだ。冬の豪雪地帯で、道路だけ除雪されて道の両側が高さ数メートルの「雪の壁」になっている風景があるが、あのような感じで、まさに「マンガの壁」である。よくも床が抜けないものだと思った。

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2007/02/20

コレクター考(1)コレクションは病気である(一)

よく誤解されるのだが、俺はコレクターではない。吉祥寺にいた頃、蔵書が段ボールで250箱あったと以前書いたが、それはたんに「本が多い状態」なだけであって、断じてコレクションなどではなかった。その後、200箱近く古本屋に売り払ったが、そのときも「惜しい」とはあまり思わなかった。むしろ積年のアカがとれたようでせいせいしたくらいだ。もし俺が真性コレクターだとしたら、決してありえないことである。

真性コレクターにとって、コレクションはアイデンティティそのものであり、自分の生命である。手放すなんてとんでもない。非コレクターには決して理解できぬ絶対の価値意識が、そこにはあるのだ。

20代から30代にかけての俺は、たしかに無闇やたらと本を買い、映像ソフトを購入していた。たぶん新築の一戸建てが1軒買えるくらいのお金は使ったと思う。その中には60年代から70年代初頭の「少年マガジン」のように、東京中の古書店を駆け回り、バックナンバーを数百冊コンプリートしたものもある。俺にとって「コレクション」と呼べたのは、唯一あれくらいだったろう(その「マガジン」も、数冊を除いて今は手元にない)。

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2007/02/19

俺の脳年齢

リハビリは順調…と毎度書いてますが、それでも歩き方はまだヨタヨタしていますし、ロレツも病気前に比べて完全には回ってないのが現状です。毎週4回くらい「言語」のリハビリがあるんですが、マジでアナウンサー訓練みたいなこともやるんですよ。「ガダガ、ガダガ」とか普段発しないような音の組み合わせをしゃべらされたり、「南氷洋の絵を品評会に出したら御高評を賜りました」みたいな早口言葉めいた文章を読まされたり。いや「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」という完全な早口言葉もあったな。

要するに病気でなくても詰まりそうなフレーズばかり。それを、一語一語はっきりわかるように、ゆっくり読み上げるんです。だから厳密には早口言葉ではないんだけど。それでリハビリには他に「作業」「理学」ってのがあるんですよ。どちらも運動療法ですが、強いていうと作業が指先とか腕の運動で、理学が歩行を中心に全身の運動をみるって感じ。でも作業の先生も歩行を見るし、かなり似た部分がある。一度「作業と理学ってどう違うんですか」と尋ねてみたら「難しい質問ですねえ」と言われてしまいました。どうも、専門家にも明快な定義がないみたいです。

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2007/02/16

3月中旬にはでられるかも

ども。最近はリハビリでセンターの周辺を歩き回っている竹熊です。

先月末には「一生、車椅子か?」と危惧していたのは杞憂に終わりました。俺の場合、梗塞が出来た場所が小脳なので、身体のバランスがとれなかっただけでどこにも麻痺が生じなかったのが幸いでした。麻痺の患者さんもここには大勢いらっしゃいますが、マジ大変そうですもん。

すでに温泉には週三回はいってますし、先生も「三月になったら外泊を…」と行ってくれてますんで、そのあたり(3月)で退院も見えてきそうな雲行きです。はじめは、4月中頃までかかると覚悟してたんですが。

外泊許可が下りたら、とりあえずマンションに戻ってメール処理をしなくちゃなー。昨年11月30日からチェックしてないんで、すごいことになってるだろうなあ。何時間かかってもやらなきゃなー。

それで、4月には引っ越しするんで、管理会社に連絡せねば。「4月いっぱいで退居しますので」と。あ、プロバイダにも移転手続きしなくちゃ。

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2007/02/14

ザ・たっちの何が面白いのか

これから書くのは悪口のつもりじゃないんですよ。純粋に、俺には理解ができないから書くんですが、「ザ・たっち」ってお笑いコンビが今、人気じゃないですか。双子のチビデブコンビ。この年末年始も、テレビつけるとやたらと出てたんだけど、すいません、本当に俺わからないんだけど、あの二人のどこがおもしろいんですか。なんで人気あるのですか。

「ちょっと、ちょっとちょっと」って、あれはギャグなんですか。テンポや間が悪いのは、わざとなんでしょうか。

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2007/02/12

猪木には気をつけろ!

