コミックマヴォVol.5

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2009/09/01

竹熊君、“紙”はもう、ダメだよ…(後編)

これから紹介する話は、ごく最近、知人のA君と俺が交わした会話をまとめたものです。登場する人物名はすべてアルファベット表記(イニシャルとは限りません)ないしは記号表記にし、意図的にぼかしている記述がありますが、話の大意はこの通りで、特に金額の数字についてはA君の発言のままにしてあります。

A君は俺と同世代ですが、学生時代にライターデビューし、現在は小さい編集プロダクションの営業と経営に徹しています。社員は社長であるA君と、奥さんのみ。しかし、最近まで常時3~40人のライター・エディター・デザイナー(すべてフリー)を抱えていて、A君が営業をかけて出版社からもらってきたムックや単行本の仕事を、その都度自分の抱えるフリーから4~5人選んでチームを組んで、丸々一冊を1~3ヶ月かけて編集・制作していました。こうした請負仕事(その中にはA君の企画もあります)を彼の会社では常時、8~10冊は抱えていたのです。

ある日、俺の携帯にA君から電話がかかってきました。

A「もしもし。竹熊君さ、誰かマンガ家を紹介してくんない?」

「あれ、マンガ家方面だったら、A君もいろいろ知っているんじゃないの?」

俺がこう言ったのは、A君のプロダクションはマンガ専門でこそないものの、マンガ関連書籍を多く手がけているからです。マンガ界に彼は独自のコネがあるので、こういう相談を彼から持ちかけられるのは珍しいことでした。

A「うん。オレの方のツテにはだいたい声かけたんだけど、人手が全然足りないんだよ。べつに売れっ子でなくてもいいよ。こちらの注文で請け負い仕事が可能で、できればエロが描ける人。年齢も、男女の別も問わない」

「いないことはないけど……何。エロマンガ雑誌でも始めるの?」

A「いや違う。最近、オレ、代理店辞めた友達と組んで、携帯マンガの制作配信会社を始めたんだよ」

「ああ、そうなの。A君も携帯マンガを? そりゃ時代だな。それで、手が足りないってことは、結構儲かってるんだ?」

A「まあね。はっきり言って今はブームだからね。★★★★★ってマンガ家、知ってる?」

「ああ、懐かしい名前だね。20年以上前に会ったことある。マイナー系では結構売れていたな。最近見なかったけど、もしかして★★さんも携帯マンガを?」

A「そう。オレの会社でね。実は★★さん、ここ十年仕事が激減しててさ。一昨年にはとうとうマンガの月収が10万以下にまで落ち込んでたんだよ。妻子抱えて途方に暮れて、アルバイトやってどうにか食いつないでいた。奥さんと共働きでさ」

「あの人も俺らと同じくらいの年齢だよね。それで月収10万は、キツイわなあ。マンガ家って、いくら売れた時期があったとしても、潰しが効かないからなあ……」

A「キツイよ。オレが携帯エロマンガの話を持ちかけたら、なんでも描きますって飛びついてきた」

「それで、うまくいったんだね?」

A「いったも何も、★★さんの月収、今は70万にまで回復しているよ」

「そりゃすごい。本当にブームなんだなあ」

A「まあね。でもオレはさ、この仕事(携帯マンガ配信)って一過性の商売だと思うから、ブームはいずれ去ると思っている。それが三年後なのか、来年なのか、来月なくなるかは分からないけど。儲かるうちはやるけど、売れ行きに陰りが見えたら、いつでも会社を畳むつもりだよ。傷が広がらないうちにさ」

「シビアだね、いかにも君らしい。携帯マンガが一過性だっていうのは、なぜそう思うの?」

A「いや、これはオレの個人的な印象なんだけどさ。自分で配信していて、こう言うのは何なんだが、携帯マンガが面白いとは、オレ、どうしても思えないのよ。あんな読みにくいもの、よくみんな読むものだと思うよ」

「ほう。俺も、普段は携帯マンガなんて読まないけどね。俺の周囲にいるマンガ関係者に聞いても、日常的に読んでいるって人は皆無だなあ。学生に聞いてもそう。いったい誰が読んでいるんだろうね」

