コミックマヴォVol.5

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2007/11/27

独学に勝る勉強はない(1)

※追記:最初にアップしてから少し書き足してあります。

今回書こうと考えているのは、「学校の勉強」についてです。俺は、自分が高卒だから言うのではないですが、「学校の勉強」というのは、本当は小学校の六年間で充分ではないかと考えてます。俺自身、胸に手を当ててみても、47年間の人生で本当に役に立った、と思えるのは小学校で習った「読み書きソロバン(算数)」だけで、これには感謝しています。

でも中学以降の勉強となると、因数分解なんてすっかりやり方を忘れてますし、英語も中二レベルくらいからだいぶあやしい。それ以外の学科の内容もほとんど忘れちゃってる。高校の授業も同様です。中学高校の勉強も、大学以降に本気で学問しようと考えたら絶対必要なんだと思いますけど、すべての人間が学者になるわけではない。俺ばかりでなく、ほとんどの人には「受験勉強」以外の意味はあんまりないのではないでしょうか。

でも学校をさぼった記憶はないので、出席はかなりマジメに出ていた方じゃないかと思うんですよ。それでも、中学高校で習ったことが何か役に立ったという記憶がない。中学高校で覚えているのはほとんどが趣味と友達のことくらい。9割5分はそっちの記憶しかありません。

じゃ何やってたのかというと、ほとんどが「趣味」でした。まずは趣味の読書、あとは雑誌作ったり、マンガ読んだり描いたり。本当、勉強どころじゃなかった。高校入るときは、それでも受験勉強というのをしましたが、大学入試は、少なくとも学科はまったくやらなかったです。落ちるわけですよ。

いわゆる族とかツッパリとは異なる意味での「不良」だったですね。運動は苦手でしたし、暴力的な子供ではなかったですが、とにかく自分の好きなことしかしない。以前インタビューした庵野秀明さんもそんな感じでした。庵野監督、高校入って決意したそうですよ。「もう僕は勉強なんかしない」と。

庵野 (前略)それで高校の入学式の時に誓ったんですよ。もう僕は勉強なんかしないと。
大泉 素晴らしい。
庵野 中学までは、勉強も面白かったというか。でも高校行ってまで、なんで勉強すんだろうと思って。まだ波動とか、確率論とか面白かった。でも数ⅡBになったら……微積とか、社会に出てなんの役に立つのか。
大泉 まさしく。
庵野 進学校だったので、授業もほとんど受験勉強なんですよ。そんなもん何が面白いんだろうって感じで。だから高校に入ったら、マージャンとかマンガとか8ミリとか、そんな感じで。(後略)」 

(『庵野秀明パラノ・エヴァンゲリオン』竹熊健太郎編/太田出版 より)

俺は庵野さんとは同い歳ということもありますが、高校以降の軌跡がかなり似ているので、共感するところの多いインタビューでした。特に「勉強しない」のあたりはウンウン頷きながら聞いてましたね。美大を受験したのも同じです。俺が美大を受けたのは、高校三年の時点で学科の成績が全滅だったからです。でも絵心が多少あったぐらいで入れるほど美大も甘くはありませんでした(庵野さんは一浪して合格した)。

要するに二人とも受験勉強に対する反発があった。それでも単なる劣等生とか、引き籠もりにならないで済んだのは、庵野さんはアニメ、俺はミニコミにマンガと「勉強以外のやること」があったからでしょう。学校で覚えたことの最大のものは「ガマン」だったかもしれないですね。中学高校の退屈な授業を、よくぞガマンしたものだと。高校のときなんて、授業中はだいたい隠れて本読んでるか、マンガ描いてましたね。おそらく先生にはバレてた思いますが。

「庵野監督や竹熊の場合は、それぞれの世界で生きていくだけの“才能”があったから、そんなことが言えるのだろう」という意見をよく聞きます。確かにそれはそうなんだけども、そういう人には、俺がさいとう・たかを先生から聞いた言葉を教えることにしています。以下は俺がIKKIで連載した、韮沢早という架空のマンガ家を追ったフェイク・ドキュメンタリーからの引用ですが、ここでのさいとう氏の談話は本人に取材した本物です(前にも要約紹介しましたがこれが正確な引用)。

