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2008年6月13日 (金)

マンガ界崩壊を止めるためには(2)

●すでにモラルや精神論で解決する問題ではない

少し更新が開いた間に、当方のエントリに対していくつかのブログから反響があったようです。その中で、現状認識において俺の考えに近いと思ったのが、agehaメモさんの「雑駁に言うとハリウッドは、東海岸の興行主から逃れた映画人達が形成した」というエントリでした。

http://d.hatena.ne.jp/ageha0/20080610/p1
↑agehaメモ「雑駁に言うとハリウッドは、東海岸の興行主から逃れた映画人達が形成した」

プロフィールがなかったのでどんな方かはわからないんですが、解決策の一例としてあげられた「フリーマガジン」の案を除いては、俺の考えとほぼ同じです。以下、俺が「そう、そうなんだよ!」と思った箇所を同エントリから引用します。

《 問題の根っこは、共にサクヒンを作り上げるべき「編集者」が「出版社のサラリーマン」である事、であるように思う。「人気があるから続けて下さい」で、傑作が崩れていく様を我々は何度も見た。「出版社のサラリーマン」は「雑誌発行部数の為に」それをせざるを得ない。

 これは「シチョーリツが全てです」とドラえもんの声優変更を押し通すのに似ている。短期的には視聴率が上がったそうだが、あれは「未来のドラえもんが稼ぎだす利益」を幾ばくか、削いだ。「持続可能なドラえもんビジネスの発展」という点ではいささかマズい。ひらたく言うと、愛がない。

 逆に言えば、過去の編集者の人達は、『日本の出版界の慣例による「美徳」、つまり作家と版元相互の信頼に基づく関係』の為に、カラダを張ってた部分がデカイのだと思う。これは個々の編集者を責めて済む話ではないような気がする。ひらたく言うと、そこまで「モーレツ社員」にはなれませんということではないか。

 これを美徳やモラルの問題と取ると当事者がそう取るのはやむを得ないと思うが、個人攻撃や精神論で終わってしまう。社会全体が豊かになってくれば、当世若者気質が変わって行くのは当たり前だ。「モーレツ社員前提のフレームワーク」の方にムリがある。必要なのは「持続可能なマンガ・ビジネスの発展」だ。オレが「未来の雷句誠」のマンガを楽しむ為に。 》(agehaメモ 2008.6.10)

長い引用になりましたが、俺が「マンガ界崩壊を止めるには(1)」で書いた真意を、これ以上ないくらい見事にまとめてくださってます。この問題は、もちろん雷句さんの告発が事実であれば(おそらく事実に近いのでしょう)とんでもないことですが、しかしそれは特定の版元の編集者と個人作家のトラブルに収斂されるだけの問題ではないということを、この方はよく認識されています。さらにいくつか、俺なりに補足させていただきたいと思います。

agehaメモさんは、現状のマンガ界ビジネスのありようを「モーレツ社員前提のフレームワーク」だと喝破されています。まったくその通りだと思います。ここで「モーレツ」を要求されているのは、本来は編集者とマンガ家の双方です。戦後マンガは、社員編集者と作家が一蓮托生となって、どちらも私生活を投げ打って名作マンガ・ヒットマンガを作りあげてきた歴史があるのです。俺が前のエントリで「作家と版元相互の信頼に基づく関係」と書いたのは、まさにこのことです。

俺がマンガ業界の仕事を始めた80年代初頭には、60~70年代のマンガ編集者にまつわる「伝説」を、いろんな人から聞かされました。たとえば上京した新人マンガ家を何人も自宅に泊めて生活の面倒を見ていた集英社の角南攻さん(現白泉社取締役)であるとか、楳図かずお先生の仕事場に毎日通ってシジミの味噌汁を作っていた小学館の白井勝也さん(現小学館専務)であるとか、「マンガなのか便所の落書きなのかわからない」と編集部全員が掲載に反対したどおくまんの作品を、辞表をポケットに忍ばせて「ヒットしなかったら会社を辞める」とただ一人頑張り、『嗚呼、花の応援団』を神風級の大ヒットに導いた双葉社の小尾さんであるとか、締切が過ぎてしまった手塚先生の原稿を「もう間に会わねえよ!」と引きちぎった秋田書店の伝説的編集者・壁村耐三さん(故人)であるとか、ある時期までのマンガ界には、ちょっと正気を疑うような編集者の伝説的エピソードがテンコ盛りだったのです。このあたりの事情は、長谷邦夫先生の『マンガ編集者狂笑録』に活写されていますのでぜひご一読を。

ちなみに最後にあげた壁村さんは、のちに「少年チャンピオン」編集長として、「手塚の死に水はオレがとる!」と当時スランプのどん底にあった手塚先生に『ブラック・ジャック』を連載してもらって作家として再起するチャンスを与えた人であります。

