パンダとポニョ(1)
本日はまず『カンフー・パンダ』について書きたいと思います。先日、俺はこの作品について「見る気が起きない」ということをうっかり書いてしまいましたが(→★)、その後いろいろな人から「結構面白いですよ」とのご指摘があり、思い切って見ることにしました。
結論から言えば、見てよかったです。映画として面白かったことはもちろんですけど、それ以上に、『ポニョ』という作品を考えるうえでも『カンフー・パンダ』は見ておいてよかったと思いました。どういうことかといいますと、あらゆる側面から考えて、『パンダ』と『ポニョ』は正反対の場所に位置する作品だと思うからであります。
かつてレオナルド・ディカプリオが記者会見の席上、自分が出演した映画の話そっちのけで『千と千尋の神隠し』を絶賛したことがあります(横にいたスピルバーグ監督まで『千尋』を絶賛)。このときのレオ様の言いぐさが
「まるで別の惑星で作られた映画を見ているかのようだ」
というものでした。(→★)。
レオ様は、ディズニーに象徴されるハリウッド製アニメーションと、宮崎アニメとでは、作り方も内容もまったく異なる方法論に基づいていることを賞賛しているのです。その「あまりにも独特な作風」が、他ならぬハリウッドの中心に位置する俳優や監督の心を動かしたのでしょう。向こうの人は、それが「オリジナルなものであるかどうか」が、なにかを評価するときの中心にありますからね。
俺に言わせれば、たまたま今、同時に上映している
『カンフー・パンダ』と『崖の上のポニョ』こそ「別々の惑星で作られた映画」だと言いたくなります。
ハリウッドと日本の違いももちろんありますが、方や「大予算を投じて作られたウェルメイドな作品」であり、方や「大予算で作られてはいるが徹頭徹尾“作家の作品”」という意味で、根本的な違いがあるわけです。
『カンフー・パンダ』は3DCGによる映画なんですが、冒頭だけ意表をついて2Dで始まるんですね。この2Dアニメも、ディズニー以来の伝統を感じさせる完璧なアニメーションで、これはこれで技術的にも見事なものです。
冒頭ではパンダのポーが、カンフーでばたばた敵をなぎ倒すシーンが続くんですが、当然これは『男はつらいよ』シリーズの冒頭と同じく、ポーの夢だったりします。夢から覚めればしがない中華ソバ屋の息子だという現実が待っている。近所の寺でカンフー大会が開かれるんだけど、ポーはただのカンフー・オタクであってカンフーの使い手ではない。当然参加資格もなく、見物客相手にお寺で中華ソバの屋台を出そうと、道具を担いで石段を登るだけで息切れがする有様。
ところが寺の高僧が、こともあろうにグズでノロマでデブのポーを、伝説の「竜の戦士」に選んでしまう。これでポーは無理矢理に強大な敵と戦わなければならなくなる。さあ、ポーの運命やいかに!
というのが出だしなんですが、もちろんこの冒頭からの予想をまったく裏切らずに作品はハッピーエンドを迎えます。過去に見たカンフー映画の知識から、「次はこういう展開になるな」と思ったことと寸分違わぬストーリーが続くので、もう笑うしかないほどです。
見ていて面白かったのは、この作品はカンフー映画からばかりでなく、日本のマンガやアニメの影響を随所に感じることができるところです。具体的にどこからパクったというわけではないんですけど、見ているうちに10年前の「少年ジャンプ」のマンガを読んでいるような気分になってきました。基本的にバトル物だというところでそんな感じを受けたのかもしれませんが。また、これって最近のアメリカ製のアニメの傾向なのかもしれませんが、昔の洋物アニメには必ずあったミュージカル・シーンがありません(主題歌はあります)。
全体としては、見事なCGとテンポのいいアニメーション演出で、最後まで飽きさせません。次々に繰り出されるギャグとユーモアの中に、ちょっぴり泣けるシーンもあり「難解な部分がまったくない親子で楽しめるアニメーション映画」としては、ほぼ「完璧な商品」だと言っていいでしょう。
ところで俺は、『カンフー・パンダ』の監督名を未だに知りません。まあ、パンフを見直せば誰だかすぐわかりますけど、調べる気になりません。『白雪姫』の監督はディズニーではなくディビッド・ハンドという人なんですけど、100人が100人『ディズニーの白雪姫』だと認識していてそれで不都合がないように、
『カンフー・パンダ』はハリウッドが作った面白いアニメだと思っていればそれでよく、監督(作家)が誰であろうが関係ない種類の作品であるわけです。
もちろん、ハリウッド映画にもヒッチコックの『サイコ』とかスピルバーグの『E.T』のように、作家の名前で売られる作品がないではないです。しかしどちらかというと、彼らは例外であって、向こうでは作品の「商品価値」に一番直結しているのはスター俳優の名前であり、製作実権を握っているのがプロデューサーだったりするわけです。
