クリプトン伊藤社長の「態度」
またぞろ「初音ミク」界隈が騒がしくなってますね。この前もグーグル検索で初音ミク画像がいきなり表示されなくなったり、ウィキペディアの初音ミクの項目での著作権侵害疑惑で、ややこしい騒動が起きたりしたばかりですが、今度はニコニコ動画に絡んだ問題ですよ。
騒動は今月頭からみたいですけど、騒ぎが大きくなったのは昨日みたい。俺はこの件ではネット見てなかったので今日気がつきましたよ。とっくに2ちゃんねるのニュース速報+などではスレッドが乱立して祭り状態になってます。出遅れてすいません。
とりあえずわかっているのは、クリプトンの社長と「ニコニコ動画」を運営しているニワンゴの親会社であるドワンゴが、「契約した・しない」「オリジナル曲作者に使用許可をもらうのはどちらだ」「ドワンゴは、勝手に初音ミクをJASRACにアーティスト登録するな」みたいなことで揉めているということです。
この事件、論点が多岐にわたって結構複雑なので、詳しい経緯はネットで見てください。「初音ミク 着うた ドワンゴ」とかで検索すればいくらでも出てきます。俺としては初音ミクの着うた配信問題についてよりも、この件に関するクリプトン伊藤社長の見解と対応に非常な興味を持っています。伊藤社長のブログと、「まとめサイト」があるので、そのURLだけ載せておきます。
http://blog.crypton.co.jp/mp/2007/12/post_61.html
http://blog.crypton.co.jp/mp/2007/12/2_3.html
↑クリプトン伊藤社長のブログ(12月21日、22日)
http://www32.atwiki.jp/mickmiku/
↑ドワンゴによる初音ミクオリジナル曲独占配信問題まとめwiki
俺が、伊藤社長の姿勢を面白いと思うのは、たとえばクリプトンの商標である「初音ミク」を、ドワンゴがアーティスト名として独断でJASRAC登録したことに対してこんなことを言っているのですね。
《弊社が行う契約は、着うた配信に限定したものであり、JASRAC等の登録は断じて行いません。従いまして、契約した楽曲がネットで自由に聞けなくなる等の不都合は起こりませんのでご安心ください。》(クリプトン伊藤ブログ12月21日→★)
ここまで真っ向からJASRACを否定するかのような見解を「経営者」の言葉として聞いたことは、俺は初めてです。
まあ、このJASRAC問題だけではありませんけど、そもそも「契約」をめぐる考え方が、ドワンゴとクリプトンで根底から異なっているのがこの問題の「根」にあるようです。
世間一般では、ある権利者の著作物や商標を他社が使用したり、販売したりするときは、まず契約書を交わして、しかるのちに使用することが「常識」であろうかと思います。ところが俺のいる出版界では、「出版してから出版契約を交わす」のが常識になってます。会社員の友達にその話をすると、全員「そんなバカな」と言うんですけど、事実なんだからしかたがない。
たとえば俺は、これまで25冊くらいの編・著作を出していますけど、出版契約書を「出版前に」交わしたことなんか一度もありません。小学館のような大手でもそうです。ちょっとおかしいよな、とは俺も昔から思っていますが、業界全体がそうなんだから仕方がない。幸いにして、俺の場合は印税を踏み倒されたことは一度もありませんが。話にはわりと聞きますけど、俺の付き合った版元では、さすがにそれはない。それで俺、このブログで2年半ほど前に「出版界はヘンな業界」というのを書いて、お金や契約に対してルーズな業界の体質について触れています。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_1.html
↑たけくまメモ「出版界はヘンな業界」
実は「たけくまメモ」のアクセス解析から、クリプトン社長のブログに行き当たったんですよ。伊藤社長が21日にアップしたエントリのコメント欄で、俺のこのエントリにリンク張ってた人がいるんです。それで俺も事件のことを詳しく知った。「初音ミクの会社が、また揉めてるなー」くらいの認識はこの前からあったんですけど。
で、俺のエントリを伊藤ブログでリンクしてくれた人は、「口約束で契約するのは、音楽界だけではないみたいですよ」という文脈で紹介していたので、俺は「ははあ、音楽業界も、やはり同じなんだな」と思いました。
どうも、二社の対立は、書面での契約を交わしてないことによる「言った・言わない論争」の様相を呈していて、今回はまずドワンゴ側が、電話でのやりとりだけでクリプトンから使用許可を取り付けたと「自分の業界の慣習で」判断して、着うた配信を開始したと。ところがクリプトンとしては、まさか口約束だけで配信されるとは想定外だったので「ちょっと待ってくれ」となったようですね。その際にクリプトンが、ドワンゴとの直接交渉を別会社に丸投げしていたことも、事態をややこしくしているみたいです。
さらにそこにドワンゴによる、JASRACへの「初音ミク」無断登録問題も絡んできたから話がいっそう複雑に。2ちゃんの関連スレのあちこちに出ていたんですが、実はドワンゴの社長さん取締役の荒木さん(※1)って、エイベックスで「のまネコ問題」を担当していた人のようです。(※2)俺、ドワンゴがエイベックスの関連会社だなんて、さっきまで知りませんでした。
※1 エイベックスでのまネコ問題の対応を担当していたのはドワンゴの社長ではなく取締役の荒木さんでした。
※2 荒木さんはエイベックスで「のまネコ」には直接タッチしていないという証言もあるようです。ドワンゴの筆頭株主がエイベックスである事実に変わりはありませんが、はっきりした資料が出てくるまでここの記述は停めて棒線を引いておきます。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0602/24/news079.html
