コミックマヴォVol.5

« マンガとアニメーションの間に(1-1) | トップページ | マンガとアニメーションの間に(2-1) »

2008/06/17

マンガとアニメーションの間に(1-2)

■京都精華大学特別講義テキスト

●マンガとアニメーションの間に(1-2)
 第一回「ウィンザー・マッケイの人と業績」(2)

●講師・竹熊健太郎

●アニメーション作家としてのマッケイ

 マッケイは舞台芸人でもあり、舞台の出し物としてアニメを始めたことは有名である。彼のアニメ第一作『リトル・ニモ』(1911)は、自作マンガのキャラクターをただ動かしただけの実験作だが、シンプルな線がうごめきながら形となり、それがメタモルフォーゼを繰り返しつつ優雅に動き回るさまには、アニメの魅力の全てが実現されているといっても過言ではない。彼はこの2分強の作品のために、四千枚の原画を描いたという。

 この試みは簡単なストーリーを持つ『蚊はいかにして行動するか』(1912)でさらに追求され、1914年の話題作『恐竜ガーティ』でひとつの頂点に達した。

 初期マッケイ・アニメの特徴は、背景とキャラクターをすべて一枚の紙に描く「ペーパー・アニメ」の手法を用いていることだ。ジョン・ランドルフ・ブレイによってセル方式のアニメーションが発明されたのが1915年であることを考えると、この方法しかなかったといえる。しかしこれは恐ろしく手間のかかる技法であり、特に静止すべき背景までも一枚一枚描くため、画面全体が細かく振動してしまうという欠点を持っている。だが、すべてが一人の作家による手描きであるため、画面の統一感にはすばらしいものがある。

 次に彼は、1915年からおよそ3年をかけて『沈みゆくルシタニア号』(1918)をペーパーアニメの手法で描いた。これは現実に起きた事件(ドイツの潜水艦によるイギリスの豪華客船襲撃事件)を忠実に再現するという一種のドキュメンタリー作品で、深刻な悲劇を再現するため、彼はそれまでのファンタジックなタッチを捨て、「アニメによる細密画表現」という前代未聞の作業に挑んだ。公式な作画枚数は二万五千枚だが、これは誇張された数字だろう(アニメ部分は正味7分なので一万枚強か?)背景が動かないところなどから判断すると、一部に切り紙とセルアニメの手法が採用されているようである。これによって背景を一枚一枚描く手間がはぶけたとはいえ、この作品に投入された労力は恐るべきものである。

 アニメ史的には、「写実」を初めて本格的に試みた作品であり、またメカニック描写や、波や風・煙・爆発といったエフェクト・アニメの元祖としても高い評価を下すことができる。特に驚くべきは煙の表現であり、白い高温の水蒸気は勢いよく直上にたちのぼり、重油の燃える黒い煙は重く海面に立ちこめ、煙突からは石炭のグレーの煙がマッケイ特有のアール・ヌーヴォー調の曲線を描いて風にたなびく、という具合である。つまり煙の種類と性質の違いがひとつの画面でちゃんと描きわけられている。ちなみに煙の動画にはセルが使われているようだ。

 大作『沈みゆくルシタニア号』のあと、彼は手間のかかるペーパーアニメをやめて本格的にセルアニメを試みる。いくつかの習作をへて、マッケイは最後のアニメ作品となる『チーズトーストの悪夢』三部作(1919~1921の間に製作。詳しい年度は不明)を完成させた。『虫の演芸』『ペット』『空飛ぶ家』の三本で、いずれもセルの平板な印象を和らげる努力が見られ、特に『ペット』はマッケイのストーリーテラーとしての才能が表出した傑作となった。

『ペット』は、倦怠期を迎えた中年夫婦のベッドで見た悪夢がテーマの作品である。無理解な夫に孤独を感じた妻が、ある日一匹の小さな動物を拾う。猫なのか犬なのか定かではないその小動物を、夫は気味悪がるが、妻はキューティという名前をつけて可愛がる。しかし、それは周囲のあらゆるものを食べて果てしなく巨大化する怪物であった。

 終盤、巨大化したキューティが都市を蹂躙するクライマックスは、怪獣映画でおなじみの構図だが、「ビル街に出現する巨大生物」というビジュアルが登場したのは、おそらくこの作品が最初である。つまりマッケイは、世界初の怪獣映画監督ということにもなる。

 この作品を最後に、マッケイはアニメ制作をやめ、マンガとイラストの世界に戻った。しかし1934年に死ぬまで、彼は自身をアニメーターだと自負していたようである。

●『フェリックス・ザ・キャット』~イメージ、その生成と攪乱

 アニメーションの歴史の中で、パット・サリヴァン(プロデュース)とオットー・メスマー(演出・アニメート)による『フェリックス・ザ・キャット(猫のフェリックス)』(1919~1932)は、初期の最重要作品に位置づけられている。それはミッキーマウス以前(ミッキーの誕生は1928年)に最も商業的成功を収めたアニメーション・キャラクターであると同時に、作品全体に横溢する「魔術的イメージ」は、アニメ美学的な価値からも重要である。

