マンガ界崩壊を止めるためには(4)
●日米エージェント・ビジネスを巡って~松谷創一郎氏の危惧
だいぶ間が空いてしまいましたが、「マンガ界崩壊を止めるためには」の第四回をお届けします。前回の(3)をアップしたのが15日でしたが、実はその直後にmixiの俺のページで、フリーライターの松谷創一郎氏とコメントのやりとりをしていました。俺が(3)において
《 今、マンガ界で起きている問題は、構造不況のような個々人の努力ではいかんともしがたいものもありますし、作家の側に問題がある場合も多いと思いますが、すでに何人かのブロガーが指摘しているように、編集部と作家との間に「エージェント」を介することで解決する問題が数多くあると思われます。》
↑http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_e699_1.html
と書いたことに対し、松谷さんはハリウッドのエージェントビジネスに詳しい立場から危惧を表明されたのでありました。松谷さんのブログで、その全文がエントリとしてアップされています。
http://d.hatena.ne.jp/TRiCKFiSH/comment?date=20080621
↑TRiCKFiSH blog「マンガ界にエージェント制は馴染むのか?」
松谷さんが論拠にされたものはハリウッドの映画産業におけるエージェントの話であって、この論法がそのまま日本の出版界に適応できるものではないかもしれませんが、主張の骨子は非常によくわかります。松谷さんの主張を俺なりに整理してみると、こういうことになると思います。
●アメリカでエージェントが映画会社に対して強い力を発揮できる理由は、ハリウッドの映画産業が巨大な世界市場を前提として発展したからである。日本のマンガ界(出版界)の市場規模で、ハリウッド型のエージェント・ビジネスが成立するかは疑問である。
●ハリウッド型エージェント最大の問題は、ギャラを際限なく上げてしまうことである(それが自分の儲けになるから)。この場合、新人や中堅どころのクリエイターにとっては、かえって仕事を続けるうえでの脅威にもなる。ギャラの高騰を理由にして、次からの仕事を断る口実を、会社に与えてしまうからである。
●そこで重要になってくるのが、ハリウッドには職能別に必ず存在するユニオン(ギルド。組合のこと)である。ハリウッドでは俳優は俳優の、脚本家は脚本家のユニオンに加入することが常識になっている(そうしないと仕事が回ってこない)。これがハリウッドではクリエイターの立場を守るセーフティ・ネットとして機能している。
●かりにクリエイターがエージェントとの契約を打ち切って直接交渉に切り替えたとすると、クリエイターは、今度は会社からの「賃下げ圧力」に曝されることになる。しかしユニオンが介在することで、最低限の賃金や待遇面での保証を得ることができる。もし会社が加盟するクリエイターに対して不当に低い条件を提示してきた場合、ユニオンはストライキ権を発動して抵抗することになっている。
●ハリウッドにおけるエージェント・システムは、以上見てきたようにユニオンと相補関係にあり、ユニオンがあって初めて機能するものとなる。したがって、組合が存在しない日本のマンガ界で、ハリウッド型エージェントの話だけをしても意味がないのではないか。(以上、文責竹熊)
これに対して俺の意見は、
「自分(竹熊)が考えているのは“日本型エージェント”のビジネス・モデルであって、ハリウッド型のそれではない。松谷さんご指摘の通り、そもそも個人作家が所属する“組合”がなく、会社と作家相互がそうしたものにアレルギーがある日本のマンガ界では、ハリウッド型のエージェントを導入しても破綻するだけだと思う。“日本型エージェント”というのは、出版社から自立した“マンガ・プロデューサー”のことだと考えていただいてよい。これはごく最近、その萌芽が出てきたばかりで、定着しているとはとても言えない。しかし、そういう人が企業と個人作家の間に立つことで、現在生じている会社・作家間の問題の多くは解決、ないしは軽減する可能性がある。日本のマンガ産業が今後発展するためには、出版社に属さない“マンガ・プロデューサー”の成立が不可欠だろうと思う」
というものでした。この「独立マンガ・プロデューサー」については、まさにこのエントリの完結編で呈示したいと考えていたのです。そもそも「エージェント」という言葉に問題があったのだと思いますが、なかなかいい言葉が思いつかなかったのです。ここで俺が言う「マンガ・プロデューサー」とは、基本的にフリーランスで、しかも原作者・編集者・エージェントの役割すべてを兼ね備えた存在のことです。
「そんな仕事が一人でできるのか」と疑問を持つ人がいるかもしれませんが、できます。現実に、マンガ雑誌の編集者は、それをやっている人が多いわけです。ただサラリーマンですから、表に名前が出ることもなく、作品が大ヒットしても、会社の給料以上の報酬はでませんでした。
作家としても、相性のいい優秀な編集者には、できれば独立してもらって、ずっと自分の担当をやっていて欲しいと願うものです。これまでは、編集者はサラリーマンですから、作家の希望と会社の意向が対立した場合、否応なく会社の意向を押し出す以外にありませんでした。また大手出版社の場合、給料がとんでもなく良かったりしますから、そもそも独立しようと考える人がなかなかいなかっただけです。
しかしここ数年、講談社から独立した樹林伸氏や、小学館から独立した長崎尚志氏など、安定した高給取りの立場を投げ打ってもフリーになる人が出現しています。彼らは「原作者」であるんですが、仕事内容を見れば、明らかに編集者です。彼らの仕事についての俺の考えは、最後に書きたいと思います。
●マンガ界“組合”アレルギー真の理由?
