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2008年2月

2008/02/29

父親の野望

実は父親にはあれでも野望があるんですよ。これは数年前、父が70歳になる前なんですが、俺にこう言ってきたことがあるんです。

「健太郎。本というのはどうすればいいんだ?」

いきなりこう言ってきたので、はじめ意図がよくわからなかったわけです。もしかすると本を書いて出版するという意味かな、と思ったので、「何。本を出したいの?」と聞いたら、「うむ」と頷くではないですか。それで俺、言いました。嫌な予感がしたので。

「どういう本を書きたいんだよ。まさか“私の歩み”とか“青春の思い出”とか、そういう…」
「まあ、そんなところだが……」
「誰が読むんだよそんな本!」
「定年退職したら、ぜひやりたかったんだが……」
「誰でも年とったら一度は考えるんだよ。でも素人の昔話を出版してくれる奇特な版元なんかないよ!」
「いや。それはそう思っていたんだが、熊本のコガ君なんか、今度映画まで作るんだぞ」

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2008/02/25

【サルマン2.0】サルまん第5回本日発売

Noroi02 本日25日は「IKKI」発売日です。いよいよ前回載せた写真の意味が判明します。それから、今回は鳳ヘボン先生のインタビューも載ります。インターネットで盗作検証サイトを作られ寝られない相原が、店内に置いてあったビジネス雑誌に目を通すと、「成功者インタビュー」ということでヘボン先生がインタビューを受けているわけです。ビバリーヒルズに別荘があり自家用ヘリで行き来しているなど、先生の優雅な生活が垣間見えます。

Hebonint2

Hebonint1 自分で言うのもなんですが、大変にハートウォーミングな楽しい回になりました。ぜひともお読みになってくださいますれば嬉しい限りです。

それはそれとして、次回の「サルまん」から新展開になるのですが、いろいろ皆さんにもご相談したいことがあります。エントリを改めまして告知しますので、よろしくお願いします。

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2008/02/24

健太郎。パスタとピザは

こないだ父親が運転する車に乗っていたんですが、信号待ちをしている間にこんなことを言い出ました。

「健太郎。パスタとピザは、同じか?」

いきなりだったので、質問の意図がわからずキョトンとしておりますと、

「パスタはピザなのか?」
「お父さん。パスタもピザも同じイタリア料理だけど、違うものだよ」
「違うのか?」
「違うよ。ピザはイタリアのお好み焼きみたいなもので、パスタはスパゲティのことだよ」
「なんでスパゲティがパスタなんだ」
「知らないよ! 同じものを違う名前で呼ぶことってあるだろう。醤油をムラサキと言ったり」
「まぎらわしいな」
「まぎらわしくないよ! なんでいきなりそんなこと聞くんだよ」

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2008/02/23

エライ人の責任の取り方

自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船清徳丸の衝突事故で、石破茂防衛相が辞めるの、辞めないのという話が早速出ております。

でも清徳丸の仲間の漁業関係者の人が、テレビで「今すぐ辞めるのではなく、原因をすべて究明して再発防止策を講じてから辞めていただきたい」ということをコメントしていました。

こういう事件が起きるたびに、責任者が引責辞任する話がとりあえず出るわけなんですけれども、俺は昔から、「なんとかならないだろうか」と思っていました。

これ書いている現在、清徳丸乗組員の親子の生死は不明なんですが、まあ冬の海に放り出されたわけで、それから4日間も経過しており、絶望視されております。状況証拠から考えても、「あたご」の不注意であった可能性が高く、そこのところを自衛隊がぼかして発表しているので、批判が集まっているようです。

