コミックマヴォVol.5

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2009/08/25

須賀原洋行氏のご批判について(1)

だいぶ時間が経ってしまいましたが、自分は7月末、“この8月26日に大阪難波のモンタージュでトークライブ「マンガの黙示録2」を開催する”旨のエントリを書きました。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-e2aa.html
↑たけくまメモ「告知・大阪難波でトークライブ」

これは4月末に同じ店で行ったトークの第二弾。前回に引き続き、「マンガ界=出版界の崩壊」が大テーマで、今回は「フリー出版人として生き残るにはどうすればいいか」をメインテーマにする予定です。じつはマンガ界ばかりではなく、「出版界」全体も含み込んだテーマなんですね。

ところが、このエントリをアップした二日後になって、須賀原洋行氏の「マンガ家Sのブログ」に「たけくまメモの欺瞞性」(8月2日) が掲載されました。

http://uaa-nikki.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-881e.html
↑マンガ家Sのブログ「たけくまメモの欺瞞性」

こちらのエントリは、たけくまメモのコメント掲示板で読者が知らせてくださいまして、初めて読んだものです。

それでコメント掲示板に自分の意見を軽く書いたのですが、須賀原氏がこれをお読みになられたらしく、「たけくまコメントへの反論」(8月12日)をブログで書かれました。

http://www2.atchs.jp/test/read.cgi/takekumamemo/136/529-529
↑たけくまメモ・コメント掲示板での竹熊の反応

http://uaa-nikki.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-a954.html
↑マンガ家Sのブログ「たけくまコメントへの反論」

須賀原氏は自身のブログで竹熊を名指しで批判されているので、自分としてもエントリで反論するべきでしたが、8月に入ってから自分は猛烈な多忙になってしまい、長いエントリを書く時間がなかなか作れませんでした。そのためコメント欄で軽く触れた程度でお茶を濁していた次第です。

須賀原氏の竹熊批判を読むと、自分が昨年から繰り返し書いている一連の「マンガ&出版業界批判」全体に対する批判になっているようです。初めてこのブログに来られた読者の参考として、竹熊の業界批判エントリの主なものを以下にリンクしてみます。全部読むのは骨だと思いますが、お手すきの時間にでもお読みくだされば幸いです。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4da3.html
↑マンガ界崩壊を止めるためには(1~6、補足)

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-442f.html
↑マンガ雑誌に「元をとる」という発想はない

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-41f7.html
↑オンライン(無料)マンガ誌、花盛り

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-6650.html
↑中野晴行「まんが王国の興亡」を読む

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-bd6f.html
↑なんか、今ってすごい時代だよなあ

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-f484.html
↑30日、難波でのトークライブ「マンガの黙示録」が近づいてきました

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-523f.html
↑町のパン屋さんのような出版社

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-e2aa.html
↑8月26日・大阪難波でトークライブ

以上を踏まえたうえで、須賀原さんの「竹熊批判」と、対する「竹熊反論」(というほどでもないですが)の流れを、整理してみます。

まず須賀原さんは、竹熊のマンガ出版業界批判(と、伊藤剛氏の「いま「マンガ」はどうなっているのか」→★URL)に対して「ひどいの一言」「(たけくま)氏のブログを何度読み返しても、全然納得する根拠を見出せない。」(たけくまメモの欺瞞性)と批判されました。

正直、自分は須賀原氏が竹熊の意見のどこを「ひどい」と思い、「納得できない」とおっしゃっているのかよくわかりませんでした。が、少なくとも氏が、竹熊の「業界批判エントリ」に対して、たいへんに怒り、苛立っておられることはわかりました。

須賀原氏が何に対して苛立っているのか、自分によくわからない理由は、先にリンクした氏のエントリの結論を読む限り、私も須賀原氏も、実はそうかけ離れた意見を持っているわけではないと感じたからです。

たとえば「たけくまメモの欺瞞性」の、次の一節。

《とにかく、各出版社はすでにネットでのマンガ出版の道を探り続けているのだ。
しかも、ネット配信はほとんどが赤字であり、ネットだけでは全然儲けが出ないのだ。
それでも、近未来のマンガ界のためにネットに先行投資してきたのだ。》

つまり、「紙メディアからネットへ」というメディア・インフラの質的な転換を、須賀原氏は歴史的必然としてとらえているのですが、これについては私もまったく同意見なのです。ところが須賀原氏は、

《しかし、不思議なことに、竹熊氏はこういった既存の出版社によるネット配信システムについてはほとんど触れようとせず、ひたすら「マンガ出版界の危機?崩壊」を言い募り、「ネットで個人が『町のパン屋さん』のような出版社」(の時代が来てもおかしくない)みたいな記事を書く。
従来の出版社の編集は不要で、編集エージェントがマンガ家と組んで(ネットメディアとのコラボも含む)企画を売り込むような時代が来る、といった記事を書く。》

と批判されます。なるほど、確かに自分はネット配信の可能性について、独立したエントリとしてはっきり意見を書いたことはありませんでした。

いい機会ですので、ここで出版のダウンロード配信についての私見を書きたいと思います。自分は、インターネットは「宣伝媒体」としては超有効だが、「データをダウンロード販売して直接お金に換えること」においてははなはだ不適当なメディア・インフラだと考えております。いくつかの例外を除いて、デジタルデータのダウンロード配信のビジネス化は、ことごとくが失敗の歴史であり、その最大の理由は、

