マンガ雑誌に「元をとる」という発想はない
現在コメント掲示板の「たけくま同人誌計画」のスレッドで、同人誌と商業誌の関係をめぐる議論が続いています。俺も参加しているのですが、ISBNコードを付けた本はコミケでは扱えない(商業誌と見なされるため)という話題から、商業雑誌が売れていない現状の話、雑誌の未来についての話題にシフトしてきています。
http://www2.atchs.jp/test/read.cgi/takekumamemo/136/122-134
↑たけくま同人誌計画・コメント掲示板での議論(抜粋)
これについては近いうちに自説を書きたいと思っていましたので、ちょうどいい機会です。これは同人誌ネタだけにとどまらない、マンガ雑誌全般の議論になる話題だと思いますので、スレッドを分ける意味でも新エントリを立てたいと思います。
俺がかねてから主張しているように、マンガ雑誌は売れていません(正確には、売れても儲からない価格設定になっている)。昔からマンガ界は、雑誌は赤字で維持しておいて、そこで連載した作品を単行本化して利益を出す、というビジネスモデルをとっています。一般雑誌の場合は単行本で利益を出すわけにはいかないので、代わりに広告を掲載して、雑誌の売り上げと併せて本体を維持するシステムになっています。マンガ誌、一般誌ともども、典型的な薄利商品であり、単体商品としての価格では利益を上げにくい構造であることにはかわりはないといえます。
それがここにきて、不景気によって広告出稿が落ち込み、マンガも単行本が売れなくなって、本格的にヤバイ感じになってきました。
《 学生 先程「赤字を出したことがない」と仰いましたが、それは雑誌単体ですか?
奥村氏 無理。
学生 コミックスを出す際にその発行部数はどうやって決めるんですか?
奥村氏 それは原価を考える前にまず営業と相談するかな。
岩井氏 経験則の中から、基準となる部数を、B6と言ってわかるかな? B6等のそれぞれのサイズの基礎部数のようなものを作るんです。データのない新人はそこに当てはめます。一回本を出せば、その売り上げがデータとして残るので、それを元にその作家の次の作品の部数を決める。今の「雑誌単体で黒字が出るか?」って話なんだけど、前に聞いた大手のK社の編集の話だと、「K社の全漫画誌の中で、雑誌単体で黒字が出ているのは2誌」って言ってましたね。30~40誌出ているはずだけど、ほとんど雑誌単体で黒字にはならない。『ビーム』はもちろん雑誌単体では真っ赤っかです。
奥村氏 燃えあがっとるね(笑)
学生 損益分岐点というか、実売率はどのくらいに設定されているんですか?
岩井氏 そういう事を考える事自体に意味がないと考えてます。なぜかというと、多分競合誌も同じくらいだと思うけれど、原価率が300%とか400%だから。つまり今の数倍刷って全部売れて、ようやくトントン。
奥村氏 ということは採算分岐点なんてない。
岩井氏 そのポイントははるか遠いから(笑)。ハナから意図の中に入ってない。
奥村氏 原価とるには、多分一冊千円以上で売らんと。
岩井氏 今は刷った本が全部売れても赤字なんだから、採算分岐点なんてないよね。
奥村氏 原稿料っていうのは全部雑誌につくのよ。で、二次使用の単行本は印税だけやから。だから単行本で稼ぐ、みたいな仕組みには、どうしてもなる。雑誌単体の黒はほぼ奇跡やな。漫画の場合、広告もそんなに入らないでしょ。
(中略)
岩井氏 広告料に頼って我々は商売してないし、テレビでCMして漫画が売れたことはないし。つまり、広告代理店の意図とはまったく関係がない。我々は、漫画家が描いてくれたものを商品にして、それを読者の皆さんが数百円とかで買ってくれた、そのお金の集積だけで生きているから。こんなメディアはどこにもないよ。》
(※ http://www.jinbutsu.org/ 早稲田大学人物研究会「奥村勝彦・岩井好典会見録」より引用。直リンク禁止なので原文はトップページから探してください)
さすがコミックビームというべきか、マンガ雑誌の原価率の問題が具体的な数字で赤裸々に語られたものは、俺の知る限りこの会見録が初めてです。業界内では常識に属する話なのですが、驚かれた他業種の人もいるのではないでしょうか。
原価率400%ということは、1号あたり制作費2000万円かかっている雑誌の売り上げが、たったの500万円しかないということです。どうやったら、このような「商品」が維持できるというのでしょうか。
それは奥村さんが言うとおり、副産物としての単行本がそれなりに売れているからとしか考えようがありません。それくらいマンガ出版にとって単行本は「おいしい」ということになります(赤字雑誌を維持するには、それ以外の理由も推測できますが、ここでは割愛します)。
従いまして、タイトルに掲げた「マンガ雑誌に『元をとる』という発想はない」というのは、雑誌単体で考えた場合でして、正確には、「マンガは、雑誌を赤字で出して単行本で元をとる」ということになります。
あえて言うならば、出版社にとってのマンガ雑誌とは、単行本用に原稿をプールする機能が第一であって、第二に作品の宣伝でしょうか。雑誌にマンガを連載することそれ自体が、単行本を売るための宣伝になっているのです。つまり雑誌の発行部数が多いほど、マンガの宣伝効果が高いことになります。
以前あげた「マンガ界崩壊を止めるためには」のエントリで、マンガ雑誌の売り上げは12年連続で減少し続けていることを俺は紹介しました。あのエントリでは詳しく触れることができませんでしたが、12年連続で減少しようが、出版界にはマンガ雑誌で「元をとる」という発想がないので、目に見えるダメージはなかったということが言えます(しかしボディブローは効いています)。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4da3.html
↑マンガ界崩壊を止めるためには(1~6)
上の(5)のエントリで紹介した図表(松谷創一郎作成)を見るとよくわかるのですが、マンガ雑誌の売り上げは12年間続落しているものの、単行本売り上げは微増しています。
しかしこれは出版点数を増やし続けたことによる見かけ上の増加だと言われています。単行本一冊あたりの売り上げは、雑誌と同じく減少傾向にあることはマンガ界の人間であれば「実感」しているところではないでしょうか。この方面の正確なデータを持っていませんので、この程度しか言えないんですが。
ここに来てのマンガ界最大の問題は、本当は雑誌の減少ではなく、単行本の売り上げ減であることは間違いのないところです。しかし雑誌が読まれなくなることは宣伝力の後退ですから、単行本の売れ行きにも影響が出てくるはずです。長い目で見れば両者は相補関係にあり、雑誌の売れ行き減少は単行本の売れ行きにも悪い影響があるでしょう。
いずれにしても、ここ数年で業界は、マンガ出版の利益構造を根底から見直す局面に立たされるでしょう。いや、もう立っているのですが。
本来ならそのあたりの話を書くつもりでしたが、またしても長文になってしまいました。続きは今度のエントリに回します。
付け加えておきますと、俺が今作っている同人誌『マヴォ』は、完全に俺の趣味の本ですので、これで利益を上げようとか、業界をどうにかしようと思っているのではありません(笑)。なんせ同人誌ですから。俺も「編集家」と名乗る以上は、編集のカンを取り戻しておかねばならないと個人的に考えているのですよ。こちらについては、同人誌の宣伝かたがた別エントリで書いていきたいと思います。
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