↑エイベックスがドワンゴ筆頭株主に
ドワンゴの子会社であるニワンゴは、ニコニコ動画の運営会社ですが、2ちゃん管理人である西村博之氏が取締役になっていて、ニコニコは西村氏のアイデアと主導で始まったサービス、という認識でおりました。ところが親会社の社長取締役が「のまネコ騒動」のときのエイベックス側担当者と同一人物だと知って仰天。西村氏とエイベックスは、のまネコをめぐっては当時対立関係にあったと俺は思っていたんですが。いつ仲直りしたのか、もともと対立してなかったのか、俺は知りませんけど、世の中は複雑にして奇々怪々です。
話を戻します。「初音ミク」に関しては発売されて以来大小さまざまな事件が起こりましたが、伊藤社長の対応は首尾一貫していて、俺は好感を持っているんです。たとえばウィキペディアでの初音ミクの項目にクリプトンの公式ページからの記述が無断転載され、それを理由にウィキペディアから削除されそうになったときには、伊藤社長はわざわざ問題ページにまで出向いて、「弊社としてはたとえ無断転載であっても使用を許可するから、削除しないでくれ」と言ったりとか。今回のJASRACの件でもそうなんですが、著作権管理者側ではなく、徹頭徹尾ユーザーの側に立って発言している。
でも、よく考えたら、クリプトンは初音ミクのような「ユーザーが音楽を作るためのツール」を売っている会社なのでした。かりに初音ミクが使われて既成の楽曲の著作権が侵害されたとしても、侵害したのは初音ミクでもクリプトンでもないわけです。クリプトンとしては、ただ初音ミクに売れて欲しいわけですから、最大限ユーザー(お客さん)の立場に立とうとするのは、資本主義の論理に照らしても当然でしょう。
初音ミクというボーカル「ツール」ソフトがヒットしたり、クリプトンのような「ネットのあちら側」(梅田望夫)の論理に立脚して商売をする企業が出てきたのは、ネット社会においては必然だろうと俺は思います。
ここで今回難しい立場になってしまったのは、ニコニコ動画の親会社であるドワンゴです。ニコニコ動画って、もともと著作権侵害の疑いがある動画アップをある意味「黙認」することで発展してきたサービスでしょう。初音ミクも、そのニコニコ動画があったからここまでブレイクしたといえる。ある時期まで、この二社は共犯関係にあったと言ってもいい。
ドワンゴとしてはニコニコで火がついた初音ミクを、なんとか自社のビジネスとして展開できないかと考えるのは当然だと思う。そこで今回の動きになったと思うんだけども、実はこの10月末に、ニコニコ動画とJASRACが著作権料の支払い に関して合意した 支払い契約に向けて協議に入った(※3)という報道を見て俺は「あれ?」と思いました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/30/news065.html
↑ニコニコ動画とYouTube、JASRACに著作権料支払いへ
※3 上のソースにあるように、現在「協議中」であることは確かなようですが、これを書いている12月23日現在、いまだに「締結した」という報道がなされていないようです。よって、「支払い契約に向けて協議中」という表現に修正しました。
記事を読むとYOUTUBEもそうだ、とのことなので、まあ日本でサービスをやる以上、これも仕方がないことなのかなあと思っていたわけです。でも「ニコニコ=ひろゆき」みたいに思っていたので、この件に対する西村氏の真意は、どうなってるのかなあと気になっていました。
ところが今回、親会社のドワンゴがこういう形で出てきて、しかも「ドワンゴの筆頭株主がエイベックス」だと分かったことで、初音ミクを、あっさりとJASRACに管理委託したことにはある意味で納得しました。以前、反JASRACを唱えるミュージシャン平沢進さんのインタビューを読んで、音楽界は出版界以上に「会社」が支配していて、音楽家の意志にかかわらずほぼ強制的に音楽出版社に著作権が譲渡され、JASRACに委託契約させられると知って驚いたことがありましたから。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_795a.html
↑たけくまメモ「平沢進インタビューが面白い」
たぶんドワンゴ(エイベックス)としては、特に悪気はなかったのだろうと思います。エイベックスが普段音楽出版業務でやっていることと、まったく同じ感覚で「口約束で契約を交わし」、「著作者の意志を確かめずにJASRACに信託委任してしまった」のではないか。俺はそう思えてならないんですよ。これは異なる商習慣を持つ業界同士による、一種の文化摩擦なのではないかと。しかしドワンゴの見解は、音楽界や出版界では通用するかもしれないが、一般社会では極めて分が悪いと思われるので、今後の動向に注目していきたいと思います。
今後ネット社会のWEB2.0化が進むに従って、反社会的な意図とはまったく関係なく、純粋にビジネスの論理でクリプトン伊藤社長のような態度をもって社会と接する人間が、たくさん出てくるのだと思います。
そして著作物そのものより、著作物を生み出す「場」や「ツール」を作り出す人が、ヒットミュージシャンやヒット作家の作品と同じように評価され、スターになる時代がきっと来るでしょう。「初音ミク」はその先駆けであるし、「ニコニコ動画」だって本当はそういうものであるはずです。今回の事件、まだはじまったばかりですが、「ネットのこちら側の時代」から「あちら側の時代」への過渡期を象徴する事件だと思えてなりません。
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