コミックマヴォVol.5

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2008/01/28

オタク第一世代の証言から

昨日のエントリは反響がありました。ありがとうございました。コメント掲示板にもさまざまなご意見や証言が多数寄せられていますが、俺のmixi日記にもオタク第一世代の同業者から貴重な意見が寄せられました。そのうちアニメ評論家のロト(氷川竜介)さんと某大手出版編集者のボタQさんの証言を、本人の了承が出ましたので転載したいと思います。

●氷川竜介(ロト)さんの証言(アニメ評論家)

《 70年代中盤~末、80年代初頭の話を聞かれていると思うので、自分なりの体験を。
基本的にオタクの源流になったのは1974年の「宇宙戦艦ヤマト」TV放送、1977年の劇場公開です。74年時にはヤマトの視聴率が悪いと知った年明け以後、高校で友だちとつるんで「みんなでヤマトを見よう!」的な紙を貼ったりしました。まあ、奇異な目で見られていたと思いますが、校風が幸いしてそれでいじめられるということはなかったと思います。
つまりそういうムーブメント自体が全国区であるという以前のことになるので、「変わった人もいるねえ」ですまされていたのでしょう。
77年の劇場版時には大学生ですから、ポスターを大学に貼ったりしても、まあ自主性のうちみたいに放置されてたと思います。ってか第一「クラス」とか厳密にあるわけじゃないから、友だちグループ同士で疎遠になるとか、そういうことなんでしょう。

私は典型的な「いじめられタイプ」ですが、言われるとアニメや特撮でいじめられたことがなかったのは、ちょうどタイミングが良かったからに他ならないようです。この「個として片付けられたために、いじめから逃れられた」というパターンは3年下のはずのたけくまさんの年齢ぐらいまでではないでしょうか。
1977年にヤマトがヒットし、1978年には月刊アニメージュが創刊されますから、その時期以後にカミングアウトした人たちは、「世の中に大勢こういうヤカラがいる」という「種族」として認知された後であるがゆえに、逆にいじめに遭遇しやすくなったのではないかなあと、そんな風にも思いました。

それから「おたく」の用語が私が目にしたのはアニメックが最初で、80年代中盤だと思うのですが、私も「自嘲」という認識がないではないです。しかし、厳密には「差別内差別」というか「ゲットー内ゲットー」というか、「アニメファンの内部でさらにオタクという困ったやつがいる、それはアニメファンが差別を受けるのはこういうやつがいていっしょにされるからだ」という文脈でクローズアップされた記憶があります。だから、この時期には「(アニメファン全体を含めた意味での)オタクは差別されている」というのはデフォルトで、さらにこの時期のオタクと呼ばれた人たちは、二重の意味で差別されてたことになります。

80年代中盤にここまでひどくなった理由は、世の中が「若者文化」に急速に傾いていって、恋愛至上主義みたいなものが価値観として確立し、それについていけない人間は「ネクラ」として差別を受けるというパラダイムシフトが背景にあるはずです。その価値観の激変は新書「若者殺しの時代」などを読むと分かりますし、それを補助線において「恋愛に背を向ける」「仮想恋愛を楽しむ」価値観が、どういう風に扱われたかを追えば、だいたいの起源は分かるのではないでしょうか。 》

●ボタQさんの証言(マンガ編集者)

《 個人的な範囲内で記憶にあることを少し。
75年に大学入学して、漫研に入りました。
当時影響力が強かったのはガロ系、ヤンコミ系、
アクション系漫画が主流で少女漫画は24年組。
少年漫画は普通に読む集団の印象。

僕はすでにヤマトの洗礼を受けていて
同期にも何人かそういう奴がいたけど
アニメの話題がでることはそんなに多くなかった。
個人的には当時から今にいたるまで差別を感じたことはありません。

で、次の年に入ってきた新入生の男4、5人を中心に
少女漫画のグループができた。
彼らがお互い「おたく」と呼ぶのを聞いて
「なんだ、こいつら」と思った記憶があります。
彼らはアニメはそれほどでもなく、
好きなのは少女漫画も24年組ではなく陸奥A子など乙女チック系。

僕ら上級生は「いじめ」はしなかったけど
かなりばかにしてましたね。
自分らも今でいう「おたく」なんですけど
気分としては「サブカル」に近く、
こいつらとは違うと思ってたんじゃないかと。
差別といえば、差別なわけですが
やはり同じおたく内でしかないですね。 》

 以上ですが、俺一人だと偏ってしまうので、お二人のコメントは大変ありがたかったです。下の世代のみなさんも、70年代後半から80年代前半のマンガ・アニメマニア、初期「おたく」世界の雰囲気がおわかりになったでしょうか。なんというか、77年にアニメブームが起きて80年いっぱいくらいまでは「アニメ好き・マンガ好き」という理由だけで「差別」されたという実態はなかったのではないかと、感じられますね。

