マンガ原稿紛失とその賠償額について
えー、これは珍しい本ですよ。どう珍しいかと言いますと、マンガ家が入稿前の生原稿を編集者に紛失され、その顛末をマンガにして出版したという、たぶんマンガ史上初めての本だからです。
俺がくどくど説明するよりも、アマゾンに掲載されてある担当編集者(この本の)が書いた内容解説を添付したほうがてっとり早いと思います。
【内容紹介】
この史上最大規模の原稿紛失事件の当事者が、顛末そのものをマンガ化!!!!!
さらに気鋭の批評家・大谷能生氏による論考も併せて、この事件から見えてきた「マンガ」というメディアの本質に迫る!!!!
●マンガはどのような要素によって描かれているのか?
●コピーされることによって広まる/力を得る作品の特徴
●20世紀のポピュラー文化の再考と、そのなかに位置づけられるものとしてのマンガ
●デジタル化の狭間にある手作業としての「マンガ原稿」と出版文化
●00年代以降の「子供文化」と、デジタルへの移行がもたらすものについて
●「何かがオリジナルである」ことのフレームの確認
●マンガのオリジナルである「マンガ原稿」の価値と位置づけ
マンガ原稿67ページ紛失!「事件」の当事者が描く真実(ドキュメンタリー)。
マンガの生原稿が郵便事故や編集者の不注意で「紛失」してしまうことは、実はそれほど珍しいことではありません。本書のように、全体の三分の二近くの67ページもの量が紛失してしまうことは、確かにレアケースだとは思いますが、それでもないわけではない(ただし“単行本用描き下ろし原稿”の紛失は、これが初めてかも)。
ざっと思い起こしても、雷句誠氏の原画紛失による裁判が記憶に新しいですし、唐沢なをき氏の単行本『百億万円』が、やはり版元の不注意でまるまる一冊分原稿が紛失して裁判に発展したこと(最終的には和解で決着)があります。これ以外にも、表沙汰になってないケースを含めると、結構例があると聞いております。まあ、最近はマンガもデータ入稿が増えていますので、今後は減ってくるでしょう。
さてしかし、この西島さんのように自作原稿紛失を契機にして、関係者総出演のドキュメンタリーマンガを描き、しかも「複製芸術であるマンガにとって、オリジナルの手描き原稿はどういう意味を持つのか」という思想的な論考にまで持って行ったケースは、かなり珍しいと思います。思想系マンガ家の面目躍如です。まあ無くすのが悪いとはいえ、こんな本を出されると、紛失した側の編集者にとっては悪夢でしょうけど。
でも、俺にとって、なんとも複雑な思いにとらわれるのは、ここに出てくる編集者の何人かが、個人的な知り合いであることです。特に「紛失した側」の“新担当”として出てくる河出書房新社のI氏は、俺の『篦棒な人々(文庫版)』の担当者ですし、今回の『魔法なんて信じない…』を出した太田出版の担当K氏は、なんと『篦棒な人々』オリジナル版の担当者であったりします。まあ、西島さんにもこの本の読者にも関係ない話ですけど(河出のI氏は、原稿を無くした担当者ではありません)。
で、この本の出版記念イベントが、11月22日に開かれるそうです。場所はお台場にある「TOKYO CULTUR CULTUR」。詳しくは下記のURLからどうぞ。
http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_091027202650_1.htm
↑ひらめき☆マンガ学校 ~消えたマンガ原稿67ページ~
ここ、地方在住者に向けて入場料の半額でインターネット生中継もやるそうですよ。ちなみに俺も出演することになっています(笑)。
本は、テーマがテーマということもあり、とても面白く読みました。西島さんが終始冷静な筆致で描かれているのもよかったと思います。あと、業界の伝説である原稿紛失時の「原稿料の10倍返し」についても、きちんと触れられています。
で、面白かったのが「この本は描き下ろしなので、原稿料が存在しない」ことが途中で判明するところで、原稿料がゼロなんだから、10倍返ししてもゼロですわな。もちろんそこまで非道なことを河出書房がするはずもなく、結局、同書が出た場合の印税の何倍かに相当する851万886円で決着したそうです。こういう金額がリアルに出てくるのも、この本の面白いところです。
ただ、この本でまったく触れられていないことが、俺には気になりました。それはマンガに限ったことではありませんが、本を出す前に出版契約を交わさないという業界の慣習についてのことで、これについての論考がまったくないんですよね。まあ、西島さんと共著者の大谷能生さんの興味がそこにはないからだと思うんですが。しかしこういう問題が起こるたびに俺が思うのは、本来、事前に契約を交わしておいて、万一の場合の補償についても明記するべきではないかということです。
つまり、西島さんと大谷さんは「マンガにとって生原稿とは何か」という表現上の原理論に話を持っていくんだけども、しかし本書の読ませどころが「著者と版元の生臭い交渉過程」にあることは明白なわけで、そこを描くのなら、俺だったら「マンガ表現の原理論」ではなく「出版業界の矛盾論」に話を持って行ったと思うんですよ。しかし、話をそこへ持って行くと、事前契約を交わさなかった著者にも責任のいくばくかが発生してしまうので、それはマズイのかもしれないですが。
とにかく出版界は「事前契約」を極端に嫌う世界なので、契約の不備(いや、不在)による版元と著者のトラブルが後を絶ちません。これはしかし、契約書を交わすと版元だけではなく著者も縛ることになるわけですね。納期(〆切り)を遅らせたら罰金を払うことにもなるから、これを敬遠する著者が多いのも理解はできるんですが。でも特にこうした「マンガの描き下ろし」の場合は、極力交わしておくべきではないかと思うんですよね。文字原稿とは違って原画が紛失したら取り返しがつかないわけですから。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_1.html
↑(参考)たけくまメモ:出版界はヘンな業界
と、こうなってくると「出版エージェント」の必要性にも言及しなければならないんですが、それは次の機会に回すことにします。
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