スピルバーグなどは、自分の企画を通すために最初からプロデューサーを兼ねていることが多いですね。一方テリー・ギリアムとかM・ナイト・シャマランは、映画会社と派手に喧嘩してでも自分の企画(作家性)を通そうとすることで有名です。しかし彼らにしても、最後はプロデューサーとして資金面での責任も負わない限り、会社とのトラブルは続くでしょう。スタンリー・キューブリックは、極端な寡作と引き替えにして、プロデューサー兼監督を最後まで貫きました。ディズニーもルーカスも同じなんですが、ハリウッド映画のような莫大な資金が必要になる作品の場合は、作家性を貫くためにプロデューサーになるしかないのです。
もっとも資金調達の責任を負うプロデューサーと、クリエイターである監督とでは、求められる才能や仕事の役割がまったく違いますので、兼任して、なおかつヒットにまで結びつけられる人は歴史的に何人もいないのが実情です。他のジャンルでも、ミュージシャンがレコード会社を作ったり、小説家やマンガ家が自分で出版社を作ったりすることは、例がないではありませんが非常に珍しいことでしょう。作家は第一に作品が作りたいのであって、経営がやりたいわけではないのですから。
さて、ここいらで『ポニョ』の話に戻ります。我らが監督である宮崎駿さんは、自分の妄想を独裁的に作品化するという点で「芸術家」であるわけなんです。ハリウッドのような高度に商業主義化した場所で「作家」を貫くことが容易なことでないのはもちろんですが、では日本映画界はハリウッドに比べて予算規模が小さいから宮崎さんは「作家」が貫けるのかといえば、もちろんそんなことはありません。
日本映画界も、ただ予算とマーケットが小さいというだけで十分に商業主義であります。
日本であろうがハリウッドであろうがどちらも商業主義なのであり、それゆえどちらにも小規模な「アート系映画」の市場があって、作家性を貫きたければそちらで勝負すればいいわけです。その意味では、近年の宮崎アニメのように「作家」を貫いてなおかつ商業的にも成功してしてしまう(しかもそれが持続している)例は、洋の東西を問わず、歴史的にもほとんどないと言っていいのではないでしょうか。
日本でもアメリカでも、商業的に求められるアニメーションとは『カンフー・パンダ』のようなウェルメイドな作品であって、間違っても『ポニョ』ではないはずです。しかし、宮崎アニメはどうしたわけか当たってしまうので、誰も、何も文句が言えないのです。
今でこそ宮崎駿は日本映画界最大の金の卵であって、極端に作家性を貫いても許される立場ですが、『カリオストロの城』は興行的に惨敗したわけで「宮崎アニメは売れない」とされていた時代もありました。今では信じられないかもしれませんが。
長年作品を見続けてきた俺からすると、宮崎アニメは日本アニメの中でも例外的存在で、アニメ界のトレンドとはまったく関係なく作られていたし、作品が当たるようになってもほとんど「亜流」が出ないという意味でも例外的です。ヤマト(松本アニメ)やガンダム、大友克洋のパチモンは死ぬほど見ましたけど、『トトロ』や『魔女宅』、『千と千尋』のパチモンってありましたかね?
われわれはうっかり宮崎アニメを日本的で、日本的であるがゆえにハリウッドのアニメとは違うと考えがちなんですが、おそらくこれは間違っています。宮崎駿監督は、確かに日本のアニメ業界の中で監督デビューを果たしたという意味で「日本的作家」なんですけれども、それと現在の宮崎さんがあそこまで独裁的な作品作りができていることとは別の話であります。宮崎駿の作るアニメーションは、ハリウッド映画の文脈でも日本アニメの文脈でもこれを考えることはできません。なにしろ誰もあの作り方を真似することができないわけです。今はただ、ハリウッド・アニメとも日本アニメとも異質な、
「宮崎アニメ」というジャンル
として考えるべきではないかと思います。
「映画監督」の中には、宮崎駿と同等以上に個性も才能もある監督は他にもいますけれども、誰一人として、宮崎駿と同じレベルの「作家的自由」を得ている人はいません。その意味では、実写とアニメ、ハリウッドであると日本であるとを問わず、宮崎駿は世界映画史の例外なのです。もちろん純粋な「芸術映画」としてのアニメーション作家の場合、独裁的な作品作りをすることがむしろ当たり前ですが、それは個人製作で、低予算であることで初めて可能になることです。何十億という予算をかけ、何百人ものスタッフを使って「個人映画」を作ってしまう監督は、宮崎駿を除けばスタンリー・キューブリックくらいしか俺は知りません。しかしキューブリックでも、ここまで「当たった」ことはありません。 (つづく)
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