ところで今回、切込隊長がブログ「俺様キングダム」で、俺のエントリを紹介してこういうことを書いています。

 《 今回は小学館だったけど、たぶん出版業界含むコンテンツ産業全体に普遍的にある構造だろうし、雷句誠氏が槍玉に挙げた編集者にしたって途方に暮れてるんじゃないかと思うんだよね。次はラノベか舞台かテレビドラマか分からんけど、制作サイドと企業の論理ってのは原則相容れないから。

 あと、クリエイターってのはキチガイが多いから。一般論として。キチガイだから一人で構想立ててモノを書いたりこしらえたりできる。漫画描きたいといって大学の推薦蹴って代アニ逝った奴とか、舞台の製作のたびにヒモになるため女を作る奴とかの集まり。彼らに社会の常識なんか存在しないわけよ。で、現実にブチ当たって、キレることは山ほどある。

 でもそういう世間知らずの本物のキチガイでないと作れないクオリティの高い作品はたくさんある。編集者はそのバッファとなって、つつがなく紙に刷るために努力しなければならないのだから、やはり一定の割合でキチガイが混ざったり、逆にキチガイを許容できない人間が不幸にして役割を担わされたりするんだろう。 》

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2008/06/post_e944.html
↑俺様キングダム「いまさら「雷句誠氏、小学館を提訴」の件を語る」

切込隊長はクリエイター(作家)のことを「キチガイ」と呼びましたが、俺も同感です。一見常識人に見えたとしても、心に狂気を孕んでいるのが作家というものです。で、狂人である作家に密着して、なんとか面白い原稿をもらい受け、「商品」として一般社会にお届けするのが今も昔も編集者の役割というものです。

俺が「共犯者としての編集者」というエントリで書いた結論も、そういう内容です。つまり、作家の狂気をうまく作品に昇華させるためには、編集者も作家と同じくらい狂ってくれなかったら作家もいい仕事ができない、ということを書いたのです。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_2.html
↑たけくまメモ「共犯者としての編集者」

しかしagehaメモさんは、

《 逆に言えば、過去の編集者の人達は、『日本の出版界の慣例による「美徳」、つまり作家と版元相互の信頼に基づく関係』の為に、カラダを張ってた部分がデカイのだと思う。これは個々の編集者を責めて済む話ではないような気がする。ひらたく言うと、そこまで「モーレツ社員」にはなれませんということではないか。 》

《 これを美徳やモラルの問題と取ると当事者がそう取るのはやむを得ないと思うが、個人攻撃や精神論で終わってしまう。社会全体が豊かになってくれば、当世若者気質が変わって行くのは当たり前だ。「モーレツ社員前提のフレームワーク」の方にムリがある。必要なのは「持続可能なマンガ・ビジネスの発展」だ。 》

と書かれました。これは今回の雷句誠氏問題の背景を考察するうえでは、きわめて本質的な問題提起ではないかと思いました。つまり、かつて(70年代まで)の日本マンガは「モーレツ社員の論理」が支配していて、社員も作家もモーレツに働いて名作・ヒット作を生み出していったのだが、今の若い社員編集に「モーレツ」はほとんどいない。しかし「モーレツ社員前提のフレーム」は未だに生きていて、

今では「モーレツ」のほとんどを、社員編集者ではなくフリーの作家が担って(担わされて)いるのではないか。

フリーである作家には安定した給料もなければ、福利厚生もありません。人気がなくなれば連載が打ち切られて路頭に迷いますが、社員編集者がクビになることはない。こうした矛盾は、もちろん昔からあったわけです。それでも、今日のように作家から大きく不満の声が出なかったのは、70年代まではどこの編集部にも「モーレツ社員」がいて、作家を上回る狂気で作家と対峙していたので、矛盾が矛盾として認識されなかったのだと思われます。

80年代からバブル期が過ぎてしばらくまでは、単行本が売れに売れていましたから、雑誌原稿料の安さは相対的に目立たなかったわけですが、2000年代に入って頼みの綱であった単行本が(一部のバカ売れ作家を除いては)売れなくなってきました。多くの作家の印税収入が目に見えて落ちてきて、はじめて作家たちは、自分たちの置かれている状態を「どこかおかしい」と気付き始めたのではないでしょうか。

しかし、今はもう時代が変わったので、60年代70年代の「モーレツ社員のフレーム」には戻れない、とagehaメモさんは書きます。今の時代にあったビジネス・スタイルに業界全体を変えなければならないのだと。まったく同感です。そして彼はこう書きます。

《 「現在の編集者」の2機能は、分離できんのだろうか。出版社と漫画家の間に「独立した編集エージェント」が入って「最初の読者」兼「対・部数の維持拡大バッファ」にあたるシカケは、できんもんだろうか。 》

まさに俺も、そのこと(エージェント)について書きたいと思っていたのです。すでにネットでは、今回の問題を受けて「マンガ家の組合を作ったらどうか」という意見や「欧米のようなエージェント制を導入したらいいのでは」などの意見をチラホラと見るようになりました。俺も、ここで本論に入りたいのですが、もう朝の4時になってしまいました。今日は多摩美の講義の日ですよ。と、いうわけで、残念、この項は明日以降に続きます。 (つづく)

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