 モノクロ・サイレント、そして一回が約7分という表現上の制約の中で、『フェリックス』は最大のアニメ的効果を上げるべく制作された。画面はすべてシンプルな線画。中間色のトーンはほとんど使われず、完璧な黒と白の世界である。

 主役のフェリックスは黒を基調とし、恋人のキティ・ホワイトはその名の通り純白。この二人がシンプルな背景の中でシンプルなギャグ・ストーリーを繰り広げる。チーフアニメーターで、フェリックスの「創造者」であるメスマーの描画はあくまで上品だが、動きはとてつもなくスピーディであり、画面の中のあらゆるものが目まぐるしく変化する。疑問を感じたとき、フェリックスのしっぽはクェスチョンマークとなり、雨が降れば傘にもなる。

●アニメにおける「形喩(漫符)」表現

 特に初期作品に顕著なものが「形喩(漫符)」や「フキダシ」の使用である。何かに気づいたときに頭の上に「!」が出たり、汗や涙を水滴の形喩で表すのは日本マンガの専売特許だと思われているが、このルーツはアメリカのサイレント・アニメーションにあるのだ。フェリックスに限らず、初期のアニメにはこうした表現が無数に見られた。

 こうした形喩の使い方はもともとマンガのものであったが、アニメにおいてはモノクロ・サイレントという表現的貧弱さを補う工夫のひとつとして使われたようである。しかし『フェリックス』のユニークな点は、形喩をたんなる記号にとどめなかったところだ。たとえばフェリックスの頭の上に浮かんだ「!」が、次の瞬間バットとボールに早変わりする。さらには「?」をいくつも浮かべて、それを階段にみたててビルの屋上に上ったりするのだ。

 映画がトーキー化・カラー化されるに及んで、この種の表現はアニメからは徐々にその姿を消した。表現手法が多様化し高度化するに従って、こうした「マンガからの借り物」を使わなくも済むようになったからだ。今ではアメリカのコミックでもこうした表現はあまり見られない。

 ただ、日本マンガでは生き残ったばかりか、その後も発展さえしている。このことの歴史的意味は、今後考察する価値がある。

●もっともアニメ的な表現~メタモルフォーゼについて

 実写映画でも、あるいは絵画でも表現が困難なもの……それは形が徐々に、または一瞬で姿を変えるメタモルフォーゼである。しかしアニメではこれが容易であるばかりか、最大の魅力ですらある。上手に表現されたメタモルフォーゼは一種の「視覚のジェットコースター」と化す。アニメの快感原理のひとつがここにある。

 アニメーション(もとの意は「生命を吹き込む」こと)の日本語訳は「動画」だが、その昔は「線画」とも呼ばれた。特に初期のそれはシンプルな線によって構成されるものがほとんどだったからだ。では「線」とは何なのか。アニメ(そしてマンガ)の本質を考えるときに、これは重要な問題である。

 まず、一本の直線を引いてみる。これじたいは何もイメージしていない線である。しかしその上に山や建物を描くとこれは「地平線」である。船を描けば「水平線」だ。無意味な一本の線が、たちまち意味を持ちはじめる。

 次に線をぐっと曲げて円を描く。鋭角に曲げて三角や四角を描いてみる。なにかイメージらしきものがそこに現れる。もう少し手を加えて、三角に点々を描いてみよう。それはオニギリかもしれない。四角の中に小さな四角を順序よくならべれば、ビルに見えるだろう。

 しかしそれはオニギリでもなければビルでもない。ただの線の集積だ。それをオニギリやビルに見せているものは、我々の脳の作用である。

 人間の認知能力は「類推」と「差異の識別」でできている。われわれは何かの形を見たとき、「これはあれに似ている」「これはあれとは違う」ということを、一瞬のうちに判断する。それを支えているものは、われわれが成長する過程で得た「形の記憶」である。それはいつしか脳内の常識として強固なものになっていく。

 メタモルフォーゼは、こうした常識を破壊する。「何かの形に見えたもの」が、じつは「無意味な線」にすぎないことを暴露してしまう。その結果われわれの脳は混乱するわけだが、これを快感ととるか気持ち悪いととるかは人しだいである。

●インク壺の中から

 マックス・フライシャー(Max Fleischer,1883-1972)は、W・マッケイ、オットー・メスマーらと同じく、アニメーションのパイオニアの一人である。初期アニメーターの多くがそうであったように、彼もマンガ家としてそのキャリアをスタートさせた。また機械いじりが趣味であり、映画にも興味があったマックスは、1915年に「ロトスコープ」を発明する。これは実写の映画フィルムを1コマづつ投影し、それを紙にトレースすることで、現実の動きを手描きのアニメに置き換えることが可能になる装置である(ロトスコープはアニメ史のなかで重大な意味を持つ技術だ。その功罪を含め、後日詳しく論ずる)。

 彼は弟のデイブと協力してロトスコープを用いた作品を試作した。これを初期のアニメ・プロデューサーであったジョン・ブレイ(John Randolph Bray、彼とマックスはもとはマンガ家仲間だった)に見せたところ、ブレイは興味を示す。こうして、ブレイのスタジオでフライシャー兄弟のアニメ製作がスタートした。