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2008/02/20

●「ぼくら語り」の夜明け・後編

Dscn0221←「まんがコミュニケーション」1971年6月創刊2号

「まんコミ」71年6月号に掲載された、斉藤次郎編集長の手によると思われる「コミュニケーション405」には、こういう文章もあります。

まんがをまんがで語る
“まんがブームの終り”の寸劇が街で評判をとっている。一時の頂点、「少年マガジン」誌百五十万部突破は、すでによきムカシバナシとして出版界の酒宴の酒の肴になりきろうとしている。(中略)
 おびただしい数の読者がまんが雑誌から、無言に別離した。その別離の距離が狂おしいまんが雑誌のたそがれに向かって告知している。その距離のなかに、表現欲求の延長上にまんがを表現メディアとする層が定着した、まんがを表現の武器として、しかも、まんがの内側から、まんがでまんがを語り、絵ときするものと「まんコミ」は、グルになり、その鼓動を伝え合う。そのとき“まんがブームの終り”がある》

これも晦渋な文章ですね。少し説明すると、文中の「少年マガジン」が売れなくなったというのは、1970年に150万部を記録した「マガジン」が翌71年になって、とつぜん部数が大幅に落ち込んだことを指しています。同時に「サンデー」の部数も激減しました。原因としては、「マガジン」「サンデー」は創刊時(59年)に小学校高学年だった団塊世代をターゲットにしていたため、70年には主要読者が大学生から社会人になり、人気連載だった『巨人の星』の終了と、『あしたのジョー』でライバル力石が死んで連載のテンションが一時的に失速、『天才バカボン』がいきなり「サンデー」に移籍する事件もあって、読者離れを起こしてしまったことにありました。

少年読者は新興勢力の「少年チャンピオン」「少年ジャンプ」に流れ、ハイティーン層は「マガジン」「サンデー」に見切りをつけて、「漫画アクション」「ヤングコミック」「ビッグコミック」などの新興青年誌に流れたということがあります。マガジン・サンデー両誌ともあわてて読者年齢を下げようと試みましたが、読者は戻らず、以降80年代にラブコメ路線で盛り返すまで両誌の長期低迷が続くのです。しかしこれはマンガが多様化しはじめただけで、必ずしも総体としての読者数は減ってはいなかったと思うのですが、「まんコミ」編集部はそうは見ていなかったということでしょう。

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2008/02/19

●「ぼくら語り」の夜明け・前編

Dscn0217←まんがコミュニケーション1971年6月創刊第二号

本来なら今回は『「まんがエリート」と「おたく」の間に』の続きで、1975年の第一回コミックマーケットの開催と同じ年に、パロディサブカル誌「ビックリハウス」が創刊されて、70年代サブカル状況が整備されてきた話を書こうと思っていました。ところが昨日本棚を整理していたら、大昔に入手していた「まんがコミュニケーション」(略称「まんコミ」)71年6月号というミニコミがひょっこり出てきました。今となってはかなり珍しいシロモノです。71年に実質休刊した「COM」と、75年に始まったコミケとをつなぐミッシング・リンクのような雑誌なんですよ。読み返したら、団塊直下=プレおたく世代の気分がそのまま真空パックされたような内容でしたので、予定を変更して紹介したいと思います。

「まんコミ」については、2005年に発行された『コミックマーケット30'sファイル』(有限会社コミケット)という本の「コミケ前史」について書かれた箇所に、名前だけが出てきます。同書冒頭では、60年代末の「COM」が、いかにマンガファンの心のよりどころとして機能した重要な雑誌であったかについて触れた後、次の文章が続きます。

Komiket30s1←コミックマーケット30’sファイル―1975‐2005

《しかし、70年に実質的に『COM』は休刊、71年に再刊するが、虫プロ商事の倒産とともに完全に消えていった。拠点を失ったマンガファンたちは、『COM』以後のマンガ状況をどう生きるか、様々な道を探っていくことになる。コミュニティの再構築を目指す“マンガコミュニケーション”(原文ママ)、大阪という地でミニコミ的マンガ誌を刊行する「あっぷるこあ」、ちょっと遅れるが東京の同様の自前のマンガ誌を作っていこうとする『漫波』『不思議な仲間たち』。そして、SF大会にならったファンイベント「日本漫画大会」、それに続く形での「マンガフェスティバル」、などなど。戦後マンガ世代による、運動体的マンガ活動は72年から75年にかけて、様々な形で起こり、活発化していった。》(コミックマーケット30'sファイル 太字は筆者。本文中の「COM」実質休刊は71年。73年に再刊の間違いと思われる)

