コミックマヴォVol.5

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2008/08/22

『ダークナイト』~苦悩映画の最高傑作

シリーズ物の娯楽映画の中にあって、「特別な作品」として突出してしまう一本がおうおうにしてあります。たとえば「007シリーズ」の『ロシアより愛を込めて』であるとか、「ルパン三世」における『カリオストロの城』のような作品です。シリーズというわけではありませんが、中川信夫監督の『東海道四谷怪談』も、芝居を含めて同じ原作が何百回もリメイクされている中での「特別な作品」だと言っていいでしょう。

いずれもシリーズ物に本来内包されている「設定とキャラクターの面白さ」に加えて、スタッフや役者の才能が絶妙のタイミングで絡み合って、シリーズでも二度と再現できないような、奇跡的傑作になってしまったものです。

現在公開中のクリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』もまた、「特別な作品」であります。『バットマン・ビギンズ』に続く、「新生バットマン」シリーズの最新作。これも60年代のTVシリーズや、ティム・バートン監督からの旧バットマン映画すべてをひっくるめた中にあって、たぶん誰もが認める「特別な作品」となりました。

特別な作品は、冒頭の5分くらいを見たらすぐにわかります。同じシリーズの他の作品と比べても、画面に流れる「空気感」が違うのです。今年の夏映画は『スピードレーサー』や『崖の上のポニョ』のような問題作が目白押しなのですが、どれも人にお勧めするには言い訳を用意しなければならない作品ばかりでした。

しかしようやく、ここに来て理屈抜きに「傑作だから見ろ」とお勧めできる夏休み映画に出会えて、正直ホッとしております。

152分という娯楽映画としては長尺であり、続編作品であるものの、かりに前作を見ていなくとも巧みに構成された脚本とテンポの良さで、トイレに立つ暇もなくアレヨアレヨと見てしまいます。つーか、あまりの展開の巧みさに上映時間を感じず、まるで2本分の映画を一回で見たような感じがしました。

俺は近年、ここまで評論しやすい映画を見たことがないです。とにかくテーマがはっきりしていて、ひとつのテーマに沿って全体が一分の隙もなく構成されている。本当に隙がないんですよ。

そのテーマというのは、言葉にすれば「善悪の相対性」という、日本のヒーロー物でもよく使われるものです。67年の『ウルトラセブン』で、メトロン星人とモロボシダン(セブン)が品川あたりのボロアパートの一室でちゃぶ台挟んで

「地球人からすれば、私も君も宇宙人ではないか。ここはひとつ、地球のことは忘れて仲良くしようじゃないか」

と会話するシーンがありましたが、『ダークナイト』もまた、敵役であるジョーカーがバットマンに向かって哄笑しながら

「俺もお前も世間から見れば化け物じゃないか!」

と繰りかえし、バットマンが誰に頼まれたわけでもないのに勝手に私設自警員として、奇怪な覆面衣装に身を固め、法律を無視して正義の味方を気取る矛盾を突いてきます。

これはもともとバットマンに限らずスーパーヒーロー物が本質的に内包している矛盾であります。基本的に「それは言わない約束」だったりするのですが、ジョーカーはメトロン星人と同じく、こうした矛盾を容赦しません。

ジョーカーからすれば、バットマンと自分は善と悪に別れているとはいえ、世間一般から見たら単なるフリークであって、実は同類なのだということです。そしてこの直球の問いかけに対して、バットマンは苦悩するしかありません。そして悩むバットマンをあざ笑いながら、

「お前が正体を晒すまで、俺は毎日、市民を一人ずつ殺していくぞ」

と言って、本当に罪のない市民を殺し始めるのです。もう傷口に酢と塩と芥子を塗りたくって胡椒をかけるようなトラウマ展開がこれでもか!と続くのですが、脚本と映像が超一流なので、最後まで目が離せません。そろそろ終わりか…と思ったらいきなり大どんでん返しになったりして、お腹いっぱいです。

解答不能な問いと苦悩とアクションが高度に融合した映画として、ちょっと見たことがないほどの作品です。お勧めです。

話は変わるのですが、新宿駅周辺にもう30年くらい前から出没している「タイガーマスクおじさん」と呼ばれる怪人物がいます(実は昨日も新宿で見かけました)。アフロのカツラとタイガーマスクのお面をつけて、ド派手な衣装で新聞を配っている新聞配達のおじさんなのですが、新宿の人々はもう慣れきっていて、誰も驚いたりしません。

http://dogstar.txt-nifty.com/amnesia/2007/02/post_f8d4_3.html
↑新宿のタイガーマスクの写真が載ったブログ(戌星-dogstar- 網録版)

方や超人的な身体能力と秘密兵器で悪を倒すスーパーヒーローであり、方やお面をつけて新聞を配るだけですが、街角に突然現れる異形という点では、似たようなものではないかと思います。ただバットマンは正義の味方であり、タイガーマスクおじさんは新聞を配る以外は無害だということが浸透しているので、市民はこれを許容しているだけなのです。

『ダークナイト』を「対テロ戦争」下のアメリカと結びつけて語ることは、当然可能だろうと思います。バットマンは、誰に頼まれたわけでもないのに世界の警察官を自認するアメリカの姿そのままであるともいえます。

ベトナム戦争が泥沼になってきた60年代末から70年代前半にかけては、『俺たちに明日はない』とか『イージー・ライダー』なんかの「アンチ・ヒーロー」を描いたアメリカン・ニューシネマが流行りました。アメリカのイラク戦争が「失敗」した今、『ダークナイト』のような「スーパー・ヒーローの自己言及映画」が出て、しかも当のアメリカで空前のヒットを飛ばしているということは、いよいよ何かの時代の変わり目にさしかかっているような気がします。

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