松谷さんに俺は「会社と作家双方に組合アレルギーがある」と書いたわけですが、これについては書き出すと長くなります。簡単に言うなら、マンガ界には70年代から「作家組合」のようなものを作ろうとしては、頓挫してきた歴史があるのです。
もともとは戦前から「漫画集団」という組織があり、横山隆一や近藤日出造、杉浦幸雄といった大御所「大人漫画家」の拠点になっていました。しかし実態は組合ではなく、親睦会に近い性質の集団であるようです。手塚治虫先生のような児童マンガ家は、なかなか集団には入れてもらえませんでした(60年代に加入。以後、ストーリーマンガ家も加入できるようになったが、加入はメンバーの推薦制である)原則として新聞やサラリーマン雑誌に一コマや四コマを描くような「大家」が中心の組織だったのです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%A1%B2%E8%BD%B8%C3%C4
↑はてなダイヤリー「漫画集団とは」
しかし60年代以降は少年少女向けのストーリーマンガがマンガ界の主流になり、「漫画集団」は、時流とあわなくなってきます。70年代には、大御所の水野英子先生を中心に、原稿料の安い少女マンガ家が団結してユニオンを作ろうとした動きがあったのですが、離脱者が大量に出てうやむやになったようです。
以降もマンガ界のユニオン設立の動きはいくつかあったようですが、なぜかうやむやになりました。1993年に故・石ノ森章太郎先生や里中満智子先生、ちばてつや先生などが中心になって「マンガ・ジャパン」が設立されました。ここは顧問弁護士がいて、もともとストーリーマンガ家が巻き込まれたトラブル処理と、権利向上のための「組合」に近い組織にする構想があったようです。が、今はやはり「親睦会」の要素を強めているようです。
http://www.mangajapan.gr.jp/
↑マンガ・ジャパンTOP
こうした過去の動きを見ても、マンガ界と組合とは、どうも根本的に相性がよくないようです。理由はいくつか推測できるんですが、そのすべてをここに書くわけにはいきません。しかしその根底に横たわっているものは、ここで何度も書いてきた「社員編集者と個人作家との、伝統的な異常に濃密な関係」が、そうしたもの(組合設立)を妨げていたのだと思うわけです。
有望な新人作家を中学・高校在学中から目を付け、卒業と同時に東京に呼び寄せる。アパートを借りてやり、敷金礼金から保証人まで担当編集者が肩代わりする。作品についてはいうに及ばず、悩み事があればなんでも相談に乗ってやる。担当編集者が合いカギを持ち、夜中に寝ている作家のアパートに勝手に入って、冷蔵庫が空いていたら食料を補充してやる……。
そんなバカな、と思うかも知れませんが、70年代くらいまではこういう編集者が本当にいたと俺は聞いています。大昔の児童マンガ家、少年マンガ家は高卒で、少女マンガ家は中学卒業したくらいで当たり前のようにデビューしていましたから、マンガ編集者はよそ様の娘・息子を預かる「保護者」としての側面があったのです。少女マンガ家が上京してデビューする際には、担当編集者が実家まで挨拶に行って親の承諾を取り付けることが重要な仕事だった、ということが、長谷邦夫先生の『マンガ編集者狂笑録』の丸山昭さん(元「少女クラブ」編集者)の章に出てきます。
こういう編集-作家の蜜月ムードの中で戦後マンガは発展してきた事実があったわけです。これが幾多の名作・ヒット作を生み出す土壌になったことは事実ですが、同時に「組合を作って編集との蜜月ムードを壊す」ことを忌避する土壌にもなったのではないか、というのがおおまかな俺の推理です。
ここからいよいよ本題の「日本型エージェント=フリーマンガ・プロデューサー」についての話を書きたいと思いますが、また長くなりました。少し休憩して、「その5」をアップしたいと思います。しばらくお待ちください。 (つづく)
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