あ。そういえばまだこのことを書いてなかったな。またもや病気ネタで恐縮ですけども、俺、後頭部の頭蓋骨が2枚ないんですよ。

開頭手術したって書いたじゃないですか。それは後頭部の首の付け根のところの前頭骨を2枚外して手術したんです。それでお医者さん、骨を元に戻さずに、そのまま縫合しちゃったそうなんです。

いや、忘れたとかいうんじゃないですよ。医者がいうには、その部分の骨はもともと「いらない」んだそうです。後頭部の首と前頭骨の境界のあたりには、分厚い筋肉の層があるんだそうで、それが骨のかわりに脳みそを守ってくれるんですと。理屈ではそうなんでしょうが、最初聞いたときはギョッとしましたがね。

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2007/02/08

あれが“死”か。(2)

そういえば先日、ある見舞客から「人生観が変わったでしょう?」と問いかけられた。要するに死の一歩手前を経験したのだから、それなりにものの見方だとか価値観が変化したのだろうと言うのだ。

なるほど、命に関わる体験をして、信心に目覚めたり、それなりに信奉していた価値観がコペルニクス的転換を遂げたという人は多そうだ。俺にも、何かそういった変化が起きたなら劇的で面白いと思う。それで自分の胸に手を当ててしばらく考えてみたのだが、残念ながらまだそういった変化はなさそうだ。少なくとも俺の場合、病気前と病気後で性格や考え方にほぼ変わりはない、とこの場で断言したいと思う。

そうした心境の変化について言うなら、あくまで俺の場合、仕事がスランプに陥った時期のほうが「変化」は大きかった気がする。俺はまだ未経験だが、子供を持っても変化は大きいだろうと思う。そいつが成長するまで面倒をみなければならないという「責任」が発生するからだ。これは大変なことだ。

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2007/02/07

あれが“死”か。(1)

ブログにも既に何度か書いたが、昨年12月19日、俺は2度目の脳梗塞発作を起こして死にかけた。医者や親父の話を聞くと、脳出血も起こしていて本当に死の一歩手前まで行ったようなのだが、残念なことに俺はまったく覚えていない。麻酔でぐっすり眠っていたからである。

だから、死の淵をかいま見た人の多くが体験するという、いわゆる「臨死体験」も経験しなかった。もしかすると経験したのかもしれないが、全然覚えていない。勿体ないことである。立花隆の『臨死体験』その他類書をひもとくなら、臨死体験のパターンは世界中でおおむね決まっていて、暗黒の世界にある暗く狭い穴にグングン引き込まれていくと、突然視界が開けて光に満たされた広大な空間があらわれるのだという。人によってはそこは草原であったり花畑であったりするそうだが、なぜか前方に川が流れていて、向こう岸に死んだはずの肉親などが立っていてこっちに向かって手を振っている。そこで死者の招きに応じて川を渡ると二度とこの世には戻れないのだというが、俺の場合は花畑も死者もな~んも見られませんでした。

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2007/02/05

あの手品師はなんだったんだろう

今回、生まれて初めての長期入院をやっているわけですけど、今の病院ではこうしてノーパソが使えるので(ネットを除く)気が紛れるものの、PCが不許可だった前の病院では、暇つぶしが読書とテレビ(有料)しかなく、長い一日を退屈と戦わなければなりませんでした。

手術直後の年末年始は集中力が持続せず本を読むのが辛かったので、もっぱらテレビを見ていたんですが、ご存じの通り正月番組はつまらないのが相場ですんで、つまらん、でも他にやることもないので見ていました。集中力いらないし。後の時間は、ベッドの上でひたすらとりとめのない回想にふけっていたりしてですね。

それでマジックの番組があるじゃないですか。別に正月に限らず近年は何度目かのマジックブームだとか。前回のブームの主役は超魔術のマリックさんでしたが、バッシングを受けて一時期表舞台から去り、それでもしぶとく復活して、今でもブームの一翼を担っているのだからたいしたものです。実際何度見てもおもしろいもんマリックさん。ネタもさることながら、演出や演技がいいんでしょうね。

もうひとりスターをあげるとすればプリンセス・テンコーでしょうが、俺はなんとなく覚えてるんだけど、彼女は70年代に確か朝風マリとかいう芸名でアイドル歌手でした。歌いながらハンカチ振ってハトを出したりする。当時10代だったはずだけど、初代引田天功に弟子入りして、魔術師ではなくアイドルになったという変わり種。なまじ顔が可愛かったからかな。でもアイドルとしてはキワモノ扱いで、人気もパッとせず、初代が急死してから2代目引田天功を襲名したはいいが、襲名披露の最初のマジックショーに大失敗してですね。それテレビ中継されたから俺よく覚えてるんだけど。

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2007/02/02

あ。左の耳が…

ブログ更新にはまったく影響がないのでこれまで書きませんでしたが、実は今、左耳が聞こえない状態なんです。それも完全に聞こえないのではなくて、高域だけはなんとか聞こえる感じ。低中域がヤバイので、人の声とか聞き取りづらいですね。こちら(Nリハビリセンター)に転院して3日目にきがつきました。家に電話かけて親父と会話するうちに、親父の声がやたらとモゴモゴ籠もっていたので、聞きづらいなあと思ってふと受話器を右に当て替えた瞬間、今度は鮮明に聞こえたので気がついたわけです。

おそらく昨年12月19日の2度目の発作以来こうだったと思うのですが、まったく聞こえないというわけではなく、右耳は正常に聞こえるので、およそ一月半も自覚していなかったのだと思われます。

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