中野晴行「まんが王国の興亡」を読む
マンガ評論家・中野晴行さんの新刊「まんが王国の興亡 なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか?」(イーブックジャパン)読了。著者後書きにもある通り、中野氏がwebマガジンをはじめいくつかの媒体で連載した文章をまとめて加筆したものです。全体の内容は、中野さんが以前出された『マンガ産業論』の続編となっております。
http://www.ebookjapan.jp/shop/special/page.asp?special_id=itv003
↑まんが王国の興亡・告知ページ
●目次
第1部 まんが史クロニクル
第1章 まんが王国日本はまんが誌から生まれた
『鋼の錬金術師』が繰り出すコンテンツビジネス錬金術
膨大な消費者に支えられるまんが産業
第2章 ジョー&飛雄馬とともに歩んだ高度熱血成長市場
雑誌がまんがの産業化をうながした
マガジン&サンデーが牽引したまんが雑誌のビジネスモデル
雑誌と貸本 まんがの多様性を育てた西の「トキワ荘」
『宇宙戦艦ヤマト』以降の進化
70年代オイルショックがまんが市場を変えた
第3章 まんが週刊誌がシステム化した『まんが道』
新人まんが家を探せ!!
まんが家からまんがプロダクションマネージャーへ
ボツ原稿の山から鳥山明を発掘
83年がまんが黄金期の曲がり角だった
まんが産業の進化と落とし穴
第4章 少年ジャンプという名のバブル
ドラゴンボールから始まる大長編時代
まんが出版の凋落
『週刊少年ジャンプ』600万部時代の終焉
まんがを読まない若者たち
囲い込み形ビジネスモデルの終焉を暗示する『ヤングサンデー』休刊
第2部 現代まんが市場のしくみ
第5章 まんが雑誌が消える日が来る
まんが雑誌はいらない?
不惑を迎えた『ゴルゴ13』から考えるまんが雑誌の未来
それでもマイナー雑誌が未来を担う
『バクマン。』で知る、21世紀まんが家のリアル
『AKIRA』からはじまった映像化ビジネスへの傾斜
ハリウッドが日本まんがに熱視線
第6章 アトムやバカボンが時代を超えて
「カワイイ」の経済学
赤塚キャラクター達よ永遠に
カワイイ・アトム登場
「ポケモン」ビジネスは水物か?
第7章 ローコストで世界を感動させる日本まんが
海賊版で世界に広がった日本まんが
日本の「MANGA」はお買い得!
少女まんがが日本まんがの国際化を牽引する
描き手はグローバルでも、市場はガラパゴス
海外版権ビジネスの落とし穴
第8章 進化し巨大化するコミケ市場
アマチュアが拡大したまんがの裾野
アマチュアの祭典から巨大市場コミケに
現代まんが消費者は「萌え」ているのか
WEBでアマチュア作品が世界を巡る
第3部 まんが産業の未来予想図
第9章 新しいまんがビジネスとは
まんがは文化か? 産業か?
『マンガ日本経済入門』大ヒットのシクミ
未来型まんが雑誌『コミック・ガンボ』はなぜ失敗したか
出て来い「まんが総研」
専門職としてのまんがエージェント
第10章 デジタル化で世界に広がるMANGA
250億円を突破したデジタルまんが まんがは好き!でも本はいらない!
デジタルまんがのビジネスモデル
デジタルまんが市場のゆくえ
印刷を離れればまんが表現も変わる
いつかはまんがワールドカップが?
第11章 官・学とまんが産業
ちょっときな臭い「コンテンツ産業振興法案」
規制と利権でなくサポートを
「東京国際アニメフェア」から学ぶ世界標準
まんが産業の未来を大学が変えるか
まんがナショナリズムを越えて
あとがきにかえて
これからまんが産業を学ぶ人に 参考文献一覧
以上、一読して、思わず頷いてしまったのは、俺が以前から『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』や「たけくまメモ」で書いている業界ネタと、ほぼ同じ論旨を中野さんも書かれている点です。別にこういう主張は俺が先だ、なんてつまらない功名争いをするつもりはありません。誰でも、ここ20数年の業界の流れを真摯に見るなら、気がついてしかるべき問題ではないかと思うからです。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4da3.html
↑マンガ界崩壊を止めるためには(1)
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-442f.html
↑マンガ雑誌に元をとるという発想はない
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-41f7.html
↑オンライン無料マンガ誌花盛り
つまり中野さんも俺も、80年代から続く「マンガの長期連載化」と、それに連動した単行本ビジネスがここまでのマンガ界の繁栄を支えてきたのだが、それが21世紀に入って限界に来ていること、インターネットやPCの発達により、マンガの作り方・読まれ方や流通の仕方(グローバル化を含めて)に質的な変化が起きていること、それにも関わらず、マンガ誌をはじめとする出版界はこの変化に対応しきれてないこと、を書いているわけです。
そこでこれからの「マンガ産業」のあり方として、たとえば適切なマーケティング・データに基づく顧客(読者)のニーズ分析の必要性を中野さんは説くのですが、こういうことは他分野で商売をやっている人からは、「何を当たり前のことを言っているんだ」と言われるかもしれません。
しかし、ことマンガ出版に関して言えば、戦後マンガが成立してから60年近くが経とうというのにもかかわらず、そういう「当たり前のこと=マーケティング分析」がほとんどなされないで来てしまったわけです。中野さんに言わせると、「編集者の勘」と「神風」(予期せぬ大ヒット作)でこの業界は何十年も乗りきってしまったのだということになります。
そんなバカなと思われるかもしれないですが、本当のことです。逆にいえば、マンガは半世紀以上もの間、マーケティングなんかやらずとも「勝手に売れていた」ことになります。(「少年ジャンプ」の読者人気投票はマーケティングではないのか、と言われそうですが、中野さんは元銀行マンで顧客調査のプロだった経験から、アンケートによるデータには偏りがあり、読者の声の素直な反映と見るには限界があること、従ってマーケティングとして不十分ではないか、と本書で疑問を呈しています)。
これは中野さんが初めて指摘したことだと思いますが、メジャー週刊少年誌の世界から1983年を最後に「読み切り短編」がほぼ消えてしまった、という驚くべき事実があります。
それまでのマンガ雑誌は、連載作品とは別に、必ず1本や2本は「読み切り短編」が載っていました。毎号ではなくとも、月に2、3本は新人・ベテランを問わず、読み切り短編を描いていたのです。それが、ある時期を境にパタリと載らなくなりました(※)。
※月刊誌にはその後も短編が載ってはいるが、もう40年以上、マンガ出版の主流は週刊誌であり、これに読み切り短編が載らなくなったことの意味は大きい、と俺も考える。
中野さんは少年誌を丹念に調べて、それが1983年と84年の間に起こった現象だと突き止めます。俺は中野さんに指摘されるまで、このことに気がつきませんでした。なるほど、確かにそのあたりから各誌の長期連載が始まっています。この長期連載が、ビジネスとしてのマンガを発展させたことは確かなのだが、それは同時にマンガの可能性を狭めることにも繋がったのではないか、と中野さんは説きます。俺も、まったく同感であります。
ところでこの本は、完全にウェブ上のみでダウンロード販売する「webブック」として世に出ました。中野さんは、出版が電子化する未来を見据えた「実験」としてこの方式で出すことにした、と後書きでも書かれていますが、本の内容とはまったく別の次元で、正直、疑問符もつくものでした。
そのことは書評とは直接関係がありませんので、エントリを分けて書きたいと思います。(つづく)
http://www.ebookjapan.jp/shop/special/page.asp?special_id=itv003
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