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2008/02/17

川上未映子さんありがとうございました

Amazon01_2 川上未映子さん、今朝放映のNHK-BS2「週刊ブックレビュー」で拙著『篦棒な人々』をご紹介いただきまして誠にありがとうございました。過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮かつ嬉しかったです。

今月に入ってからはアマゾンで売れ行き順位10000番台をうろうろしていた『篦棒な人々』ですが、さっき覗いたらいきなり117番に飛び上がってて驚きました。昨年12月に本が出たときには、このブログであられもなく宣伝して一瞬300番台に入ったのを確認したのが最高ですので、さすがにテレビで見目麗しい芥川賞作家にフレンドリーな関西弁で紹介されたことは強いと思いました。これで河出書房が増刷の検討に入ってくれれば嬉しいのですが、経験上、世の中そうは問屋が卸しませんので注意が必要です。

ところで「文藝春秋」、いつもは送ってくるのに、今月売りの3月号は家に届いておらず『乳と卵』がまだ読めていません。本屋で買えばいいんですが、どのみち今月22日に単行本化されるそうなので断固としてそちらを購入するつもりです。それから川上さんのブログでも拙著をご紹介いただきましてありがとうございました。芥川賞、強いです。俺もアルハブロガーなどと呼ばれて天狗になっている場合じゃないと思いました。今ものすごく忙しいことになっているでしょうが、くれぐれもご自愛ください。

ちなみに「週刊ブックレビュー」の再放送は本日(明けて月曜)深夜12時からですので、見逃した方はぜひどうぞ。

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2008/02/16

70年代は変な時代だった

えと、以下書いた文章はおとといアップした「まんがエリートとおたくの間に(2)」のために書いた文章から、本筋から逸脱して長くなるのでカットした部分です。でも読み返したら、これはこれで発表する価値はあるかも、と思い直しました。本筋の「おたく」話からは離れているんですが、俺が中学から高校時代を過ごした70年代って、こういう時代だったよなあというあくまで俺の印象であります。補遺エントリとしてお読みください。

昔ライターの山崎浩一さんと話したとき、山崎さん(俺より6歳上。世代的にはサブカル=プレおたく世代に入る)が「73年くらいまでは60年代なんだよ」という話を俺にしたことがあるんですね。これはつまり、70年代に入ってからもけっこう長い間60年代的な意識をみんなで引きずっていて、それがだいたい73年で終わったということです。俺は子供だったけど、山崎さんはもう高校から大学くらいだから「政治からサブカルへ」という時代の変わり目を、リアルに目撃していたのだと思います。

それで70年代はのんびり・まったりした時代だったと前に書きましたが、一番そういうムードだったのが確かに74年から76年くらいでした。鈴木ヒロミツがCMで「のんびり行こうよ」と歌ってたりとかね(※註) ……あ、すいません。今調べたらこれ、意外と早くて71年だった。でも70年代中盤までの気分を象徴するCMだったと思いますよ。

http://www.youtube.com/watch?v=AWAqeKAZLz4
↑モービルガソリンCM「気楽に行こうよ」(1971)

※コメント欄で指摘されましたが、この歌を歌っていたのはマイク真木だそうです。CMに映っている太っているのがモップスってGSバンドやってた故・鈴木ヒロミツ。このCMに出たあたりから役者に転向したのかな。ちなみに高校時代のユーミンはモップスのおっかけやってたそうです。

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2008/02/14

「まんがエリート」と「おたく」の間に(2)