A「まともなマンガ好きは、みんな携帯マンガなんて読まないよ。マンガはやっぱり紙で読みたいじゃない。携帯マンガを読んでいる層って、オレたちとはまったく異質な人種だよ。普段から本なんて、マンガ含めて買いも読みもしないって層が膨大にいるんだよ。マンガなんて、わざわざ本屋まで行って買うものじゃないと思っている。それが携帯だったら、夜、寝る前に布団の中で落として読めるから、ラクじゃん。課金も一回30円とかだし、携帯料金と一緒に払うから、面倒がない。あいつら、携帯マンガが好きだから読むんじゃなくて、ラクだから読むんだよ。どうせエロ目的だしさ。面白いかどうかではなく、抜ければいいんだよ。」

「なるほど。それでわかった」

A「だから、携帯より、もっとラクで面白いメディアが現れたら、連中、そっちに乗り換えるだけだよ。それがゲーム機なのか、なんなのかはわからないけどさ」

「それで、A君、本業の編プロの調子はどうなのよ」

A「あのさ。竹熊君、“紙”はもう、ダメだよ……」

「ダメって、どうダメなのさ?」

A「オレの仕事のやり方、知ってるだろ? 版元から本一冊丸請けしてさ。フリーの編集やライター集めてローテーション組んで、おおむね1~3ヶ月で完成させる」

「うん。知ってる。そういう仕事を、常に何本も回していたよね」

A「企画にもよるけど、一冊あたりだいたい200万で請けてたんだよ。これが3年くらい前までの話ね」

「その200万から、ライターやデザイナーのギャラを払って、残りが会社の収入になるわけね」

A「そう。フリーには時間給ではなく仕事一本いくらで発注するから、時間はあまり関係ないんだけど、それでも納期があるし、仕事には3ヶ月以上かけないようにはしている。それでも、オレの自主企画の場合、つい半年かけちゃったりするけどね」

「A君は、もともとライターだし。自分の企画は、つい自分の作品モードになってしまうのね(笑)」

A「それでさ。3年前までは、そのやり方で回っていたのよ。それが今は……。ここ3年で、版元から出る経費がどんどん削減されていてさ。今年に入ってから、向こうからの提示額がいくらになっていると思う?」

「俺は編プロやってないから、よくわからないけど。いくらかな……一冊140万とか?」

A「80万だよ」

「……(絶句)……」

A「今年に入ってから、その額を言ってくる版元が増えた。とてもじゃないが、やっていけない。やるだけ赤字なんて、バカバカしいだろ? だから、オレは今、どうしても断れない相手からの義理仕事以外は、断るようにしている。紙の本の制作会社としては、事実上の休業状態だけど、仕方がない。赤字経営よりはマシなんだから」

「それで携帯マンガにシフトしているんだな。でも、その携帯マンガも、いずれブームは去ると考えているんだろ? この先どうするのよ?」

A「実は春から、別の仕事も始めたんだよ」

「へ? それは初耳だな。何始めたの?」

A「…風俗だよ。そっち系の知り合いに相談してさ。女の子集めて……」

「……まあ、元手が残っているうちに、何かやっておかないとな……」

A「竹熊君、今は、綺麗事言っていられる時代じゃない。とにかく生き残ることだよ。綺麗事言うのは、それからでいいよ」

A君と俺の会話は以上です。会話を終えてから考えましたが、3年前に200万だった仕事を80万に値切ってくるということは、それでも請ける編プロが、あるということでしょう。まともに取り組んだら4~5人かかって3ヶ月はかかる仕事を、おそらく1人か2人で3週間くらいでやっつける。それで完成する本が、はたしてどのような内容になるのかは、推して知るべしでしょう。

彼とこの話をしたのはつい2ヶ月ほど前ですが、これに類する話を聞いたのは、彼ばかりではありません。皆自分で小さい会社を経営していたり、またはフリーですが、シャレにならない話ばかりで、中には俺と同じように、自分のメディアを持って自前で出版・流通まで手がけようとしている人もいます。

近いうち、他人のそういう試みも紹介していきたいと思っています。

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