「見ザル言わザル聞かザル」の謎
昨日、アマゾンから取り寄せたオードリー・ヘプバーン主演の『尼僧物語』を見ていたんですよ。1930年代のベルギーで、アフリカで看護婦をやる目的で修道院に入門して尼僧になる女性の物語で、実在の人物をモデルにした小説が原作らしい。監督が名匠フレッド・ジンネマン、オードリー入魂の演技もあってなかなかの傑作でした。映画会社(ワーナー)も「尼さんの映画なんて誰が見る」と最初は乗り気ではなかったみたいですが、脚本を読んだオードリーが出演を熱望したため、しぶしぶ製作を許可したところ、この時点(1958年)でのワーナー史上最大のヒット作になってしまったらしい。残念ながら前のDVDは品切れみたいで、マーケット・プレイスで購入したんですが、この12月に再発売になるみたいなので見てください。撮影が非常に美しい作品です。
それで本題なんですが、この映画の中で、アフリカに行ったシスター・ルーク(ヘプバーン)が結核にかかるシーンがあるんですよ。ピーター・フィンチ演じる無神論の医者が治療にあたって、彼女に金粉を飲ませる。
1930年代だと特効薬のストレプトマイシンがまだ開発されてなかった時代でしたが、まさか金粉を薬に使っていたとは知らなかった。まあそれはともかく、金粉は腎臓に負担をかけるというので、医者は彼女にビールをたくさん飲むように指示する。ビールを利尿剤代わりにして、腎臓への負担を減らそうというわけです。
←「尼僧物語」より
ところがオードリーは尼僧ですから、「酒は戒律で禁じられてますので」とこれを拒否しようとする。するとピーター・フィンチが「誰も見ていないよ。彼以外はね」と言って、そのときオードリーが病室で飼っていたペットの小猿を横目で示して、それから「見ざる・言わざる・聞かざる」のジェスチャーをするんですよ。
これを見て俺は何を思いだしたと思いますか? 『猿の惑星』ですよ。あの映画の猿の惑星では、猿と人間の立場が反対になっていて、人間は言葉も話せず野獣のような状態で森で暮らしている。そこに遠い星(地球)からやってきた宇宙飛行士のテイラー(チャールトン・ヘストン)が「自分の星では人間に知能があって猿より偉いのだ」といって、猿の裁判官たちに地球文明の話をするわけです。まあ最後に有名なオチが来るんですが、とにかくこのときまだテイラーはここを猿の惑星だと信じ切っている。
←「猿の惑星」(20世紀FOX 1968)より
ここで、猿の裁判官三匹がやはり「見ざる・言わざる・聞かざる」のポーズをするわけです。日光東照宮の左甚五郎の彫刻そっくりに。俺はあれを子供の頃に見ていて、最初は気がつかなかったんですが、その後テレビで何回も放映してたんで何回目かで「あっ」と気がついたんですね。「見ざる・言わざる・聞かざる」って日本語の「猿」にひっかけたダジャレのはずなのに、なんで外国人が知っているんだろうと。
そのときはしかし、気になっただけでそのまま忘れていたんですけれども、『尼僧物語』でもこれをやっているんでいよいよ不思議になりました。そいでグーグル検索してみたら、同じ疑問を抱いていた人がたくさんいたんですよ。やっぱりね。
その中には「世界の三猿」を解説してるこんなページもありました。
http://www013.upp.so-net.ne.jp/terahaku/minzokusanen.htm
↑世界の三猿
http://www.geocities.jp/urubosi82/motif/sansaru.html
↑「うる星やつら」三猿
http://www.three-monkeys.info/
↑エミルさんのページ
どうやら「見ざる言わざる聞かざる」と猿が目耳口を塞ぐポーズは、昔から世界中にあって、特に日本がルーツというわけではないみたい。孔子の『論語』にも出てくる言葉のようです。ただ日本語の猿とこのモチーフが偶然のダジャレになっていて、東照宮の三猿があまりにも有名になってしまったので、われわれ日本人は、つい日本固有の言葉でポーズなんだと勘違いしているのが真相であるらしい。俺もさっきまでちっとも知りませんでした。ちなみに東照宮のやつは「見ざる言わざる聞かざる」の順だけど、海外では「見ざる聞かざる言わざる」の順がポピュラーみたいですね。
それにしても、俺がこの事実を知るのに机に座ったままで30秒ですよ。1分もかからずに調べがついてしまったわけです。もしインターネットやグーグルがない時代だったら、外国映画で「見ざる聞かざる言わざる」が出てきて不思議に思ったとしても、わざわざ調べようとは思わなかったでしょう。
経験上、こういう調べ物が一番面倒なんですよ。図書館行って専門書調べたり、あるいは学者つかまえて聞いたりとかですね。学者も、おそらく日本語の学者だけでは足りずに英語のことわざに堪能な人も探す必要が出てくるでしょう。「あの人に聞けば確実にわかる」保証があるネタならまだしも、こういう種類の調査というのは、いざ調べてみるまで「ソースがあるのかどうかすら分からない」わけですよ。調査に何日かかけても、無駄に終わる可能性があるわけです。
それなのに、記事としてはちょっとしたトリビアというか、雑誌の埋め草用の面白コラムが一本書けるかどうか。原稿料にして5000円とか、行っても1万円とかそんなものでしょう。とてもじゃないが、調査にかける労力(何日かかるかわからない)とギャラが釣り合わないわけです。だから、十年前だったら自主的にボツにしたネタだろうと思いますね。
そのてんインターネットは、こういった「ちょっとした調べ物」には圧倒的に便利です。この世のどこかには同じ疑問を持つ人がいて、労を厭わず調べている人がいる。一人で調べるのは大変だけど、複数いればあっという間に解決する問題かもしれません。
俺がインターネットの「真価」を感じるのは、こういうときです。もちろんネット情報を鵜呑みにするのは危険ですが、上に紹介したページみたいに、きちんとソースを示しているものは特に疑いの目を向けなくてもまず大丈夫でしょう。もちろん仕事としてこのネタを書くときには、上に示されている参考文献には最低目を通す必要はあると思いますが。
便利な時代になったものだと思います。
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