Com196802 ←「COM」 1968年2月号表紙。

前回は、1967年1月(発売は66年12月)に「COM」が創刊され、「ガロ」とともに「いくつになってもマンガを卒業しない」当時のハイティーン(現在の50~60代)を主要読者として開拓したと書きました。なかんずく「COM」は、新人発掘に力を注いただけではなく、マニアへの連帯をよびかけて読者組織を作り、これが75年からのコミックマーケットへと発展していったことはほぼ間違いないところです。今あるマンガ状況、マニア状況は、「COM」を抜きにしては語ることができないといえます。

前回も書きましたが、「COM」は創刊号から68年いっぱいくらいまで「まんがエリートのためのまんが専門誌」というキャッチフレーズを表紙に掲げていました。60年代は日本中が「政治の季節」であって「若者の反抗の季節」であり、左翼大学生がキャンパスの中心にいて、バリケードを作ったりデモ行進をやって反権力のメッセージをアピールしていました。現在では考えにくいことですが、大学生が交番を焼き討ちしたり、キャンパス内でゲバ棒や刃物を振りかざして対立セクトを半殺しの目に遭わせたりすることが「日常風景」であったわけです。団塊世代のテリー伊藤には学生運動の過去がありますが、彼が斜視になったのはデモ中に投石を顔面に受けたからだと本人が語っていたことがあります(最近になって手術を受けて治しましたが)。

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さ~て次号の『サルまん2.0』は…

Noroi01 入稿がほぼ終わりました。あえて詳細は省きますが、近所の公園で丑の刻参りをやってきました。丑の刻というくらいですから、本当は夜中にやるべきでしょうが、撮影の都合で昼間になってしまいました。

なぜ、こんな写真を撮ってしまったかは、今月25日発売のIKKIをご覧ください。それにしましても白装束着てワラ人形に釘打つのは真冬にやるものではないと思いました。寒くてかないません。でも真夏にやったら虫除けスプレーが必要になるかもしれません。

Noroi02 ワラ人形はネットで検索すれば結構売っています。↓これとか。

http://www.noroi.net/index.html

それを買ってもいいですが安いのでも3000円から1万円くらいします。ちと高いという人はスーパーでワラにくるんである納豆を買ってくれば高くても250円くらいでワラ人形が作れます。サルまん公式ブログにも関連エントリ載せますのでなにか言いたいことがあればコメントはそちらにどうぞ。しかし何故ワラ人形を打ってるかは聞かないでください。

◎このエントリへのコメント→★サルまん公式へ
◎コメント掲示板のサルまんスレへ→★

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2008/02/12

川上未映子さんが「篦棒な人々」を

 ミュージシャンで小説家でこの間芥川賞をとったばかりの川上未映子さんが、今月17日放送のNHK-BS2「週刊ブックレビュー」で拙著『篦棒な人々』を紹介してくださることになりました。

http://www.nhk.or.jp/book/prog/2003preview01.html
↑17日の番組紹介ページ
http://www.nhk.or.jp/book/
↑週刊ブックレビューTOP

「週刊ブックレビュー」の放送日は

NHK BS-2
17日日曜日 午前8:00~8:54
【再放送】 翌18日月曜日 午前0:00~0:54(同日・深夜)

であります。川上さんは美人です。お見逃しなきよう。

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2008/02/09

あの「イボグリくん」が復刻!

Ibogurikun01

←能登の白クマうらみのはり手 (THE VERY BEST OF Tatsuhiko Yamagami)

山上たつひこの70年代最高傑作『イボグリくん』が小学館クリエイティブから復刻されました。本当はもっと早く書評すべきでしたが、今からでも遅くないので欲しい人はぜひどうぞ。

ただし書名は『イボグリくん』ではなく『能登の白クマうらみのはり手』という別短編のタイトルになってます。(もともと「イボグリくん」自体が正式タイトルではなく、シリーズ一本ごとに全部別のタイトルになっているんですが)

