コミックマヴォVol.5

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2009/01/31

『ガラスの仮面』と『女犯坊』

Garasunokamen43

←ガラスの仮面 43

出ました。前の42巻が出たときは、ちょうど「たけくまメモ」を開始した直後だったんですよね。2004年の12月18日でした。ブログ開設が14日でしたから、本当に始まってホヤホヤの時期です。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/post_18.html
↑たけくまメモ「ガラスの仮面のアレ」

そのエントリで俺は「桜小路くんのケータイ問題」にさっそく突っ込んでおります。かいつまんで説明しますと、『ガラスの仮面』は1976年の連載開始以来、作品内時間が数年しか経ってないはずなんですよ。第一話で中学生だった主人公のマヤは、まだ20歳になるかならないかで、そこから考えても時代は1980年くらいのはずなんだけど、42巻で突然、ボーイフレンドの桜小路くんがなにげにケータイを使っているシーンが出てくるんですよ。それで、「ガラスの仮面世界の時間は、どういう流れ方をしているんだ?」というのが俺が提起した疑問だったわけなんです。

マンガの世界には「マンガ時間」とでも言うべき概念があります。通常の時間とは異質な、マンガ独特の時間の流れのことです。これにもいくつか種類があって、有名なのは作品の中には春夏秋冬があり、登場人物はちゃんと夏休みやクリスマスを迎えているのに、なぜか誰も歳をとらない「サザエさん時間」とかですね。何十年経とうが、サザエさんは25歳のままだし、カツオもワカメも小学生のままです。

もうひとつ、スポーツ物にありがちなんですが、せいぜい数時間で終わるひとつの試合が週刊連載で半年も一年も続くようなケースですね。実際の季節は真冬なのに、連載の中ではまだ夏の甲子園決勝戦をやっているとか。これは俺の知る限り、70年代の「少年ジャンプ」の人気連載だった『アストロ球団』あたりから顕著になった現象ですよ。一応、俺はこれを「アストロ時間」と読んでいるんですが。

で、「ガラスの仮面」はサザエさん時間ともアストロ時間とも違う感じがするんですね。うまく表現できないんですが。こう、展開がものすごい勢いで動いているように見えて、実は3センチしか進んでいないというか。時間が進んでいる部分と停止している部分がパッチワークのように混在しているというか。どう言えばいいんでしょうかね。

この43巻のオビには世界の蜷川幸雄さんの言葉が載ってます。「いつまでも待たせないで!」と。蜷川さんにしてこう思いますか。でも俺は、この作品に限っては「終わる」ということが想像できないですよ。

なんといいますかね、だっていよいよクライマックスの「紅天女編」に突入してからもう20年くらい経ってますよ? 手元にある34巻のサブタイトルが「第12章 紅天女(1)」なんですけど、奥付を見たら1987年12月30日。そこから北島マヤと姫川亜弓が紅天女を演じるための特訓が始まるわけなんですけれども、ある意味、そこから20年以上特訓が続いているわけです。

野球マンガでいえば、いよいよ明日から甲子園の決勝戦なんだが、その前日の練習の描写だけで20年間描き続けているようなものです。いったいこれはどういう事態なのでしょうか。俺としましては、この先が早く知りたい思いと同時に、知りたくない思いが胸の裡で鬩ぎ合っておりまして、収拾がつきません。このモヤモヤした感じのまんま、あと20年くらい連載が続く気がしてならないのです。

最新刊を読んでいますと、いよいよマヤが自然や宇宙と一体化を始めたようで、もの凄いことになりつつあるのですが、読者としては「頑張って!」としか言えないのがもどかしいところです。

Nyohanbou02 ←女犯坊 2 (マンサンコミックス)

というところでお待たせしました! ふくしま政美先生の最新刊『女犯坊』の第二巻がついに出ました! 『ガラスの仮面』のオビ文が世界のニナガワでしたが、今回の『女犯坊』のオビは神奈川県大和市のタケクマが書いております。

「あの梶原一騎も音を上げた、ふくしま政美の原作を1年以上も続けた坂本六有はエライ!」

と変なオビ文ですけれども、これはかつてふくしま先生の原作を担当して死にそうになった俺が、『女犯坊』の原作を黙々と最後まで書き続けた坂本六有先生に対して抱いている素直なリスペクトの気持ちを書いたものです。

そのくらい、あの先生の「原作」を書くというのは大変なんですよ。そのへんの話は、第一巻が出たときの当ブログのエントリに少し書いてあります。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_d378.html
↑たけくまメモ「ふくしま政美先生の逆襲」

70年代版の『女犯坊』(滝沢解原作版)が幕末を舞台にした時代劇だったことに対し、この坂本原作版は現代劇で、竜水和尚が呪術で現代に黄泉帰って悪を退治する痛快娯楽作になっております。

これもしかし、「時間」の観点から考えたら『ガラスの仮面』にも負けない奇怪な構造になっておるわけです。が、面白ければなんでもいいという作者のサービス精神は本物です。『ガラスの仮面』も『女犯坊』も、危険ゲージを超えてオカルトの領域にまで達したサービス精神が、時間の流れをねじ曲げてしまったのかもしれません。

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