竹熊「才能があっても消えてしまった人って、すごく多いでしょう」
さいとう「多いです。よく言うんですけれど、この仕事に必要な条件で、才能なんてのは全体を十としたら二ぐらいのもの。三が努力、五は運ですね。絵が描けるというのは、野球選手がボール投げられますというのと同じことであって、出発点にすぎない。あとは努力と運だということを、よく言うんです」
竹熊「その場合の努力とは何でしょうか」
さいとう「どうやれば自分を一番生かせるかを見きわめることです。それには、自分の能力を冷静に見なければ。ところがこの世界に入って私が一番驚いたことは、みんな自分を天才だと思っていることでした。でもね、たとえ才能があったとしても、それだけではダメなんですよ」 

(「追跡者~幻のマンガ家・韮沢早を追え!」月刊IKKI/2001年5月号/小学館 より)

このさいとう先生の言葉には心の底から感心しましたが、今、あえて俺がこれに付け加えるとするなら、「楽天性」という言葉ですかね。俺や庵野監督やさいとう先生は、ともに学校では絶対に教えてくれない「才能」というものが要求される世界で生きてきたわけですよね。しかし才能は、あくまで前提条件であって、これは最初からある程度備わっているものなんですね。

俺の経験から言っても、才能ある人って、中学あたりでもう才能がある。あとはそれに磨きをかける課程があるばかりでね。年取ってから開花する才能というのも、まあないではないけれども、たいていは最初からあるのに、それに気がついてないだけなんですよね。おそらくそういう人は中学くらいでそれやらせても、うまいはずですよ。

だから、それまで何もやってなかった人が、25歳くらいになって急に「作家になろう」と思い立って、文章教室に通って小説の書き方を教わっても、あまり意味がないんですよね。本当にその世界に向いているのなら、学校に入る前に書いてなかったらおかしいわけですね。「書く前に、まず技術を覚えなきゃ」と考える時点で、すでにダメなんじゃないかと思うわけです。

だから、最初に才能があって、次に努力と運がなければならない。運なんて、それこそどうすればいいんだと思うでしょうが「運も才能のうち」ですからね。この言葉の意味は「運」が向こうからやってきても、その人に才能と努力がなければ、運はそのまま去っていくということですよ。運をつかむためにも、持って生まれた才能と、日頃の努力が肝心だということです。

で、運を待つ課程はとてもツライですから、作品を書いて版元に持ち込んだりと「努力」をするわけなんだけれども、それで運が来るのは時間がかかる。その時間を堪え忍ぶには、俺は「楽天性」が必要なんではないかと思ってます。

俺は今、何の因果か昔俺を落とした大学で、それも美大なんて場所で講師やってるから特にそう思うのだけども、「才能」なんてそもそも学校で教えようがないんですね。俺が教えているのはマンガやアニメの歴史の話で、あとは「こう描けばこういう表現になる」という技術やセオリーを教えることはできるかもしれませんが、「どういう作品がいいのか」とか「どういう作品を描くべきか」なんて、各人が自分で「いい」と思ったものを描くしかないので、自分で勝手にやれって世界ですよね。講師は、生徒が作ってきた作品に対して、いいの悪いの、ここはこうすればもっといいと思う、と感想を述べることしかできない。

ただ大学の先生って、学生の作品を採点して成績をつけなくてはならない。恐ろしいことです。学校とはそういうものだから無理矢理やるんだけど、当然主観でやるしかありませんわね。これが知識を試すペーパーテストなら主観の入る余地はないんだけど。絵とかマンガとか、才能に対する判断は主観しかありません。技術的なことならある程度客観判断もできるんですが、技術がダメでも面白い作品ってありますから、なかなか難しい。

ただ作品が俺の好みでなくとも、これを評価する人は他にいるだろうな、という判断は経験でだいたいわかるので、そう不当な評価はしないと思いますよ。そこは学生諸君には信じていただくしかありません。

ちょっと例によって話が脇に逸れちゃってるようです。俺が書きたいのは一般的な「学校の勉強」の話なんですけど。俺、高等学校は不要なのではないかということを、実はもう25年くらい前から考えてて、そのことを書こうと思ってるんです。長くなったので続きは明日にでも。 《つづく》

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