「人は、“かたちのあるもの(本やグッズなど)”にはお金を払うが、“かたちのないもの(デジタルデータ)”には払いたくないもの」だと思うからです。

須賀原氏が美談のように書かれている「ネット配信はほとんどが赤字であり、ネットだけでは全然儲けが出ないのだ。それでも、近未来のマンガ界のためにネットに先行投資してきたのだ。」という苦しい実態は、当然のことだろうと考えます。従来の出版ビジネスの延長で「ネット配信で儲けよう」と考える時点で、おそらく無理があったのです。従来の価値観でネットをとらえる限り、利益を上げることは困難でしょう。

ダウンロード配信の課金ビジネスで成功したといえるものは、今のところ「音楽(iTunes、着メロ)」「エロ動画」、「ケータイ配信の(エロ)マンガ」、一部のネットサービス(ツール系PCソフトウェア販売、オンラインゲームなど)くらいではないでしょうか。それ以外、従来紙の本やDVDなどで販売されていたコンテンツ(マンガや小説、ドラマ・映画など)のダウンロード課金システムは、ほとんどビジネスになっていないはずです(私が知らないだけかもしれません。他に成功例があったら教えてください)。

自分は、佐藤秀峰氏の自作マンガのネット配信を、興味を持って見ておりますが、ビジネスとしては、残念ながら成功する可能性は低いのではないかと考えています。理由は上に書いた通りで、普通の読者は「ネット・コンテンツはタダ」という心理が強いからです。自分の考えでは、ネット上ではあくまで無料で作品を読ませ、紙の本を売るための宣伝に徹したほうがいいように思います。

ここで注目すべきは、講談社の「モーニング・ツー」が、実験的にネットで雑誌を無料公開したところ、紙の本の売れ行きに影響しなかったばかりか、かえって売れ行きが伸びたという興味深い実験結果でしょう。

http://morningmanga.com/news/122
↑モーニング・ツー1年間無料公開へのご声援に感謝!

要は、従来の物流の延長線上で「データを売る」と考えること自体が間違っているのだと思います。「モーニング・ツー」の「成功」は、ネットを宣伝手段と割り切って全部無料にし、従来通り紙の本を売ったところにあると思うのです。

データ配信ビジネスに関する私の意見はおおむね以上のようなものですが、須賀原さんの考えるネット出版のイメージとは、ニュアンスの違いを感じます。その違いはどこから来るのかと考えながら氏のエントリを読み返したのですが、私の感じた違和感は、要するに須賀原さんの考えるネット配信によるビジネスが、旧来のアナログ出版のビジネス・スタイルから一歩も出ていないからだと思いました。

須賀原氏は、さかんに「紙から電子メディアへ」と喧伝する一方で、メディアの担い手は古い紙メディアの人間が、紙メディアの組織そのままに電子メディアに移行するだけのイメージなのです。そんなことが実際に可能なのだろうか、と自分は思いました。

メディア(コンテナー)が変われば、それに載せるコンテンツも変わり、作り方や売り方も変わってくるのではないでしょうか。

インターネットは送り手と受け手の区別も曖昧な、中心のないメディアです。ネットで流行する作品は、必ずしも、従来のプロ作家がプロ編集者を通して社会に送り出される「精選されたプロ作品」ばかりではありません。ニコニコ動画に代表されるように、誰かも定かではない匿名作者が作ったアマチュア作品が、ただ「作品としての面白さ」だけで無数のユーザー間で支持され、共有され、勝手にアレンジされて異本が無数に流通する「集合作品」ともいうべき存在です。

自分は、従来の特定のプロ作者による作品の価値を否定するものではありませんが、ネット上の“詠み人知らずコンテンツ”の中には、旧来のプロでは絶対に作れない面白さと価値を持った作品があると思います。

須賀原氏の「たけくまメモの欺瞞性」を読んで、自分が一番驚いたのが次の一節です。

《私は、単に、日本の構造的な経済不況が原因であって、景気が本格的に回復すれば、またマンガ出版は盛り返すのではないかと思っている。》

失礼ながら、この一節には心の底から驚いたというか、自分とは現状認識があまりにもかけ離れているので、どういう感想を述べるべきか、しばらく言葉が出ませんでした。私が考えるに、近年の不景気とマンガ界の不振は、もちろん無関係ではないものの、本来は別の位相でとらえるべき問題だということです。問題の根はそれぞれ別にあるので、仮に景気が上向いたとしても、それが即、マンガ出版の復興に繋がるわけではないと考えます。

「マンガ界崩壊を止めるためには」のエントリ(2)で引用したagehaメモさんのブログエントリが正鵠を射ていると思います。agehaメモさんは、雷句誠氏の事件に触発されて、従来のマンガ家と編集者との関係性を「モーレツ社員前提のフレームワーク」と規定し、このフレームワークを見直すべき局面に来ていること、を書かれました。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_e699.html
↑マンガ界崩壊を止めるためには(2)

ここで注意すべきなのは、マンガ家にも編集者にも「モーレツ社員」を要求していた旧来のフレームそのものに、矛盾が内包されていたということです。しかしマンガが売れに売れ、右肩あがりの成長を遂げていた時代にはそうした「モーレツ」は美徳とされ、矛盾が表面化しなかっただけです。

須賀原氏の論法だと「また景気が回復すれば、昔ながらのやり方でうまく行く」とおっしゃっているように自分には読めますが、この考えはあまりにも牧歌的というか、ロマンチックすぎるのではないでしょうか。

時代は変わっていくものです。汽車や自動車が登場してからは、もう徒歩や馬で東京から大阪まで行こうという人はいません。中には奇特な人がいて、東海道は徒歩に限るといってテクテク歩き出す人もいるかもしれないですが、それはよほどの例外というべきです。

産業革命以前と以後では、時代が根底から変わってしまって、二度と元の時代には戻らないように、インターネット以前と以後では、マスコミのありかたも、ビジネス・スタイルも根底から変化して然るべきでしょう。

《つづく》

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