 デイブ・フライシャー(Dave Fleischer)はギャグの天才だった。日常会話でも速射砲のようにギャグを連発し、そのすべてが奇想天外でめっぽう面白かったという。この兄弟が1919年(大正8年)に生み出した作品が『アウト・オブ・ジ・インクウェル(Out Of The Inkwell インク壺の中から)』という短編シリーズだ。

『アウト・オブ・ジ・インクウェル』はこういう作品である。まず最初にマックス本人が実写で登場し、イラストボードに絵を描くためインク壺を開ける。すると中からイタズラ好きの道化師が現れ、現実(実写)の世界に乱入して大騒動を繰り広げるというもの。道化師はロトスコープで描かれている(もとになった実写映像は監督であるデイブが演じた)が、「手描きなのに実写のような」奇妙なテイストが評判となり、シリーズはヒットした。この作品は日本でも人気を博し、『インク壺小僧』のタイトルで親しまれた。

 この「インク壺パターン」は、実はフライシャーの発明と言うわけではない。すでにジョン・ランドルフ・ブレイが1918年に『Bobby bumps puts a beanery on the bum』という作品で「インク壺パターン」を試みており、初期のアニメーションにおいては、これは実にありふれた手法だったといえる。

●虚構が現実を嘲笑する

 繰り返しになるが、実写とアニメを組み合わせる手法は1910~20年代においてはそう珍しいものではない。そもそも「絵が動く」という驚異を示す「見せ物」であることがアニメ本来の目的だったのであり、その驚異を強調するためには、実写と対比的に組み合わせることが一番効果的なやり方だったのである。

 しかしアニメーションが一般化する過程で、それは徐々に実写から「自立」していく。ひとつには「絵が動くこと」に観客が慣れ、それじたいでは驚かなくなったからである。またアニメーション技術が向上し、アニメ単独でさまざまな表現が可能になっていったということもある。

 しかしフライシャー作品においては、1930年代に入っても「インク壺」パターンが実にしばしば使われた。この点では同じ趣向でスタートしたディズニーが、やがてそうした対比でアニメを作ることをやめてしまうのとは対照的である。ある意味フライシャーのそれはマンネリ化ともいえるのだが、それ以前に「現実」と「虚構」を対比することが、フライシャーにおいては作家性の本質にかかわる問題であったとも考えられる。

「現実」の視点を導入するということは、アニメ(虚構)の枠組みそのものを、つねに客観的に眺めるということである。この「醒めた超越的(メタ)な視線」こそがフライシャー一流のシニカルなギャグをかたち作っているわけだが、それだけではなく、時にそれはアニメが「現実」に乱入し「現実」を嘲笑する、そのことで現実の価値観を揺り動かすことにもつながるのである。

※以下は記述もれ分である。17日午後9時半に追加

『ベティの笑へ笑へ』(Ha! Ha! Ha!、1934)は、フライシャーお得意の実写とアニメ合成の一編だが、おそらくこのジャンルの最高傑作であろう。久しぶりに「インク壺」パターンで作品が始まる。マックス・フライシャーがイラストボードにベティを描くと、帰宅の時間になる。マックスは「バイバイ、ベティ」と言って帰って行く。すると、インク壺の中から道化師ココが現れ、マックスが食べかけのチョコレートを食べてしまう。と、ふいに虫歯が痛みだす。ベティが心配して歯科医院のイラストを自分で描き、その中にココを招き入れて歯を抜こうとするが、ココが暴れるのでなかなか抜けない。
 ベティは一計を案じ、麻酔の笑気ガスをココに吸引させようとする。ところがガスの量を間違えて、それが「画面の外」に漏れだし、町中(実写)に充満する。消火栓が笑い、ポストが笑い、車や橋が笑いだす。収拾がつかなくなったところで、ベティたちはインク壺の中に逃げ込む。
 この作品が制作された当時、実写とアニメを合成するパターンはすでに古くなっていたといえる。しかしフライシャーにおいては、このパターンは単に「絵が動くことの強調」にとどまらず、われわれの常識や日常意識を攪乱する、一種の批評行為となっている。逆にディズニーには、この批評意識が希薄だ。戦後ディズニーは『メリー・ポピンズ』のようなアニメ合成をまじえた実写作品を発表するものの、ここでのアニメ合成は「実写の世界の人間が、アニメ=ファンタジーの世界に遊ぶ」という域を出ていない。これはディズニーランドのコンセプトと一緒である。ディズニーランドは「現実を忘れる装置」として機能するのであり、決して「現実の批評」とはならないのである。

◎このエントリにコメント→★
◎掲示板トップへ→★

|

« マンガとアニメーションの間に(1-1) | トップページ | マンガとアニメーションの間に(2-1) »

大学講義」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/70029/41558128

この記事へのトラックバック一覧です: マンガとアニメーションの間に(1-2):

« マンガとアニメーションの間に(1-1) | トップページ | マンガとアニメーションの間に(2-1) »