(※以下は追加した部分です。)
ロトさんは「(アニメファン全体を含めた意味での)オタクは差別されているというのはデフォルトで」と書かれていますが、それはいい年してアニメ見るのは恥ずかしいという社会通念による、たぶんに被害妄想的なものではないかと俺は思うのですが。「ゲットー内ゲットー」であるアニメファンによるオタク差別とは別ものではないでしょうか。僕も親や教師から「いい年してアニメやマンガをみるなんて」と小言を言われたことがありますが、これを差別と受け取ったことはありませんね。大人はそういうものだと思ってました。そのことでますます大人に反発してマンガやアニメにのめりこんだことはありました。同世代から白い目で見られたかは記憶にありません。見られてたのかも知りませんが、気がつきませんでした。
(※追加終わり)

 注目したいのは、ロトさんが書かれた

《(前略)私も「自嘲」という認識がないではないです。しかし、厳密には「差別内差別」というか「ゲットー内ゲットー」というか、「アニメファンの内部でさらにオタクという困ったやつがいる、それはアニメファンが差別を受けるのはこういうやつがいていっしょにされるからだ」という文脈でクローズアップされた記憶があります。》

とか、ボタQさんの

《(前略)で、次の年に入ってきた新入生の男4、5人を中心に少女漫画のグループができた。彼らがお互い「おたく」と呼ぶのを聞いて「なんだ、こいつら」と思った記憶があります。彼らはアニメはそれほどでもなく、好きなのは少女漫画も24年組ではなく陸奥A子など乙女チック系。

僕ら上級生は「いじめ」はしなかったけどかなりばかにしてましたね。 自分らも今でいう「おたく」なんですけど気分としては「サブカル」に近く、こいつらとは違うと思ってたんじゃないかと。》

という証言は重要ではないかと思います。僕の記憶でも初期オタクは、今でいうところの「サブカル」意識が強く、研究者・評論家意識を強く持っていた。だから、少女マンガやアニメがブームになって大量の「ミーハー意識の強いファン」が入ってきたとき、これに反発を感じた部分が当然あったと思います。

俺について言えば、俺は「アニメは作品として見るべき」なのに、作品や監督・スタッフではなく、美形美少女キャラや声優に声援を送るファンが大量に現れたとき、「このままではアニメがだめになる」と強く思ったことは事実です。それで、当時作っていた同人誌で「アニメブームを斬る」という記事を書いたことがあります。こういった気分が、ロトさんの書いた「ゲットー内ゲットーの差別」としてのオタク差別に繋がっていったことはあるのかもしれない。

中森明夫氏が「おたくの研究」を書いた83年の春は、まさに絶好のタイミングだったですね。マイナーで先鋭的だった年長アニメファンたちが、自分たちのシマを荒らす薄くて大量の若いミーハー・ファンをどう呼ぼうかと思っていたところに「おたく」という言葉が出現した。それで、マニアがミーハーを馬鹿にして「おたく」がはやったのだというのが実情に近いですね。

俺、ずっと「おたく」を自嘲語だと思っていたけど、自嘲で連発していた俺なんかより、ファン内部で「リーダー」(濃いマニア)が「フォロワー」(薄いミーハー層)を差別して使ったというのが実態かもしれません。この「リーダー」「フォロワー」という言葉は、宮台真司氏のオタク分析の論文に出てくる言葉です。1994年に出された『制服少女の選択』の第二部を占める「コミュニケーションの進化史」がそれですが、オタク社会の原風景を論じたものではたいへんに秀逸です。

俺が主張する「オタク密教」的な態度というのも、「オタクがオタクを差別する」態度だと言えます。これについては、自戒の意味もこめて書いておきたいと思います。

まあ今にして思えば、ミーハーでもなんでも大量の「ファン」が現れたから、アニメは「産業」になって現在のオタク文化が成立していったわけなんですよね。その意味では当時の俺は狭量だったと思います。この問題、もう少し続けてみようかと思います。

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» 竹熊健太郎さんへのTB。オタクはいつから叩かれてきたのか? 第1.5世代の証言 [フィギュア萌え族(仮)犯行説問題ブログ版・サブカル叩き報道を追う]
TRick FiSH blogさんによると、「宮崎事件」以前にも「殺人事件」と「オタク」を関連付ける形でのバッシング報道は存在したとの事である。(週刊SPA!1989年3月23日号「麹町小学校4年生殺人事件:増加するゲーム世代“オタク族”のやっぱり起こった『倒錯殺人』」)既に「ゲーム脳」みたいな概念があったらしい。 さて、「おたく」なる呼称が出現する以前に、「アニメやマンガのファンである事」を理由に謂れのないイジメが存在したのかどうかという事を、竹熊さんが「オタク第一世代」に問いかけて、結構多くの... [続きを読む]

受信: 2008/01/29 01:04

» オタクはいつから恥かしそうにしなくなったのか [ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせる]
大の大人が、やれアイドルだ特撮だアニメだミリタリーだプロレスだ格闘技だと、もう少し恥かしそうにやって欲しいと思うんだが、最近のオタクは全然恥かしそうにしない件。 元ネタは、またもや「たけくまメモ」。 オタクはいつから差別されていたのか? http://takekuma.coc... [続きを読む]

受信: 2008/02/01 03:05

» ■これはすごく興味深い■ [をたOLの読書]
ええと 個人的に関心のある記事があったので掲載します。 というかまあ有名どころなのでご存知の方も いらっしゃるでしょうがw オタク第一... [続きを読む]

受信: 2008/02/09 20:20

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