もちろんこちらも傑作ですが、俺が大ファンの「イボグリくんシリーズ」は、全部が収録されています。山上たつひこという「伝説のギャグマンガ家」がいったいどれほど凄かったのかは、代表作の『がきデカ』を読むより、この短編集を読むのが一番わかりやすいでしょう。まず現在では商業誌に掲載不可能ではないかと思えるような過激ギャグのオンパレードです。

『イボグリくん』は、『イガグリくん』という、山上さんが子供時代にヒットしていた柔道少年マンガのパロディなんですが、元ネタを知らないと笑えないような、よくあるパロディ物ではありません。実際俺がこれを読んだのは高校時代で、生まれる前の作品である「イガグリくん」を読んでませんでしたが、そんなことは関係なく大爆笑しました。

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2008/02/08

うーん。ブルーレイ綺麗

Fllmetaljaket←写っているのは「フルメタル・ジャケット」の1シーン。(ワーナー・ブラザース)

正月からPCのシステムを一気に三台入れ替えてるんですが、ハレルヤ3号(動画専用)にブルーレイとHDDVDのコンパチドライブを思い切って導入、ついにわがシステムもハイビジョン再生に突入いたしました。

といっても地デジ対応のチューナーボードとか入れたので、悪名高い例のコピーワンス(基本的に一回録画したらそこからのコピーが一回しかとれない)とかがあってなんかこれで遊ぶには敷居が高い感じであります。

コピーワンスに関しては最近規格が変わって、コピー10回までOKになったけど孫コピー(コピーのコピー)ができないので編集して名場面集とか作ろうとするといろいろ面倒なことになる。しかもコピーではなく「ムーブ」ということになる(ハードディスクからDVDに書き込んだら、ハードディスクの元データが強制削除されてしまう。また基本的に録画した機材でないと再生できない、等)と、著作権保護のためとはいえ規制でがんじがらめになってしまって、いろいろ遊ぼうという気になれないわけです。それ以前にシステムが複雑すぎて未だによくわからないんですが。

別に海賊版作って売りさばこうなんて考えてないんですけどねえ。まあそれはともかく、初めて我が家で見たハイビジョン映像はなかなか綺麗でありましたよ。うちのシステムはフルのハイビジョンではなくて画素を押さえた疑似なんですけどね。それでも従来のDVDとは次元が一段違う感じであります。

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2008/02/05

【業務連絡】「アルファブロガーに聞く」で取材されました

先日、毎日新聞のサイトから取材を受けました。過去に小飼弾さんや、「ネタフル」のコグレマサトさんも取材を受けたサイトです。俺自身は「アルファブロガー」という意識はないんですが、ともあれブログの宣伝になるならありがたいことであります。

http://mainichi.jp/feature/blog/20080205mog00m300022000c.html
↑毎日JP「アルファブロガーにきく」第8回

現在中断している「ブログ考」の連載も、これをきっかけにぼちぼち再開したいと考えてます。

しかし寝起きで受けたインタビューなのでひどい写真になっちゃいましたね。俺、ちょっと痩せたかな。最近は毎食ご飯一杯だけの生活にしているのがいいのかもしれません。

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2008/02/01

「まんがエリート」と「おたく」の間に(1)

もう少し「オタクの起源」の話題を続けます。

実は俺の本棚には虫プロ商事発行の「COM」がほぼ全冊揃っているんです。時々取り出してパラパラと眺めているんですが、創刊号(1967年1月号)の表紙を改めて眺めて、そこに大きく載っているキャッチフレーズを見て感慨深いものを感じました。

Com196701

←「COM」1967年1月創刊号・虫プロ商事発行

左がその実物ですが、タイトル下に大きく水色の文字で「まんがエリートのためのまんが専門誌」と印刷されているわけです。

歴史的に見ると、まず1964年に青林堂から「ガロ」が創刊され、看板連載の『カムイ伝』が左翼大学生を中心に人気を博します。この頃、手塚治虫の虫プロはすでにテレビアニメ『鉄腕アトム』を制作放映しておりましたが、同時に視聴者向け会員誌「鉄腕アトムクラブ」を発行していました。

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